聖女に嫌がらせを受けていると思っていたら実は執着されていましたが、どっちにしろ死ぬほど嫌なのでさようなら

こじまき

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聖女の騎士

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「アンナ!お願いがあるの!」

マリーローズはまた侍女たちの前で、甘い声を上げた。

「今度の建国祭で、私をエスコートしてほしいのよ」
「エスコート?私があなたを?」
「ええ」
「どうして?あなたのエスコートをしたい男性は、たくさんいるでしょうに」
「リオネルのエスコートには飽きちゃったんだもの。彼はいつも”どれだけ私のことを好きか”しか話してこないし、つまらないわ」

そんなことを聞いたら、王太子殿下は膝から崩れ落ちるだろう。婚約者を差し置いて誰が見てもわかるくらい熱烈にマリーローズを愛し、愛を囁いているのに、歯牙にもかけられていないとは。

「じゃあ神殿の神官様でもいいし、お父様にお願いしてもいいじゃない。どうしてわざわざ私が…」
「アンナが私をエスコートしてくれているのを見たら、みんなに私がアンナのことを本当に大切にしていると伝わるわ。そうしたら王宮でのアンナの立場も、よくなると思うの」

侍女たちはまた「ごくつぶしの妹にもお優しい聖女様」とうるうるモードだ。背の高さは同じはずなのに、なぜか上目遣いで「だめ?」と聞かれて、私は諦めるしかない。「嫌だ」と言ったところで、どうなるというのだろう。

「いいわ」
「やったっ!じゃあ騎士服を着てねっ!」
「え、男性の格好で…?」
「もちろん!私、騎士様にエスコートしてもらうのが夢だったの!小さいときに話したでしょ?」

騎士様にエスコートしてもらうのが夢なら、本物の騎士に頼めばいい。王宮には腐るほどいるのだから。なぜ私なのだろう。マリーローズが思いついた新手の遊びか嫌がらせなのだろうか。もう疑問をもつ気力すらなくなってしまって、私はただただ採寸をされ、仮縫いをされ、準備の流れに乗せられていくばかり。

気付けばもう建国祭当日で、「聖女マリーローズ様およびイヴァリース伯爵令嬢アンナローズ様、ご入場です」と高らかに呼び上げられている。「騎士様は私より背が高くないと」と厚底の靴を履かされ、歩きにくい。なんとか姿勢を保ちながらマリーローズをエスコートする。

得意満面なマリーローズと、「令嬢が騎士の格好だなんて」「今年は仮装建国祭だったか?」「マリーローズ様は相変わらず美しいけれど」「アンナローズ様は本当に男みたい」というクスクス笑い。マリーローズの新たな嫌がらせは、見事に成功していると言える。

マリーローズは早々に王太子殿下に連れ去られてしまい、手持ち無沙汰になった騎士アンナローズは庭に出る。噴水が見えるベンチに腰を下ろすと、涙が出そうになった。けれど涙が出るということは、まだ諦めていないということなのかもしれない。

「アンナローズ嬢?」

急いで涙を拭いて目を上げると、見慣れない男性が立っていた。制服は魔法騎士団のもの。

「魔法騎士団のハヴェル・クレメントと申します。先日あの…アンナローズ様がスペンス侯爵令息に殴られたときにお会いしました」

そう言えばこの深い声には聞き覚えがある。

「もしかして、私を抱き起こそうとしてくださった方ですか?」
「ええ」
「お礼も言わないままで申し訳ございません。あのときは目がよく見えていなくて、お顔がわからずに」
「ええ、わかります。顔を殴られるとそうなりますよね」

クレメント卿は「ご立派なエスコートでした」と微笑みかけてくれる。馬鹿にしている様子はない。何故だか止めたはずの涙がまた溢れてくる。

「聖女様はなぜあなた様にこんな仕打ちをなさるのか…」
「わかりません。もう何も」

風が吹き、噴水の水面が揺れた。
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