聖女に嫌がらせを受けていると思っていたら実は執着されていましたが、どっちにしろ死ぬほど嫌なのでさようなら

こじまき

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逃げましょう

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翌日から私は部屋に幽閉された。

「アンナローズは精神的な病で、神聖力が効かないから、なかなか回復しない」と説明していると、マリーローズは嬉々として語っていた。あながち間違いではないのだろう。けれど私よりもマリーローズのほうが重篤な病であることは間違いない。

マリーローズは日に三回、食事を手ずから運んでくる。そして飽きずに夢を語る。

「もうすぐだからね。リオネルが聖杯に願ってくれる。そしたらアンナは男の子になって、私と結婚できるの」

「子どもは何人欲しい?私は最低でも二人は欲しいな。私にそっくりな女の子と、アンナにそっくりの男の子がいたら、可愛いと思わない?」

「王宮は騒がしいから、どこか田舎で暮らせたらいいよね。小麦畑が見えるところでもいいよ」

私は何も言えなかった。ただ、マリーローズはどうしてここまで壊れてしまったのだろう、と考えていた。

マリーローズが泣きながら仕事から帰ってきたことがあった。眠れていないのか目の下にクマをつくっていることもあった。聞いても何も話してくれなくて、私は彼女の手を握って、抱きしめて、添い寝することしかできなかった。もっと他に、何かできなかったのだろうか。他に何かしていたら、変わっていたのだろうか。

窓辺で星を眺める。窓の鍵は固定されていて、開けられない。閉じ込められている。ハヴェル様にもお父様にも連絡を取る手段はない。ここでマリーローズに言われるがままに、身体が男に変えられてしまうのを待つしかない。

私が男になってマリーローズと結婚したら、彼女が望むようにキスして抱きしめたら、彼女を救えなかった罪滅ぼしになるのだろうか。

…本当に?

もたれかかっていた窓が、激しく揺れた。

「アンナローズ嬢!窓から離れて!」

ガラスが砕け、冷たい風が部屋に流れ込む。香炉が倒れ、カーテンがふわりと舞う。

「ハヴェル様…?ハヴェル様っ…!!」

声が震えた。助けに来てくれた。現実とは思えないけれど、彼の腕に抱かれて彼の温かさを感じた瞬間、涙が溢れてきた。ハヴェル様は私の頬、肩、腕を確かめるように触る。

助けに来てくれた。彼と一緒に逃げられる。

「遅くなってすみません。ご無事でよかった。フクロウが怪我をして帰って来てから返事が途絶えて…嫌な予感がしていたのですが、警備がきつくて中からは近づけなくて。強硬手段に出てしまいました」

「急ぎましょう、早く逃げないと」とハヴェル様が私を窓から連れ出そうとしたとき、部屋の扉が開いた。

「あらアンナ、クレメント卿がいらしてたの?」

マリーローズ。

「療養中なのだから、お客様を招かないでって言ったのに。私のいいつけにそむくなんて、アンナらしくないのね」

「困った子ね」というように、首をほんの少しかしげている。ハヴェル様は一歩前に出て腕を伸ばし、私を守ろうとしてくださるけれど、マリーローズは彼のことなど目に入らないかのように、私に顔を近づけた。

「でも今はそれよりも、ね、いい知らせよ。ようやくリオネルが聖杯に願いをかけてくれることになったの。散々お願いしてようやくよ」

マリーローズは両手を胸の前で組む。ピンクレッドの瞳には狂喜の光が宿っていた。
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