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第二章:大統領補佐官

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「近頃は如何ですかな。」

「寒暖差が凄いね。」

「特に朝方は冷えますなぁ。」

「そう、でも昼は暑いくらいだし。かといって油断するとあっという間に風が冷たくなる。」 

「吐き気がおありだとか。」

あったかい麦茶も美味い。
またひとくち、と湯呑みに口を運び飲んだ所で声を掛けられた。
らしくない暴言が頭に浮かんだ。
それをコクリとあったかい麦茶で落とし込む。

「目眩、立ちくらみ、気分の落ち込み等もございませぬか。」

こくり、お茶を飲んでは胸苦しさを自覚して黙っている。
正直、向こうに居た頃はこんな事は日常茶飯事だった。
取り分けストレスには弱く。
会社の事を考えるだけでくらっと来ては、出勤後数分で突然に吐き気を催す事もあった。

かと言って、実際に倒れた事も無ければ吐いた事も無く。
只、くらっとして吐き気がするだけ。
たまに胸がドッと鳴ったり、息が詰まってたりしたけど。

原因は分かってる。俺の気が小さいせいだ。
その癖、一旦仕事を始めれば黙々とこなしていたりもする。

「その内、治るよ。」

「気の病と言うものもあります。」

だからーーー。
その気の病は、放って置けば治ると思うんだけど。

そんな強気の台詞が浮かんではお茶を飲んで、腹へ流す。
大好きなベルモントさんにそんな事を言って傷付けたくはない。
今の俺は生意気で不遜で、礼儀知らずだ。

曖昧で問診にも答えず、ちびちびお茶を飲む俺にベルモントさんが言う。

「トキ様。ひとつおまじないを試してみませんか。」


ーーーーー

「ふと表情が無くなる時がある。寸前まで楽しそうに話していたかと思うと、途端に疲れ切った表情で、何処を見ているのか分からない目をしている。」

「トキ様がふわふわオムライスを失敗され、スクランブルエッグにしてしまわれて...あぁっ、これは由々しき事態です!ベルモント殿にお伝えしなくては!」

「トキ君があんな顔するの、僕は見ていられません。何か、出来る事はありませんか。」

ーーー


本人も知ってか知らずか、それは一言で言えば憂鬱というものだった。
その表情は誰もが一度は鏡越しに見た覚えがあるもの。
何も手に付かず、只やるべき事だけが積み重なり、溜まっていく。
そんな状況が疎ましく思いつつも、何もしたくない。

寝転がり息をしているだけで、一日が終わってしまう。
こんな時に必要なのは、何だろうか。

「トキ様、こちらをご覧下さい。」

冬の間の、トキアキのお気に入りの場所。
暖かい厨房の清潔なステンレスの台と、側に置かれた簡素な椅子。
だが、今は皿とステンレスが擦れあう音さえ不快を生む。

これで、今日はもう台には触りたくない。
と、なると残りのお気に入りは椅子だが。
これも脚がカタカタし始めていた。

なんだよ。

そんな些細な事さえ、不快で、嫌いで、腹が立つ。
けど、椅子も台も何一つ悪くない。
ごめんな。俺は今、悪い大人なんだ。お前らは悪く無いよ。

俺がガキだから椅子にも謝らなくてはならない。

それなのに、ゼフは声を掛けてくれる。

「またたび酒でございます。」

「へぇっ。」

またたびの木は見た事ある。
例の瓶に入った木の棒だ。あのヤバい奴だ。

「またたびの実なんて初めて見たな。」

「密かに漬けておりました。」

「ふっ。」

「これをこちらの瓶に移し替えてくださいませ。」

「,,. ... 俺が?」

「えぇ。」

なんで俺が。
オレンジジュースと、リンゴジャムのトーストを食べたから手伝わされるのか。

いや、でもゼフはそんな事しないだろ。


「こちらの柄杓をお使いください。」

「ちっさ。」

「可愛いものでしょう。」

「いや、可愛いけど。まぁ、いいや。」

「恐れ入ります。」

ちっちゃい柄杓はペットボトルキャップ2個分位で、それを移す瓶もペットボトルくらいの大きさで、思ったよりかはくちが広いけど。文句ばかりが浮かんで来る。

「漏斗じゃダメなのか?」

何時もの俺なら。

『それにしても、小さ過ぎるだろ。
調理器具って変な形のやつ、結構あるよな。

俺、あれ好き。ディッシャー。アイス抉る奴。
延々とガシャガシャしたいよな。
けど、マッシャーは好きじゃない。
けど、肉叩くハンマーは結構好きだ。ゲームの武器っぽい。』


なんて、思ったりする筈なのに。
今日はなんか全然ダメだな。
そっと溜息を吐いた事も隠せずに、ゼフは怒りもせずふっふ、と笑う。

「面倒でしょう。ですが残念ながら。古くからのしきたりで、人にあげる酒は手ずから詰める事になっております。」

「えっ、あげるのか?俺が触って大丈夫なのか。」

「問題ありません。その柄杓を瓶に注ぐ間、一度でも心を込めればそれで充分でございます。」

「酒を、移し替えるだけじゃなかったっけ。」

「申し訳ありません。心も込めて頂けますと嬉しゅうございます。」


ーーー4日後。

「トキ様。今、お時間宜しいでしょうか。」

「良いよ。」

ユディール君は本当に俺の秘書になった。
仕事中は彼を呼び捨てにする立場になってしまった。
俺に仕事を教えてくれたのは彼なのに。なんかいやだ。

「良いのがありましたか?」

ガラスの耐熱コップに並々揺れる赤褐色と、鼻を擽る匂いに意識せず、深く息を吸った。

良い匂い。

「うん。」

皆で友人に贈るプレゼントを選んでいるらしい。
意見を聞かせてくれ、ととりあえずティーセットのカタログを持たされていた。
不機嫌でも、カタログを見るのはちょっとテンション上がる。
けど、バラッと全体を捲り眺め、半分も見終わらない内に飽きてしまった。

今、後ろ半分を見てるけど。
どれもこれも似た様な物でピンクの花か、一面青くらいしかない。
こうなると正直、どれでも良い。

選ぶのも違いを見つけるのも面倒だし、ダサい。

けどせっかくのティーセットだ。
良い匂いのするお茶を飲むのに、良い器なら完璧だろ。俺なら。


「... ... ベルガモットオレンジ。」

紅茶に詳しく無い俺でも、こっちですっかり紅茶派になってしまった。
本当に良い匂いがするんだ。
ピーチティーとかレモンティーとかはダメだったけど。
不機嫌な俺に気を遣ってユディール君がここ最近ずっと淹れてくれる、このお茶が美味しく飲めるのは。

「ピンクの花を変えられないか。」

薔薇かなんか知らんが、よく分からん花より今飲んでるお茶の香りがする絵の方が良いに決まってる。多分な。


「ーーーさ、流石です...トキ君。」

「そ、んなびっくりした顔する所だった...?」

思い付きもしなかった、なんて顔で大袈裟に褒めて慌ただしくし始めた。
パタッと手帳を開いて、付箋紙を1枚貼り付けた。

「工房に掛け合ってみますっ、!えぇっ、と。そっちの書類は夕方までに目を通しておいてください。明日の昼頃にもう一度確認をするので、その時に意見をまとめて、会議へ回しますので、では失礼致します。休憩取って工房へ行くので何かあれば秘書課へご連絡下さい、!」

「うん...分かった。気を付けてね。」

すっごいキラキラの顔で去って行ったな。
というか、この付箋俺がこの前ふざけたやつだ。

付箋の短い方の辺を縦にして、両角の間を緩く丸めに切る。
両端は角度を付けて少し切ると良い。
そうすると、そこが耳になる。ペンで三角を描いて、その下に目と鼻、3本線のヒゲを描くと猫になる筈だ。

息抜きにさ、やりたくなるじゃん。
そしたら試行錯誤してた奴がユディール君に見つかって。
これくださいって、言うからあげたんだけど。

そんなに気に入ってたのか?


ーーー更に三日後。

まだ不機嫌の中に居た。

「吐き気がおありだとか。」

自分から此処へ来る事はあまり無い。
只、定期的に呼ばれるのできっと心配されているのだ。
検診だと思って通う事にしてる。

一体誰が何をそんなに言うのか知らないが。
俺の変化を逐一気にしている人がいるなんて、変だろ。
原因も分かってる。

どうせストレスだ。
季節の変わり目によくやられる。
向こうで大抵の改善方法は試していた。
あったかい風呂に入ろうが、早く寝ようが無駄なんだ。

だから、放っておけば良い。
仕事でもしてればその内治るんだから。

「その内、治るよ。」

「気の病と言うものもあります。」

「一過性のね。」

医者の言う事に耳を貸さない、悪い患者だな俺は。

「トキ様。ひとつおまじないを試してみませんか。」

ゴロゴロと助手のお姉さんが小さなワゴンを押してくる。
何時もベルモントさんの後ろで微笑んで注射の準備をしたり、お茶を淹れてくれたりするけど、何故それが此処にある。

「これ、なんで、?」

「悪い物を退け、幸運をもたらすと言われるおまじないです。それには四つの品が必要となり、一つの品にひとりだけが携われます。では先ず、何か古い物を。これは貴方の料理を心から尊敬し貴方の味を愛する料理人から。」

それは俺が文句を垂れながら瓶に詰めた、またたび酒。

「秘蔵のかなり年数をかけた酒だそうですぞ。わしもひとくち頂きましたが、良い物でしたなぁ。それから、こちらのティーセットは貴方の勤勉さと強かな賢さを愛するご友人から。何か新しい物を。工房に通い詰めて作らせておりましたなぁ。」

黄色と緑のベルガモットオレンジの果実。
器の縁には小さな白い花がくるりと描かれている。
じっ、と見てふらりと手を伸ばし、絵をなぞってみた。

「気に入りましたかな?」

「うん。」

「そしてこれは、毎日無事に帰り、好きな所で好きな様にくつろぐ姿をみせてくれる貴方に癒されている邸の者たちから。」

「俺に癒し効果は無いっ、けど... 靴?」

家では見た事ない革靴に見えるけど、中に何か入ってる。

「銀貨6枚を忍ばせてありますな。」

「靴の中に銀貨を入れるのがおまじない?」

「本来なら、普段お使いになる靴に銀貨を忍ばせるのですが。そう言うわけにもいきませんので、新調しようと言う事になり。揉めに揉めたそうですぞ。執事とメイド達では履かせたい靴が違った様でしてなぁ。」

そう言えば。
此処数日、やけにじっ、と見られていたけど。
あれは職務として体調不良を隠そうとしても無駄だぞのアピールだと思ってたな。
ごめん。性格悪かったな俺。

「これは例外の贈り物と致しましょう。」

「皆、俺に構い過ぎだ、って。」

銀貨を忍ばせるついでで靴を買って貰うなんて。
子供じゃ無いんだから。
そう毒付いても、鼻がツンとなって目も少し熱い気がして来た。

「皆、トキ様が可愛いのでしょうな。さてさてでは三つ目ですがこちらを。」

「鹿の置物。」

真っ白の鹿の番の置物だった。
雌は座っていて雄は立ってる。
手のひらに両方収まるくらい小さいけど、角が金色で存在感がある。

「かつての新婚時代に、妻の誕生日にと買い求めたうちの1つです。」

「えっ。」

「実はそれの新しい物が出ましてな。鹿の瞳の石を変えられるのだそうで。そちらが後日、届きますから、それまではどうかこれを何か借りた物として。」

「そんなっ、大事な物だろ、」

おじいちゃん先生の新婚時代、と言うとまだ研修医だった時の話だろ。
そんな時から持ってる物を一時でも俺なんかが預かるなんて。
しかも陶器じゃないのかこれ。
割ったらどうするんだ。

「実は兄と被っておりまして、家にまだ同じ物が2頭あるので短い間でも掃除の手間が省けるなら、と妻が喜んで持たせてくれましてなぁ。ほっほっ。」

毎年、奥さんの誕生日に二人で被らない様、かなり気合を入れて鹿のプレゼントを探してる。
その歴史の一部。
誰かに何十年も大切にされてきた物を預かるのって、ドキドキする。
責任が重過ぎないか。

けど、見れば見るほど金色の角が綺麗でかっこいい。
愛されてるんだな、こいつら。

「貴方が健やかであられる事をわしは何時も祈っておるよ。トキ様。」

鹿の1頭をベルモントさんが、しっかり手を握って俺に置物を握らせる。
その手があんまりあったかいから。
そんな風にされたら、もう何も我慢なんか出来なくなった。

「ふっ、ぅ...っ、」

此処で泣くのは何時ぶりだろうか。
あの時も麦茶を飲んでいた。
ほんの少し前の事なのに、随分前の様に思える。
あの頃より出来ることも貰ったものもたくさんある筈なのに。
どうして、俺はこんなに卑屈になるんだ。

何時も皆、大事にしてくれるって言うのにっ、


「貴方を見ていると、健気という言葉を思い付きますな。我慢強く、よく励み、よく悩んでおられる。そういう姿を多くお見掛けしますと、心配にもなる。ですが、貴方が楽しそうにしていらっしゃるとワシらはとても励まされる。」

手を握り、腕を摩られ、自分は労われているのだと知る。


「貴方はよく頑張った。苦労した。その姿を見て来たからこそ。お節介を焼いてしまう者達が居る事をこの品々を見る度に思い出すのです。」

言い聞かせる様な言葉達が、じわじわと胸に沁みる。
俯いてポタポタ涙を落とす俺にベルモントさんは何処までも優しい。

「理解されましたかな。」

「うぅ...っ、」

必死で頷き、顔を上げ目に入った品々を見て、また涙が込み上げる。

「さぁ、あとひとつは貴方の"左腕"が持っております。家へお帰りなさい。」
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