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4話
しおりを挟む響き渡るのは王と王妃の断末魔の叫び。
その悲痛な声が石壁にこだまし、無機質な大理石の床を震わせるたびに、長きにわたる彼らの罪の重さが、まるで亡霊のように空間に満ちていく。
リーゼンシアは、その光景を静かに見下ろしていた。
冷たい青白い光が降り注ぐ中、彼女の姿はまるで彫像のように動かない。血に濡れることのない白銀の装いは、彼女の冷徹さを象徴するかのように無垢で、けれど、その奥に秘められた憎悪と決意は、燃える炎よりも強く揺らめいている。
彼女は、ただ冷ややかに、遠く過去の残響を聞いているように彼らを見つめていた。
わずかに吹き込む夜風が、燃えさしの灯り具の炎を揺るがせた。
正気を失ったように震える王妃の指先が、床を掴むように這う。王の見開かれた瞳には、恐怖と絶望が幾重にも刻まれている。
リーゼンシアの指がわずかに動くと、空気が震え、目には見えぬ力がその場を支配する。
魔力の波動がかすかに揺らめくたびに、王と王妃の喉から洩れる呻きが深く、長く、無駄な抵抗の果てへと導かれていく。
「終わったのか?」
重々しい闇に溶けるような魔王の声が、静寂を切り裂いた。
リーゼンシアは、その問いに迷いなく頷いた。
「はい」
声音には、何の揺らぎもない。まるで、長い年月をかけて準備してきたすべてが、今この瞬間、確かに完遂されたことを証明するかのように、冷静で、確固たるものだった。
魔王の視線が、王と王妃の惨めな姿を一瞥する。
「殺さなかったのか?」
その問いには、わずかな興味が込められていた。
「殺すのは、あまりにも容易いことです」
彼女の声は淡々としていた。
そこには、復讐に酔う情熱も高揚する快感もない。
「死は、人にとっては全ての終わりです。意識も魂も、死を迎えれば等しく平穏に決着する。けれど、この人たちには、罪を犯した分だけ長く生きてもらわねば釣り合いが取れません」
「国はどうなる? お前が導くのか?」
値踏みするような嘲笑を含め、吐き捨てるように下された言葉にリーゼンシアは軽く鼻で笑って返す。
「この国の行く末は、王と王妃が最も愛し、最も信じていた唯一の娘……私の妹、聖女マーテルが担うことになるでしょう。もっとも、彼女が正しく歩むことができればの話ですが。」
リーゼンシアの静かな宣告に、魔王は低く笑いながら問い返した。
「あれが聖女だと?」
「少なくとも、世間ではそう信じられ、崇められていたようですね」
魔王は嘲るように口角を上げた。
「本物の聖女はお前の方だったというのに……なんと愚かなことだ」
彼女の存在を奪われ、偽物の反逆者として民衆に石を投げられ、生贄として魔王のもとに送り込まれた哀れな王女——最初はそう思っていた。だが、その実態はまるで違った。
「お前の方が、俺よりよほど魔王らしい」
魔王の言葉に、リーゼンシアは薄く微笑む。どこか面映ゆげでありながら、その目には迷いも逡巡もなかった。
「私はやるべきことを成し遂げました。だからもう、ここに留まる理由はありません」
復讐など、虚しいものだという者もいるだろう。だが、それは他人の価値観にすぎない。彼女には確かに、復讐を果たすだけの理由があり、果たした先に手にしたものがあった。
「私は私の望む場所へ行きます。私が選んだ者たちと共に、過去とは異なる人生を歩むために」
王族としての義務も、かつての国への未練も、もはや何一つ残ってはいなかった。ただ、未来へと歩む確かな意思だけがそこにあった。
魔王は何も言わず、ただリーゼンシアの背を見送る。その歩みは迷いなく、静かに王座の間の扉へと向かっていく。その背には、すべてを終えた者の静謐な余韻が宿り、もう二度と振り返ることはないと告げていた。
リーゼンシアは足音一つ立てることなく、扉の向こうへと消えていく。その背には、魔王が静かに従い、ふと笑みを浮かべながら一度だけ背後を振り返った。
「確かに、よい復讐方法だ」
そして、魔王は千年ぶりに心の底から笑った。
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