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第十五話
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結界の中には、岩がひとつ有る。
何か文字が彫ってあって、読もうと手を触れた。
あぁ、
それは墓石だった。
見覚えの有るレーザーみたいに綺麗な書体なんかじゃない。
手彫りの、ぼこぼこした荒々しい筋でそこには名前が二つ有った。
「なぁ、松様。俺、くっそ長い祝詞暗記して来たからさ。ちょっと考え事してても言えるくらい練習したんだ。」
岩の苔を撫でて、文字を辿るだけで腹から込み上げるこの不快感を俺は知っている。
「100回も唱えるらしいんだよ。その間さ、暇だから話し掛けてくれね?あんたと俺で、胸糞悪い話をしよう。」
初めて山で寝た最初のあの日。
紺が言った事を、忘れられずにいる。
ーーだが、お主は知っておる筈だ。
ーー飛べぬ虫の虫かごの苦しさと座りの悪さを。
最近はさ、置かれた場所で咲きなさいなんて言うんだぜ。
どんな所に置かれても環境を従わせて主人になれ、だったか。
違うかもだけどな。
水を変えろとか、肥料を変えろとか、だろ。
花が咲けないのか花の種が悪いんじゃ無いって話だよ、多分な。
「けど、俺らはさ。虫かごの虫だろせいぜい。西洋は洒落てるよな。花に例えるなんて。」
ジャラ、ジャッ。
数珠を鳴らして両手に巻く。
ジャッ、ジャラ。
手を合わせ、数珠を鳴らして解く。
今度は片手で握って唱えていく。
数珠は100個の珠が連ねてある。
途中にある透明な珠が10個区切りだ。
さて、練習だと朝からやって丸一日掛かったからな。
慎重に、それも頭ん中で喋りながらとなると。
一体何日掛かるやら。
「俺たちは鳥にもなれなかった。」
飛ぶ羽が無いんだ。
遠くに行く勇気も、そうする術も無いんだ。
「けど、虫ならまぁ分かるわな。俺虫嫌いだけど。」
あいつらにも羽は有る。
けど、鳥みたいに遠くへは行けない。
頑張ってもどうしたって木の枝なんかじゃなく、地べたに着地するしか無い。
置かれた所で咲きなさい、と言うなら。
お気に入りの葉っぱとかを周りに敷き詰めたら、居心地良くなりそうだよな。
「けど。俺達は誰かが押し入れた葉っぱと、誰かが被せた虫かごの中で生きるしかなかった。だろ、松様。」
それでもあんたはラッキーだった。
あんな美人な奥さんと、超絶可愛い赤ちゃんが居て。
けど、あんな風に奪われるならラッキーだったのは俺の方だな。
俺は、気に入らない虫かご、気に入らない葉っぱ、気に入らない餌を恵んでもらいながら。
まだ、誰も奪われてない。
そこに、俺をカウントしなければな。
「気持ち悪いよな。自我がどんどん削れていく感触はさ。」
分からなくなるんだ。
まず、耳が。
相手は日本語の筈なのに、ひとつも聞き取れないんだ。
まるで英語のリスニングを倍速で流してるみたいに。
次に、目が見えづらくなる。
霞んだりするなら、まだマシな方で。
識字率高いこの国で、突然に文字が読めなくなるんだ。
恐怖だろ。
そしたら、耳鳴りがして気分転換にマグカップを取り出す。
すると、自分が何を好きかが分からなくなる。
コーヒーか、紅茶か、緑茶か、水か、ジュースなのか。
「あんたは何が好き?」
安いフィギュアのプラモデルの、肩がパコッと外れるみたいに。
ごっそり自分が無くなる。
なぁ、思い出せよ松様。
「あんたの好きな色は?」
ーーーーー
ひさびさに だれかの 声を きいたきがする
妻のこえ ではない こえ
煙る なか では よく かんがえ られない
だ れ だ
ーーー
「天の御影 日の御影と陰りまして 安国と平けく知ろし食さん」
段々、時間の感覚が無くなってきたな。
それに意識が保てなくなってきた。
分かってる。
何せ植物も土も死なせるどろどろを生む結界の中なんて、正気で居られる事が奇跡だ。
それは青海のお陰だし、イナギ様の加護のお陰だけど。
これはきっついなぁ。
曇天の日に大風邪引いて、インフルだったって時くらい気持ち悪い。
臭く無いのが救いだな。
さっきから少しずつだけど、重い空気が薄くなってるのが分かる。
あと、人の気配がする。
「なぁ、松様。聞こえてる?」
口では祝詞を唱えながら、頭では祟り神に話し掛ける。
伊達に接客してなかったな俺。偉いぞ俺。頑張れ俺。
これはクレーマーじゃない。
ちょっと蒸すくれたにいちゃんだ。
そう言う人は大抵、こう言えば良いんだよ。
「何か俺に出来ることは有る?」
こう言う時優しいよな。
あんたなんかには出来ない、って言わないし。
ボソッとお願いしてくる所、可愛いよな。
ーーみりんって、未成年じゃ買えないっスか。
うっかり惚れそうになった客、居るもんな。
あん時のにぃちゃん元気かなぁ。
何か文字が彫ってあって、読もうと手を触れた。
あぁ、
それは墓石だった。
見覚えの有るレーザーみたいに綺麗な書体なんかじゃない。
手彫りの、ぼこぼこした荒々しい筋でそこには名前が二つ有った。
「なぁ、松様。俺、くっそ長い祝詞暗記して来たからさ。ちょっと考え事してても言えるくらい練習したんだ。」
岩の苔を撫でて、文字を辿るだけで腹から込み上げるこの不快感を俺は知っている。
「100回も唱えるらしいんだよ。その間さ、暇だから話し掛けてくれね?あんたと俺で、胸糞悪い話をしよう。」
初めて山で寝た最初のあの日。
紺が言った事を、忘れられずにいる。
ーーだが、お主は知っておる筈だ。
ーー飛べぬ虫の虫かごの苦しさと座りの悪さを。
最近はさ、置かれた場所で咲きなさいなんて言うんだぜ。
どんな所に置かれても環境を従わせて主人になれ、だったか。
違うかもだけどな。
水を変えろとか、肥料を変えろとか、だろ。
花が咲けないのか花の種が悪いんじゃ無いって話だよ、多分な。
「けど、俺らはさ。虫かごの虫だろせいぜい。西洋は洒落てるよな。花に例えるなんて。」
ジャラ、ジャッ。
数珠を鳴らして両手に巻く。
ジャッ、ジャラ。
手を合わせ、数珠を鳴らして解く。
今度は片手で握って唱えていく。
数珠は100個の珠が連ねてある。
途中にある透明な珠が10個区切りだ。
さて、練習だと朝からやって丸一日掛かったからな。
慎重に、それも頭ん中で喋りながらとなると。
一体何日掛かるやら。
「俺たちは鳥にもなれなかった。」
飛ぶ羽が無いんだ。
遠くに行く勇気も、そうする術も無いんだ。
「けど、虫ならまぁ分かるわな。俺虫嫌いだけど。」
あいつらにも羽は有る。
けど、鳥みたいに遠くへは行けない。
頑張ってもどうしたって木の枝なんかじゃなく、地べたに着地するしか無い。
置かれた所で咲きなさい、と言うなら。
お気に入りの葉っぱとかを周りに敷き詰めたら、居心地良くなりそうだよな。
「けど。俺達は誰かが押し入れた葉っぱと、誰かが被せた虫かごの中で生きるしかなかった。だろ、松様。」
それでもあんたはラッキーだった。
あんな美人な奥さんと、超絶可愛い赤ちゃんが居て。
けど、あんな風に奪われるならラッキーだったのは俺の方だな。
俺は、気に入らない虫かご、気に入らない葉っぱ、気に入らない餌を恵んでもらいながら。
まだ、誰も奪われてない。
そこに、俺をカウントしなければな。
「気持ち悪いよな。自我がどんどん削れていく感触はさ。」
分からなくなるんだ。
まず、耳が。
相手は日本語の筈なのに、ひとつも聞き取れないんだ。
まるで英語のリスニングを倍速で流してるみたいに。
次に、目が見えづらくなる。
霞んだりするなら、まだマシな方で。
識字率高いこの国で、突然に文字が読めなくなるんだ。
恐怖だろ。
そしたら、耳鳴りがして気分転換にマグカップを取り出す。
すると、自分が何を好きかが分からなくなる。
コーヒーか、紅茶か、緑茶か、水か、ジュースなのか。
「あんたは何が好き?」
安いフィギュアのプラモデルの、肩がパコッと外れるみたいに。
ごっそり自分が無くなる。
なぁ、思い出せよ松様。
「あんたの好きな色は?」
ーーーーー
ひさびさに だれかの 声を きいたきがする
妻のこえ ではない こえ
煙る なか では よく かんがえ られない
だ れ だ
ーーー
「天の御影 日の御影と陰りまして 安国と平けく知ろし食さん」
段々、時間の感覚が無くなってきたな。
それに意識が保てなくなってきた。
分かってる。
何せ植物も土も死なせるどろどろを生む結界の中なんて、正気で居られる事が奇跡だ。
それは青海のお陰だし、イナギ様の加護のお陰だけど。
これはきっついなぁ。
曇天の日に大風邪引いて、インフルだったって時くらい気持ち悪い。
臭く無いのが救いだな。
さっきから少しずつだけど、重い空気が薄くなってるのが分かる。
あと、人の気配がする。
「なぁ、松様。聞こえてる?」
口では祝詞を唱えながら、頭では祟り神に話し掛ける。
伊達に接客してなかったな俺。偉いぞ俺。頑張れ俺。
これはクレーマーじゃない。
ちょっと蒸すくれたにいちゃんだ。
そう言う人は大抵、こう言えば良いんだよ。
「何か俺に出来ることは有る?」
こう言う時優しいよな。
あんたなんかには出来ない、って言わないし。
ボソッとお願いしてくる所、可愛いよな。
ーーみりんって、未成年じゃ買えないっスか。
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あん時のにぃちゃん元気かなぁ。
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