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第一話
諏佐天音の「事情」
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細長い、人気のまるでない薄さびれた廊下を、諏佐天音は一人で歩いていた。
両手に抱えた段ボールはひとつ。前部署で使っていた私物が、まるごと収まっている。
大きくひびが入ったまま、補修もされずに放置されたタイルの上には、ゴミとも埃ともつかないものがあちらこちらに転がっていた。電灯が切れたままになっている天井灯がいくつもあり、窓はあるが丁度日陰の時刻でかなり薄暗い。陰鬱という言葉がこれほど似合う場所もないだろう。
エレベーターで四階まで上がり、突き当たりを右――そう教えられてきたものの、本当にこんな場所に部署があるのか。進むほどに不安は膨らんでいく。
けれど、もう帰る場所はない。
そう訴えるように、首が鈍く痛んだ。
三週間ほど前、上司につけられた手の痕は、いまだ消えていない。
見た目がよろしくなさ過ぎて、現在でも包帯を薄く巻いている。
あと少し救出が遅れていれば、頚椎が折れていた――医務官に真顔でそう告げられて、背筋が冷えたのを覚えている。
本当に間一髪だった。
運が良かっただけだと、呆れたように言われもした。
回復後、部署に戻れば、向けられるのは腫物を扱うような視線ばかりだった。同期は距離を置き、同僚は素知らぬ顔。とうに居場所はなくなっていた。
復帰当日、新しく就任した上司に挨拶に赴けば、その場で異動を命じられた。説明もそこそこに、追い立てるように次の部署へ向かえと言われ――そして、今に至る。
新しい配属先は、噂には聞いていたが、本当に存在するとは思っていなかった場所だ。
「地域怪異対策課……。なんて、ほんとにあるのかな」
局内では「ゴミ拾い課」と揶揄されている正体不明の部署である。
あだ名は知っていても本名は知らないという程度の認知で、天音も一度聞いたことがあるかないかくらいだ。もちろん、本館に該当する部署は存在しない。だから最初は、聞き間違えで、クビだと言われたのかと耳を疑ったくらいだ。
だが、辞めろ、ではなく、異動とは――。
新しい配属先は本館ではなく、隣接する旧館の四階。
そう告げられた時点で、天音には悪夢にしか思えなかった。
「首を絞められ、気づけば同僚は栄転。私は左遷」
異動の辞令を言い渡された際に上司が口にした言葉も、理解できなくはない。
内部不正を見つけたこと自体が問題なのではない。単独で、誰にも相談も報告もせず、たった独りで動いた――その責任を問われたのだ。
局内のスキャンダルを公にするより、上司の不正をもみ消し、動かしやすい者を動かす方が混乱は少ない。
思うところは山ほどある。それでも、天音自身、短慮だったと認めざるを得なかった。
だからこそ、次こそは絶対に失敗しない。
くっと顔を上げ、諏佐天音は再び歩き出した。
両手に抱えた段ボールはひとつ。前部署で使っていた私物が、まるごと収まっている。
大きくひびが入ったまま、補修もされずに放置されたタイルの上には、ゴミとも埃ともつかないものがあちらこちらに転がっていた。電灯が切れたままになっている天井灯がいくつもあり、窓はあるが丁度日陰の時刻でかなり薄暗い。陰鬱という言葉がこれほど似合う場所もないだろう。
エレベーターで四階まで上がり、突き当たりを右――そう教えられてきたものの、本当にこんな場所に部署があるのか。進むほどに不安は膨らんでいく。
けれど、もう帰る場所はない。
そう訴えるように、首が鈍く痛んだ。
三週間ほど前、上司につけられた手の痕は、いまだ消えていない。
見た目がよろしくなさ過ぎて、現在でも包帯を薄く巻いている。
あと少し救出が遅れていれば、頚椎が折れていた――医務官に真顔でそう告げられて、背筋が冷えたのを覚えている。
本当に間一髪だった。
運が良かっただけだと、呆れたように言われもした。
回復後、部署に戻れば、向けられるのは腫物を扱うような視線ばかりだった。同期は距離を置き、同僚は素知らぬ顔。とうに居場所はなくなっていた。
復帰当日、新しく就任した上司に挨拶に赴けば、その場で異動を命じられた。説明もそこそこに、追い立てるように次の部署へ向かえと言われ――そして、今に至る。
新しい配属先は、噂には聞いていたが、本当に存在するとは思っていなかった場所だ。
「地域怪異対策課……。なんて、ほんとにあるのかな」
局内では「ゴミ拾い課」と揶揄されている正体不明の部署である。
あだ名は知っていても本名は知らないという程度の認知で、天音も一度聞いたことがあるかないかくらいだ。もちろん、本館に該当する部署は存在しない。だから最初は、聞き間違えで、クビだと言われたのかと耳を疑ったくらいだ。
だが、辞めろ、ではなく、異動とは――。
新しい配属先は本館ではなく、隣接する旧館の四階。
そう告げられた時点で、天音には悪夢にしか思えなかった。
「首を絞められ、気づけば同僚は栄転。私は左遷」
異動の辞令を言い渡された際に上司が口にした言葉も、理解できなくはない。
内部不正を見つけたこと自体が問題なのではない。単独で、誰にも相談も報告もせず、たった独りで動いた――その責任を問われたのだ。
局内のスキャンダルを公にするより、上司の不正をもみ消し、動かしやすい者を動かす方が混乱は少ない。
思うところは山ほどある。それでも、天音自身、短慮だったと認めざるを得なかった。
だからこそ、次こそは絶対に失敗しない。
くっと顔を上げ、諏佐天音は再び歩き出した。
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