時刻、24:00:01

草牡丹

文字の大きさ
上 下
2 / 17

第2話 黒夜1《コクヤ》

しおりを挟む
 更なる脅威との遭遇。体は震え思うように動かない。それでもなお彼らはまだ、自分の運命を投げ出してはいなかった。
「ど、どうす…」
「逃げて」
「え、でも。」
「今は町に戻り報告するのが最優先です。気を引きます。何とか二人とともに逃げてください。」
 アーゲラもエノコも、対峙する怪異が放つ気配の大きさに勝つことが困難であると感じていた。アーゲラは本能が叫ぶ危険信号を押し殺すように深くゆっくりと呼吸を繰り返し、「お願いします。」と気丈に振る舞う。
 エノコは涙を飲んで少年の意思を受け取り、少年から距離を取る。目に映る怯える二人の男の子だけは、連れて帰ることを決意した。
 アーゲラは数歩進み、エノコが距離を取ったことを確認してから、盾を叩いた。
「カン!カン!」と大きく鳴る音で、怪異の注意が自分に向くように仕向けた。
大きな音に気づいた怪異だが、意外にも突撃してくるわけではなかった。それどころか、後ずさりをしながら声を発し威嚇しているように見える。
「ゥゥゥワアアアッ!!」
 アーゲラとしては思いもよらぬ状況だったが、疑問に思う余裕はなく、盾を構えながら怪異からの攻撃に備えた。怪異も「ゥウウゥ」と喉を鳴らしているが攻撃を仕掛けてくる気配はあまりない。互いに防御が得意なのだろうか、それとも、、、
 
 続いた硬直を破ったのは怪異だった。怪異は大きな声を上げながらアーゲラに突進した。アーゲラは盾を構え全身全霊を持って待ち構える。
「グゥウワアア!」
「ドンッ!」
「バーーーーン!!!」
「バタッ、、、」


 続いた硬直が不思議なほどにわかりきっていた結末だった。だがそれは余りにも圧倒的な結果だった。
 怪異が突進し、振り上げた右腕が少年に当たると、少年は小石のように簡単に吹き飛び、近くの岩に激突した。勝てるとは正直思っていなかった。しかし、ここまで圧倒的だとは思ってもみなかった。逃げたとて誰が守れるのだろう。
 隙を伺っていた少女も、もはや溢れる出る恐怖を抑え込むことができなくなっていて、男の子たちを助けられる状態ではなくなっていた。
 叩きつけた拳と吹き飛んだ少年を交互に見る怪異。表情からは、明らかな愉悦が露になる。
「ゥバァウオオオウゥ!!!!」

 木々が揺れるほどの雄たけびと、あまりの力の差に、少女はその場に座り込んでしまった。
怪異はゆっくりと少年に近づく。
 しかし少年は諦めていなかった。勝てるわけがないのはわかっているが、仲間が逃げる時間は作らなければならない。少年は立ち上がった。頭からは血を流れ、自分の目が何を映しているかすら定かではないが気力だけを頼りに力を振り絞る。
「に、にげっ、、ろっ、、、」

 エノコの瞳がアーゲラを映した。ふと自分を映せば、ただ座っていた。なぜ、けがの一つもないのに、なぜ、まだ終わっていないのに。
 エノコは歯を食いしばり、地面に着いていた手で力いっぱい地を抉った。そして勢いそのままに、立ち上がり、男の子たちを町に送り届けるために走り出す。零れた涙は宙に舞い少女は己を呪った。満身創痍の彼がまだあきらめていないのに、なぜ自分がすべてを捨て悲観しているのかと。
「走って!!」
 
 少女は男の子たちに叫んだ。アーゲラの姿を見ていた男の子たちも、顔を汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、少女に向かって走った。
少女の声が聞こえたのか怪異の視線を一瞬感じたが、興味は少年にあるらしい。怪異は不気味な表情で少年に歩み寄る。
 少女と男の子たちが合流したとき、少女の視界には、ぼろぼろの体で何かを呟きながら顔をゆっくりと上げる少年の姿が映った。聞こえずとも感じ取れる少年の思いに、意識に反して溢れ出す涙を止めることはできなかった。少女はそのまま体を反転させて、一目散に走りだした。

その時だった。---
しおりを挟む

処理中です...