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押し掛けた夏、
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夏の始まり
まだ17だった。
何も知らず世界の全てが俺のものだと思っていたあの時期。
俺はほんの少しの孤独感からあの人が欲しかった。
「なぁ、あんた。」
「なんだよ。」
「男もイケるってホントか。」
田んぼと畑と土手しか無い様な田舎に、あの人は帰ってきた。
狭い集落だ。
あの人が何故ここを出て親が死ぬまで里帰りしなかったのか。俺が知るのはあっという間だった。
あの人の家は集落の端、裏道の奥の方だった。
顔が良い。あと声も良い。
タンクトップに作業着、長靴の田舎で見慣れたカッコでもあの人だとイケて見える。
好奇心だった。
一度聞いてみたかった。
一度試してみたかった。
俺がホントにホモなのか。
だから、高二の夏休みにあの人に近付いた。
これは賭けだ。
田舎の狭いコミュニティで俺のこの行動がどう見られるのか知りたかった。
まぁ、あの人にそんな子供心が分かる筈もなく。
至極当然な反応をされた。
「オレがそうだったとして、お前みてぇなガキに面白がって聞かれたら、そうだよって言うと思うか?さっさと帰れ。不愉快だ。」
その瞳が俺と似てる気がした。
打ち明けない覚悟を抱えた人の瞳。
そうだと良いなと思った。
俺と同じなら、話し相手が理解者が欲しい。
田舎は基本緩い。
この人も噂こそあるが人付き合いが上手いらしい。
それに、働き者の男ってだけで株は上がる。
狭い集落だからこそ皆が見てた。
あの人が朝から晩まで畑と田んぼの世話をして汗水垂らしては、家に帰っても出荷準備してる所を。
あの人のガードも少しずつ軟化した。
「居座るなら此処にしとけ。家にはあがらせん。」
意外にも、あの人は英語が出来た。
と言うか、勉強が出来た。
俺の教科書を覗き込みながら読んでた。
俺は作業小屋の入り口の方に座らされた。
そんなに未成年が怖いのか。
大人はつまんない事を気にするんだな。
生きてて楽しいのか?
「勉強好きだった?」
「まぁそこそこだ。」
「数学苦手だろ。」
「お前は英語ダメだな。」
「その内追い抜くよ。」
早く帰れ、と鼻で笑われた。
●
キスしたのは冬の初めだった。
縁側から作業小屋へ移った勉強場所は、流石に寒くなった。
お陰で初めてあの人の家に入った。
それが俺を調子付かせた。
畳に座るあの人の膝にするする乗り上げて、鼻を掠める肌の匂い。
「本気か。」
「本気な訳無い。男もイケるか試したいだけだよ。」
「こんだけ近けりゃ分かるだろ。」
分かんないよ。
単にキスという行為がしたいだけなのか。
あの人だからキスしたいのか。
でも、そうなら。
俺はゲイって事になる。
「責任は取れねぇぞ。」
「良い。分かってる。これは若気の至りだよ。」
「言うじゃねぇか。」
するりと顎を撫でられた。
親指が輪郭に沿って顔をなぞる。
「どうだ。」
「ドキドキする。」
「初めてはどこに欲しい?」
「何それ、カッコつけてんの。」
「若気の至りだからな。」
揶揄い混じりの含み笑いと共に顔が近付いて、ふと、目の前が暗くなった。
思ったより柔い。薄い。それから。
「ーーーおわり?」
「終わりだ。どうだった、試した感想は。」
「よく、わかんなかった」
「思ったほど良いもんじゃねぇだろ。」
最初のキスは深くなっても、ドキドキしてた。
全然、嫌じゃ無い。
むしろ気持ちがいい。
俺を怖がらせないように、俺が気持ちいいように探りながら舌が触れ合う。
こんなに他人に想われたこと、今まで無かった。
こんなに他人と触れ合ったこと、今まで無かった。
俺は今初めて、他人と触れ合っている。
それも、男と。
「ん、ふっ、ぅう...ん、ぁ」
甘い気持ちいいキスを覚えたガキは冬には愛し方を覚えようと奮闘した。
キスを強請る時、あの人の好む目線を覚えた。
あの人の好む会話を覚えた。
あの人は俺が勉強すると喜んでる。
自分のことみたいに嬉しそうで楽しそうだ。
それで、時折キスをする。
そう、キスだけ。
マジでキスだけ。
こっちは10代だぞ。
持て余した性欲をあの人は決して発散させなかった。
鬼か、あのおっさん。
修学旅行は最悪だった。
気が狂いそうだった。ほんとなら行きたく無かった。
でも、あの人が土産を楽しみにしてるって言うし。
楽しんで来いってお小遣いまでくれた。
ほんとはダメなんだぞ。
上限オーバーしてるんだからな。
構わねぇだろ、って笑って寄越されたら拒めない。
あの人の声も匂いもしない知らない土地で、浮かれた同級生と一緒に3日も過ごさなきゃいけなかった。
どの女子がヌケルか、そんなくだらねぇ話より俺は。
あの人がどう女を抱くのかが知りたかった。
うつ伏せにした女の腰を抱え上げ歯を食いしばって腰を振る妄想に取り憑かれた。
その後はもう決まってる。
トイレ行ってスッキリして最悪の賢者タイム。
問題は、妄想の中で抱かれるのが俺じゃないという事。
自分で妄想した癖に自分で胸糞悪くなる。
俺は男同士のやり方を知らない。
セックスを知らない。
それが悔しい。
腹いせにピュアーランドのキーホルダー買った。
あの人の土産はこれだな。
春になって高三になった時あの人の態度が変わった。
触らない、キスしない、近づかない。
あの人が気まぐれみたいに無言でしてくるキスが好きだったのに。
「なんでだよっ、!」
昼間は温くても昼を過ぎれば途端に寒くなる。
なのに、俺が泣くせいで頬が冷たい。
それでもあまりの怒りで頭はジンジンして、握った拳に爪が食い込んで痛い。
「お前の為だ。」
「いやだ。」
「将来を考えろ。」
「考えてる。」
「なら、そんな模試ぶら下げて来るんじゃねぇ。」
「入試はまだ先だし受かるかも知んねぇだろ、なにをそんな焦ってんだよ、」
それに、下には下が居る。
別に大学なんてどこでも良い。学歴が欲しいだけでやりたい事なんか何も無い。
周りはやりたい事ができた時のために少しでも良い大学へ行け、と言う。
そして、この人も。
「今は大事な時期だろ、こんな事は言いたくねぇが。きちんと自分の進路の事を考えろ。後になって後悔するのはお前だぞ。」
そうですね。
この時期の大人は皆誰だってそう言う。
今が大事、今が大事。
ふざけんな。
オレにはあんたと会ってるこの1時間ちょっとの時間がどんだけ大事なのか分かってない。
俺はこの日、参考書をぶん投げて帰った。
まだ17だった。
何も知らず世界の全てが俺のものだと思っていたあの時期。
俺はほんの少しの孤独感からあの人が欲しかった。
「なぁ、あんた。」
「なんだよ。」
「男もイケるってホントか。」
田んぼと畑と土手しか無い様な田舎に、あの人は帰ってきた。
狭い集落だ。
あの人が何故ここを出て親が死ぬまで里帰りしなかったのか。俺が知るのはあっという間だった。
あの人の家は集落の端、裏道の奥の方だった。
顔が良い。あと声も良い。
タンクトップに作業着、長靴の田舎で見慣れたカッコでもあの人だとイケて見える。
好奇心だった。
一度聞いてみたかった。
一度試してみたかった。
俺がホントにホモなのか。
だから、高二の夏休みにあの人に近付いた。
これは賭けだ。
田舎の狭いコミュニティで俺のこの行動がどう見られるのか知りたかった。
まぁ、あの人にそんな子供心が分かる筈もなく。
至極当然な反応をされた。
「オレがそうだったとして、お前みてぇなガキに面白がって聞かれたら、そうだよって言うと思うか?さっさと帰れ。不愉快だ。」
その瞳が俺と似てる気がした。
打ち明けない覚悟を抱えた人の瞳。
そうだと良いなと思った。
俺と同じなら、話し相手が理解者が欲しい。
田舎は基本緩い。
この人も噂こそあるが人付き合いが上手いらしい。
それに、働き者の男ってだけで株は上がる。
狭い集落だからこそ皆が見てた。
あの人が朝から晩まで畑と田んぼの世話をして汗水垂らしては、家に帰っても出荷準備してる所を。
あの人のガードも少しずつ軟化した。
「居座るなら此処にしとけ。家にはあがらせん。」
意外にも、あの人は英語が出来た。
と言うか、勉強が出来た。
俺の教科書を覗き込みながら読んでた。
俺は作業小屋の入り口の方に座らされた。
そんなに未成年が怖いのか。
大人はつまんない事を気にするんだな。
生きてて楽しいのか?
「勉強好きだった?」
「まぁそこそこだ。」
「数学苦手だろ。」
「お前は英語ダメだな。」
「その内追い抜くよ。」
早く帰れ、と鼻で笑われた。
●
キスしたのは冬の初めだった。
縁側から作業小屋へ移った勉強場所は、流石に寒くなった。
お陰で初めてあの人の家に入った。
それが俺を調子付かせた。
畳に座るあの人の膝にするする乗り上げて、鼻を掠める肌の匂い。
「本気か。」
「本気な訳無い。男もイケるか試したいだけだよ。」
「こんだけ近けりゃ分かるだろ。」
分かんないよ。
単にキスという行為がしたいだけなのか。
あの人だからキスしたいのか。
でも、そうなら。
俺はゲイって事になる。
「責任は取れねぇぞ。」
「良い。分かってる。これは若気の至りだよ。」
「言うじゃねぇか。」
するりと顎を撫でられた。
親指が輪郭に沿って顔をなぞる。
「どうだ。」
「ドキドキする。」
「初めてはどこに欲しい?」
「何それ、カッコつけてんの。」
「若気の至りだからな。」
揶揄い混じりの含み笑いと共に顔が近付いて、ふと、目の前が暗くなった。
思ったより柔い。薄い。それから。
「ーーーおわり?」
「終わりだ。どうだった、試した感想は。」
「よく、わかんなかった」
「思ったほど良いもんじゃねぇだろ。」
最初のキスは深くなっても、ドキドキしてた。
全然、嫌じゃ無い。
むしろ気持ちがいい。
俺を怖がらせないように、俺が気持ちいいように探りながら舌が触れ合う。
こんなに他人に想われたこと、今まで無かった。
こんなに他人と触れ合ったこと、今まで無かった。
俺は今初めて、他人と触れ合っている。
それも、男と。
「ん、ふっ、ぅう...ん、ぁ」
甘い気持ちいいキスを覚えたガキは冬には愛し方を覚えようと奮闘した。
キスを強請る時、あの人の好む目線を覚えた。
あの人の好む会話を覚えた。
あの人は俺が勉強すると喜んでる。
自分のことみたいに嬉しそうで楽しそうだ。
それで、時折キスをする。
そう、キスだけ。
マジでキスだけ。
こっちは10代だぞ。
持て余した性欲をあの人は決して発散させなかった。
鬼か、あのおっさん。
修学旅行は最悪だった。
気が狂いそうだった。ほんとなら行きたく無かった。
でも、あの人が土産を楽しみにしてるって言うし。
楽しんで来いってお小遣いまでくれた。
ほんとはダメなんだぞ。
上限オーバーしてるんだからな。
構わねぇだろ、って笑って寄越されたら拒めない。
あの人の声も匂いもしない知らない土地で、浮かれた同級生と一緒に3日も過ごさなきゃいけなかった。
どの女子がヌケルか、そんなくだらねぇ話より俺は。
あの人がどう女を抱くのかが知りたかった。
うつ伏せにした女の腰を抱え上げ歯を食いしばって腰を振る妄想に取り憑かれた。
その後はもう決まってる。
トイレ行ってスッキリして最悪の賢者タイム。
問題は、妄想の中で抱かれるのが俺じゃないという事。
自分で妄想した癖に自分で胸糞悪くなる。
俺は男同士のやり方を知らない。
セックスを知らない。
それが悔しい。
腹いせにピュアーランドのキーホルダー買った。
あの人の土産はこれだな。
春になって高三になった時あの人の態度が変わった。
触らない、キスしない、近づかない。
あの人が気まぐれみたいに無言でしてくるキスが好きだったのに。
「なんでだよっ、!」
昼間は温くても昼を過ぎれば途端に寒くなる。
なのに、俺が泣くせいで頬が冷たい。
それでもあまりの怒りで頭はジンジンして、握った拳に爪が食い込んで痛い。
「お前の為だ。」
「いやだ。」
「将来を考えろ。」
「考えてる。」
「なら、そんな模試ぶら下げて来るんじゃねぇ。」
「入試はまだ先だし受かるかも知んねぇだろ、なにをそんな焦ってんだよ、」
それに、下には下が居る。
別に大学なんてどこでも良い。学歴が欲しいだけでやりたい事なんか何も無い。
周りはやりたい事ができた時のために少しでも良い大学へ行け、と言う。
そして、この人も。
「今は大事な時期だろ、こんな事は言いたくねぇが。きちんと自分の進路の事を考えろ。後になって後悔するのはお前だぞ。」
そうですね。
この時期の大人は皆誰だってそう言う。
今が大事、今が大事。
ふざけんな。
オレにはあんたと会ってるこの1時間ちょっとの時間がどんだけ大事なのか分かってない。
俺はこの日、参考書をぶん投げて帰った。
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