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第一章:キハラ トキアキ

第十一話

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「トキ…トキアキ。」
「んぅ…ぅ、んなにぃ?」

エルの声と、頬を擦るこれは…エルの手?
ゴシ、と頬を撫でる手はもう俺の肌に馴染始めてる。この手に触られると、俺は安心するようになってしまった。

ムカつく上司の筈なのに。
俺はまだ答えを変えるつもりは無いからなっ、!

「良い目だが、私と朝からやり合う気か?」
「……え?何。」
「お前の負けん気の強い目が、私を激らせている、と言っているんだトキアキ。」
「は、はぁあああ!?朝から何言ってンだよ、バカっ、!」

お、俺はてっきり‘’やり合う‘’って、口喧嘩を始めるのかと思ったんだが!?
このオッサンは朝っぱらからナニ言ってくれてんだよっ‼︎

「そう慌てるな。全くお前は。」
「俺で遊ぶなっ、」

わさわさと頭を撫でられる。
声を抑えて笑うエルの表情は何時に無く穏やかだ。

「なんか良い事でもあったのか?」
「ん?そうだな。」
「俺も知りたい!なんだよ?」
「別にどうという事はない。お前がすやすやと眠っている姿が見れた。それだけだ。」

キラッと金の瞳が揺れた気がして、不意に支援が外された。ん…?もしかして。

「照れてる?」
「コホン。」

咳払いで誤魔化されてしまった。
いや、誤魔化し切れてないぞ、エルムディン・メ・エリタさんや。

そう言えば、エルと呼んでいるからあまり感じないが。実はエルの名前は俺には呼びづらい。
何たって、エルムディン・メ・エリタだ。長すぎる。

「トキ、今日は少し出掛けないか。」
「え、行く!何処行くんだ!?」
「あまり期待はするなよ。散歩とさして変わらん。」
「やった!良いよ俺も行く!」
「じゃあ、着替えて。私も向こうで待っている。」
「分かった。」

これは所謂お忍びデート、と言うやつだな。
それも。全く忍び気のない非公式なお散歩だ。
でも、公式のお散歩よりはずっと良い。
あれは、ダメだった。
でもまぁ、大統領と大統領夫人が外を出歩こうなんて事になれば、大体の騒々しさは検討できる。

公式のお散歩とは、まさにそれだった訳だ。

黒塗りの車こそ無いものの、黒塗りの馬車は有って。その後ろをたくさんの護衛が騎手と徒歩の人とでいっぱいだった。

これがお忍びバージョンとなると、少しのおしゃれ着とちょっと多めの護衛とのお散歩に変わる。
馬車は無し。隊列は無し。仰々しい格好も無し。

ーーー随分、マシだろ?

俺は、グレージュのスーツとパンツのセットアップ。中には少し明るい黒のTシャツみたいなのを着せられた。用意してあったんだ。
どう見ても高そうな衣装なのに、意外にも俺に似合ってる気がした。
もう少し、俺に落ち着きがあればきちんと着れそうだ。
それと、髪も。いつも下ろしてるけど少しだけ上げてみた。

「おぉー。悪く無い。」

俺はすっかりめかしこんで廊下に出ると、そこには既に俺以上にめかしこんだダンディなオジサンが居た。

あ。俺の旦那だったわ。カッコ良すぎて見てる方が恥ずかしい。

「あんたは何着てもカッコいいなー。」
「ありがとう。お前も、よく似合っている。」

また、ゴシっと頬を撫でられる。
それはくすぐったいのに、全然嫌じゃない。
少し冷たい掌に、思わず擦り寄ってみた。
これで、少しは上がった体温が下がるかも。

「甘えているのか。」
「ちょっとだけな。あんたがカッコ良いのが悪いんだ。」
「そうか。」
「うん。」

ほんの数分、数秒だけ俺はエルの体温を味わっていた。こんな日は最近滅多になかった。

「トキ、これ以上するとまたベットに逆戻りだぞ?」

ーーー少し発情しているだろう?
そう鼓膜に息を吹き込まれた。

「な、なん、なっ!?」

俺は、今日は赤面する日なのか!?
というか今日のエルはおかしい。
俺に、甘すぎる。

「ほら、向こうを向いて。じっとして。」
「なんだよ。」
「これ以上は何もしない。十分可愛い顔が見られたからな。満足だ。」
「これ以上は、無ぇーよっ!」

ふんす、と鼻息荒い俺を宥めながら、何かが首元を通った。

「お前に似合うかと思ってな。」

それはネックレスだった。

「これ、牙?」

正確には牙を模した鈴と言った所か。
微かにリンとなっているのが分かる。
しかも、鈴の裏には刻印があった。

それはあまりにも俺を恥ずかしくさせたので、内緒にしておく。

「ありがとう。」

なんか俺ばっか悔しくて、それしかありがとうを伝える言葉がなくて。もうこれで良いやと思って、振り向いて、抱きしめてみた。

今までに無く強く、キツく、ありがとうを込めて。

「行こうかトキ。せっかくの休暇が無くなってしまうぞ。」
「うん。行こう。」

それから俺たちは、街を見て回った。
エルの趣味に付き合って美術館にも行ったし、俺もあちこちの店で買い食いを堪能させてもらった。

俺の1番のお気に入りは、パン屋さんのラスクだった。
実は俺も向こうで毎年誕生日にご褒美で買っていたラスクが有って、そこの味にとにかく似てたのが凄く感動的だった。

あんまり俺が感激するので、エルがこの店を買わないかと言って来たくらいだ。
それは悪いからと流石に断ってきたけど、本当に美味しいラスクだった。

「いっそ専門店を出せばいいのに。」

そう俺がぼやいたのを、エルはしっかり覚えていて。後日、本当に専門店を出した。
しかも‘’大統領夫人御用達‘’と看板につけて。
俺の趣味が国中に知れ渡ってしまった。
恥ずかしすぎる。

この日のデートはディナーまで付いていた。
流石に高層ビルは無いが、夜景の綺麗な高台で食べる料理はどれも美味しかった。

それに、何処へ行っても色んな人が俺に手を振ってくれたのが嬉しかった。

勿論、飛び込みで入った店に大統領と夫人が現れてびっくりした人も居たけど。
皆、いつもと同じ様に過ごしてくれた。
特別なことは要らない。
‘’普通の日常‘’を久しぶりに振り返る事ができた。

「それで?」
「なんだ?」
「俺に何をして欲しいわけエルムディン?」
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