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2 婚約破棄ができないのならば
私は婚約破棄のために奔走したけれど、すべて徒労に終わった。
「傍流の我が家から本家に婚約破棄を言い出すなど、できない」
「愛人程度、許してあげなさい」
「家ぐるみで、何も言わずに我慢」という結論。気持ちを汲み取ってもらうことすら、できない。
ならば、とレオン様の寮を訪ねて「婚約破棄していただいて構いません。どうぞあの恋人と婚約なさってください」と訴えても、にやりと笑ってこう言われるだけ。
「やきもちか?」
怒りと呆れのあまり何も言えなかった自分が、情けない。
寮の自室で机を叩きすぎて、手が真っ赤になる。
「…どうしたら」
誰にも届かない気持ちを抱えて、顔を覆ったとき。
「エルミナ、私だ」
控えめなノックのあとに聞こえた、深くて優しい声。
「…殿下?」
魔法科のクラスメイトである、オルフェウス第二王子殿下。
彼こそ、本物の天才。
「研究旅行中では?」
「予定より早く帰ってきたんだ」
殿下のうしろのずらりと控えている侍従たちが、疲れた顔をしている。
「エルミナと婚約者のことを聞いて…心配で」
私は慌てて頭を下げた。
一体、どこからどう伝わったのだろう。
まさか私のためだけに予定を早く切り上げて帰って来たなんてことは、ないと思うけれど。
「内々のことで殿下にまで心配をおかけするなんて」
「謝ることはない。心配するかどうかは私の自由だ」
迷いのない、さっぱりとした物言い。
思わず、くすりと笑いがこぼれる。
このお方は魔法の天才であるばかりか、私の心を軽くする天才でもいらっしゃる。
「君は、私にとって大切な存在なのだから」
少しの間が空いて、「無二の親友だからな」と続けられる。
「魔法式にかける君の情熱と才能を、心から尊敬しているんだ」
私は魔力を火や水に変換して実際に使う「具現化」よりも、背景にある魔法式の解析や開発が得意だ。
重要なわりにとにかく目立たない分野だが、殿下は入学当初から私の魔法式を「すごい」と評価してくださった。
両親にもレオン様にも理解してもらえなかった私の情熱を、ただ一人認めてくれた方。
だから「尊敬」や「無二の親友」というもったいないお言葉も、素直に信じられる。
「そう言っていただけて、どれほどありがたいことか」
「言うだけなら簡単だ。ただ私は、それで終わりたくない」
「…?」
「エルミナ、君のために行動させてほしい。ずっと君を見ていたのに…動くのが遅すぎた」
見ていた、とは?
それを聞く前に、殿下が続ける。
「ブラント伯爵令息なりに君を好いているようだったから手を出さずにいたが…こんなことになるなんて」
「何かしたい。何ができる」と聞かれて、私は視線を落とした。
婚約自体に不備はないのだから、第二王子とて手の出しようがない。
静かに「何も」と首を振ると、ギリっと殿下が歯を噛む音がする。
「では結婚するのか?あんな男と?」
婚約者のことをはっきり「あんな男」なんて言われて、私は思わずまた笑ってしまう。
「ふふ…仕方ありません。私も貴族の娘ですから」
「笑い事ではない」
真剣な声で言い切られて、本当に心配してくれているのがわかる。
けれど私は諦めていた。
「卒業と同時に、レオン様と結婚します」
殿下に、さようならを告げるように笑いかける。
結婚当初から愛人のいる夫に、嫁ぐ。
意趣返しをしたくても、私が愛人をもつことはできない。「いつかレオン様との間に生まれる子」の正統性が疑われるようなことは、あってはならないのだから。
「あんな男のために、泣かないでくれ」
オルフェウス殿下の指が、涙を拭ってくれる。
「正攻法で婚約解消ができないのならば、こんな案はどうだろうか」
それは…私の人生を一変させる提案だった
「傍流の我が家から本家に婚約破棄を言い出すなど、できない」
「愛人程度、許してあげなさい」
「家ぐるみで、何も言わずに我慢」という結論。気持ちを汲み取ってもらうことすら、できない。
ならば、とレオン様の寮を訪ねて「婚約破棄していただいて構いません。どうぞあの恋人と婚約なさってください」と訴えても、にやりと笑ってこう言われるだけ。
「やきもちか?」
怒りと呆れのあまり何も言えなかった自分が、情けない。
寮の自室で机を叩きすぎて、手が真っ赤になる。
「…どうしたら」
誰にも届かない気持ちを抱えて、顔を覆ったとき。
「エルミナ、私だ」
控えめなノックのあとに聞こえた、深くて優しい声。
「…殿下?」
魔法科のクラスメイトである、オルフェウス第二王子殿下。
彼こそ、本物の天才。
「研究旅行中では?」
「予定より早く帰ってきたんだ」
殿下のうしろのずらりと控えている侍従たちが、疲れた顔をしている。
「エルミナと婚約者のことを聞いて…心配で」
私は慌てて頭を下げた。
一体、どこからどう伝わったのだろう。
まさか私のためだけに予定を早く切り上げて帰って来たなんてことは、ないと思うけれど。
「内々のことで殿下にまで心配をおかけするなんて」
「謝ることはない。心配するかどうかは私の自由だ」
迷いのない、さっぱりとした物言い。
思わず、くすりと笑いがこぼれる。
このお方は魔法の天才であるばかりか、私の心を軽くする天才でもいらっしゃる。
「君は、私にとって大切な存在なのだから」
少しの間が空いて、「無二の親友だからな」と続けられる。
「魔法式にかける君の情熱と才能を、心から尊敬しているんだ」
私は魔力を火や水に変換して実際に使う「具現化」よりも、背景にある魔法式の解析や開発が得意だ。
重要なわりにとにかく目立たない分野だが、殿下は入学当初から私の魔法式を「すごい」と評価してくださった。
両親にもレオン様にも理解してもらえなかった私の情熱を、ただ一人認めてくれた方。
だから「尊敬」や「無二の親友」というもったいないお言葉も、素直に信じられる。
「そう言っていただけて、どれほどありがたいことか」
「言うだけなら簡単だ。ただ私は、それで終わりたくない」
「…?」
「エルミナ、君のために行動させてほしい。ずっと君を見ていたのに…動くのが遅すぎた」
見ていた、とは?
それを聞く前に、殿下が続ける。
「ブラント伯爵令息なりに君を好いているようだったから手を出さずにいたが…こんなことになるなんて」
「何かしたい。何ができる」と聞かれて、私は視線を落とした。
婚約自体に不備はないのだから、第二王子とて手の出しようがない。
静かに「何も」と首を振ると、ギリっと殿下が歯を噛む音がする。
「では結婚するのか?あんな男と?」
婚約者のことをはっきり「あんな男」なんて言われて、私は思わずまた笑ってしまう。
「ふふ…仕方ありません。私も貴族の娘ですから」
「笑い事ではない」
真剣な声で言い切られて、本当に心配してくれているのがわかる。
けれど私は諦めていた。
「卒業と同時に、レオン様と結婚します」
殿下に、さようならを告げるように笑いかける。
結婚当初から愛人のいる夫に、嫁ぐ。
意趣返しをしたくても、私が愛人をもつことはできない。「いつかレオン様との間に生まれる子」の正統性が疑われるようなことは、あってはならないのだから。
「あんな男のために、泣かないでくれ」
オルフェウス殿下の指が、涙を拭ってくれる。
「正攻法で婚約解消ができないのならば、こんな案はどうだろうか」
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