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第一話
帰れない二人(1)
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「――帰るんじゃなかったんですか?」
「誰も戻るとは一言も言ってない」
神社を後にして、路面電車が走る大通りを横切り、十郎町にある石造りの外観の喫茶店で、天音は武見と向かい合って珈琲を飲んでいた。
なお、天音たっての希望で、ここへ来る途中コンビニに寄らせてもらった。サンドイッチとおにぎりは、すでに胃の中に流し終えている。
「おしゃれな店ですね」
武見がこんな店を知っているとはと、天音は意外に思った。
ゆったりとしたバッハが流れる雰囲気の良い店内だ。店を選んだのは、というより、武見についていった先がこの店だっただけなのだが――瀟洒な造りのシャンデリアが高い天井から等間隔につり下がり、煌めいている。
赤いベルベットの、少し硬めのソファは、疲れてへとへとの体を睡魔に誘う危険な代物で、連日連夜ほぼ定時に上がれず残業続きだった体には、かなりきつめの拷問だ。
店内の温度もちょうどよく、意識が飛ばないよう、天音は必死に耐えていた。
「疲れたから一杯飲んで帰る」
「疲れたから、早く帰って仕事を終わらせたいんですが」
ビールでも一杯ひっかけて帰るくらいの口調で言われても、だ。
天音は心の中で舌打ちし、いつもはミルクと砂糖を入れるコーヒーを、ブラックでぐっと飲み干す。薄口の白いカップに注がれた黒い液体はすぐに喉奥へ消えたが、眠気覚ましには十分でない。
そして何より、気になるのは――武見の態度だ。
「頼んだのに飲まないんですか?」
武見は、カップに一度も口を付けていない。
頬杖をついたまま、アーチ型の窓越しにぼんやりと外を見ている。
大きな交差点の角地に立つ喫茶店の外は交通量が多く、車だけでなく人の往来も絶えない。風が冷たいのか、通行人はやや前かがみになりながら襟元を押さえ、足早に過ぎ去っていった。
ほぼ日没の時間帯で、外は薄暗い。車のヘッドライトが縦横に点灯し、道路を照らしながら走っている。
店内には天音と武見のほかに、女子学生が一人。イヤホンで音楽を聴きながら、何か書き物をしているようだった。
そのほかには、カウンターでグラスを磨く店主と、白いエプロン姿のウェイターが一人。
ウェイターは、アメリカンショートヘアの猫のような顔立ちのあやかしで、首から上は猫、下は人間の形をしていた。獣型と区分される部類のあやかしで、人語を解し、親和的な性格の者が多い。
「コーヒー飲んだら帰りましょうね」
明日は久々の公休日だ。流石に半日ほどベッドに沈んでいたい。疲労は溜まっているし、異動したことも実家に一報を入れておかねばならないだろう。
そう思うとかなり気は重いが、とにかく今、最も優先すべきことは課に戻ることだ。
「……妙だな」
ぽつり、と。
雫がゆっくりと落ちるように、武見が呟いた。
鋭利な片目が、窓ガラスに淡く映っている。
「え? なんですか?」
よく聞き取れず、少し武見の方へ体を寄せた、――その時だった。
「誰も戻るとは一言も言ってない」
神社を後にして、路面電車が走る大通りを横切り、十郎町にある石造りの外観の喫茶店で、天音は武見と向かい合って珈琲を飲んでいた。
なお、天音たっての希望で、ここへ来る途中コンビニに寄らせてもらった。サンドイッチとおにぎりは、すでに胃の中に流し終えている。
「おしゃれな店ですね」
武見がこんな店を知っているとはと、天音は意外に思った。
ゆったりとしたバッハが流れる雰囲気の良い店内だ。店を選んだのは、というより、武見についていった先がこの店だっただけなのだが――瀟洒な造りのシャンデリアが高い天井から等間隔につり下がり、煌めいている。
赤いベルベットの、少し硬めのソファは、疲れてへとへとの体を睡魔に誘う危険な代物で、連日連夜ほぼ定時に上がれず残業続きだった体には、かなりきつめの拷問だ。
店内の温度もちょうどよく、意識が飛ばないよう、天音は必死に耐えていた。
「疲れたから一杯飲んで帰る」
「疲れたから、早く帰って仕事を終わらせたいんですが」
ビールでも一杯ひっかけて帰るくらいの口調で言われても、だ。
天音は心の中で舌打ちし、いつもはミルクと砂糖を入れるコーヒーを、ブラックでぐっと飲み干す。薄口の白いカップに注がれた黒い液体はすぐに喉奥へ消えたが、眠気覚ましには十分でない。
そして何より、気になるのは――武見の態度だ。
「頼んだのに飲まないんですか?」
武見は、カップに一度も口を付けていない。
頬杖をついたまま、アーチ型の窓越しにぼんやりと外を見ている。
大きな交差点の角地に立つ喫茶店の外は交通量が多く、車だけでなく人の往来も絶えない。風が冷たいのか、通行人はやや前かがみになりながら襟元を押さえ、足早に過ぎ去っていった。
ほぼ日没の時間帯で、外は薄暗い。車のヘッドライトが縦横に点灯し、道路を照らしながら走っている。
店内には天音と武見のほかに、女子学生が一人。イヤホンで音楽を聴きながら、何か書き物をしているようだった。
そのほかには、カウンターでグラスを磨く店主と、白いエプロン姿のウェイターが一人。
ウェイターは、アメリカンショートヘアの猫のような顔立ちのあやかしで、首から上は猫、下は人間の形をしていた。獣型と区分される部類のあやかしで、人語を解し、親和的な性格の者が多い。
「コーヒー飲んだら帰りましょうね」
明日は久々の公休日だ。流石に半日ほどベッドに沈んでいたい。疲労は溜まっているし、異動したことも実家に一報を入れておかねばならないだろう。
そう思うとかなり気は重いが、とにかく今、最も優先すべきことは課に戻ることだ。
「……妙だな」
ぽつり、と。
雫がゆっくりと落ちるように、武見が呟いた。
鋭利な片目が、窓ガラスに淡く映っている。
「え? なんですか?」
よく聞き取れず、少し武見の方へ体を寄せた、――その時だった。
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