53 / 89
第四章
49.コート
しおりを挟む
アルバートの執務室に通されたアルヴィスは、やや落ち着きを取り戻し、案内された執務室の様子に驚いていた。エヴァンスとは違う意味で彼は相当几帳面な性格のようだ。
室内は暗めの照明で落ち着き、計算されたように並べられた書棚や整然としたデスクが目に入る。デスクの上には幾つかの書類が整然と置かれており、その上には一つも余分なものがない。何がどこにあるか完璧に把握しているような配置に、驚きと共に嘆息する。
「座るといい」
自分はさっさと執務用の椅子に腰を下ろし、無言で書類に目を通し始める。
先ほど部屋を出た際に「部下に説明をさせる」から「自分が説明をする」と変更したにもかかわらず、一向に事情を説明するそぶりはなかった。
呆然と部屋に立ち尽くすアルヴィスに顔を上げないまま近くの椅子をペンで差して促す。
アルヴィスは内心ヤキモキしながら、感情を抑え込もうと努力し、アルバートからやや離れた位置のソファに座った。深いグリーンの皮のソファは硬く、程よい座り心地である。
「あの。お茶をお持ちしましょうか?」
ノックと共に入室してきた下士官が、アルヴィスとアルバートの方を交互に見つめながら声をかけてきた。
空気は冷え切っており、薄手のこの身は、実はもう我慢が限界なほど寒さを訴えていた。
奥歯をしっかりと噛み締めていなければ、カチカチと歯が鳴って音を立ててしまいそうなほどの寒さなのである。だからこそ、申し出は非常にありがたく、アルヴィスは一刻も早く温かい飲み物を手に入れたいと頷きかけた。
時だった。
「不要だ。下がれ」
愕然とするこちらの表情をよそに、こちらを見向きもせずペン片手に書類にチェックを入れ始める鬼畜男のあまりの対応に、アルヴィスはたまらず声を上げた。
「あの部屋がどんなに寒かったのか、一度体感していただきたいです」
「俺はコートを着ている」
アルバートはゆっくりと顔を上げると何でもないことのように非常に淡々と、不機嫌そうな表情を一切変えることなく言い捨てた。
アルヴィスは自分のこめかみの下の血管が怒りで脈打つのを感じながら、にこりと微笑む。
凍り付く執務室の中で、下士官だけが困惑したように視線を彷徨わせている。
「別にあなたのことを言っているのではないのですけれど?」
その言葉にアルバートは微妙に顔をしかめ、これ以上ないくらいめんどくさそうにわかりやすく大きなため息をついた後、ようやく「彼女に紅茶を」と命じた。
アルヴィスはようやく暖を取れることに安堵したものの、執務室の冷たい空気に加えアルバートとのやり取り、数日の疲労が重なってふらふらと眩暈がする心地がした。ゆらゆらと体が揺れそうになるのを何とか押しとどめ、自分を律するように固く目を瞑る。
(寒いわ・・・・)
気が付けば握り込んでいた植物図鑑に自分の熱が移っているのを感じるが、体温を温めるにはもちろん不十分で、アルヴィスはまた小さくくしゃみをした。
(早く終わって、帰れないかしら…)
紅茶が運ばれてくるまでの時間がとてつもなく長く感じられた。
それに、いったいいつになったら「釈放の理由」を聞かせてくれるのだろう。
そんなことを考えこんでいると、ふと目の前を影が覆った気がした。
「え?」
ハッとして視線を上げると、赤い宝石のような相貌がまっすぐにこちらを見下ろしていた。
見上げるままになっていた視界が黒いもので覆われ、軽い衝撃と共にアルヴィスは目を見開く。
「わっ」
「貸してやる」
投げてよこされたのは彼の軍服の上着のようだった。
厚手で滑らかな触り心地があり、意外と気持ちがいい。しわにはなりにくい材質のようで、触れているとほんのりと温かみが増した気がした。
淑女に対する態度ではないとリタがいれば文句を言ったところだろうが、アルヴィスはありがたく借り受けることにした。その後のことは、記憶に残っていない。
室内は暗めの照明で落ち着き、計算されたように並べられた書棚や整然としたデスクが目に入る。デスクの上には幾つかの書類が整然と置かれており、その上には一つも余分なものがない。何がどこにあるか完璧に把握しているような配置に、驚きと共に嘆息する。
「座るといい」
自分はさっさと執務用の椅子に腰を下ろし、無言で書類に目を通し始める。
先ほど部屋を出た際に「部下に説明をさせる」から「自分が説明をする」と変更したにもかかわらず、一向に事情を説明するそぶりはなかった。
呆然と部屋に立ち尽くすアルヴィスに顔を上げないまま近くの椅子をペンで差して促す。
アルヴィスは内心ヤキモキしながら、感情を抑え込もうと努力し、アルバートからやや離れた位置のソファに座った。深いグリーンの皮のソファは硬く、程よい座り心地である。
「あの。お茶をお持ちしましょうか?」
ノックと共に入室してきた下士官が、アルヴィスとアルバートの方を交互に見つめながら声をかけてきた。
空気は冷え切っており、薄手のこの身は、実はもう我慢が限界なほど寒さを訴えていた。
奥歯をしっかりと噛み締めていなければ、カチカチと歯が鳴って音を立ててしまいそうなほどの寒さなのである。だからこそ、申し出は非常にありがたく、アルヴィスは一刻も早く温かい飲み物を手に入れたいと頷きかけた。
時だった。
「不要だ。下がれ」
愕然とするこちらの表情をよそに、こちらを見向きもせずペン片手に書類にチェックを入れ始める鬼畜男のあまりの対応に、アルヴィスはたまらず声を上げた。
「あの部屋がどんなに寒かったのか、一度体感していただきたいです」
「俺はコートを着ている」
アルバートはゆっくりと顔を上げると何でもないことのように非常に淡々と、不機嫌そうな表情を一切変えることなく言い捨てた。
アルヴィスは自分のこめかみの下の血管が怒りで脈打つのを感じながら、にこりと微笑む。
凍り付く執務室の中で、下士官だけが困惑したように視線を彷徨わせている。
「別にあなたのことを言っているのではないのですけれど?」
その言葉にアルバートは微妙に顔をしかめ、これ以上ないくらいめんどくさそうにわかりやすく大きなため息をついた後、ようやく「彼女に紅茶を」と命じた。
アルヴィスはようやく暖を取れることに安堵したものの、執務室の冷たい空気に加えアルバートとのやり取り、数日の疲労が重なってふらふらと眩暈がする心地がした。ゆらゆらと体が揺れそうになるのを何とか押しとどめ、自分を律するように固く目を瞑る。
(寒いわ・・・・)
気が付けば握り込んでいた植物図鑑に自分の熱が移っているのを感じるが、体温を温めるにはもちろん不十分で、アルヴィスはまた小さくくしゃみをした。
(早く終わって、帰れないかしら…)
紅茶が運ばれてくるまでの時間がとてつもなく長く感じられた。
それに、いったいいつになったら「釈放の理由」を聞かせてくれるのだろう。
そんなことを考えこんでいると、ふと目の前を影が覆った気がした。
「え?」
ハッとして視線を上げると、赤い宝石のような相貌がまっすぐにこちらを見下ろしていた。
見上げるままになっていた視界が黒いもので覆われ、軽い衝撃と共にアルヴィスは目を見開く。
「わっ」
「貸してやる」
投げてよこされたのは彼の軍服の上着のようだった。
厚手で滑らかな触り心地があり、意外と気持ちがいい。しわにはなりにくい材質のようで、触れているとほんのりと温かみが増した気がした。
淑女に対する態度ではないとリタがいれば文句を言ったところだろうが、アルヴィスはありがたく借り受けることにした。その後のことは、記憶に残っていない。
4
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる