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番外編

番外編 結婚式 後篇

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【結婚準備3:衣装】

そして半年後。
俺は側から見ても分かるほど、真面目に仕事をしていたらしい。
元より真面目すぎて困るくらいなんだが。
周りがそう思ったのなら、俺も納得だ。

俺たちは予定通り結婚式をやる事になった。

衣装は既に前から用意されていた物があったのだが、それをエルが作り直させたのだ。
それどころか、数を増やしやがった。

「男にお色直しとか要るかっ、⁉︎」

「違う。大統領夫人にお色直しが必要なのだ。」

「ぁ…そっか。」

そう言う事ならしょうがない、のか。

こういう敷きたりは、変に弄ると厄介な事になりそうだ。
何より、大統領の地位に関わるかも知れない。
それなら、俺は黙って従うべきだ。

けど俺は知らなかった。
エルが作り直させた衣装の中に、初夜を飾るものがあると言う事を。







【結婚式:当日】

結果から言うと、俺たちにその初夜の衣装を着る余裕はなかった。
何故なら宴もたけなわとなり、締めの挨拶をし。
いよいよ後は若い二人で、と家へと帰るその道中。

俺とエルは襲われた。

庭先までを送ってくれた警備員と、屋内の警護をする者との境界。
つまり玄関まであと数歩と言う所だった。

横っ面からいきなり火球が飛び込んできた。

「トキッ、!」

「エル…、」

俺は、何も分からないまま、気が付けばエルの体に突き飛ばされていた。
野球ボール程のそれはエルの右肩に当たった。
この日の為に仕立てた品の良いスーツは、瞬く間に燃えて、エルの肩から腕までを焼いた。

「ぐぅっ、」

火球は更にもう二つ、三つと飛び。
それを俺は尻餅をついて眺めていた。

「エルーーーっ、‼︎」

また火球がエルに当たるのかと、俺は必死で手を伸ばした。
すると、目の前の空気が酷く振動したのが分かった。まるでコンクリが熱に揺らぐ陽炎みたいに、目の前の空間が歪んだ。

飛んでいた火球は、歪みに捕らえられてジュッと呆気ないほど速やかに鎮火した。

「今のは…いや、それよりエルっ、エルはっ、⁉︎」

エルは俺が呆けている間に、警備員へ次々と指示を出していた。
それは俺が今まで見た事がない程に、激しい現状だった。
怒号、騒音、叫び声、それから笑い声も。

「あぁーーーあぁああはぁ。トキ様ぁっ!」

「… … え。」

「聞くなトキアキ!」

エルが言うより早く、ソイツの声が俺の耳に届いた。

「トキ様ぁぁああ。可愛い可愛いトキ様あっ。」

ソイツは手枷も足枷もされているのに、気色悪いほどに恍惚な笑みを浮かべてこっちを見ていた。

「あなたはぁーあなたとはぁ、素敵な一夜を過ごしましたねぇトキさまぁっ。ぎこちないステキな可愛らしいダンス、可愛らしい細腰、可愛らしいその瞳はわたしを虜にしたのですよぅ」

「早くソイツを連れて行け!」

エルの怒号が一層激しく飛ぶが、ソイツは喋るのをやめなかった。
俺は何が何かわからなかった。

ボコボコに殴られた顔で、汚れ切ったスーツ姿で居たソイツは、ダンスの講師だった男。

それに、さっきの火球。
あれは何だ。
ーーーそうだ、魔法がこの国には有ったんだ。

でも、火球が蒸発したのは何で。

何でエルが襲われている。

いや、エルが襲われたのじゃ無いかも。

アレの目的は本当は俺、か。


あ、れ。
あれ…なんだ。

体が痺れて…動かない…?

あれ…動かす気力がない…の、か。

なんで。

頬が濡れるのが分かった。
人がたくさん俺を見てるのがわかる。
エルも心配して俺に話しかけているのに。

声が言葉が脳味噌がそれを認識しない。

「え、る…?」


そう動かした唇は
きちんと音になったのだろうか。

俺はそのままエルに抱えられ、その腕の心地よさに少し眠ってしまった。


【誓いの指輪】

目を覚まして真っ先に見えたのは、真っ白な天井だった。

ーーーふふっ。

初めて来た時もそうだった。
天井も床もドアも布団も真っ白なのに、縁飾りだけが金色で出来ている。

「ここ、エルのへや…?」

「お目覚めか、トキ様」

慌てた様子で俺の顔を覗き込んできたのは、おじいちゃん先生だ。

「おはよう。」

呑気に言ってのけた俺に、おじいちゃんはびっくりして声も出ないみたいだった。
俺だってびっくりしてる。
なんでこんな事言ってるんだ。

「大統領来られるまではもう少し時間が掛かる。それまでに一通りわしに診せてくださいますな。」

「うん。」

俺はおじいちゃん先生に光を当てられたり、聴診器をぺたぺた当てられたりした。
その瞬間に覚えた怖気を、俺は奥歯を噛んで堪えた。

それでもエルが来るまでには時間が有って。
俺は警備が厳重にボディーチェックを施した見舞い数人と会う事になった。

皆、俺を心配して来てくれた人たちばかりだった。嬉しいのに少し気恥ずかしい。

それから更に数分後、ドカドカと慌ただしい音を立てて待ち望んだ人がやって来た。
ノックも無かった。
荒々しく扉は開かれ、皆の制止を振り切って大統領、俺の旦那様は俺を堅く抱き締めた。

「エル…よかった。無事?」

「それは私の台詞だ。」

俺たちはあの時みたいに、皆を追い出して二人だけでこの部屋にいた。

「何処も患っていないか。」

その言葉に俺は頷けなかった。
代わりに俺を抱き締める右手をとって、きゅっと握った。

「多分、少しだけ…心が悪いと思う。」

「胸糞悪いと言うことか。アレの処分をこれまでになく残忍に極める事も可能だ。お前が望まずとも、私がやろう。私の右腕に触れた罪、贖わせるつもりだ。」

「ち、ちがう、違うっ!」

「では何だ。」

これは胸糞が悪いとかじゃないと思う。
ただ少しだけ心が疲れちゃったんじゃないかな。

「少しで良いから。触ってくれないか。」

「あぁ。お前の言う通りに。」

エルは心得た様に俺の額に口付けた。
初めてなってとっくに済ませたのに、初夜なんてあるのかな。

「俺を満たしてくれる、エルムディン。
胸が寂しいんだ。あんたでいっぱいになりたいんだ。他の誰かなんかに居座られたくないんだ。」


少し疲れた俺には、早く癒しが欲しい。
この世界の神が定めた運命のひと。

「希望はあるか。」

「うーーん。」

「無いのか?」

エルは優しい表情で俺を見つめて来る。
まるで可愛いおねだりを許すように。
だから、俺は意表を突く事にした。


「有るよ。」

「それは悪い顔だな…トキアキ。一体何を企んでいる?」

「企んでるのはそっちだろエルムディン。」

「何?」

俺は知ってしまったのだ。
俺の夫・エルムディン・メ・エリタの秘密を。

胸に握ったエルの手を更に強く握って、そのどんな小さな物音も聞き取れる敏感な耳に、甘く。
小さく、誰にも聞こえないようにそっと囁いた。


「書斎の左の棚…三番目の引出しのこと。」

ビタッ、とエルの動きが止まった。
いや固まったと言うべきか。


「見たのか。」

「見たっ」

「ーーーどう、思う。」

やっと絞り出したセリフがそれなのか?
俺はクスリと笑ってその固まった頬に口付けた。

「エルが似合うと思うなら、俺も良いよ。」


私室でなく、わざわざ仕事部屋に隠したという事は俺にも見られたく無かったようで。

俺も最初は何か分からなかった。
でもやっぱりそういうものが有ると気になる訳で。
で、その問題をさっき見舞いに来てくれたマッフさんが解決してくれた。

あぁ。
マッフさんは仕立て屋さんで。
それはそれは良い趣味をしていらっしゃる人だ。
エルのスーツを仕立てたのも、俺の結婚式の衣装もこの人だ。

更には、エルの書斎に隠してあったスケスケクリーム色のレース仕立てセクシー下着を仕立てられたのもマッフさんだ。

たった今、俺の見舞いに来て感想を聞いて行ったが俺は素知らぬふりで話を聞きだした。
横にいたユディールは真っ青な顔をしてたけど、しょうがないよな?


「だって、俺の為に作ったんだろ?
俺が着ないで誰が着るんだよ。」

胸糞悪い騒動が有ったけど、俺たちは新婚さんだ。そんなクソみたいな問題に夫婦仲を遮られたくはない。

多分こうやって俺たちは生きていくんだろうな。

仕事は仕事。
でもプライベートは甘々で。


「まだ新婚初夜って言える?」

「勿論だ。」

「アレ持ってこいよ。」

「いや、アレは今度にしよう。
今は傷付いたお前を癒すのが先だ。」

そう言って俺たちは陽の光る内から、肌を合わせ始めた。
きっと部屋の外にはメイドさんとかいっぱい居たから。今頃大慌てで撤収してるんだろうな。

ごめんな。
でも今は夫婦の時間だから。
これだけは誰にも譲れない。



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