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恋と愛
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ハヴェル様は私にお手紙をくださるようになった。
彼がプラーミア王国の伯爵家出身で、風魔法の腕を磨くため、留学してここイルミナ王国の魔法騎士団に入ったこと。
卵料理が好きで、トマトは苦手なこと。
私のトリアージの手際とクレーム気質の患者への対応を見て、好意をもってくださったこと。
…そしていつか私に、クレメント領の広大な小麦畑が風に揺れる様子を見せたいこと。
私は夜になると、ハヴェル様が飛ばしてくれるフクロウが来るのを窓辺で待つのが日課になった。本当はお会いしてお話がしたくても、マリーローズに見られたら、ヒューバート様のときのように、潰されるかもしれない。だからフクロウが運んでくれる手紙が精一杯なのだ。
ハヴェル様はほんのりと薔薇の香りがする便箋でお手紙をくださる。
私も、マリーローズからもらっている少しのお小遣いで、綺麗な便箋と封筒を買う。
それがいけなかった。
「アンナ、誰に手紙を書くの?」
マリーローズの口は笑っているが、ピンクレッドの瞳は笑っていない。
「お父様よ。お父様以外にいると思う?」
言ってから気づく。私にはお父様とハヴェル様のほかに、手紙を書く相手などいないことに。伯爵領にいたころの友達とは、いつの間に疎遠になってしまっていた。マリーローズに囚われているうちに、私は一人になっていたのだ。
「ね、アンナが嘘をつくときの癖、私が知らないと思う?耳を触るの。この可愛い右耳を」
マリーローズの声は甘く、私の耳に触れる指は羽のように軽い。けれど私はゾクリと動きを止めた。
「アンナのことは全部知ってる。これからも全部知っていたいわ」
そう言ってマリーローズは私の机を漁り始める。「アンナはいつも、大事なものは二段目の引き出しの底板の下よね」と言いながら。隙間に定規を差し込んで底板をはがす手つきがあまりに手慣れていて、今まで何回も何回もマリーローズがそうやってきたのだろうと、私は悟った。寒気がする。
マリーローズはいとも簡単にハヴェル様の手紙を探し当てて読み始める。
「小麦畑を一緒に見たい、ですって…?こんなの絶対許せない」
「マリー、もうやめてよ…!どうして…どうしてこんなことするの」
「どうしてかって?」
マリーローズは手紙を神聖な火で燃やす。灰の中に一瞬だけ薔薇が香って、すぐ消えた。
「アンナはわからないの?」
「わからない…!みんなに寄生虫と呼ばせて、騎士に殴らせて、婚約を潰して…そんなに悪いことを私がした!?そんな嫌がらせをするほど、あなたを怒らせるようなことをしたっていうの?」
「アンナ、誤解してるわ。悲しい」
「誤解!?これだけ嫌がらせして、友達と引き離して私を王宮で一人にして、何が誤解!?」
「一人じゃないわ。私がいるでしょ?」
マリーローズの声はいつもと同じように甘くて高い。表情には微塵の揺らぎもなくて、瞳は子どものように澄んでいる。彼女はまったく嘘をついていない。私はぞっとした。
「私さえいればいいでしょ?」
マリーローズは一歩、私に近づいた。
「私にはアンナさえいればいい。だからアンナにも私さえいればいい」
「なんで…なんでそんなこと言うの…」
「愛してるからよ。アンナだけを愛してるから」
私は混乱する。彼女の愛は、姉妹愛と呼べるようなものなのだろうか。そう信じたいけれど、彼女の瞳に宿っているのは、そんな温かい灯りではないように思える。
「マリー、私だってもちろん姉であるあなたを愛してるけど…」
「違うのよ、アンナ。その愛は私のとは違うの」
マリーローズは私の頬を両手で挟む。逃げようにも、もう後ろには壁しかなかった。ピンクレッドの目には狂愛に満ちた炎が揺れる。
「私の愛は、こういう愛なの」
そう言ってマリーローズは私にキスをした。私はただただ、息を止めた。
彼がプラーミア王国の伯爵家出身で、風魔法の腕を磨くため、留学してここイルミナ王国の魔法騎士団に入ったこと。
卵料理が好きで、トマトは苦手なこと。
私のトリアージの手際とクレーム気質の患者への対応を見て、好意をもってくださったこと。
…そしていつか私に、クレメント領の広大な小麦畑が風に揺れる様子を見せたいこと。
私は夜になると、ハヴェル様が飛ばしてくれるフクロウが来るのを窓辺で待つのが日課になった。本当はお会いしてお話がしたくても、マリーローズに見られたら、ヒューバート様のときのように、潰されるかもしれない。だからフクロウが運んでくれる手紙が精一杯なのだ。
ハヴェル様はほんのりと薔薇の香りがする便箋でお手紙をくださる。
私も、マリーローズからもらっている少しのお小遣いで、綺麗な便箋と封筒を買う。
それがいけなかった。
「アンナ、誰に手紙を書くの?」
マリーローズの口は笑っているが、ピンクレッドの瞳は笑っていない。
「お父様よ。お父様以外にいると思う?」
言ってから気づく。私にはお父様とハヴェル様のほかに、手紙を書く相手などいないことに。伯爵領にいたころの友達とは、いつの間に疎遠になってしまっていた。マリーローズに囚われているうちに、私は一人になっていたのだ。
「ね、アンナが嘘をつくときの癖、私が知らないと思う?耳を触るの。この可愛い右耳を」
マリーローズの声は甘く、私の耳に触れる指は羽のように軽い。けれど私はゾクリと動きを止めた。
「アンナのことは全部知ってる。これからも全部知っていたいわ」
そう言ってマリーローズは私の机を漁り始める。「アンナはいつも、大事なものは二段目の引き出しの底板の下よね」と言いながら。隙間に定規を差し込んで底板をはがす手つきがあまりに手慣れていて、今まで何回も何回もマリーローズがそうやってきたのだろうと、私は悟った。寒気がする。
マリーローズはいとも簡単にハヴェル様の手紙を探し当てて読み始める。
「小麦畑を一緒に見たい、ですって…?こんなの絶対許せない」
「マリー、もうやめてよ…!どうして…どうしてこんなことするの」
「どうしてかって?」
マリーローズは手紙を神聖な火で燃やす。灰の中に一瞬だけ薔薇が香って、すぐ消えた。
「アンナはわからないの?」
「わからない…!みんなに寄生虫と呼ばせて、騎士に殴らせて、婚約を潰して…そんなに悪いことを私がした!?そんな嫌がらせをするほど、あなたを怒らせるようなことをしたっていうの?」
「アンナ、誤解してるわ。悲しい」
「誤解!?これだけ嫌がらせして、友達と引き離して私を王宮で一人にして、何が誤解!?」
「一人じゃないわ。私がいるでしょ?」
マリーローズの声はいつもと同じように甘くて高い。表情には微塵の揺らぎもなくて、瞳は子どものように澄んでいる。彼女はまったく嘘をついていない。私はぞっとした。
「私さえいればいいでしょ?」
マリーローズは一歩、私に近づいた。
「私にはアンナさえいればいい。だからアンナにも私さえいればいい」
「なんで…なんでそんなこと言うの…」
「愛してるからよ。アンナだけを愛してるから」
私は混乱する。彼女の愛は、姉妹愛と呼べるようなものなのだろうか。そう信じたいけれど、彼女の瞳に宿っているのは、そんな温かい灯りではないように思える。
「マリー、私だってもちろん姉であるあなたを愛してるけど…」
「違うのよ、アンナ。その愛は私のとは違うの」
マリーローズは私の頬を両手で挟む。逃げようにも、もう後ろには壁しかなかった。ピンクレッドの目には狂愛に満ちた炎が揺れる。
「私の愛は、こういう愛なの」
そう言ってマリーローズは私にキスをした。私はただただ、息を止めた。
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