8 / 8
さようなら
しおりを挟む
マリーローズはハヴェル様に「クレメント卿も、アンナが男性に変わるところをご覧になる?」と微笑みかける。まるで「珍しい土産があるから見ていくか」というような、軽い調子で。
彼女が花瓶に活けていた薔薇に手をかざすと、薔薇がしゅるりと伸びて私とハヴェル様の身体に巻き付く。
「ごゆっくりどうぞ」
マリーローズが振り返ると、聖杯を手にした王太子殿下が入ってきた。
「王太子殿下、こんなことに聖杯を使うなんていけませんっ!マリーは正気じゃありません!!」
「…わかってる」
王太子殿下は怒りのこもった目で私をみる。そしてすうっと剣を抜いた。
「お前のせいだ、アンナローズ!マリーが正気じゃないのも、マリーが俺を愛さないのも!!」
そうなの?私のせいなの?責任の一端は確実にあるだろう。もっと何かできたはず。だけど私だけのせいじゃない。どうしていつも私が悪者になってしまうの?どうしてみんながみんな私をはけ口にするの?
もう嫌だ。女のままでも男になるにしても、結局こんな人生なら、死んだ方がいい。
「アンナローズ嬢!だめだ!王太子殿下、おやめください!!」
最後にハヴェル様を見る。さようなら、私の最初で最後の恋。あなたと小麦畑を歩きたかった。
私は目を閉じた。
けれど衝撃も痛みも来ない。「ぐうっ」という苦しそうな声でうっすらと目を開けると、王太子殿下がマリーローズの神聖力に捉えられていた。艶やかだった彼の顔が干からび、目が落ちくぼみ、手足が痩せ、髪が抜けていく。急激に老化しているのだ、と気づくのに時間がかかった。
「神聖力は植物の成長を早めるでしょ?それを人間でやってみたら老化するかもってずっと思ってたの。思ったとおりだったね。アンナを守るために使えて良かった」
マリーローズはふらふらとした足取りで聖杯に近づいて、拾い上げる。神聖力を消費して、体力が枯渇しそうになっているのだろう。私とハヴェル様を捕らえていた薔薇も、いつの間にか枯れて床に転がっている。
「リオネル、願って。アンナが私の夫になれるようにって」
「嫌だ…」
「願ってよ!願ってくれるって言ったじゃない!」
年老いた王太子殿下の目から涙がこぼれる。
「愛してるんだ、マリーローズ…」
「あなたからの愛なんていらないの!私が欲しいのはアンナだけよ!願いなさい!」
マリーローズが王太子殿下に向かって聖杯を振り上げて、くらりと倒れた。
「マリー!」
けれどハヴェル様が私の腕を引く。
「アンナローズ嬢、今逃げないと」
「でも…っ」
床に倒れたマリーが、「アンナ…」と私に手を伸ばす。涙が頬を伝っている。久しぶりに彼女の涙を見た気がする。
私は最後、彼女の頬に触れてそっと涙を拭いた。
「ごめんね、マリー。私もあなたの愛はいらないの。こんな愛ならいらない。さようなら」
私はハヴェル様の腕に抱かれて、夜の闇の中に飛び出した。
ーーー
ハヴェル様は私がマリーローズの情報に触れないよう気遣ってくださったけれど、こっそりと彼女が「王太子殿下を殺そうとした罪人」として塔に監禁されていることは聞いた。マリーローズは罪を認め、塔での生活に文句も言わず過ごしているらしい。
風が吹き抜ける。
「アンナにこれを見せたかったんだよ」
「…本当に素晴らしいです」
広大な小麦畑が風に揺れる、クレメント領の光景。彼女との思い出や彼女への想いは、新しい思い出が積み重なるたびに、少しずつ瓶の底に沈んでいくようにぼやけていく。
それでも夜、時折耳の側で聞こえる「アンナ」という彼女の声に、私は目を覚ます。そして隣で眠っているハヴェル様の体温を感じながら、「どうしたの、マリー」と答えるのだ。
彼女が花瓶に活けていた薔薇に手をかざすと、薔薇がしゅるりと伸びて私とハヴェル様の身体に巻き付く。
「ごゆっくりどうぞ」
マリーローズが振り返ると、聖杯を手にした王太子殿下が入ってきた。
「王太子殿下、こんなことに聖杯を使うなんていけませんっ!マリーは正気じゃありません!!」
「…わかってる」
王太子殿下は怒りのこもった目で私をみる。そしてすうっと剣を抜いた。
「お前のせいだ、アンナローズ!マリーが正気じゃないのも、マリーが俺を愛さないのも!!」
そうなの?私のせいなの?責任の一端は確実にあるだろう。もっと何かできたはず。だけど私だけのせいじゃない。どうしていつも私が悪者になってしまうの?どうしてみんながみんな私をはけ口にするの?
もう嫌だ。女のままでも男になるにしても、結局こんな人生なら、死んだ方がいい。
「アンナローズ嬢!だめだ!王太子殿下、おやめください!!」
最後にハヴェル様を見る。さようなら、私の最初で最後の恋。あなたと小麦畑を歩きたかった。
私は目を閉じた。
けれど衝撃も痛みも来ない。「ぐうっ」という苦しそうな声でうっすらと目を開けると、王太子殿下がマリーローズの神聖力に捉えられていた。艶やかだった彼の顔が干からび、目が落ちくぼみ、手足が痩せ、髪が抜けていく。急激に老化しているのだ、と気づくのに時間がかかった。
「神聖力は植物の成長を早めるでしょ?それを人間でやってみたら老化するかもってずっと思ってたの。思ったとおりだったね。アンナを守るために使えて良かった」
マリーローズはふらふらとした足取りで聖杯に近づいて、拾い上げる。神聖力を消費して、体力が枯渇しそうになっているのだろう。私とハヴェル様を捕らえていた薔薇も、いつの間にか枯れて床に転がっている。
「リオネル、願って。アンナが私の夫になれるようにって」
「嫌だ…」
「願ってよ!願ってくれるって言ったじゃない!」
年老いた王太子殿下の目から涙がこぼれる。
「愛してるんだ、マリーローズ…」
「あなたからの愛なんていらないの!私が欲しいのはアンナだけよ!願いなさい!」
マリーローズが王太子殿下に向かって聖杯を振り上げて、くらりと倒れた。
「マリー!」
けれどハヴェル様が私の腕を引く。
「アンナローズ嬢、今逃げないと」
「でも…っ」
床に倒れたマリーが、「アンナ…」と私に手を伸ばす。涙が頬を伝っている。久しぶりに彼女の涙を見た気がする。
私は最後、彼女の頬に触れてそっと涙を拭いた。
「ごめんね、マリー。私もあなたの愛はいらないの。こんな愛ならいらない。さようなら」
私はハヴェル様の腕に抱かれて、夜の闇の中に飛び出した。
ーーー
ハヴェル様は私がマリーローズの情報に触れないよう気遣ってくださったけれど、こっそりと彼女が「王太子殿下を殺そうとした罪人」として塔に監禁されていることは聞いた。マリーローズは罪を認め、塔での生活に文句も言わず過ごしているらしい。
風が吹き抜ける。
「アンナにこれを見せたかったんだよ」
「…本当に素晴らしいです」
広大な小麦畑が風に揺れる、クレメント領の光景。彼女との思い出や彼女への想いは、新しい思い出が積み重なるたびに、少しずつ瓶の底に沈んでいくようにぼやけていく。
それでも夜、時折耳の側で聞こえる「アンナ」という彼女の声に、私は目を覚ます。そして隣で眠っているハヴェル様の体温を感じながら、「どうしたの、マリー」と答えるのだ。
24
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?
夕立悠理
恋愛
ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。
けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。
このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。
なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。
なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)
彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
番?呪いの別名でしょうか?私には不要ですわ
紅子
恋愛
私は充分に幸せだったの。私はあなたの幸せをずっと祈っていたのに、あなたは幸せではなかったというの?もしそうだとしても、あなたと私の縁は、あのとき終わっているのよ。あなたのエゴにいつまで私を縛り付けるつもりですか?
何の因果か私は10歳~のときを何度も何度も繰り返す。いつ終わるとも知れない死に戻りの中で、あなたへの想いは消えてなくなった。あなたとの出会いは最早恐怖でしかない。終わらない生に疲れ果てた私を救ってくれたのは、あの時、私を救ってくれたあの人だった。
12話完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
婚約破棄イベントが壊れた!
秋月一花
恋愛
学園の卒業パーティー。たった一人で姿を現した私、カリスタ。会場内はざわつき、私へと一斉に視線が集まる。
――卒業パーティーで、私は婚約破棄を宣言される。長かった。とっても長かった。ヒロイン、頑張って王子様と一緒に国を持ち上げてね!
……って思ったら、これ私の知っている婚約破棄イベントじゃない!
「カリスタ、どうして先に行ってしまったんだい?」
おかしい、おかしい。絶対におかしい!
国外追放されて平民として生きるつもりだったのに! このままだと私が王妃になってしまう! どうしてそうなった、ヒロイン王太子狙いだったじゃん!
2021/07/04 カクヨム様にも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる