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本編'24
3月2日 (2
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「弟を探してる、この辺りで見覚え無いか、代永だ。」
「知らないな。なぜ土曜日の昼間にこんな所に?」
「写真をやってるんだ。スタジオで聞いて、この辺りだって教えてもらったんだが。土地勘が無くて困ってたんだ。ほら、見てくれ。店主もあやふやでこの辺りとしか、わからなかったんだ。」
「そのスタジオなら聞いたことがあるな。よく個展を開いてて、誘われるんだが。本人の写真とか無いのか。」
「少し前の写真なんだけど、これだ。この辺りで見覚え無いか。」
男がジャケットから取り出した写真は、俺にも見覚えのある物だったが。
随分と印象が違うな。
「春から大学生なのか?」
「ああっ、いや。最後に送られて来た写真がこれ1枚だけでね。今年で28になる。」
「見掛けたら連絡する。名刺か何か」
「すまない、あーっと、見掛けたらここに連絡をくれないか。頼む。」
代永 和樹
大手保険会社か。
「君、名前は。」
「千田だ。見掛けたら連絡するよ。」
「ありがとう、どうか頼むよ。」
ーーーーー
「と、言うことが有った。」
車載カメラの映像と、名刺、それから隠し撮りした顔周辺の写真。
「これ、兄貴か?」
「多分そうだと思う。」
答えたのは良悟だ。
和己はさっきから黙ってる。
「俺かと見間違う程、無愛想な写真を持ってたぞ。卒業式の看板の横に今みたいな顔で立ってる奴だ。覚えがあるか?」
「有る。俺が撮った。」
「前に見た写真の方が良い顔してたぞ。そっちにしなかったのか?」
和己と良悟と何人かで写った写真と、二人きりで肩を抱き合って写ってるのも有った筈だ。
そっちは、こんな無愛想じゃなかった。
眩しいくらいの笑顔と元気で溢れた男子高校生だった筈だが。
「そんな大事な写真送る訳無いじゃん。証明書みたいなつもりで撮ったんだから。」
「それには同意するぞ。俺もだ。」
「俺は皆で撮った奴、送った。」
それぞれだな。
俺も同じ様な理由で頼んでひとりだけの写真を撮った。
家族写真というものが有れば良かったんだが。
施設育ちでそう言う訳にも行かない。
他に顔の分かる身分証も無かったから、死んだ時に使われる写真は、これだろうなと薄ら思っていた。
「和己。」
「どうしたい。」
身内と言うものに関して、俺が言える事は無いが。
和己は俺の家族だ。
県が発布したパートナーシップ権限も裁判所の公正証書も有る。
「俺達は家族だ。お前がしたい事をさせてやりたい。」
倫理やモラルは必要無い。
命より大事な物を俺達は持ち合わせて居ない。
戸籍を抜けても弟を探し出す理由は何だ。
「卒制で作品集を作った。あとオーナーが開く展示会にも今までも何度か同じ写真を出した。」
「偶々、か?」
「そう思う。3部刷って1部送った時の住所は学校が置いてる伝票を使った。」
「そうか。アパートの話は出て来なかったからな。住所を追い掛けて探すならそっちが先だろ。」
「あのスタジオ駅が近い。個展のポスターもあちこち貼ってる。俺、あの人好きだ。和己の写真を気に入ってる。」
「俺もあのじーさん好きだよ。」
「保険会社だからな。クライアントに会いに行った先で見覚えのある写真が貼られてた、って事か。」
もしそうなら。
兄貴は和己の卒制を隅々まで眺めて、覚えてたと言う事になるが。
「仲悪いのか?」
「わかんない。」
「俺も分かんない。」
「... ... 俺も分からんぞ?」
まぁ。そんなものか。
俺も子供時代に兄弟みたいに遊んだ奴らと、連絡を取り合ってる訳じゃ無い。
施設に偶に顔を見せて、少ない金を使ってくれと渡すだけだ。
それ以外は学生時代の友人か、仕事関係ばかりだ。
「良い人そうだった。」
「良い人だよ。偶に連れ出してファミレスで好きな物食わせてくれた。」
「何食べたんだ。」
「アイスとかポテトとかステーキとか?」
「ステーキか。今夜行くか。」
「良悟は1歩も動けないよ。」
「すまん良悟。」
「良い。寝たらスッキリした。」
それでももう一度、体を見せて欲しい。
マットも敷いてある。
「少し考えるよ。」
「ああ。そうした方が良い。」
「俺は?」
「うん?」
「俺は何処に居れば良い和己?」
嗚呼、今のは俺でもグッと来た。
可愛い事だ。じっと待ってる。
臆面も無く、側に居るぞとアピールして。
して欲しい事は無いのか、と指示を待っている。
お陰で俺達は考えるんだ。
冷静に、何が良悟にとっても自分にとっても公平なのか。
殴るでも暴言を吐くでも理不尽に振る舞うでも無く。
忠実で真摯な姿を見せる良悟に応えるべく、
俺達自身から理性を取り戻させる事が出来る。
大事な家族だ。不愉快な思いはさせたく無い。
「とりあえず、ストレッチした方が良いね。それが終わったら...抱っこされに来てくれると嬉しいな。」
「分かった。行ってくる。」
「頑張ってね。」
出番だな。
まるで出掛けるみたいに言うが、廊下の先の自室に運ぶだけだ。
何時でも戻って来られる。
「どのくらい掛かる...痛い?」
「45分くらいか。」
「45分だって和己。」
「了解。変な事されたら叫ぶんだよ。」
「分かった、ムカついても叫んで良い?」
「良いよっ?」
努力はしよう。
何もしないとも、言い切れないな。
ストレッチと言え、あちこちを色んな体位...姿勢で触る。
「またあとでな和己。」
「分かってるよ陸也。ありがとう二人とも。」
この家の扉は、基本どこも開いている。
只、今だけはリビングの扉を閉めて出た。
背中越しに抱き上げた良悟が扉が閉まる寸前まで手を振ってるのが分かる。
家の中でも手を振るのは、可愛い過ぎるだろ。
何処で覚えたんだか。
たまに家の中で見られる光景だな。
思わず振り返したくなる。
ーーーーー
「はぁ。」
和政と言う父親と、真己と言う母親は学歴格差が有った。
有名大学の父と、低学歴の母。
母のコンプレックと父の強要の果てに兄の和樹はピカピカの経歴を持ち、弟の俺は対照的に落ちこぼれた。
代わりに求められたのが、完璧なお姫様対応だった。
勉強も出来ないならせめて、使える男にならないとね、と勉強以外の事を徹底して指摘されるようになった。
それで出来上がったのは、父親より完璧な彼氏。
彼氏かと間違えられる程に甘い雰囲気の息子になった。
何処に行くにも入念なスタイリングで、腕を組み荷物を持ち。
飲みかけのコーヒーを持ってあげた。
肩を抱いて慰めたり、ネックレスを着けてあげたり。
ワンピースのファスナーを上げたりもした。
母さん、と呼ばない代わりに
マミさんと呼ぶようになった。
そうする事で、家の中は機能していた。
幸いな事に落ちこぼれ底辺男子高校生にも、夢は有った。
女の子達のお陰で色や綺麗なデザインに興味を持ったし、特に化粧品のポスターやCMは凄く惹かれるものがあった。
だからデザインがしたい、と言った時。
家は母の説得により三分の一の学費を出してくれた。
そうは言っても公立大学の半分の学費の、そのまた三分の一と言うと。
俺の価値は兄貴の膝程までしか無い。
それで良いと思った。
そんなものだ。
むしろ、三分の一でも出してくれるとは思いもしなかった。
感謝しつつも、ひとつの問題にぶち当たった。
好きな子が出来たんだ。
可愛いくりくりの黒瞳と、ぱらぱら動く黒髪が健康的で素直でとにかく可愛い黒柴みたいな子だ。
その子に言われたんだ。
本当にそんな事がしたいのか、って。
俺は勿論だよ、って答えた。
それでも納得出来ないらしく、また何日かして同じ事を聞かれた。
「シロナガ、本当にそんな事がしたいのか。」
だから常々思ってる事を言ったんだよ。
したいも何もそうすべきだからだ、と答えるとその子は心底面倒臭そうに眉を顰めて溜息を吐いた。
それから、組むなと言われ拒否られた腕のほんの指先をさらっと絡めてくれた。
「そんな事しなくても、隣くらい歩ける。」
目から鱗が落ちた。
俺は隣を歩いて欲しくて、腕を組んでた訳じゃない。
そうすべきだから腕を差し出した。
「どう、気に入った?」
気に入ったなんてものじゃない。
衝撃だった。
人差し指だけを絡めて、俺の隣を歩きたいってどう言う事。
「シロナガ?」
ビタっと歩道で動かなくなった俺に、その子が寄ってきてくれて。
序でにって言葉を掛けてくれた。
「序でに言うと、態々顔を覗き込まなくても呼んでくれたら、好きな奴の顔くらいちゃんと見るよ。」
態々道路にしゃがみ込んで、逆に覗き込まれた俺は慌てて手を伸ばした。
好きな子を何時までも地べたにしゃがませる訳にはいかない。
でも、伸ばした手は途中で止まって、彷徨った。
物凄い数の違和感が俺を襲って、手を伸ばす事を拒絶した。
考えて考えて考えて考えて。
違和感の中から、違和感じゃない物を探した。
「ふはっ、可愛い。」
俺はズルズルしゃがみ込む事にした。
絡めた指先だけはそのままに、顔も伏せてコンクリートをガン見した。
高校生男子が指先でおてて繋いで、歩道でしゃがみ合ってる。
片方はにこにこで、片方は耳まで真っ赤にして顔を伏せてる。
俺はこれが青春じゃないなら、何なんだってくらい。
この時の事をはっきりと覚えてる。
「分かった?」
「分かったっ、」
「シロナガ。」
「なぁに、」
「シロナガ。」
「なに、?」
「シロナガを好きな奴が、こっち向いて欲しくて名前呼ンでるんだけど。」
「えっ、!?」
思わずガバッと顔を上げた俺を良悟がニヤニヤ笑って見てた。
「ほらな。覗き込む必要無いじゃん。」
「う...へぇーーっ、恋愛初心者にスパルタ過ぎるよ、」
「シロナガがしたい事をさせたいだけだよ。」
「愛じゃんソレっ。」
「当たり前だろ。ほら、立ってよ。自転車来てる。」
その日、家の玄関の前で俺は立って考えていた。
何の為にお洒落して、腕を組んで荷物を持って飲みかけのコーヒーを持っててあげるのか。
誰の為に肩を抱いて慰めたり、ネックレスを着けてあげたり、ファスナーを閉めてあげるのか。
俺なら。
俺は、俺なら。
女の子のヒールが大変だから腕を組んであげるんじゃなくて。
側に居て欲しいから腕を組みたい。
前髪を切った事に気付いて欲しいんじゃなくて、好きな子の目を見つめたいから、前髪が短くなった事に気付きたい。
鞄を持つのも、代わりに俺の手を握って欲しいから。
手伝わせて欲しい。
玄関を眺めながら思った。怖いなって。
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俺の為にと思って従って来た事の殆どが母さんが、その時そうされたかったからだ。
勿論、家事や掃除や生活に必要なものは、手伝わせてくれて感謝してる。
お陰で、自分ひとりで出来るようになったよ。
でも、手が荒れるから皿洗いを代わってあげる必要は無かったんだな。
頭痛い、って言うから。痛み止めとお湯とココアを用意してあげる必要も無かったんだな。
もし何年か経って
俺があの人を気遣ってそうする事はあるかも知れないけど。
今までそうして来たのは、俺の意思じゃ無い。
そうする様に言われたからだ。
俺は。
好きな子には手が荒れて痛くなる様な皿洗いなんかしないでほしい。
それは、母さんが家事を手伝わせてくれたから知ってる事だ。
ほんと、痛いし乾燥するし、嫌になるよな。
感謝してる。
けど、ごめん。
俺は俺がしたいように、したいんだ。
だから母さんの彼氏はもう辞める。
誰も居ないのに宣言して、玄関のドアを開けた。
家を出た理由なんてそれだけだよ。
あの家は低学歴を見下された母さんが回してた。
家事をした事が無い父と兄は、家事をする母が居ないと全てが滞った。
今考えても可哀想だと思う。
けど今更。
兄が尋ねてきた所で俺に何をさせたいのかが分からない。
家を出て10年経つのに、まだご機嫌取りが要るのか。
「はぁーー面倒くさ。」
駄目だなっ、ちゃんと考えないと。
脳みそを使いもせずテキトーな事を言えば。
またうんざりした様に眉を顰めて叱られる。
「和己は本当にそんな事がしたいのか。」
それが嬉しいんだよね。
ちゃんと考えないとな。
何時もみたいに。
三人にとって公平で有る様に。
大事な家族が、俺も含めた三人の家族が、誰ひとり我慢と苦痛を強いられない様に。
「どーすっかなぁー。」
ーーーーー
「静かだな。」
「うっ、んんっ、」
「通報すべきだったか」
「うぅーーーっ」
「良悟、」
「うるっさいな...っ、愛してるんだから大丈夫っ、だ、!それより、痛いんだよ、もういやだぁ」
「もう終わる。」
「キスしたぃっ、痛いぃ」
「終わったらな。今は呼吸しててくれるか。」
「いじわるっ、」
涙目で睨まれて、愛してるなんて聞かされて勃たない俺を褒めてくれないか良悟。
それよりもっと筋肉を付けて、運動させないとな。
ラジオ体操とかが良いか。
あれは本気でやるとかなり効く。息切れする。
馬鹿にできない。
何せ、国民保険体操だ。
野菜の目安摂取量みたいに、制定されてる。
出席カードでも作るか。
「良悟、」
「なにぃっ、」
「ラジオ体操のカード作ったらやりたいか?」
「えぇ?」
「知らないな。なぜ土曜日の昼間にこんな所に?」
「写真をやってるんだ。スタジオで聞いて、この辺りだって教えてもらったんだが。土地勘が無くて困ってたんだ。ほら、見てくれ。店主もあやふやでこの辺りとしか、わからなかったんだ。」
「そのスタジオなら聞いたことがあるな。よく個展を開いてて、誘われるんだが。本人の写真とか無いのか。」
「少し前の写真なんだけど、これだ。この辺りで見覚え無いか。」
男がジャケットから取り出した写真は、俺にも見覚えのある物だったが。
随分と印象が違うな。
「春から大学生なのか?」
「ああっ、いや。最後に送られて来た写真がこれ1枚だけでね。今年で28になる。」
「見掛けたら連絡する。名刺か何か」
「すまない、あーっと、見掛けたらここに連絡をくれないか。頼む。」
代永 和樹
大手保険会社か。
「君、名前は。」
「千田だ。見掛けたら連絡するよ。」
「ありがとう、どうか頼むよ。」
ーーーーー
「と、言うことが有った。」
車載カメラの映像と、名刺、それから隠し撮りした顔周辺の写真。
「これ、兄貴か?」
「多分そうだと思う。」
答えたのは良悟だ。
和己はさっきから黙ってる。
「俺かと見間違う程、無愛想な写真を持ってたぞ。卒業式の看板の横に今みたいな顔で立ってる奴だ。覚えがあるか?」
「有る。俺が撮った。」
「前に見た写真の方が良い顔してたぞ。そっちにしなかったのか?」
和己と良悟と何人かで写った写真と、二人きりで肩を抱き合って写ってるのも有った筈だ。
そっちは、こんな無愛想じゃなかった。
眩しいくらいの笑顔と元気で溢れた男子高校生だった筈だが。
「そんな大事な写真送る訳無いじゃん。証明書みたいなつもりで撮ったんだから。」
「それには同意するぞ。俺もだ。」
「俺は皆で撮った奴、送った。」
それぞれだな。
俺も同じ様な理由で頼んでひとりだけの写真を撮った。
家族写真というものが有れば良かったんだが。
施設育ちでそう言う訳にも行かない。
他に顔の分かる身分証も無かったから、死んだ時に使われる写真は、これだろうなと薄ら思っていた。
「和己。」
「どうしたい。」
身内と言うものに関して、俺が言える事は無いが。
和己は俺の家族だ。
県が発布したパートナーシップ権限も裁判所の公正証書も有る。
「俺達は家族だ。お前がしたい事をさせてやりたい。」
倫理やモラルは必要無い。
命より大事な物を俺達は持ち合わせて居ない。
戸籍を抜けても弟を探し出す理由は何だ。
「卒制で作品集を作った。あとオーナーが開く展示会にも今までも何度か同じ写真を出した。」
「偶々、か?」
「そう思う。3部刷って1部送った時の住所は学校が置いてる伝票を使った。」
「そうか。アパートの話は出て来なかったからな。住所を追い掛けて探すならそっちが先だろ。」
「あのスタジオ駅が近い。個展のポスターもあちこち貼ってる。俺、あの人好きだ。和己の写真を気に入ってる。」
「俺もあのじーさん好きだよ。」
「保険会社だからな。クライアントに会いに行った先で見覚えのある写真が貼られてた、って事か。」
もしそうなら。
兄貴は和己の卒制を隅々まで眺めて、覚えてたと言う事になるが。
「仲悪いのか?」
「わかんない。」
「俺も分かんない。」
「... ... 俺も分からんぞ?」
まぁ。そんなものか。
俺も子供時代に兄弟みたいに遊んだ奴らと、連絡を取り合ってる訳じゃ無い。
施設に偶に顔を見せて、少ない金を使ってくれと渡すだけだ。
それ以外は学生時代の友人か、仕事関係ばかりだ。
「良い人そうだった。」
「良い人だよ。偶に連れ出してファミレスで好きな物食わせてくれた。」
「何食べたんだ。」
「アイスとかポテトとかステーキとか?」
「ステーキか。今夜行くか。」
「良悟は1歩も動けないよ。」
「すまん良悟。」
「良い。寝たらスッキリした。」
それでももう一度、体を見せて欲しい。
マットも敷いてある。
「少し考えるよ。」
「ああ。そうした方が良い。」
「俺は?」
「うん?」
「俺は何処に居れば良い和己?」
嗚呼、今のは俺でもグッと来た。
可愛い事だ。じっと待ってる。
臆面も無く、側に居るぞとアピールして。
して欲しい事は無いのか、と指示を待っている。
お陰で俺達は考えるんだ。
冷静に、何が良悟にとっても自分にとっても公平なのか。
殴るでも暴言を吐くでも理不尽に振る舞うでも無く。
忠実で真摯な姿を見せる良悟に応えるべく、
俺達自身から理性を取り戻させる事が出来る。
大事な家族だ。不愉快な思いはさせたく無い。
「とりあえず、ストレッチした方が良いね。それが終わったら...抱っこされに来てくれると嬉しいな。」
「分かった。行ってくる。」
「頑張ってね。」
出番だな。
まるで出掛けるみたいに言うが、廊下の先の自室に運ぶだけだ。
何時でも戻って来られる。
「どのくらい掛かる...痛い?」
「45分くらいか。」
「45分だって和己。」
「了解。変な事されたら叫ぶんだよ。」
「分かった、ムカついても叫んで良い?」
「良いよっ?」
努力はしよう。
何もしないとも、言い切れないな。
ストレッチと言え、あちこちを色んな体位...姿勢で触る。
「またあとでな和己。」
「分かってるよ陸也。ありがとう二人とも。」
この家の扉は、基本どこも開いている。
只、今だけはリビングの扉を閉めて出た。
背中越しに抱き上げた良悟が扉が閉まる寸前まで手を振ってるのが分かる。
家の中でも手を振るのは、可愛い過ぎるだろ。
何処で覚えたんだか。
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思わず振り返したくなる。
ーーーーー
「はぁ。」
和政と言う父親と、真己と言う母親は学歴格差が有った。
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俺の価値は兄貴の膝程までしか無い。
それで良いと思った。
そんなものだ。
むしろ、三分の一でも出してくれるとは思いもしなかった。
感謝しつつも、ひとつの問題にぶち当たった。
好きな子が出来たんだ。
可愛いくりくりの黒瞳と、ぱらぱら動く黒髪が健康的で素直でとにかく可愛い黒柴みたいな子だ。
その子に言われたんだ。
本当にそんな事がしたいのか、って。
俺は勿論だよ、って答えた。
それでも納得出来ないらしく、また何日かして同じ事を聞かれた。
「シロナガ、本当にそんな事がしたいのか。」
だから常々思ってる事を言ったんだよ。
したいも何もそうすべきだからだ、と答えるとその子は心底面倒臭そうに眉を顰めて溜息を吐いた。
それから、組むなと言われ拒否られた腕のほんの指先をさらっと絡めてくれた。
「そんな事しなくても、隣くらい歩ける。」
目から鱗が落ちた。
俺は隣を歩いて欲しくて、腕を組んでた訳じゃない。
そうすべきだから腕を差し出した。
「どう、気に入った?」
気に入ったなんてものじゃない。
衝撃だった。
人差し指だけを絡めて、俺の隣を歩きたいってどう言う事。
「シロナガ?」
ビタっと歩道で動かなくなった俺に、その子が寄ってきてくれて。
序でにって言葉を掛けてくれた。
「序でに言うと、態々顔を覗き込まなくても呼んでくれたら、好きな奴の顔くらいちゃんと見るよ。」
態々道路にしゃがみ込んで、逆に覗き込まれた俺は慌てて手を伸ばした。
好きな子を何時までも地べたにしゃがませる訳にはいかない。
でも、伸ばした手は途中で止まって、彷徨った。
物凄い数の違和感が俺を襲って、手を伸ばす事を拒絶した。
考えて考えて考えて考えて。
違和感の中から、違和感じゃない物を探した。
「ふはっ、可愛い。」
俺はズルズルしゃがみ込む事にした。
絡めた指先だけはそのままに、顔も伏せてコンクリートをガン見した。
高校生男子が指先でおてて繋いで、歩道でしゃがみ合ってる。
片方はにこにこで、片方は耳まで真っ赤にして顔を伏せてる。
俺はこれが青春じゃないなら、何なんだってくらい。
この時の事をはっきりと覚えてる。
「分かった?」
「分かったっ、」
「シロナガ。」
「なぁに、」
「シロナガ。」
「なに、?」
「シロナガを好きな奴が、こっち向いて欲しくて名前呼ンでるんだけど。」
「えっ、!?」
思わずガバッと顔を上げた俺を良悟がニヤニヤ笑って見てた。
「ほらな。覗き込む必要無いじゃん。」
「う...へぇーーっ、恋愛初心者にスパルタ過ぎるよ、」
「シロナガがしたい事をさせたいだけだよ。」
「愛じゃんソレっ。」
「当たり前だろ。ほら、立ってよ。自転車来てる。」
その日、家の玄関の前で俺は立って考えていた。
何の為にお洒落して、腕を組んで荷物を持って飲みかけのコーヒーを持っててあげるのか。
誰の為に肩を抱いて慰めたり、ネックレスを着けてあげたり、ファスナーを閉めてあげるのか。
俺なら。
俺は、俺なら。
女の子のヒールが大変だから腕を組んであげるんじゃなくて。
側に居て欲しいから腕を組みたい。
前髪を切った事に気付いて欲しいんじゃなくて、好きな子の目を見つめたいから、前髪が短くなった事に気付きたい。
鞄を持つのも、代わりに俺の手を握って欲しいから。
手伝わせて欲しい。
玄関を眺めながら思った。怖いなって。
俺は自分が何をさせられているのか分かって無かった。
俺の為にと思って従って来た事の殆どが母さんが、その時そうされたかったからだ。
勿論、家事や掃除や生活に必要なものは、手伝わせてくれて感謝してる。
お陰で、自分ひとりで出来るようになったよ。
でも、手が荒れるから皿洗いを代わってあげる必要は無かったんだな。
頭痛い、って言うから。痛み止めとお湯とココアを用意してあげる必要も無かったんだな。
もし何年か経って
俺があの人を気遣ってそうする事はあるかも知れないけど。
今までそうして来たのは、俺の意思じゃ無い。
そうする様に言われたからだ。
俺は。
好きな子には手が荒れて痛くなる様な皿洗いなんかしないでほしい。
それは、母さんが家事を手伝わせてくれたから知ってる事だ。
ほんと、痛いし乾燥するし、嫌になるよな。
感謝してる。
けど、ごめん。
俺は俺がしたいように、したいんだ。
だから母さんの彼氏はもう辞める。
誰も居ないのに宣言して、玄関のドアを開けた。
家を出た理由なんてそれだけだよ。
あの家は低学歴を見下された母さんが回してた。
家事をした事が無い父と兄は、家事をする母が居ないと全てが滞った。
今考えても可哀想だと思う。
けど今更。
兄が尋ねてきた所で俺に何をさせたいのかが分からない。
家を出て10年経つのに、まだご機嫌取りが要るのか。
「はぁーー面倒くさ。」
駄目だなっ、ちゃんと考えないと。
脳みそを使いもせずテキトーな事を言えば。
またうんざりした様に眉を顰めて叱られる。
「和己は本当にそんな事がしたいのか。」
それが嬉しいんだよね。
ちゃんと考えないとな。
何時もみたいに。
三人にとって公平で有る様に。
大事な家族が、俺も含めた三人の家族が、誰ひとり我慢と苦痛を強いられない様に。
「どーすっかなぁー。」
ーーーーー
「静かだな。」
「うっ、んんっ、」
「通報すべきだったか」
「うぅーーーっ」
「良悟、」
「うるっさいな...っ、愛してるんだから大丈夫っ、だ、!それより、痛いんだよ、もういやだぁ」
「もう終わる。」
「キスしたぃっ、痛いぃ」
「終わったらな。今は呼吸しててくれるか。」
「いじわるっ、」
涙目で睨まれて、愛してるなんて聞かされて勃たない俺を褒めてくれないか良悟。
それよりもっと筋肉を付けて、運動させないとな。
ラジオ体操とかが良いか。
あれは本気でやるとかなり効く。息切れする。
馬鹿にできない。
何せ、国民保険体操だ。
野菜の目安摂取量みたいに、制定されてる。
出席カードでも作るか。
「良悟、」
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「えぇ?」
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目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
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