18 / 43
18
しおりを挟む
しかし、だ。
ケイが病に倒れた時、状況は一変した。
貧しく困窮した親子は治療費を捻出できなかったのだ。
ポーラは息子を救うために娼館に身を売った。
しかし、正妻セオドラの手先が金を奪い、結局、治療費を払うことができなかった。
スラムの人々は、自分たちを助けてくれた元貴族のケイ母子を助けたいと強く願った。
「ケイ兄ちゃんを助けたい」
「ポーラおばさんを救わなきゃ」
だが、セオドラの手先がスラムに目を光らせ、誰も手を出すことができなかった。
その執念は見事とすら言えた。
「逆らったら、俺たちまで殺されてしまう……」
「ごめんよ、ケイ兄ちゃん……」
それでも、スラムの人々は諦めなかった。
彼らはお金を出し合い、戦地の伯爵ユヴェルナートに手紙を送った。
「ケイ兄ちゃんが危ない。ポーラおばさんが……」
その手紙が、戦地にいる父ユヴェルナートとテオドールの元に届いたの奇跡と言えただろう。
手紙を読んだテオドールと父は、国王にお家騒動の勃発を訴えて許可をもぎ取り、戦地から必死に帰還した。
一刻も早く帰らなければ、ケイたちが危ない――。
だが、彼らが屋敷に戻った時には既に手遅れだった。
屋敷に着くなり、テオドールと父は家中を駆け回ってケイとポーラを探した。
「ケイ! ポーラ様! どこにいるんだ!」
いない!
母の手先の使用人を脅し、締め上げて、ケイたちが今はスラム街にいることや、今このとき死にかけていることを知った。
当然、父ユヴェルナートは大激怒した。
「なんということだ……! ケイとポーラを追放して殺し、海に捨てよと命じただと!?」
セオドラは、狂ったように笑っていた。
「遅かったじゃありませんか、旦那様。余計なゴミを掃除しただけですの。褒めてくださってもよろしくてよ?」
ユヴェルナートの顔から血の気が引いた。
しばらく葛藤する様子を見せていたが、覚悟を決めたように、セオドラを強く睨みつけた。
「お前を、もう妻とは認められん……離縁する」
その瞬間、セオドラの顔が歪み、狂気の笑みを浮かべた。
「旦那様。あなたはどれだけわたくしを苦しめれば気が済みますの? は、は、ははは……なら、貴方も地獄へ堕ちなさい!」
隠し持っていた短刀が閃き、ユヴェルナートの腹を貫いた。
だが、彼も剣を抜き、セオドラを刺し返した。
二人は血まみれで倒れた。
ほんの、ごく短い時間に二人の命は完全に消えてしまった。
「母上、……父上!」
テオドールは、震える足で両親の元に駆け寄った。
「……なぜ、こんなことに……!」
頭を抱え、叫んだ。
「テオドール様! ケイ様とポーラ様の行方がわかりました! お早く!」
絶望に浸っている暇はなかった。
側近の騎士がケイたちの情報をかき集めて報告に来た。
戦地から戻ったばかりの疲労と、目の前で父母の悲劇を目の当たりにして心は千切れる寸前だった。
だが自らを叱咤して馬でスラム街のケイたちの家へ駆けつけると、怪しい動きをする男たちを見つけた。
彼らは、大きな袋を抱えて海に向かっていた。
袋の中身は恐らく、――ケイとポーラだ!
(間に合ったか!?)
「何をしている!」
「えっ? テオドール様!?」
「おい、早く海に捨ててしまえ!」
テオドールが叫ぶと、男たちは驚いた顔をして、慌てて袋を海に投げ入れた。
ザバァン――
「ケイーーーッ!!」
テオドールは必死に手を伸ばした。
だが、間に合わなかった。
袋は沈んでいく。
中から、男の手が見えた。
ケイの手だ、と気づいたらもう堪らなかった。
「嫌だ、嫌だ! ケイ! ポーラ様ぁぁぁ!」
テオドールは海に飛び込もうとしたが、騎士たちに止められた。
「坊ちゃま、危険です! 波が荒れています!」
「放せ! 放せぇぇぇぇ!」
必死にもがき、叫んだが、ケイとポーラは二度と浮かんでくることはなかった。
「なんでだ。どうしてこんなことになった? 母上、どうしてなのですか!?」
屋敷で父と相打ちになり、血の海に沈んだ母セオドラ。
「あなたがポーラ様を憎むのはわかる。夫を他の女に取られているのだから」
拭いようのない涙が、テオドールの黒い目から次から次へと溢れ、頬を伝って落ちていく。
「だが、ケイは……父を同じくする私の、弟なのですよ! どうして。どうして……!」
テオドールはその場に膝と両手をついて項垂れた。
(これでは、何のためにケイを虐めていたのかわからない。私がケイを邪険に扱えば母上の目が逸れるからと必死だったのに)
(こんな。こんなことになるとわかってたら、もっと……もっと私は兄としてケイと関わりたかった!)
「ケイも、ポーラ様も、父上も、母上も……皆、いなくなってしまった……!」
そして、強く願った。
(もし、もう一度やり直せるのなら……)
(もう二度と、こんな悲劇は繰り返さない!)
その瞬間、金色の光が弾けた。
光は目の前の海の中からと、――テオドールの身体から発せられていた。
「なんだ? 眩しい……!」
慌てて目を閉じる。そのまま意識が薄れて自分を失った。
次に目を開けたとき、テオドールは今の十歳の子供の頃に戻っていた。
これが、テオドールが回帰した経緯である。
「ケイ。君がポーラ様を大切にしてるのと同じぐらい、私も母を……救いたいのだ」
ケイの様子と、自称守護者のピアディなるウパルパを見て確信した。
(ケイ。お前も回帰しているのだな。恐らくあのウーパールーパーの力か)
(我ら二人が回帰しているなら……今度こそ、悲劇を変えられるかもしれない)
今ほどケイが『上手く立ち回っている』光景は初めて見た。
回帰前、いつもケイは、セオドラや使用人たちの嫌がらせに耐えるばかりで、自分から動けない子だったのに。
しかし、ケイに真実を話すことが、果たして正解なのか――
テオドールは、激しい葛藤に苛まれていた。
ケイが病に倒れた時、状況は一変した。
貧しく困窮した親子は治療費を捻出できなかったのだ。
ポーラは息子を救うために娼館に身を売った。
しかし、正妻セオドラの手先が金を奪い、結局、治療費を払うことができなかった。
スラムの人々は、自分たちを助けてくれた元貴族のケイ母子を助けたいと強く願った。
「ケイ兄ちゃんを助けたい」
「ポーラおばさんを救わなきゃ」
だが、セオドラの手先がスラムに目を光らせ、誰も手を出すことができなかった。
その執念は見事とすら言えた。
「逆らったら、俺たちまで殺されてしまう……」
「ごめんよ、ケイ兄ちゃん……」
それでも、スラムの人々は諦めなかった。
彼らはお金を出し合い、戦地の伯爵ユヴェルナートに手紙を送った。
「ケイ兄ちゃんが危ない。ポーラおばさんが……」
その手紙が、戦地にいる父ユヴェルナートとテオドールの元に届いたの奇跡と言えただろう。
手紙を読んだテオドールと父は、国王にお家騒動の勃発を訴えて許可をもぎ取り、戦地から必死に帰還した。
一刻も早く帰らなければ、ケイたちが危ない――。
だが、彼らが屋敷に戻った時には既に手遅れだった。
屋敷に着くなり、テオドールと父は家中を駆け回ってケイとポーラを探した。
「ケイ! ポーラ様! どこにいるんだ!」
いない!
母の手先の使用人を脅し、締め上げて、ケイたちが今はスラム街にいることや、今このとき死にかけていることを知った。
当然、父ユヴェルナートは大激怒した。
「なんということだ……! ケイとポーラを追放して殺し、海に捨てよと命じただと!?」
セオドラは、狂ったように笑っていた。
「遅かったじゃありませんか、旦那様。余計なゴミを掃除しただけですの。褒めてくださってもよろしくてよ?」
ユヴェルナートの顔から血の気が引いた。
しばらく葛藤する様子を見せていたが、覚悟を決めたように、セオドラを強く睨みつけた。
「お前を、もう妻とは認められん……離縁する」
その瞬間、セオドラの顔が歪み、狂気の笑みを浮かべた。
「旦那様。あなたはどれだけわたくしを苦しめれば気が済みますの? は、は、ははは……なら、貴方も地獄へ堕ちなさい!」
隠し持っていた短刀が閃き、ユヴェルナートの腹を貫いた。
だが、彼も剣を抜き、セオドラを刺し返した。
二人は血まみれで倒れた。
ほんの、ごく短い時間に二人の命は完全に消えてしまった。
「母上、……父上!」
テオドールは、震える足で両親の元に駆け寄った。
「……なぜ、こんなことに……!」
頭を抱え、叫んだ。
「テオドール様! ケイ様とポーラ様の行方がわかりました! お早く!」
絶望に浸っている暇はなかった。
側近の騎士がケイたちの情報をかき集めて報告に来た。
戦地から戻ったばかりの疲労と、目の前で父母の悲劇を目の当たりにして心は千切れる寸前だった。
だが自らを叱咤して馬でスラム街のケイたちの家へ駆けつけると、怪しい動きをする男たちを見つけた。
彼らは、大きな袋を抱えて海に向かっていた。
袋の中身は恐らく、――ケイとポーラだ!
(間に合ったか!?)
「何をしている!」
「えっ? テオドール様!?」
「おい、早く海に捨ててしまえ!」
テオドールが叫ぶと、男たちは驚いた顔をして、慌てて袋を海に投げ入れた。
ザバァン――
「ケイーーーッ!!」
テオドールは必死に手を伸ばした。
だが、間に合わなかった。
袋は沈んでいく。
中から、男の手が見えた。
ケイの手だ、と気づいたらもう堪らなかった。
「嫌だ、嫌だ! ケイ! ポーラ様ぁぁぁ!」
テオドールは海に飛び込もうとしたが、騎士たちに止められた。
「坊ちゃま、危険です! 波が荒れています!」
「放せ! 放せぇぇぇぇ!」
必死にもがき、叫んだが、ケイとポーラは二度と浮かんでくることはなかった。
「なんでだ。どうしてこんなことになった? 母上、どうしてなのですか!?」
屋敷で父と相打ちになり、血の海に沈んだ母セオドラ。
「あなたがポーラ様を憎むのはわかる。夫を他の女に取られているのだから」
拭いようのない涙が、テオドールの黒い目から次から次へと溢れ、頬を伝って落ちていく。
「だが、ケイは……父を同じくする私の、弟なのですよ! どうして。どうして……!」
テオドールはその場に膝と両手をついて項垂れた。
(これでは、何のためにケイを虐めていたのかわからない。私がケイを邪険に扱えば母上の目が逸れるからと必死だったのに)
(こんな。こんなことになるとわかってたら、もっと……もっと私は兄としてケイと関わりたかった!)
「ケイも、ポーラ様も、父上も、母上も……皆、いなくなってしまった……!」
そして、強く願った。
(もし、もう一度やり直せるのなら……)
(もう二度と、こんな悲劇は繰り返さない!)
その瞬間、金色の光が弾けた。
光は目の前の海の中からと、――テオドールの身体から発せられていた。
「なんだ? 眩しい……!」
慌てて目を閉じる。そのまま意識が薄れて自分を失った。
次に目を開けたとき、テオドールは今の十歳の子供の頃に戻っていた。
これが、テオドールが回帰した経緯である。
「ケイ。君がポーラ様を大切にしてるのと同じぐらい、私も母を……救いたいのだ」
ケイの様子と、自称守護者のピアディなるウパルパを見て確信した。
(ケイ。お前も回帰しているのだな。恐らくあのウーパールーパーの力か)
(我ら二人が回帰しているなら……今度こそ、悲劇を変えられるかもしれない)
今ほどケイが『上手く立ち回っている』光景は初めて見た。
回帰前、いつもケイは、セオドラや使用人たちの嫌がらせに耐えるばかりで、自分から動けない子だったのに。
しかし、ケイに真実を話すことが、果たして正解なのか――
テオドールは、激しい葛藤に苛まれていた。
46
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。
そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。
二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。
やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。
そんな彼女にとっての母の最期は。
「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。
番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ありふれた聖女のざまぁ
雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。
異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが…
「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」
「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」
※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる