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第1章 光と悪夢

第5話 地獄の深夜

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 午後11時50分、俺とフレイはアメリアに少女が寝ている部屋に案内された。少女は悲鳴を一切上げずに苦しそうな表情をしていた。
 
「じゃあ今日も午前0時から光の魔法を唱えるわよ。私と東条くんは少女に光を当て続けるわよ。フレイはもしも黒魔術師に侵入されたときに戦ってもらえない?」
 
「いいわよ、戦闘なら得意分野よ」
 
「頼もしくて助かるわ。あとは午前0時になるまで集中力を高めておいてね」
 
 俺は少女に近づいて顔を覗き込んだ。助けを呼んでいるかのような表情と痛みに耐えきれないような表情が混じった顔つきだった。俺は一刻も早く少女を救い出して平和な世界に連れ戻したいと願いながら、全神経を集中させて手を握った。
 
 
 
 午前0時、死と隣合わせの危険な戦いが始まった。俺とアメリアは手を広げて部屋を覆い尽くすような光を放った。光は少女の全身を暖かく包み込み、少女の顔が徐々に穏やかになっていく様子だった。これならすぐに少女を助けられるはずだ。俺はさらに魔力を高めて最大限の光量を放射した。
 
 フレイは2人が光の魔法で少女を救っている様子を眺めながら何度も窓ガラスを見つめていた。黒魔術師がいつ来るか分からない恐怖に怯えながらも真剣な表情で黒色しか映らない空を見つめていた。
 
 
 
 午前0時30分、少女が段々と笑顔に近づいてきたとき事件が発生した。強烈な爆発音と共に衝撃波によって天井が破壊され、頭上から黒魔術師が3人襲ってきた。彼らも前回と同様に全身が黒色であり、フードを被っているのが特徴だ。
 
「貴様たちの光の魔法のお陰で厄介な魔道士の居場所が特定できた。ありがたい情報をいただき感謝する。だが私たちの理想の世界の邪魔をする者はここで死んでもらおう」
 
「お前たちの理想の世界は分からないが、悪夢で住人を傷つける奴には負けるわけにはいかない。さっさと悪夢の魔法を解除しろ」
 
「そうか、私たちの悪夢の魔法を楽しんでもらえて嬉しいよ。悪夢は私たちのパワーの源だ。地獄の世界で必死に逃げ惑う姿を見ると気分が良くなるよ。これも雑魚の君たちのお陰だよ。私たちに娯楽を与えてくれてありがとう」
 
「ふざけるな! 少女を返せ!」
 
 俺は爆笑しながら誂っている黒魔術師の挑発に耐えきれず、光の魔法を中断して黒魔術師に向き合った。フレイは「私が1人で片付けるわ」と静止してくれたが俺は奴らと戦うと決めた。奴らの暇潰しのせいで少女や住人の未来が失われていることが許せなかった。
 
「フレイ、全力で行くぞ!」
 
「もちろんよ!」
 
 俺は右手から剣を出現させて黒魔術師に向かって走り出した。そして左足に地面に埋まるほど大きな力をかけながら剣を振り下ろして衝撃波を放った。部屋の壁紙が全て破けるほど高威力の風圧で、黒魔術師は部屋全体に轟音が鳴り響くほど壁に思いっきり叩きつけられた。それを見たフレイは呆然と立ち尽くしていた。
 
「東条くん、真面目に魔法を勉強してきた私よりも強い……。妖精の力は強いなあ……」
 
 しかし黒魔術師はすぐに立ち上がって魔法で剣を出現させた。3人は一斉に俺たちに向かって剣を振り下ろそうと攻撃を仕掛けてきた。フレイは魔法で大剣を出現させて黒魔術師の攻撃を弾きながら腹を切り裂き、俺はアメリアに近づいてくる黒魔術師の鳩尾に拳で衝撃波を発生させて壁に激突させた。
 
 俺とフレイの攻撃で2人の黒魔術師は灰となって消えたが、俺たちを挑発してきた黒魔術師は何度も攻撃を受けても、余裕の表情を見せながらアメリアに指を指して笑っていた。
 
「この魔道士を別の部屋に移動させろ。死の勝負をしようぜ」
 
「ふざけるな! アメリアを1人にする訳にはいかない! アメリアは俺たちが守り、そしてお前を倒す!」
 
「仕方ない、ではこれでどうだ? 君の仲間をもう1人預かったよ」
 
 黒魔術師が指で音を鳴らすと別の2人の黒魔術師に捉えられていたエミリーの姿がいた。エミリーは黒魔術師によって口や体を抑えられて身動きができない状態だった。
 
「エミリーから手を離せ!」
 
「慌てるな、俺たちは君たち2人と戦いたいだけだ。今日はあの魔道士とメイドには危害を加えないと約束する。俺も真面目な人間だぜ、約束は絶対に守るぜ」
 
「本当だな! ならばエミリーから手を離して、部屋の外で俺たちと戦え! フレイは戦えるか?」
 
「もちろんよ! 私はこのために魔法を勉強したんだから! 私も一緒に戦いに付き合ってあげるから、アメリアさんとエミリーさんから離れなさい!」
 
フレイも覚悟が決まるとエミリーを押さえつけていた黒魔術師が離れて外に飛び出した。
 
「2人に最後のメッセージを伝えてから外に出てこい、何分でも待ってやるぞ」
 
 笑っている黒魔術師は窓ガラスを突き破って外に出た。
 
 
 
 俺とフレイが戦う敵は最低でも3人以上いることは確定している。深夜5時までに俺たちが生き残る確率は少なすぎる。だが俺たちには戦うしか手段がなかった。俺はアメリアとエミリーに小声で話した。
 
「戦ってくる。少女の治療は任せた」
 
するとエミリーは俺とフレイに抱きついてきた。エミリーの顔には大粒の涙が流れていた。
 
「行かないでください! 死んではいけません!」
 
フレイは可愛らしい声でエミリーを落ち着けようとしていた。
 
「エミリーさん、落ち着いて。私は死ぬために戦うわけではないのよ。生きるために戦うのよ」
 
「ですがフレイさんの力でも無理ですよ! 負けたらどうするのですか! フレイさんと東条さんがいない世界なんて嫌ですよ!」
 
「大丈夫、心配しないで。私は魔法学校を主席で卒業した努力家の魔道士、東条くんは妖精の力で魔法を習得した最強の魔道士、私たち2人の最高のコンビなら黒魔術師に負けないわ! だから私たちは行くわ。」
 
「分かりました、ですが帰ってきてくださいね!」
 
「もちろんよ、エミリーさんはアメリアさんと最高のコンビで少女を絶対に救ってね」
 
「ええ、私も頑張ります」
 
 俺とフレイはエミリーと抱き合って必ず帰ってくることを約束した。
 
 
 
 アメリアは俺に悲しそうに小声で呟いた。
 
「ごめんね、東条くんに危険な仕事ばかりを押し付けて辛いよね。私ももっと東条くんみたいに魔法が使えたら手助けできると後悔しているわ」
 
「大丈夫だよ、俺は全然辛くないさ。それよりも異世界に来る前の世界のほうが何倍もきつかったから平気だよ。アメリアは自分を卑下しすぎだよ、アメリアだってアメリアにしかできないことがあるだろ。エミリーやリリを悪夢から救ったのはアメリアの力だ。そして目の前にいる患者もアメリアの力で少女に夢を与えられるんだ。アメリアの魔法をもっと誇りに思ったほうがいいよ」
 
「ありがとう、東条くん。東条くんのお陰で少女を救える勇気が出てきたわ。東条くんも私たちに夢を与えてね」
 
「もちろんだ、奴らを倒してくる」
 
 アメリアは俺の手を強く握りしめて俺とフレイの無事を強く願った。その後、アメリアは俺に別れを告げて、再び強力な光を放射し始めた。
 
 
 
 俺とフレイはアメリアとエミリーに話し終えて玄関の前で立ち尽くしていた。この先は絶対に地獄だと判明しているため、俺たちは体が震えて扉を開ける勇気がなかった。
 
「エミリーに自信を持って勝ってくると宣言したけど、本当は扉を開けたくないよね」
 
「そうだな。俺も開けたくないけど開けるしかないよな」
 
 黒魔術師は何分でも待つと約束してくれたが、長時間居座ってしまったら何をされるか分からない。約束を交わしたはずなのにアメリアとエミリーに危害が及ぶ最悪の可能性もありうる。俺たちは数を数えてから扉を開くことに決めた。
 
「3、2、1、開けるよ!」
 
 
 
 俺たちが扉を一斉に開けた瞬間、目の前には10人の黒魔術師に囲まれていた。もう後戻りはできない。
 
「ようやく部屋から出てきたなあ、腰抜け魔道士。さっきまでの威厳はどうした? 本当に君たちは強がりな雑魚だな。俺たちの遊び道具として適当に戦ってやるから覚悟しろよ!」
 
 満面の笑みを浮かべている黒魔道士は俺たちをあざ笑いながらフレイに襲いかかった。黒魔術師は右手から素早く槍を出現させて、フレイが魔法を唱えて武器を出現させている最中に腹を深く突き刺した。フレイが防御できる時間を一切与えないような鋭く高速な攻撃だった。
 
「いやー!」
 
 フレイは大量の血と冷や汗を流していた。フレイの表情は痛みを堪えている表情ではなく、彼女自身の魔法では敵わないと絶望しているような表情だった。笑顔の黒魔術師はすぐに槍を引き抜いて地面に投げ捨てた。その後、奴は俺から100メートルくらい離れて貧乏ゆすりをしながら余裕の表情で立っていた。
 
「俺1人で戦うのも面白そうだけど、雑魚には俺の部下によって死んでもらおうかな。俺は遠くで観戦しているから面白くない決闘はしないでくれよ、雑魚の魔道士」
 
 
 
 俺はフレイの体を持ち上げてから腹に手を当てて回復魔法を唱えた。先程の攻撃は威力が弱い攻撃で助かったが、俺たちの心をへし折られた。
 
「東条くん、どうする? スピードでは黒魔術師のほうが上手だわ」
 
「そうだな、今日は勝つことにこだわらず午前5時まで生き延びることに集中しよう」
 
 俺は魔法で盾と剣、フレイは大剣を出現させて俺たちを囲む9人の黒魔術師に向き合った。黒魔術師は一斉に黒色の球体を出現させて俺たちに向けて放ってきた。直径50センチほどの黒色の球体は俺たちに高速で移動し始め、盾で防御するが一瞬で粉末状のように粉々になってしまった。フレイの大剣も防御したときに破壊されてしまった。
 
「フレイ、午前5時まで防御し続ける作戦は一旦撤回だ。一気に仕留めるぞ。俺たちには攻撃するしか逃げ道はなさそうだ」
 
「そうだね、東条くん。私は遠距離戦で支援するから東条くんは接近戦を頼むわ」
 
「分かった、一気に行くぞ!」
 
 俺は左手に槍を右手に剣を出現させた。俺の目の前にいる黒魔術師に対して、光を纏った剣で黒色の球体を破壊しながら前進して、衝撃波を放ちながら槍で鳩尾を貫いた。黒魔術師は痛みに耐えきれず地面に倒れ込み、黒い灰となって消えた。
 
 フレイは俺の背後で大量の火の弾を黒魔術師の頭上に降らして攻撃した。ゲリラ豪雨のように無数の火の弾が奴らの頭上に当たると魔法を唱えることを中断して逃げるため隙ができた。俺はこの瞬間を狙って黒魔術師の足に向けて槍を地面に食い込むまで深くまで突き刺し、逃げられないような状態にしてから鳩尾に剣を突き刺しながら衝撃波を放った。
 
 俺たちは1人ずつ着実に倒すために戦った。フレイは氷の結晶で黒魔術師を氷漬けにしたり高電圧の電撃で黒魔術師が痺れさせて動けなくなるようにしたりして足止めを徹底した。俺はフレイが作ってくれたチャンスを無駄にしないように、1撃で仕留められるように接近してから砂埃が台風のように飛び散るような威力を発生させる衝撃波を放った。
 
 
 
 午前2時半、フレイが黒魔術師を足止めし俺が1人ずつ仕留める作戦で9人の黒魔術師を倒すことに成功すると遠くで笑っていた黒魔術師は拍手をしながら俺たちの目の前にやってきた。
 
「君たちは素晴らしい。だが俺を倒すことは不可能だ。さあ、俺と戦うのは誰だ?」
 
「俺だ! フレイ、下がっていてくれ」
 
「頼んだよ、東条くん!」
 
「さっさと終わらせてやるから覚悟しろよ、雑魚!」
 
 俺と黒魔術師は真剣に向き合い、フレイは俺の無事を祈りながら手を合わせた。
 
「東条郁人、これで終わりだ!」
 
 黒魔術師は部下よりも数倍大きい黒色の球体を出現させて俺に向けて放ってきた。俺は衝撃波を唱えようとすると心の中からソフイーの声が聞こえた。
 
「黒魔術師には光が有効よ。黒魔術師は光に反応して襲ってくるけど、実は光が苦手だから光を操る魔道士を優先して倒しているのよ」
 
「だから俺たちを複数人で襲ってきたのか」
 
 俺は衝撃波を唱えることをやめて、剣に光を集中させた。太陽のように眩しい光の集合体は真っ暗な空を包み込むように照らした。その光は黒色の球体を一瞬で粉々に破壊した。
 
 黒魔術師から笑みが消え、殺気溢れる表情で俺に向けて槍を突き刺してきた。俺は剣で攻撃を受け止めながら左手で光の魔法を顔に押し付けた。
 
「俺たちは雑魚じゃない! 俺たちが世界を変えるんだ!」
 
 光に耐えきれない黒魔術師は黒い灰となって消え、全ての黒魔術師を倒した。
 
 午前3時、俺とフレイは暗闇の空の下で黒魔術師に勝ったことを喜びながら抱き合った。
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