私、貧乏貴族となんて結婚しないから!

こじまき

文字の大きさ
1 / 19

1 うちのお嬢様は変わっている

しおりを挟む
ダービートン伯爵邸では、侍女のアビゲイルがテキパキと主人の外出の準備を進めている。

「アビー、今日は特別念入りにお願いね。王太子殿下もいらっしゃるのだもの。勝負の日だわ」

鏡の前でそう言うのは、ダービートン伯爵令嬢ヴィクトリア。

薄い水色の髪に青い目、白い肌にピンクの唇を持つ、それはそれは美しい令嬢だ。

今は髪を渦巻貝のような形にセットしてもらっている。ヘアアクセサリーは貝殻や珊瑚で、すっかり流行りの小説「海の恋物語」のヒロイン風だ。

「この奇抜さなら王太子の目にも止まるに違いない」とヴィクトリアは満足げに微笑む。

「お嬢様、けれど今日は仮面舞踏会でございましょう?どの殿方が王太子殿下かわからないのでは?」
「甘いわね、アビー」

そういってヴィクトリアは「ちっちっち」と指を振って見せる。

「顔が見えなくてもわかるのよ」
「一体、どうやって?」
「まずは服よ。王太子殿下ともなれば生地の質も違うし、ボタンやカフスなどには殿下のお印が入っているものなの」
「お嬢様、さすがでございます。しかし衣装を変えておられた場合は…」
「お印を外したとしても、喋り方でわかるわ。殿下は長い間留学しておられたから、やや外国訛りがあるの」
「お嬢様、殿下にお会いになったのは一度だけでございましょう?それでそこまで…」
「私をなめないでほしいわね」

ギルバートは最近まで六年間隣国シュラーベンに留学していた。

帰国を歓迎する式典のときに遠くからギルバートの挨拶を聞いただけのはずなのに、ヴィクトリアは仮面舞踏会でも彼がわかると豪語するのだ。

アビゲイルは主人の情熱に舌を巻く。

ヴィクトリアは王太子と結婚するために、ファッションセンス、トークセンスを磨き、常に流行の最先端の場所に身を置き、一方で政治経済や外国語の勉強にも猛然と取り組んできた。

エステもヘアケアももちろん欠かさない。

まさに王太子妃になるために生活を送っているのだ。

(スペックだけなら本当に王太子妃になってもおかしくないわ、このお嬢様は)

そこへ、もうひとりのヴィクトリア付きの侍女であるユリアが花束を持って入ってきた。

大きな大きな、ユリアの顔が見えないくらいたくさんの薔薇が束ねられた花束。秋薔薇のかぐわしい匂いが部屋中に広がる。

「お嬢様、エールブロー侯爵家のフィリップ様からお花が届きました」
「まあお嬢様、見事な薔薇ですわね!」

ヴィクトリアはエールブロー侯爵令息フィリップから届いた花束にちらりと目をやり、ついていたカードに目を通してユリアに返す。

そして机の上のノートをめくってさらさらと何か書き込んで、ふうと溜息をつく。

「私は花になんてちっとも興味がないのに。フィリップ様ったら、こんなもので私が喜ぶとでも思っているのかしら」
「まあ、お嬢様!こんなに、こーんなに大きな薔薇の花束ですわよ。女性なら誰でも喜ぶものでございましょう?」
「アビー、やめてよ。こんな花束がなんの役に立つの?しばらくしたら枯れておしまいでしょ。腐ったら臭いし、捨てるのが面倒だし。薔薇の花束なら、トマトの苗のほうがましよ」
「まあ、お嬢様ったら」
「一番いいのは、先週レナード様がくれたような宝石だけれど。夜逃げのときに持ち運びが楽で、隠しやすくて、換金しやすいから」

アビゲイルとユリアは顔を見合わせる。

このお嬢様には、「ロマンチック」などという言葉は通用しない。

ユリアは全く歓迎されなかった薔薇を不憫に思いつつ大きくて豪華な東洋物の花瓶に活けて、主人の支度を手伝った。

「ユリア、もうちょっと唇に艶を出したいわ」
「かしこまりました」

「色っぽくね」とヴィクトリアは艶々の唇でリップ音を出してみせた。

「王太子殿下のNo. 1になってみせる」と気合十分のヴィクトリアを深いお辞儀をして送り出したアビゲイルとユリアは、頭をあげてまた顔を見合わせる。

「ねえアビゲイル、フィリップ様って新キャラなんだけど、誰?」
「”人がいいのだけが取り柄””財産は中の中”"頭の足りないゆるふわ女子が好み"”総合Bランク”って、お嬢様のノートに書いてあったわ」
「お嬢様のノート…さっきお嬢様が何か書き込んでいた、あれ?」
「そう。あれは殿方の成績表よ。さっきはプレゼントが薔薇だったってメモしておられたのだと思うわ」

花束はヴィクトリアの好みに合わないから、フィリップのランクはBマイナスに下がったかもしれない。

廊下を歩きがてらそんな話をしている彼女たちに、「お嬢様もそろそろレナード様で手を打てばいいのに」と、厨房係のエレンが話しかけてくる。

レナードとは、国王の従弟にあたるランプレヒト公爵レナードのことだ。ヴィクトリアよりかなり年上の男やもめで、ヴィクトリアに熱をあげている。彼女がその気になれば、すぐにでも婚約・結婚と進んでいくだろう。

「領地がずば抜けて豊かで、かなりの金満らしいわよ。後妻とはいえ、お嬢様もきっとご満足でしょうに」とエレン。

「確かにお嬢様のノートでもレナード様はAランクだったわ。でも、そこはお嬢様よ」とアビゲイル。

そして、三人で代わる代わるヴィクトリアの口癖を真似る。

《結婚するなら最低でも侯爵》

《けれど最も安定しているのは国王の嫡男すなわち…》

《王太子殿下!》

「あはははは」と三人で笑ってから、アビゲイルはふと呟いた。

「お嬢様も、本当のお父様があんなことにならなければ、普通の伯爵令嬢だったはずなのに」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

愛情に気づかない鈍感な私

はなおくら
恋愛
幼少の頃、まだ5歳にも満たない私たちは政略結婚という形で夫婦になった。初めて顔を合わせた時、嬉し恥ずかしながら笑い合い、私たちは友達になった。大きくなるにつれて、夫婦が友人同士というのにも違和感を覚えた私は、成人を迎えるその日離婚をするつもりでいた。だけど、彼は私の考えを聞いた瞬間豹変した。

百合好き令嬢は王子殿下に愛される ~男に興味はないはずでした~

九條葉月
恋愛
百合好きな令嬢・リリー。彼女は今日も学園に咲く百合模様を観察していた。 彼女は本来『悪役令嬢』であり、第二王子の婚約者となって破滅する運命だったのだが……。幸運にも第二王子の婚約者にはならず、破滅ルートを回避することができていた。今のところは。 平穏な日々を過ごす中、ずっと見守っていた百合が成就し歓喜するリリー。そんな彼女に声を掛けてきたのは第二王子・エドワードであった。 初対面のはずなのになぜか積極的で、『友人』になろうと提案してくるエドワード。そんな彼の様子に何かが変わりだしたと直感するリリーだった。

処理中です...