聖女に嫌がらせを受けていると思っていたら実は執着されていましたが、どっちにしろ死ぬほど嫌なのでさようなら

こじまき

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婚約者はいなくなる

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イヴァリース伯爵であるお父様が、私に縁談をもってきたのはそのころだった。「聖女にたかる田舎令嬢」との縁談をもちかけてくださるなど、なんとも奇特な方だ。目の届く範囲にマリーローズのいない未来を生きられるかもしれないなら、お断りする理由はなかった。

縁談を承知するという返事をお父様に送ると、縁談の相手であるアンズワース男爵ヒューバート様が王宮に訪ねて来られた。

「質素な部屋でお恥ずかしいのですが」
「いいえ。王宮にお部屋があるというだけで素晴らしいことです。アンナローズ嬢は聖女様からかなり信頼されているとか」
「…そうだといいのですが」

ティーテーブルにご案内して五分も経たないうちに、私は気づいた。ヒューバート様はマリーローズの話ばかりしていると。

「聖女様の慈悲は本当に奇跡のようだ」

「聖女様の美しさは、内面の美しさが表出したものだ」

ああ、そういうこと。そうよね。

マリーローズに近づきたくても、ヒューバート様の身分では到底無理。それならばと、私を踏み台にしようと思ったわけだ。でも私だって彼を「王宮とマリーローズから離れるための踏み台」にしようとしているのだから、文句は言えない。お互い様なのだ。

「仮面夫婦になることは目に見えてる」と思ったとき、内ドアをコンコンとノックする音がした。「アンナ、入ってもいい?」とマリーローズの声がする。入ってほしくはないが、ヒューバート様は期待に満ちた目で私を見る。

私はドアを開けた。

「あら、お客様がいらしてたの?邪魔してごめんなさい」

銀髪が柔らかく揺れ、ピンクレッドの瞳は申し訳なさそうな色を浮かべつつ、しかし煌めきは失わない。彼女は何も意図していないように…ただ無邪気に挨拶しただけのように見せている。

ヒューバート様はもうマリーローズに釘付けだ。私がここにいることも、私が彼の婚約者となり妻となることも、もう忘れているだろう。

マリーローズはいかにも自然に、私の腕に腕を絡める。私が彼女を守る騎士であるかのように。そして私の肩にことんと頭を乗せた。

ヒューバート様は「可愛くてたまらない」というようにマリーローズを見る。

「アンナ、こちらの素敵な殿方はどなた?もしかしてあなたの恋人なの?」

「素敵な殿方」という言葉に顔を真っ赤にしたヒューバート様はさっと跪いて、震える手でマリーローズの手をとり、長いキスをする。

「お初にお目にかかります、聖女様。アンズワース男爵ヒューバートと申します」

私との婚約の挨拶に来たのだとか、そういったことは一切言わない。もう言う気もないだろうし、本当にその事実を忘れているのかもしれない。

結局、婚約の話はまとまらなかった。ヒューバート様は熱に浮かされたように「聖女様、聖女様」と言いながら王都から領地に帰り、お父様に断わりの連絡を入れてきた。

「アンナ、私のせいなの?ごめんなさい、本当にごめんね。許して。私があのときアンナの部屋にお邪魔さえしなければ」

侍女たちの前で、マリーローズのピンクレッドの瞳から、大粒の涙が溢れる。その様子すら真珠が零れ落ちるように美しくて、侍女たちまでもらい泣きしそうになっていて、私はもう嫌気がさしてしまう。

こう言うしかない。

「マリーのせいじゃないわ」

マリーローズがぐすぐすと何とか泣き止んで、侍女たちがほっと胸をなでおろす。

「そうよね?ヒューバート様のせいよね?アンナの良さを理解しないヒューバート様が悪いのよね?」
「…きっとそうね」
「そうよね。アンナはこんなに素敵なのだもの。アンナの良さを本当に理解している男性にじゃないと、渡せないわ」

そう言うなら、そんな男性を連れてきてちょうだい。そしてあなたはもう姿を現さないでちょうだい。私は心の中でそう叫んだ。
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