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10 しっぺ返しは終わりましたわ
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イボンヌとジョフロワはアルトラの監獄で、罪を悔いながら…かどうかはわからないが暮らしている。
私は彼らに十分な食事や睡眠や運動を与えることで、慈悲を示しているつもりだ。
彼らへのしっぺ返しは終わったのだから、苦しみを与え続ける必要はない。
手放すことも大切なのだ。
けれど、『運命』が本当にあるとして、運命が私を手放してくれないこともある。
私が長女・デルフィーヌを出産した直後、レーヌにいる従弟が手紙を寄越した。
「革命政府は行き詰っていて、民衆から革命政府への不満が高まっている。ルシエルの元貴族たちの中には王政復古を目指している者も多い。エレオノーラ即位を待望する声は、日増しに大きくなっているよ」
革命の熱狂が冷めるのは、民衆の生活が立ちゆかなくなったときだ。ルシエルもまた、例外ではなかった。
急進派が革命政府を樹立したあとのルシエルでは、財政は相変わらず崩壊したままで、秩序は消え、民は飢え、国は荒れた。
さらにルシエルを狙う周辺諸国が国境へ軍を派遣し始めた。既存の国境を守れているのは、レーヌ公爵領がありアルトラが支援している国の西部だけだ。
革命の熱に浮かされていた人々が、「あれ?前のほうがマシだったんじゃないか?」と気づき始める。
「ヴィル、私は行くべきでしょうか」
ヴィルは心底心配そうな顔をする。
「出産直後のその身体で行ってほしくはない…というのが本音だ。けれど、もう決めたのだろう?」
私はとことん私を理解してくれる彼に、そっと微笑んで、彼の手に頬を寄せた。
「ええ。私も本当はここでヴィルとデルフィーヌと穏やかに暮らしたいけれど、そうはいかないみたいです。きっとルシエルからのしっぺ返しなのでしょう」
私はルシエル最後の国王、アンリの姪。ルシエルの正統な王位継承者だ。
アルトラ国王軍とレーヌ公爵軍に護られながら、ルシエルの王都を目指す。
内政や外国からの侵略への防衛を巡り意見が合わず、空中分解した革命政府は、あっさりと私たちの進軍を許した。
美しく華やかだった王都の建物や文化財は破壊され、道端には生きているか死んでいるかもわからない人々が横になっている。
(…ひどい)
王城の守りは罠かと疑うくらいに弱く、精鋭ぞろいのアルトラ国王軍とレーヌ公爵軍は、あっさりと革命政府のリーダーたちを捕らえた。
「王族めが…」
そんなつぶやきが、荒れた玉座の間に落ちる。
「じゃああなたたちは何?革命を建前に、この国の人々と美しいものまでも破壊し尽くす者たち?」
「違う!我々はこの国と人々を救済するんだ!」
「でも王都の路上には、あなたたちが救うべき人々が横たわっているわよ。どう説明するの?」
「…そ、れは…」
「答えられないのね。では別の聞き方をするわ。あなたたちは、この国と人々を、何から救済するの?」
「貧しさと飢えだ!」
「その手段が、どうして王政の廃止なの?」
私が元いた世界のように、法律や建前上は身分制度をなくしても、「昔の王侯貴族や地主階級」と、それ以外の格差が根強く残る国は山ほどある。
共和制がうまくいかなくなって帝政に移行した大帝国もあれば、「再配分する」という建前で集めた富を上層部が独占して破綻した国もある。
そもそもが重税や貧困への不満から始まった革命なのだから、人々が豊かに幸せに暮らすという究極の目標を達成できるなら、社会自体は身分制だろうが王政だろうが構わないのだ。
「手段にこだわり過ぎて、大切な目的を見失ったように見えるわ。その結果が窓の外の惨状でしょう」
「…くっ…」
「そしてこのままでは、諸外国がルシエルを併合して搾取することになる。あなたたちのせいで、ルシエルが滅ぶの」
「元はと言えばお前のせいだろう!」
「責任の一端は感じてるわ。だから私は来たの。でも勘違いしないで。重税を課したのも、人々を路上で寝かせているのも私じゃないわ」
彼らは私の話を理解したらしく、頭を垂れた。
「ルシエルを救いたいなら…あなたたちがルシエルを私物化しようとする俗物でないなら、私とともに働きなさい」
私は革命政府のリーダーたちが整備しようとしていた議会を手早く招集させ、議会での投票をもって国王に即位した。
初めてルシエル国民が選んだ女王として…エレオノーラ1世として、王冠を戴く。
「私がもてる力を、惜しみなくルシエルに捧げることを誓う」
ーーー
玉座の間で国民からの嘆願を受けたり、議員たちから法案の説明を受けたりしているとき、今でもふと即位式のことを思い出す。
「もてる力を、惜しみなくルシエルに捧げることを誓う」
10年前の言葉に違わないよう、私は走り続けてきた。
ルシエルとアルトラは連合王国になり、ルシエルはアルトラからの支援を十分に受けて立ち直り、外国からの侵略も防ぎ切った。
国土は豊かになり、教育水準も上がり、完璧な国とは言えないまでも、恥ずべき国ではないはずだ。
(ここまでやったなら、もういいよね?)
私は憲法によって王権を制限し、政治の実権を、元革命政府のリーダーたちも含む閣僚と議会に移した。
この決断は驚きをもって受け止められ、まだ私の力が必要だと引き止めてくれる人もいた。
「本当に良かったのか?」
ヴィルが聞く。
「ええ、きっともう大丈夫でしょう」
運命ももうきっと、私を手放してくれる。
私は右手でヴィルの手を、左手でまだ小さなデルフィーナの手を握った。
「お母様、私ね…弟か妹がほしい」
私とヴィルは顔を見合わせて笑う。
「そうね。待たせてごめんね」
私は彼らに十分な食事や睡眠や運動を与えることで、慈悲を示しているつもりだ。
彼らへのしっぺ返しは終わったのだから、苦しみを与え続ける必要はない。
手放すことも大切なのだ。
けれど、『運命』が本当にあるとして、運命が私を手放してくれないこともある。
私が長女・デルフィーヌを出産した直後、レーヌにいる従弟が手紙を寄越した。
「革命政府は行き詰っていて、民衆から革命政府への不満が高まっている。ルシエルの元貴族たちの中には王政復古を目指している者も多い。エレオノーラ即位を待望する声は、日増しに大きくなっているよ」
革命の熱狂が冷めるのは、民衆の生活が立ちゆかなくなったときだ。ルシエルもまた、例外ではなかった。
急進派が革命政府を樹立したあとのルシエルでは、財政は相変わらず崩壊したままで、秩序は消え、民は飢え、国は荒れた。
さらにルシエルを狙う周辺諸国が国境へ軍を派遣し始めた。既存の国境を守れているのは、レーヌ公爵領がありアルトラが支援している国の西部だけだ。
革命の熱に浮かされていた人々が、「あれ?前のほうがマシだったんじゃないか?」と気づき始める。
「ヴィル、私は行くべきでしょうか」
ヴィルは心底心配そうな顔をする。
「出産直後のその身体で行ってほしくはない…というのが本音だ。けれど、もう決めたのだろう?」
私はとことん私を理解してくれる彼に、そっと微笑んで、彼の手に頬を寄せた。
「ええ。私も本当はここでヴィルとデルフィーヌと穏やかに暮らしたいけれど、そうはいかないみたいです。きっとルシエルからのしっぺ返しなのでしょう」
私はルシエル最後の国王、アンリの姪。ルシエルの正統な王位継承者だ。
アルトラ国王軍とレーヌ公爵軍に護られながら、ルシエルの王都を目指す。
内政や外国からの侵略への防衛を巡り意見が合わず、空中分解した革命政府は、あっさりと私たちの進軍を許した。
美しく華やかだった王都の建物や文化財は破壊され、道端には生きているか死んでいるかもわからない人々が横になっている。
(…ひどい)
王城の守りは罠かと疑うくらいに弱く、精鋭ぞろいのアルトラ国王軍とレーヌ公爵軍は、あっさりと革命政府のリーダーたちを捕らえた。
「王族めが…」
そんなつぶやきが、荒れた玉座の間に落ちる。
「じゃああなたたちは何?革命を建前に、この国の人々と美しいものまでも破壊し尽くす者たち?」
「違う!我々はこの国と人々を救済するんだ!」
「でも王都の路上には、あなたたちが救うべき人々が横たわっているわよ。どう説明するの?」
「…そ、れは…」
「答えられないのね。では別の聞き方をするわ。あなたたちは、この国と人々を、何から救済するの?」
「貧しさと飢えだ!」
「その手段が、どうして王政の廃止なの?」
私が元いた世界のように、法律や建前上は身分制度をなくしても、「昔の王侯貴族や地主階級」と、それ以外の格差が根強く残る国は山ほどある。
共和制がうまくいかなくなって帝政に移行した大帝国もあれば、「再配分する」という建前で集めた富を上層部が独占して破綻した国もある。
そもそもが重税や貧困への不満から始まった革命なのだから、人々が豊かに幸せに暮らすという究極の目標を達成できるなら、社会自体は身分制だろうが王政だろうが構わないのだ。
「手段にこだわり過ぎて、大切な目的を見失ったように見えるわ。その結果が窓の外の惨状でしょう」
「…くっ…」
「そしてこのままでは、諸外国がルシエルを併合して搾取することになる。あなたたちのせいで、ルシエルが滅ぶの」
「元はと言えばお前のせいだろう!」
「責任の一端は感じてるわ。だから私は来たの。でも勘違いしないで。重税を課したのも、人々を路上で寝かせているのも私じゃないわ」
彼らは私の話を理解したらしく、頭を垂れた。
「ルシエルを救いたいなら…あなたたちがルシエルを私物化しようとする俗物でないなら、私とともに働きなさい」
私は革命政府のリーダーたちが整備しようとしていた議会を手早く招集させ、議会での投票をもって国王に即位した。
初めてルシエル国民が選んだ女王として…エレオノーラ1世として、王冠を戴く。
「私がもてる力を、惜しみなくルシエルに捧げることを誓う」
ーーー
玉座の間で国民からの嘆願を受けたり、議員たちから法案の説明を受けたりしているとき、今でもふと即位式のことを思い出す。
「もてる力を、惜しみなくルシエルに捧げることを誓う」
10年前の言葉に違わないよう、私は走り続けてきた。
ルシエルとアルトラは連合王国になり、ルシエルはアルトラからの支援を十分に受けて立ち直り、外国からの侵略も防ぎ切った。
国土は豊かになり、教育水準も上がり、完璧な国とは言えないまでも、恥ずべき国ではないはずだ。
(ここまでやったなら、もういいよね?)
私は憲法によって王権を制限し、政治の実権を、元革命政府のリーダーたちも含む閣僚と議会に移した。
この決断は驚きをもって受け止められ、まだ私の力が必要だと引き止めてくれる人もいた。
「本当に良かったのか?」
ヴィルが聞く。
「ええ、きっともう大丈夫でしょう」
運命ももうきっと、私を手放してくれる。
私は右手でヴィルの手を、左手でまだ小さなデルフィーナの手を握った。
「お母様、私ね…弟か妹がほしい」
私とヴィルは顔を見合わせて笑う。
「そうね。待たせてごめんね」
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