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番外編

番外編 タカの我欲のままに 5

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「レモン・ドリズル・ケーキか。懐かしいな。」

母が作るケーキは美しく丁寧な味わいだった。
生地はふわっと上質できめ細かく、レモンの酸味の中にほんのりとした甘さがあった。

彼女も同じものを作っていた。
今思えば、気を遣わせてしまったのだろう。
リタのケーキは型通りだった。
彼女の嗜好がなにも感じられないものだった。
だが、見た目も味も整っていた。
取り繕うようにさせてしまったのは私のせいだ。

だが。
彼女は少々行き過ぎたんじゃないだろうか。

せっかくのケーキの横にドドンと置かれたのはたくさんのディナー。

「これはもしかして、ケーキまで行き着かせない気か?」

「俺もそう思うよ兄さん。」

右に座る弟も肩を揺らして笑っている。
頑張った彼女には悪いがその魂胆は既に見破られてしまったぞ。

私たちの誕生日を腹一杯にして肝心のケーキはまた次の機会に、と言うんだろう。
明日、明後日なら私も弟も仕事で居ない。
その隙に彼女はせっかく作ったケーキを自分で平らげてしまうだろう。
それで、そこのベイカーに頼んでレシピ通りのものを作ってもらうだろうな。

「せっかくだ、無作法だと君は責めるかもしれないが私と弟は、今日とても疲れていてね。」

「俺なんか夜勤明けだ。糖分はどれだけあっても構わないよ。」

「ふっ、くっくっくっ。」

こんなに不満そうな彼女は見たことがない。
だが、心配するような事は何一つ起こらなかった。

そう言えば、私たちの母は大雑把な気質の人だったなと思い出す味だ。
全く同じとは言わない。
だが、似たものが感じられる。

残念だが、私たちは繊細で美しく整ったベイカーのケーキよりも少々雑なくらいのケーキが好みらしい。
つまり、ケーキが食べたくなった時には、ケーキ作りが嫌いな彼女を説得して作ってもらわなくてはいけない訳だ。
どこか、母を思い出させるケーキに私たちは満足した。

彼女が居やがろうと、宥め透かして作らせよう。
毎年、誕生日にこれが食べれるなら私は、彼女の為に尽くそう。
そう思えるほどに、なにかがどうしてか、私の中のしがらみを薄く緩やかにした。

だから、その夜は特別だった。

弟は既に決めていた。
今夜、彼女を抱くと。
数日前から、私にそう告げてきた。

まだ手を出していなかったのかと、驚いたくらいだ。
その時は私も、そうかとだけ返したのだがそれは弟の策略だったのかもしれない。
古典的な手だが、私は想像した。

兄弟だからと言い気に掛けるその唇で、両手が塞がってるからと荷物を退けるその足で、弟に抱かれるのかと想像した。
彼女は弟をベル、と呼ぶ。
私の事は決まってデルモント、と言うのに。

私にも、弟のような優しさが必要だ。
アレは思いのままに彼女を誉めている。
対して私は口が堅い。
言い意味だが、私生活に於いては、単に口にすることを恐れている臆病者のような気さえする。
私は、臆病なのだろうか。

いいや、そうだ。
私は臆病だった。
言わなくてもわかるものだと、思っていた。
表してきたつもりでいた。

彼女と目が合い、微笑んで、肌を会わせてきた。
それだけでは足りなかったのだ。

言葉を尽くせ、と私に言ったのはエルムディンだ。
あいつは派手好きでなんと言うか、堅苦しさを感じさせない。
それに威厳をまとわせている最中だが、私には確信がある。

あれは、大統領になる器だ。

それに、私と気が合う。
何でも間でも私に意見するのはあいつくらいだ。
そんなあいつが言うのなら、やはり私は言葉が足りなかったのかもしれない。
いつか、リタに会うことがあれば私は謝ろう。
言葉を尽くさなかった、彼女の愛に驕った自分を今日で変えよう。


二人はもう、寝室だろうか。

小さく、極小さくノックする。
私の気の小ささが現れているようだな。
自重した微笑みが、左頬を走ろうとしたその時。

扉が開いた。

「待ってたよ兄さん。」

「なんだ。迷っていたのは私だけか。」

「いや?俺もリタも、兄さんを呼びにいくか悩んでいた。」

「何故だ?」

複数でなくとも番は申請できる。
弟とナタリアなら似合いだ。
私も心から祝福しよう。

「何故じゃないわ。私たちは3人で夫婦なのよ。」

寝室へ招かれた私が見たのは、寝台で無防備に横たわる彼女。

服を着ているからなのか、それが余計に私を高ぶらせた。
まるで、捧げられることを理解した獣だ。
しどけなく、美しく、健やかな手足が投げ出されている。

血が騒ぐ。
獲物を仕留めなければ。
これは、私の、私たちの獲物。

空気の異変を感じ取ったのだろう。
弟も、目が据わって居た。
あぁ、彼女は少し不安そうだ。

だが、その姿勢は変わらない。

私たちを受け入れる。
そう、現している。

言い覚悟だ。
言い女だ。
私に気付きを与えた。

私も、変わらなくては。

「君は美しいなナタリア。」

「君は素直だ。」

「鹿は最も美しい生き物だ。生け贄として台に上がっても、その姿勢は美しい。」

「私は愚かだった。言葉を尽くすべきだった。」

一足毎に言葉を落とした。
最後には、寝台の側で両膝をついた。

驚いて思わず起き上がったナタリアのその手をとる。

「私が言葉を尽くす事を許してくれるか。」

「えぇ、許すわデルモント・クイレ。私のために、その堅い口を開いてくださいね。」

ふふ、と笑うその表情は見たことが無かった。


「そんな話し方も出来たんだな。」

「ちょっと、!」

「兄さん、彼女は完璧なマナーを身に付けているよ。」

一頻り、和やかな雰囲気が漂う。
そして私たちは互いの呼び名を決めた。
閨で呼ぶのがただのデルモントでは許せそうにないし、弟だけ愛称で呼ぶのは気に障る。

「デル、で良い?」

「君は?」

「あたし?」

「ベルは君の事をなんと?」

ナタリアの愛称は多い。
だが、私は私だけの呼び方が欲しい。

「ターシャ。皆はナターシャって呼ぶ。」

「リア、はどうだ。」

「それは、呼ばれたこと無い。」

「では、決まりだ。君はリア?君は私をなんと呼ぶ。」

「デル、が良い。」

「君がそう言うなら、従おうリア。」


ささやかに、頬へ落としたキスが側に居た弟を刺激したようだ。

「ターシャ。」

「ベル?」

「俺も、キスしたい。」

「良いよ。」


ーーー私たちの夜が始まる。







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