イセカイエージェント株式会社

こじまき

文字の大きさ
3 / 7

【転生者・神田奈央の場合】異世界の孤児院って絶対悪徳だよね?

しおりを挟む
トラックに轢かれて死んだはずの看護師・神田奈央は、エルフェリア王国の伯爵令嬢、マリエン・レーバークーゼンとして目を覚ました。

金髪に青い目をした、美しい伯爵令嬢。

大病院を運営する伯爵家での何不自由ない暮らしが用意されていて、黙って大人しくしていれば、親が決めた結婚相手に嫁ぎ、それなりの幸せを掴めるだろう。

しかし神田…マリエンには確固たる目的があった。

それはこの世界で人助けをすること。

そしてマリエンには、人助けできる自信もあった。

何しろ転生前には異世界系マンガを千冊以上読破しており、知識は豊富だ。

「まずは人身売買をやってる孤児院を探さなきゃ」

異世界系マンガでは決まって、孤児院が「悪と欲望の巣窟」であり、孤児院の運営者はこっそり人身売買で儲けているものだ。

ヒロインは危険を顧みない持ち前の行動力で人身売買を暴き、子どもたちを救う。

その過程でヒーローと出会って愛されちゃったりもする。

早速マリエンはベルに呼ばれてやってきた侍女に、「孤児院で奉仕活動をしたい」と告げた。

ーーー

マルグリッタ孤児院。

マリエンが馬車から降りると、管理者であるシスター・ユリアナが人の良さそうな笑顔で迎えてくれた。

マルグリッタ孤児院の子どもたちは皆健康そうで、服も清潔。食事も栄養バランスが取れている。

シスター・ユリアナは温厚な語り口で孤児院の運営について説明してくれるが、よどみのない説明に、逆にマリエンの疑念は深まる。

「貴族令嬢が来ると聞いたから、いい食事をだしていい服を着せているだけ。これはカモフラージュね」

読み書きや職業教育までしていると聞いて、「ここまで整っているのは逆に怪しい」と、疑いは深まる。

マリエンは食事を準備しているキッチンを舐めるような目で監視し、事務室や子どもたちの寝室を探る。

子どもたちと遊ぶのも勉強を教えるのも読み聞かせをするのも、そっちのけだ。

とにかく証拠を探す。だってそのために来たんだから。

(でも、何もない…巧妙に隠しているのね…!)

「そうだ、子どもたちの身体を確認するのよ!傷があれば虐待の証拠になるわ!」

マリエンは子どもたちの寝室に子どもを集め、ひとりひとり服を脱がせて傷がないか確認する。

(ない…どうして…?)

そこへシスターがやってきて、悲鳴をあげた。

「子どもたちの服を脱がせるなんて、なんてことを!それも他の子が見ている前で…!」
「だって証拠が必要なんだもの…」
「とにかく、早く服を着せてあげてください!」

予定していた時間では何も得られず、マリエンが「また来ます」と告げるとシスターは戸惑った顔をした。

奉仕活動に来たのに、子どもと遊びもせず、子どもの服を脱がせて裸を確認してたのだから当然だ。

しかしマリエンは意に介さない。

「嫌がるってことは、後ろ暗いところがあるということよね。やっぱり怪しいわ」

ーーー

マリエンは今日もマルグリッタ孤児院へ行く。

孤児院に着くと、シスター・ユリアナが「今日もありがとうございます」と、多少無理をしたような笑顔で迎えてくれた。

ここ最近毎日のようにマリエンの訪問を受け、監視されているので、シスターもスタッフたちも正直うんざりしている。

何かを探っているらしいが、探られるようなものがないので、戸惑うばかりだ。

スタッフの中には「孤児院の下に遺跡か埋蔵金が隠れているのかも」なんて、突拍子のないことを言い出す者もいた。

今日もマリエンは何も見つけられず、トボトボと帰途につく。

そこで15~17歳前後の女の子たちが、楽しそうにおしゃべりしながらやってきて、孤児院の門をくぐった。

孤児院の年齢制限を超えているので、ここにいた子たちだろう。

マリエンはぱっと馬車から飛び出し、彼女たちに話しかける。

「辛かったわね…」
「何がですか?」

「人身売買で孤児院から売り飛ばされて、命からがらここに逃げて来たのではないか」というマリエンに、女の子たちは吹き出した。

「ありえません」
「そもそもシスターのせいで売られたのなら、ここに戻ってこないし」
「シスターのことをとっても尊敬しているから、ときどき奉公先から里帰りしているんです」
「奉公先もいいところばかり紹介してもらえるから、ここはすごくいいですよ」

(そんな…)

ーーー

「聖女みたいに優しいと言われるマルグリッタ孤児院のシスター・ユリアナの人身売買を疑い、噛みついた女」として社交界で悪評が広まっても、王都の全孤児院から出禁になっても、マリエンは止まらなかった。

「この世界の誰もが見逃してる…でも、私は知ってるの。異世界では孤児院は闇なのよ!」

マリエンは手当たり次第に孤児院の裏口から忍び込んだ。

ごみ箱を漁り、薬品の瓶を見つけては「子どもを薬漬けにしてる証拠!」と叫ぶ。

事務室の鍵を壊し、経理書類を手当たり次第に引っ張り出してきて、何も見つけられず、ただただ散らかす。

孤児院の管理者が行く先々まで尾行して、粘着する。

転生前からマリエンの友人だった令嬢たちは、最初のうちはマリエンに止めるよう警告してくれたが、マリエン…神田が行動を改めないので離れていった。

家族からも使用人からも白い目で見られ、マリエンは孤立していく。

けれどマリエンは諦めない。

この孤独すら、正義を達成するために必要だからだ。

異世界転生したヒロインたちは、壁にぶちあたっても不屈の精神で乗り越える。その過程が読者の胸を熱くし、最高のイケメンを呼び寄せるのだから。

「みんな今に私が正しいってわかるわ…だって異世界では孤児院は絶対闇だもの…」

ーーー

マリエンは王都から少し離れた場所に、古びた孤児院を見つけた。

「きっとここだ…ついに見つけたわ」

夜、マリエンはすっかり慣れた手つきで孤児院の裏口の鍵をピッキングする。

そして物陰から、職員同士の会話を盗み聞いた。

「今夜は運ぶんだろ?」
「ああ、15歳の女の子を三人だ。ちょうどいい買い手がついた」

マリエンの目が見開かれ、今までの苦労が報われた喜びで胸がいっぱいになる。

拳を握りしめて「やった…やったわ…」とつぶやいた。

今すぐ自分の勝利を、正しさを、正義を、全世界に向けて叫びたい。

正義感と使命感が彼女の背中を強く押す。

(私は正しかった…私はこの世界の英雄だ)

暗がりで立ち上がり、息を大きく吸って「待ちなさい!」と叫ぼうとしたとき、頭に衝撃を感じた。

ーーー

目を覚ますと、マリエンの身体は椅子にロープでくくりつけられていた。腕も足も動かない。

「おはよう、正義の味方気取りさん」

顔を上げると、赤毛に涙ボクロがある1人の女がこちらを見ている。

絶体絶命だが、マリエンの気分は高揚していた。

だってここは悪徳孤児院の地下だから。

「私は正しかった!やっぱりこの世界の孤児院は闇なのよ…!」

女は「ふふ」と笑って、「正義を証明できてよかったわねぇ」とマリエンを祝福した。

「だけど何の意味もないわ」

女は銀色の器具を布で磨く手を止めた。

真実を突き止めたという高揚感が消え、じわじわと恐怖が迫ってくる。

「声がなければ、誰も信じてはくれないもの。それに人を疑ってかかる曇った目も、いらないわ」

叫びたいのに声を出せない。

耐えがたい痛みとともに、マリエンは声と光を失った。

ーーー

マルグリッタ孤児院では、今日も子どもたちが笑ったり頭をひねりながら勉強したりしている。

今日はマルグリッタ孤児院で王都近辺にある孤児院を運営する人たちの情報交換会があり、シスター・ユリアナは朝から忙しくしている。

王都の郊外で孤児院を運営しているという赤毛の女性が、会議の終わりにマリエンの話題を向けた。

「そういえばマリエン・レーバークーゼン嬢のこと、聞かれましたか?」

運営者たちは口々に話し出した。マリエン・レーバークーゼンは、彼らにとって共通の話題なのだ。

「むごいことですわ」
「でもバチが当たったと思いませんか?すべての孤児院を悪の温床扱いしていたのでしょう?うちの孤児院は不法侵入されて驚きましたよ」
「うちもです!虐待だ何だと社交界で言いふらされて、一時期は支援金が減ってどうなることかと思いました」
「でももう言葉も話せないなら、あることないこと言いふらしもできませんね。目も見えないなら我々を探りようもないですし」

「もう彼女に煩わされなくていいのは確かですね」と赤毛の女が話を締めた。

もう誰も、あの郊外の孤児院を疑う者はいない。

正義感に取りつかれた転生者は、もう声を挙げられないから。

◆◆◆

「その後、マリエンは伯爵邸で匿われるようにして暮らし、最後は世話に嫌気がさした侍女に殺されました。以上が転生者番号1056・神田奈央さんについての報告となります」

「正義の暴走だなぁ…」「思い込みの激しそうな人だったもんね」と会議室に囁きが広がっていく。

発表者のイセカイエージェント株式会社・中川は着席した。上司の大塚が聞く。

「最後の孤児院は、もともとの異世界にはなかったんだよね?」
「はい。神田さん…マリエンがなかなか諦めなかったので、システムを変更して悪徳孤児院を追加しました」

「はい!」と新人の山森が手を挙げた。

「システム追加やったことないので、やり方とか注意点、教えてほしいです!」
「そうだなあ。やったことのない人も多いだろうから、この際全社的に展開しよう。中川さん、頼める?」
「はい。自分用のマニュアルは作ってあるので、きれいにして共有フォルダにあげておきますね」

「さすがシゴデキ中川」という声を聞きながら、中川は神田のことを思い出していた。

神田は「転生して人助けがしたい」と言っていた。

前世が看護師だったから、「臓器売買を行っている悪徳病院」を経営する伯爵家の令嬢として転生させたのだ。

なのに彼女はテンプレートにこだわって孤児院を疑い、善意の孤児院運営者たちを煩わせた。

あまりにめげないので、異世界のオーナーから「新しいモブ、うっとうしい」とクレームが入り、システム変更して排除せざるを得なくなったのだった。

まず自分の周りを知ることから始めていれば、すぐそばにある悪に気付き、人助けができたはずなのに。

中川はぐいっと伸びをした。

「まあ山森君がシステム追加を覚えるきっかけにはなったから、人助けはできてるか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

処理中です...