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第一話
武見という男
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諸手を挙げた歓迎、とは程遠い。
課を実質取り仕切っているという係長・弥上の紹介で、現在課内にいる全員が集められ、ざっくりと顔合わせが行われた。
地域怪異相談課は、現在九名。
少数精兵と言えば聞こえがいいが、明らかに窓際の閑職であることは一目瞭然だ。出張中で不在の男性が二名。女性は天音と産休中の女性一名を含め、四名になる。
三ノ海や新しい上司たちは非常に好意的で、全体としては歓迎ムードではあるのだが、先輩兼同僚となるとある人物の態度には、正直なところ先行きへの不安を覚えさせるものがあった。
曰く、椅子に座ったまま、こちらを一瞥しただけで動こうとしない黒髪の男のことである。
大きく皺の寄った黒いスーツを引っかけ、くたびれた白シャツの襟元を楽そうに寛げている。革靴は土汚れで茶色くまだらに染まり、ズボンにも同じような染みが広がっていた。
引きつる笑顔をどうにか保ちながら、天音はできるだけ男の視界に入る位置へ回り込み、ぺこりと頭を下げる。
「本日付でこちらの課でお世話になります。諏佐天音です。よろしくお願いします」
「……ああ」
返ってきたのは、ひどく気だるげな声だった。
一度だけ合った視線はすぐに外され、素っ気なさだけが残る。
それでも挨拶に応じる気はあるらしく、男はのっそりと立ち上がった。熊を思わせる動きだ。
自然と顔を見上げるほどの身長差。体つきは服の上からでもわかるくらいにがっしりとしており、見るからに武闘派だ。外見にはまるで無頓着なのだろう、伸び放題の漆黒の髪は鳥の巣のようだが、武骨ながら整った顔立ちであることは一目でわかる。すっと通った鼻筋に、やや吊り気味の切れ長の双眸。
その視線には、人のものとは思えない鋭さがあった。暗く研いだ刃のように、鈍色に光って見えた。
この男の名を、武見和基という。
「そいつは誰に対してもそういう態度だから、あまり気にしなくていい」
背中越しに、やわらかい声がかかった。
天音が振り返ると、デスクにもたれかかるように立っていた男性が、静かに歩み寄ってくる。
歩調は穏やかで、武見とは対照的だ。
無駄のない動きなのに、威圧感はない。
柳のような人物だった。
武見とは対照的にしなやかな印象を受けるが、決して細身で頼りないわけではない。こちらもそれなりに鍛えているのだろうことが、佇まいから察せられた。
少し長めの濃紺色の髪をうなじでひとつに括り、アイロンの利いた白いシャツに、三ノ海と同じデザインのベストを羽織っている。両手には黒いグローブ。柔らかな笑顔を浮かべていながら、その奥には一分の隙もない鋭さが潜んでいた。
「瀬津綾仁だ。武見は現場以外、あてにならないだろうから。課内でわからないことがあれば、俺か三ノ海に聞くといい」
意外にも差し出された「よろしく」という手に、天音はほんの一瞬だけ躊躇してから、それを握り返す。大きく骨ばった手は硬く、わずかにひんやりとしていた。
三ノ海に案内されたデスクで荷物を整理し、支給された備品を受け取りながら説明を受けていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
すると一瞬――確かに、武見と目が合った。
いや、合ったというより、観察されていたような感覚に近い。
だが、それもほんのわずかの間。すぐに視線は外され、何事もなかったかのように背を向けられる。気のせいだろう、と天音は思い直す。たとえ見られていたとしても、そこに深い意味などあるはずがない。
それよりも、今はやるべきことが山積みだ。
天音は意識を切り替え、とりあえず備品受け渡し済を示す判を、書類の端に押していった。
課を実質取り仕切っているという係長・弥上の紹介で、現在課内にいる全員が集められ、ざっくりと顔合わせが行われた。
地域怪異相談課は、現在九名。
少数精兵と言えば聞こえがいいが、明らかに窓際の閑職であることは一目瞭然だ。出張中で不在の男性が二名。女性は天音と産休中の女性一名を含め、四名になる。
三ノ海や新しい上司たちは非常に好意的で、全体としては歓迎ムードではあるのだが、先輩兼同僚となるとある人物の態度には、正直なところ先行きへの不安を覚えさせるものがあった。
曰く、椅子に座ったまま、こちらを一瞥しただけで動こうとしない黒髪の男のことである。
大きく皺の寄った黒いスーツを引っかけ、くたびれた白シャツの襟元を楽そうに寛げている。革靴は土汚れで茶色くまだらに染まり、ズボンにも同じような染みが広がっていた。
引きつる笑顔をどうにか保ちながら、天音はできるだけ男の視界に入る位置へ回り込み、ぺこりと頭を下げる。
「本日付でこちらの課でお世話になります。諏佐天音です。よろしくお願いします」
「……ああ」
返ってきたのは、ひどく気だるげな声だった。
一度だけ合った視線はすぐに外され、素っ気なさだけが残る。
それでも挨拶に応じる気はあるらしく、男はのっそりと立ち上がった。熊を思わせる動きだ。
自然と顔を見上げるほどの身長差。体つきは服の上からでもわかるくらいにがっしりとしており、見るからに武闘派だ。外見にはまるで無頓着なのだろう、伸び放題の漆黒の髪は鳥の巣のようだが、武骨ながら整った顔立ちであることは一目でわかる。すっと通った鼻筋に、やや吊り気味の切れ長の双眸。
その視線には、人のものとは思えない鋭さがあった。暗く研いだ刃のように、鈍色に光って見えた。
この男の名を、武見和基という。
「そいつは誰に対してもそういう態度だから、あまり気にしなくていい」
背中越しに、やわらかい声がかかった。
天音が振り返ると、デスクにもたれかかるように立っていた男性が、静かに歩み寄ってくる。
歩調は穏やかで、武見とは対照的だ。
無駄のない動きなのに、威圧感はない。
柳のような人物だった。
武見とは対照的にしなやかな印象を受けるが、決して細身で頼りないわけではない。こちらもそれなりに鍛えているのだろうことが、佇まいから察せられた。
少し長めの濃紺色の髪をうなじでひとつに括り、アイロンの利いた白いシャツに、三ノ海と同じデザインのベストを羽織っている。両手には黒いグローブ。柔らかな笑顔を浮かべていながら、その奥には一分の隙もない鋭さが潜んでいた。
「瀬津綾仁だ。武見は現場以外、あてにならないだろうから。課内でわからないことがあれば、俺か三ノ海に聞くといい」
意外にも差し出された「よろしく」という手に、天音はほんの一瞬だけ躊躇してから、それを握り返す。大きく骨ばった手は硬く、わずかにひんやりとしていた。
三ノ海に案内されたデスクで荷物を整理し、支給された備品を受け取りながら説明を受けていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
すると一瞬――確かに、武見と目が合った。
いや、合ったというより、観察されていたような感覚に近い。
だが、それもほんのわずかの間。すぐに視線は外され、何事もなかったかのように背を向けられる。気のせいだろう、と天音は思い直す。たとえ見られていたとしても、そこに深い意味などあるはずがない。
それよりも、今はやるべきことが山積みだ。
天音は意識を切り替え、とりあえず備品受け渡し済を示す判を、書類の端に押していった。
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