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第三十七話 角麻の宝箱
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四龍は国の王であり要である。
彼らが通った道には清々しい"気"が満ちるが故に彼ら国王は定期的に国を歩いて回る。
そして火を司る四龍の朱雀の名を持つ男もその務めを果たすべくあれこれと手を打っていた。
「 祝融、鈴、頼みがある。」
騰礼は刈り上げた左のこめかみをポリ、と掻くと困った様な顔をして二人を執務室へと呼び出した。
今度の公務で厄介事が生じた。
その対処に彼の側近と仙桃妃のお世話係に白羽の矢が立った。
騰礼が出来そうか、と渋面を作って問うのに対し二人は目も頰も輝かせ、やりますと食い気味に返答し我先にと部屋を飛び出した。
パタン、と閉まった扉を見ながら
騰礼はまた困った様な顔をしてこめかみを掻く。
「後で農園へ行く。誰か手伝ってくれ。」
ーーーーー
澄み渡る秋空は高いが、ここ高天原は更に突き抜けた様に空が高い。
遠くまで広がる空と立ち並ぶ白いビニールハウスがのどかで良い雰囲気を醸し出している。
ここは何処かの田舎か、いや神様の国だったわ。
「そろそろあいつの名前考えてやらないとな。」
遠くで駆ける二つの影をぼんやりと眺める。
虎徹と一緒に駆け回る黒い虎は背中に黒翼を持っていて虎徹の脚に捕まりそうになると、ふわりと宙に浮いて交わしている。
「何が良いかなぁ。」
桃李は少し前、仙桃妃として天帝に四凶をその役目から解放してくれる様に願い、それは成就された。
四凶の為の四つの宝珠の内の一つ、涙型の水晶が今彼の額に嵌っているが代わりにちょっとした弊害が出ていた。
とあるアニメと同じ。
目が覚めたら身体が縮んでしまっていたーーなんてな。
どこの名探偵だ。
2メートルはあった窮奇の真っ黒の虎の体躯は今や小型犬並みになっている。
いや、虎だからせめて猫だな。
40センチ程になった窮奇は、正直怖くないどころか可愛いらしい程でしかも背中には小さな翼が生えている。
そんな二人が駆け回る姿は何物にも替え難く萌える。
可愛いもふもふの天使達だ。
もう少し眺めていたいがそろそろ部屋へ戻らなければ。
「虎徹、窮奇かえるぞー!」
二人はパッと振り返り一目散にこちらへと走って来たかと思えば道の途中でじゃれ合い始めた。
窮奇が飛びかかり虎徹を甘噛みしたり鋭いパンチを繰り出しているがちゃんと力加減をした優しいパンチだ。
和むわ。
もの凄く和むわ。
永久に見ていられそうだな、と思っていると後ろに控えた護衛が控えめに声を掛ける。
「仙桃妃様、そろそろお部屋へ。」
「まったく。いつまで遊んでるんだ二人とも。おれが呼んだら直ぐに来ないといけないんだぞ?」
ぐりぐりと額を押し付けてくる虎徹の頭を撫でる。少し前までは大きくなった姿で居たこともあったのに、窮奇が小さくなってからは虎徹も子虎のままでいる事が増えている気がする。
そんなところも可愛いのだ。
自分の子なら尚更可愛い。
「この、甘え上手め。」
ーーーーー
「お帰りなさい桃李さん」
「お帰り、仙桃妃さまっ」
騰礼に呼ばれ鈴が部屋を出て行ったのは知っているが、まさか 祝融まで来ているとは思わなかった。
小麦色の肌と金髪巨乳が目立つ美女だが、これが凄まじい猛者なのだそうで騰礼の側近兼護衛を担っているらしい。
「何コレ。」
桃李の部屋が反物で埋め尽くされている。
扇子も帯も帯留めもあるのは分かるが、一つだけ理解出来ないのが、女物の着物一式が桃妃宮へと運び込まれたという事。
「嫌な予感がする」
残念なことに桃李の勘は恐ろしい程よく当たる。
ため息を吐いて、ふと鋭い視線を感じた時ーー桃李は誰かに抱きしめられた。
「な、」
言葉が詰まる、というか息が出来ない。
突然目の前が何かに覆われ、何かふにふにふわふわとして良い匂いがする程よい重量感の、柔らかい、最高の感触の何かに鼻と口を塞がれてる。
「... 桃李さんは巨乳がお好きなのですね。」
「ぅえ、え!?」
ガバッと重みのある柔らかな何かを押し抜けるとそこには祝融がいて、桃李は彼女の胸にぎゅうっと抱かれていたのだ。
物凄いジト目で鈴がこちらを睨んでいる。
丁度去年の今頃、桃李を口付けで宥めすかし半ば強引に花嫁衣装を着せた男がいて、ソイツと目の前の祝融の唇が同じ様な弧を描いて言う。
「これは龍王様からの命令です、桃李様。」
肩をさらりと撫でられ背筋をつぅ、と指が滑る。
「流石のわたしでも逆らう事は出来ませんが。もしかしたらこの祝融、桃李さまのそのぽってりとした愛らしい唇で接吻を頂けるのでありましたら、もしかすると。もしかするかもしれませんのでーー」
宜しければどうぞ、と促され祝融の手が桃李の肩をほんの少し引き寄せる。
「つまり、おれが祝融さんにチューしたら、この着物着なくて良いって事?」
「はい」
「嘘だな。」
「興味がおありではないですか。龍王様以外の仙人との接吻は?貴方様は睦言の折、甘やかで可憐で麗しい表情をされると。この祝融聞き及んでおります。」
「はぁ、!?」
一体何処のどいつだそんな事を吹き込んだ奴は、と叫んだら何と犯人はそこに居た。
目の前だ。
そんな不意打ちは欲しくなかった。
「桃李さんの嬌声は砂糖菓子の様に甘く蕩けて、そこらの女性など目でもない程愛らしいのですよ祝融。」
「鈴っ、!?」
「桃李さん、そこの祝融は普段可愛い女性が大好物だそうですが。桃李さんは別格だそうです。その大きいお胸にズドンと突き刺さったそうですよ。」
ふふ、と軽やかでピュアな微笑みが返された。
「気をつけてくださいね桃李さん。あくまでその祝融は貴方を抱き潰したいのですから。ね、祝融?」
「わたしは桃李さまが無垢で無くとも構わない。むしろ龍王様に大いに愛された身体を労わりながらこの祝融は更に愛し抜く自信がありますので。さ、はやくこの祝融に甘い口付けを。」
肩が更に引き寄せられる。
祝融か、溢れる息がかかる程彼女の唇が近くなる。
ーーヤバイヤバイヤバイっ、!
ゴクリ、と生唾を飲み込んだその時だった
「出来ました祝融!」
「おお、待ってました鈴様!」
「へ?」
間抜けな声が出て、更に寸前まで迫っていた祝融の唇が遠退いた。
祝融が更に一歩後ろへ下がると、桃李を上から下まで見る。
はぁ…と、言葉も無いと言った風の祝融が熱い吐息を吐いて桃李の肩を軽く押すので、促されるままその場でぐるっと一周回って見せる。
「ですが、行きはこちらで宜しいとしても、式典用と訪問用と作業用と帰り用の着物も決めなくてはいけませんね。」
「そもそも式典用は龍王様とお揃いなんだろ?」
「えぇ。朱と黒で用意している筈です。」
二人は桃李を残し向こうに並んだ反物を見てあーでもない、こーでもないと白熱した議論を交わしている。
「何なんだ。」
ふと首を巡らせると大きな姿見が目に入る。
薄桃色の布に波紋の綺麗に広がった柔らかな着物を着た…おれが写っていた。
「な…っんだよこれ!?」
「何って着物ですよ桃李さん」
「いつの間にっ、」
さっきですよ、と祝融が言い放つ。
そして桃李は気付いた。
まんまと乗せられたのだ。
大きな胸のお姉さんにあっさり翻弄されたのだ。
これだから童貞は、と友康が居たら完全に笑われていたに違いない。
「さぁ、一度着てしまえば二度も三度も同じですよ、桃李さん!」
「そうかもね…そうだね、分かったよ。分かったからせめて派手なやつは止めてくれ。」
こうなるともう、桃李に打つ手は無い。
あとは、煮るなる焼くなり好きにしてくれと言い残して、荒く意気込む彼女達の着せ替え人形に徹することにした。
ーーーーー
その夜、桃妃宮の特別な寝室には不機嫌丸出しの桃李が立てこもり、土産を抱えて扉の前で立ちつくす騰礼の姿があった。
桃李の為に組まれた木目の美しい箱形の寝台はその扉も繊細な木彫りが美しい。
小さな角麻模様の組子が嵌められており、そこから微かに桃李の肌や浴衣の色が垣間見え目にした者にこそ特別な感情を沸き立たせる。
せっかくのその美しい箱に、今は最高に不貞腐れた仙桃妃が引き籠っている。
「何だよ」
口から出たのは刺でも生えた様な一言。
それを軽く笑って流しながら騰礼は手に持った土産をテーブルに置く。
「二人が、桃李に似合う物をと張り切っていた。」
「そうだろうなっ、」
そうでなくては着せ替え人形に徹した意味が無い。
鏡の前に立たされていくつも反物を肩に当て、採寸し、着付けてみた。
慣れてくれば色んな柄や色や刺繍が有って思いの外楽しかった。
見たこともない様な金の糸も、虹色に輝く布もすごく興味深かった。
それなのに。
目の前に立つ朱色男は少しも、チラリとも桃李の部屋へ顔を出さなかった。
「なんで、昼間来なかったんだよ」
言いながらじわじわと顔が熱くなる。
余りある羞恥心で声が震える。
「騰礼が、見たいって聞いたからおれも色選んだりしたんだぞ、」
そんな風な事を鈴も祝融も言っていた。
桃李は着物が似合う、とぽそりと溢していたらしい。
女物の着物なんて白無垢以外に着たこと無いから知らないが騰礼が気に入ったのなら着てみようかなと思え、しかも公務に関することなら初めからそう言ってくれていれば…無駄な抵抗はしなかった様に思う。恐らく。
こんな風に、勝手に期待して、勝手に我慢して、腹を立てることも無かった筈だ。
おれの愛を返せ、と傲慢過ぎる物言いを喉元で押し留める。
「それは、惜しい事をしたな。」
初めはどうとでもしてくれと言いながらも、途中から自分であれもこれもと意見をした。前の色のやつが良いとか、あの小物の方が良いとか何とか。
「桃李、桃食べないか?」
組子扉の向こうで騰礼がテーブルに置いた土産の中から白桃を取り出した。
「お前が女物を着せたと、怒っているかと思って持ってきたんだが。俺が間違っていたようだな。」
「ぁ。」
キスするのが見えた。
薄い唇が手に持った桃へ、しっとりと唇を落とす様を見てしまった。
ドキッとする様な流し目が寄越され、朱色の瞳に誘われるまま桃李は寝台の扉に手をかけると、その隙間からすり抜け騰礼の胸へ飛び込んだ。
桃はおれで、でもこいつらがキスする桃は俺だけで良い。
「…ソレ断ったら、どうするつもりだったんだよ」
「うん?考えてなかったな。」
ポリ、とこめかみを掻いて困った様な顔で騰礼が苦笑する。
桃李が断るなんて思いもしなかったのか。
腰を抱かれ服越しにピタリと肌が合わさるのが心地良くて、思わず身を寄せると額に顎髭が当たった。
擽ったい。
「葡萄も好きだろ?」
「好き。」
「りんごも有るぞ?」
「ん、食べる。」
促されて座ったのは床から一段上がった畳の上。
このい草の香りがいつも桃李をお昼寝へ誘うのに、今は夜で騰礼と並んで座っている。
妙な居心地を味わいながら騰礼の器用に動く手元を目が追っていく。
「意外。」
「ん?」
「騰礼がりんごの皮剥くトコ。」
「そうだな。お前以外の前ですると示しがつかないからな」
「確かに。」
一体どこの王様が家臣の前でりんごの皮を剥くのか。
面白い絵面だけど、絶対無いと思う。
「来週には着物が出来上がる。その時は俺も行こう。」
「良いのか?」
「あぁ。見たいからな。」
黙々と動かしていた騰礼の手が止まった。
小気味良いシャリシャリと言う音が続いて、あっという間にリンゴが形を変えた。
「すげぇ、」
目の前にウサギの形をしたリンゴが現れる。
それを騰礼がやってみせた。
四龍ってのは凄い神様の部類で天帝直属だと言うのに、一体何がどうしてこんな芸当が出来るのか。
「昔、嫗に教わってな。」
「ばーちゃん!?」
そうだ、と騰礼が頷いて見せる。
シャク、と齧ると口いっぱいに甘酸っぱさが広がってじゅわっと舌先を満たしていく。
「美味い。」
リンゴが剥けるまで、と抓んだ葡萄もとんでもなく美味しかったが、リンゴも極上に美味い。
このまま果物贅沢三昧で頬もご機嫌も落っこちる暇など無い。
「なんで騰礼がばーちゃんにウサギの剥き方なんか教わるんだよ?」
「気になるのか?」
「気になる。」
ふっ、と薄く笑われた。
「機嫌戻ったな。その話は今度してやる。代わりに、他の話をしても良いか?」
言いつつ手渡されたのは二匹目のリンゴ。
有り難く受け取ってシャクシャクと齧ると、また頬が溶けて落ちそうな程の果汁が口に広がって
機嫌と一緒に口角までがニコニコと上がる。
「もう少し先だが公務がある。公務と言ってもやる事は義栄の所と同じだが今回は三日三晩祭りが続く。舞を見て酒を飲んで、俺たちの役目を果たす。」
「つまり、?」
「三日三晩、お前の瞳を朱色に出来る。」
「バカ。」
「お前だけだ。」
「ん?」
「お前だけが、俺を翻弄する。悪戯で口の悪い俺の宝だ。」
そんな事を言われても、リンゴとナイフを持った姿じゃ全然格好良くない、と思うのにドキリとするのだからおれも大概だなと思う。
「だったら大事にしろよ。」
「そうだな。」
彼らが通った道には清々しい"気"が満ちるが故に彼ら国王は定期的に国を歩いて回る。
そして火を司る四龍の朱雀の名を持つ男もその務めを果たすべくあれこれと手を打っていた。
「 祝融、鈴、頼みがある。」
騰礼は刈り上げた左のこめかみをポリ、と掻くと困った様な顔をして二人を執務室へと呼び出した。
今度の公務で厄介事が生じた。
その対処に彼の側近と仙桃妃のお世話係に白羽の矢が立った。
騰礼が出来そうか、と渋面を作って問うのに対し二人は目も頰も輝かせ、やりますと食い気味に返答し我先にと部屋を飛び出した。
パタン、と閉まった扉を見ながら
騰礼はまた困った様な顔をしてこめかみを掻く。
「後で農園へ行く。誰か手伝ってくれ。」
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澄み渡る秋空は高いが、ここ高天原は更に突き抜けた様に空が高い。
遠くまで広がる空と立ち並ぶ白いビニールハウスがのどかで良い雰囲気を醸し出している。
ここは何処かの田舎か、いや神様の国だったわ。
「そろそろあいつの名前考えてやらないとな。」
遠くで駆ける二つの影をぼんやりと眺める。
虎徹と一緒に駆け回る黒い虎は背中に黒翼を持っていて虎徹の脚に捕まりそうになると、ふわりと宙に浮いて交わしている。
「何が良いかなぁ。」
桃李は少し前、仙桃妃として天帝に四凶をその役目から解放してくれる様に願い、それは成就された。
四凶の為の四つの宝珠の内の一つ、涙型の水晶が今彼の額に嵌っているが代わりにちょっとした弊害が出ていた。
とあるアニメと同じ。
目が覚めたら身体が縮んでしまっていたーーなんてな。
どこの名探偵だ。
2メートルはあった窮奇の真っ黒の虎の体躯は今や小型犬並みになっている。
いや、虎だからせめて猫だな。
40センチ程になった窮奇は、正直怖くないどころか可愛いらしい程でしかも背中には小さな翼が生えている。
そんな二人が駆け回る姿は何物にも替え難く萌える。
可愛いもふもふの天使達だ。
もう少し眺めていたいがそろそろ部屋へ戻らなければ。
「虎徹、窮奇かえるぞー!」
二人はパッと振り返り一目散にこちらへと走って来たかと思えば道の途中でじゃれ合い始めた。
窮奇が飛びかかり虎徹を甘噛みしたり鋭いパンチを繰り出しているがちゃんと力加減をした優しいパンチだ。
和むわ。
もの凄く和むわ。
永久に見ていられそうだな、と思っていると後ろに控えた護衛が控えめに声を掛ける。
「仙桃妃様、そろそろお部屋へ。」
「まったく。いつまで遊んでるんだ二人とも。おれが呼んだら直ぐに来ないといけないんだぞ?」
ぐりぐりと額を押し付けてくる虎徹の頭を撫でる。少し前までは大きくなった姿で居たこともあったのに、窮奇が小さくなってからは虎徹も子虎のままでいる事が増えている気がする。
そんなところも可愛いのだ。
自分の子なら尚更可愛い。
「この、甘え上手め。」
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「お帰りなさい桃李さん」
「お帰り、仙桃妃さまっ」
騰礼に呼ばれ鈴が部屋を出て行ったのは知っているが、まさか 祝融まで来ているとは思わなかった。
小麦色の肌と金髪巨乳が目立つ美女だが、これが凄まじい猛者なのだそうで騰礼の側近兼護衛を担っているらしい。
「何コレ。」
桃李の部屋が反物で埋め尽くされている。
扇子も帯も帯留めもあるのは分かるが、一つだけ理解出来ないのが、女物の着物一式が桃妃宮へと運び込まれたという事。
「嫌な予感がする」
残念なことに桃李の勘は恐ろしい程よく当たる。
ため息を吐いて、ふと鋭い視線を感じた時ーー桃李は誰かに抱きしめられた。
「な、」
言葉が詰まる、というか息が出来ない。
突然目の前が何かに覆われ、何かふにふにふわふわとして良い匂いがする程よい重量感の、柔らかい、最高の感触の何かに鼻と口を塞がれてる。
「... 桃李さんは巨乳がお好きなのですね。」
「ぅえ、え!?」
ガバッと重みのある柔らかな何かを押し抜けるとそこには祝融がいて、桃李は彼女の胸にぎゅうっと抱かれていたのだ。
物凄いジト目で鈴がこちらを睨んでいる。
丁度去年の今頃、桃李を口付けで宥めすかし半ば強引に花嫁衣装を着せた男がいて、ソイツと目の前の祝融の唇が同じ様な弧を描いて言う。
「これは龍王様からの命令です、桃李様。」
肩をさらりと撫でられ背筋をつぅ、と指が滑る。
「流石のわたしでも逆らう事は出来ませんが。もしかしたらこの祝融、桃李さまのそのぽってりとした愛らしい唇で接吻を頂けるのでありましたら、もしかすると。もしかするかもしれませんのでーー」
宜しければどうぞ、と促され祝融の手が桃李の肩をほんの少し引き寄せる。
「つまり、おれが祝融さんにチューしたら、この着物着なくて良いって事?」
「はい」
「嘘だな。」
「興味がおありではないですか。龍王様以外の仙人との接吻は?貴方様は睦言の折、甘やかで可憐で麗しい表情をされると。この祝融聞き及んでおります。」
「はぁ、!?」
一体何処のどいつだそんな事を吹き込んだ奴は、と叫んだら何と犯人はそこに居た。
目の前だ。
そんな不意打ちは欲しくなかった。
「桃李さんの嬌声は砂糖菓子の様に甘く蕩けて、そこらの女性など目でもない程愛らしいのですよ祝融。」
「鈴っ、!?」
「桃李さん、そこの祝融は普段可愛い女性が大好物だそうですが。桃李さんは別格だそうです。その大きいお胸にズドンと突き刺さったそうですよ。」
ふふ、と軽やかでピュアな微笑みが返された。
「気をつけてくださいね桃李さん。あくまでその祝融は貴方を抱き潰したいのですから。ね、祝融?」
「わたしは桃李さまが無垢で無くとも構わない。むしろ龍王様に大いに愛された身体を労わりながらこの祝融は更に愛し抜く自信がありますので。さ、はやくこの祝融に甘い口付けを。」
肩が更に引き寄せられる。
祝融か、溢れる息がかかる程彼女の唇が近くなる。
ーーヤバイヤバイヤバイっ、!
ゴクリ、と生唾を飲み込んだその時だった
「出来ました祝融!」
「おお、待ってました鈴様!」
「へ?」
間抜けな声が出て、更に寸前まで迫っていた祝融の唇が遠退いた。
祝融が更に一歩後ろへ下がると、桃李を上から下まで見る。
はぁ…と、言葉も無いと言った風の祝融が熱い吐息を吐いて桃李の肩を軽く押すので、促されるままその場でぐるっと一周回って見せる。
「ですが、行きはこちらで宜しいとしても、式典用と訪問用と作業用と帰り用の着物も決めなくてはいけませんね。」
「そもそも式典用は龍王様とお揃いなんだろ?」
「えぇ。朱と黒で用意している筈です。」
二人は桃李を残し向こうに並んだ反物を見てあーでもない、こーでもないと白熱した議論を交わしている。
「何なんだ。」
ふと首を巡らせると大きな姿見が目に入る。
薄桃色の布に波紋の綺麗に広がった柔らかな着物を着た…おれが写っていた。
「な…っんだよこれ!?」
「何って着物ですよ桃李さん」
「いつの間にっ、」
さっきですよ、と祝融が言い放つ。
そして桃李は気付いた。
まんまと乗せられたのだ。
大きな胸のお姉さんにあっさり翻弄されたのだ。
これだから童貞は、と友康が居たら完全に笑われていたに違いない。
「さぁ、一度着てしまえば二度も三度も同じですよ、桃李さん!」
「そうかもね…そうだね、分かったよ。分かったからせめて派手なやつは止めてくれ。」
こうなるともう、桃李に打つ手は無い。
あとは、煮るなる焼くなり好きにしてくれと言い残して、荒く意気込む彼女達の着せ替え人形に徹することにした。
ーーーーー
その夜、桃妃宮の特別な寝室には不機嫌丸出しの桃李が立てこもり、土産を抱えて扉の前で立ちつくす騰礼の姿があった。
桃李の為に組まれた木目の美しい箱形の寝台はその扉も繊細な木彫りが美しい。
小さな角麻模様の組子が嵌められており、そこから微かに桃李の肌や浴衣の色が垣間見え目にした者にこそ特別な感情を沸き立たせる。
せっかくのその美しい箱に、今は最高に不貞腐れた仙桃妃が引き籠っている。
「何だよ」
口から出たのは刺でも生えた様な一言。
それを軽く笑って流しながら騰礼は手に持った土産をテーブルに置く。
「二人が、桃李に似合う物をと張り切っていた。」
「そうだろうなっ、」
そうでなくては着せ替え人形に徹した意味が無い。
鏡の前に立たされていくつも反物を肩に当て、採寸し、着付けてみた。
慣れてくれば色んな柄や色や刺繍が有って思いの外楽しかった。
見たこともない様な金の糸も、虹色に輝く布もすごく興味深かった。
それなのに。
目の前に立つ朱色男は少しも、チラリとも桃李の部屋へ顔を出さなかった。
「なんで、昼間来なかったんだよ」
言いながらじわじわと顔が熱くなる。
余りある羞恥心で声が震える。
「騰礼が、見たいって聞いたからおれも色選んだりしたんだぞ、」
そんな風な事を鈴も祝融も言っていた。
桃李は着物が似合う、とぽそりと溢していたらしい。
女物の着物なんて白無垢以外に着たこと無いから知らないが騰礼が気に入ったのなら着てみようかなと思え、しかも公務に関することなら初めからそう言ってくれていれば…無駄な抵抗はしなかった様に思う。恐らく。
こんな風に、勝手に期待して、勝手に我慢して、腹を立てることも無かった筈だ。
おれの愛を返せ、と傲慢過ぎる物言いを喉元で押し留める。
「それは、惜しい事をしたな。」
初めはどうとでもしてくれと言いながらも、途中から自分であれもこれもと意見をした。前の色のやつが良いとか、あの小物の方が良いとか何とか。
「桃李、桃食べないか?」
組子扉の向こうで騰礼がテーブルに置いた土産の中から白桃を取り出した。
「お前が女物を着せたと、怒っているかと思って持ってきたんだが。俺が間違っていたようだな。」
「ぁ。」
キスするのが見えた。
薄い唇が手に持った桃へ、しっとりと唇を落とす様を見てしまった。
ドキッとする様な流し目が寄越され、朱色の瞳に誘われるまま桃李は寝台の扉に手をかけると、その隙間からすり抜け騰礼の胸へ飛び込んだ。
桃はおれで、でもこいつらがキスする桃は俺だけで良い。
「…ソレ断ったら、どうするつもりだったんだよ」
「うん?考えてなかったな。」
ポリ、とこめかみを掻いて困った様な顔で騰礼が苦笑する。
桃李が断るなんて思いもしなかったのか。
腰を抱かれ服越しにピタリと肌が合わさるのが心地良くて、思わず身を寄せると額に顎髭が当たった。
擽ったい。
「葡萄も好きだろ?」
「好き。」
「りんごも有るぞ?」
「ん、食べる。」
促されて座ったのは床から一段上がった畳の上。
このい草の香りがいつも桃李をお昼寝へ誘うのに、今は夜で騰礼と並んで座っている。
妙な居心地を味わいながら騰礼の器用に動く手元を目が追っていく。
「意外。」
「ん?」
「騰礼がりんごの皮剥くトコ。」
「そうだな。お前以外の前ですると示しがつかないからな」
「確かに。」
一体どこの王様が家臣の前でりんごの皮を剥くのか。
面白い絵面だけど、絶対無いと思う。
「来週には着物が出来上がる。その時は俺も行こう。」
「良いのか?」
「あぁ。見たいからな。」
黙々と動かしていた騰礼の手が止まった。
小気味良いシャリシャリと言う音が続いて、あっという間にリンゴが形を変えた。
「すげぇ、」
目の前にウサギの形をしたリンゴが現れる。
それを騰礼がやってみせた。
四龍ってのは凄い神様の部類で天帝直属だと言うのに、一体何がどうしてこんな芸当が出来るのか。
「昔、嫗に教わってな。」
「ばーちゃん!?」
そうだ、と騰礼が頷いて見せる。
シャク、と齧ると口いっぱいに甘酸っぱさが広がってじゅわっと舌先を満たしていく。
「美味い。」
リンゴが剥けるまで、と抓んだ葡萄もとんでもなく美味しかったが、リンゴも極上に美味い。
このまま果物贅沢三昧で頬もご機嫌も落っこちる暇など無い。
「なんで騰礼がばーちゃんにウサギの剥き方なんか教わるんだよ?」
「気になるのか?」
「気になる。」
ふっ、と薄く笑われた。
「機嫌戻ったな。その話は今度してやる。代わりに、他の話をしても良いか?」
言いつつ手渡されたのは二匹目のリンゴ。
有り難く受け取ってシャクシャクと齧ると、また頬が溶けて落ちそうな程の果汁が口に広がって
機嫌と一緒に口角までがニコニコと上がる。
「もう少し先だが公務がある。公務と言ってもやる事は義栄の所と同じだが今回は三日三晩祭りが続く。舞を見て酒を飲んで、俺たちの役目を果たす。」
「つまり、?」
「三日三晩、お前の瞳を朱色に出来る。」
「バカ。」
「お前だけだ。」
「ん?」
「お前だけが、俺を翻弄する。悪戯で口の悪い俺の宝だ。」
そんな事を言われても、リンゴとナイフを持った姿じゃ全然格好良くない、と思うのにドキリとするのだからおれも大概だなと思う。
「だったら大事にしろよ。」
「そうだな。」
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