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第一話
銀杏降り落ちる境内で(1)
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空は淡く橙を帯び始めている。
ひらりと落ちて地面に広がる黄色の葉を、箒を使って一か所に集め、袋の中に詰めていく。
天音はふと手を止め、ふぅ、と息を吐いた。
「いやぁ。悪いねぇ。異局さんに、こんな雑用させちまって」
この神社の神主である三縄修造が、落ちてくる葉っぱの元――神社の屋根よりもなお高くそびえる、ご神体の銀杏の木を嬉しそうに眺めている。
天川神社と呼ばれるこの神社は、先ほど武見と歩いていた東本町の商店街を抜けきった先、百貨店が林立するビル街の合間にぽつんと存在している。
三方を建物に囲まれた不思議な場所に立つ神社で、樹齢千年を超えると伝わる大銀杏と、その横に小さなお社がある。夜間は無人になる神社で、修造は別の神社との兼務で奉仕していると言っていた。
神社の境内の脇、渡り廊下に繋がる小さな木製の階段に腰かけている翁が、申し訳なさそうに、しかしどことなくうれしそうに苦笑している。七十を幾ばくか過ぎた老人で、右手を三角巾で吊っていた。
別の場所で草抜きをしている武見によれば、三縄は一か月ほど前――丁度、天音が配属された頃――境内の掃除中にあやかしの押し込み強盗に遭い、利き手を骨折したとのことだった。犯人は依然逃走中で、祭具の一つが盗まれたという。
最初は本館の刑事課が預かっていた事件だったが、抱えている仕事が多すぎて手が回らないということで、地域怪異相談課に回されたらしい。そのため、この事件の担当を武見がしているのだと、ざっくりと説明を受けた。
武見が不在がちであったのは、この事件の引継ぎを受け、かかりきりだったからという。
「いいえ。地域のお役に立つのが、仕事ですから」
本音である。
むしろ、無心で箒を動かしている最中は、武見のことを考えずに済むのでほっとしている。
とはいえ、雑念が湧かないというわけではない。
ふと過ったのは前部署のことだ。それこそ栄転した同期であれば、顔を顰めて冷淡に断っていただろうと思い至る。
ビル風が音を立てて身を掠め、ぞくりとした冷気が首元を荒く過ぎていく。
首を絞められた感覚が、一瞬鮮明に蘇った。
「寒くなったから、一気に葉が落ちてね。なかなか老体ひとりじゃあ、お社を守れないから助かるよ」
のんびりとした声だった。
自分が息を詰め、身を固くしていたことに気づき、天音は悟られないよう、できるだけゆっくりと頷いた。
「他の神社も兼務していらっしゃるんですよね」
「そうそう。山の方にね。ほら、駅から北にまっすぐの」
「ああ。ええと、確か……天龍神宮、でしたよね」
「そうそう。地元じゃ天龍さん、なんて呼ばれてるけどねぇ」
その神社は、異局本館の隣に居を構える、天音たちが所属する地域異類相談課の建物のちょうど真裏――北の山裾に座している。
どうやら国宝だという唐門と呼ばれる正面入口へと、崖を切り開くように長い石段がまっすぐ伸びており、霊験あらたかな神を祀る社として知られている。
異局に配属されてから一度訪れただけなので記憶は曖昧だが、立派な神社だったような気がする。
「あちらには楓と楠があってね。それはそれは立派なんだよ。まあ、今は息子が継いでいるんだけどね」
苦笑交じりの三縄の声に、天音は「今度、お邪魔します」と答えた。
「仕事には慣れたかい?」
ほんの少し、苦笑を滲ませて翁が問うてくる。
天音は一瞬、言葉に詰まった。
ひらりと落ちて地面に広がる黄色の葉を、箒を使って一か所に集め、袋の中に詰めていく。
天音はふと手を止め、ふぅ、と息を吐いた。
「いやぁ。悪いねぇ。異局さんに、こんな雑用させちまって」
この神社の神主である三縄修造が、落ちてくる葉っぱの元――神社の屋根よりもなお高くそびえる、ご神体の銀杏の木を嬉しそうに眺めている。
天川神社と呼ばれるこの神社は、先ほど武見と歩いていた東本町の商店街を抜けきった先、百貨店が林立するビル街の合間にぽつんと存在している。
三方を建物に囲まれた不思議な場所に立つ神社で、樹齢千年を超えると伝わる大銀杏と、その横に小さなお社がある。夜間は無人になる神社で、修造は別の神社との兼務で奉仕していると言っていた。
神社の境内の脇、渡り廊下に繋がる小さな木製の階段に腰かけている翁が、申し訳なさそうに、しかしどことなくうれしそうに苦笑している。七十を幾ばくか過ぎた老人で、右手を三角巾で吊っていた。
別の場所で草抜きをしている武見によれば、三縄は一か月ほど前――丁度、天音が配属された頃――境内の掃除中にあやかしの押し込み強盗に遭い、利き手を骨折したとのことだった。犯人は依然逃走中で、祭具の一つが盗まれたという。
最初は本館の刑事課が預かっていた事件だったが、抱えている仕事が多すぎて手が回らないということで、地域怪異相談課に回されたらしい。そのため、この事件の担当を武見がしているのだと、ざっくりと説明を受けた。
武見が不在がちであったのは、この事件の引継ぎを受け、かかりきりだったからという。
「いいえ。地域のお役に立つのが、仕事ですから」
本音である。
むしろ、無心で箒を動かしている最中は、武見のことを考えずに済むのでほっとしている。
とはいえ、雑念が湧かないというわけではない。
ふと過ったのは前部署のことだ。それこそ栄転した同期であれば、顔を顰めて冷淡に断っていただろうと思い至る。
ビル風が音を立てて身を掠め、ぞくりとした冷気が首元を荒く過ぎていく。
首を絞められた感覚が、一瞬鮮明に蘇った。
「寒くなったから、一気に葉が落ちてね。なかなか老体ひとりじゃあ、お社を守れないから助かるよ」
のんびりとした声だった。
自分が息を詰め、身を固くしていたことに気づき、天音は悟られないよう、できるだけゆっくりと頷いた。
「他の神社も兼務していらっしゃるんですよね」
「そうそう。山の方にね。ほら、駅から北にまっすぐの」
「ああ。ええと、確か……天龍神宮、でしたよね」
「そうそう。地元じゃ天龍さん、なんて呼ばれてるけどねぇ」
その神社は、異局本館の隣に居を構える、天音たちが所属する地域異類相談課の建物のちょうど真裏――北の山裾に座している。
どうやら国宝だという唐門と呼ばれる正面入口へと、崖を切り開くように長い石段がまっすぐ伸びており、霊験あらたかな神を祀る社として知られている。
異局に配属されてから一度訪れただけなので記憶は曖昧だが、立派な神社だったような気がする。
「あちらには楓と楠があってね。それはそれは立派なんだよ。まあ、今は息子が継いでいるんだけどね」
苦笑交じりの三縄の声に、天音は「今度、お邪魔します」と答えた。
「仕事には慣れたかい?」
ほんの少し、苦笑を滲ませて翁が問うてくる。
天音は一瞬、言葉に詰まった。
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