【完結】【R18】沼に落ちたら恋人が出来ました。

mimimi456/都古

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第十五話

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結界の中には、岩がひとつ有る。
何か文字が彫ってあって、読もうと手を触れた。

あぁ、

それは墓石だった。
見覚えの有るレーザーみたいに綺麗な書体なんかじゃない。
手彫りの、ぼこぼこした荒々しい筋でそこには名前が二つ有った。

「なぁ、松様。俺、くっそ長い祝詞暗記して来たからさ。ちょっと考え事してても言えるくらい練習したんだ。」 

岩の苔を撫でて、文字を辿るだけで腹から込み上げるこの不快感を俺は知っている。

「100回も唱えるらしいんだよ。その間さ、暇だから話し掛けてくれね?あんたと俺で、胸糞悪い話をしよう。」


初めて山で寝た最初のあの日。
紺が言った事を、忘れられずにいる。

ーーだが、お主は知っておる筈だ。

ーー飛べぬ虫の虫かごの苦しさと座りの悪さを。


最近はさ、置かれた場所で咲きなさいなんて言うんだぜ。
どんな所に置かれても環境を従わせて主人になれ、だったか。
違うかもだけどな。

水を変えろとか、肥料を変えろとか、だろ。
花が咲けないのか花の種が悪いんじゃ無いって話だよ、多分な。

「けど、俺らはさ。虫かごの虫だろせいぜい。西洋は洒落てるよな。花に例えるなんて。」

ジャラ、ジャッ。
数珠を鳴らして両手に巻く。
ジャッ、ジャラ。

手を合わせ、数珠を鳴らして解く。
今度は片手で握って唱えていく。
数珠は100個の珠が連ねてある。
途中にある透明な珠が10個区切りだ。

さて、練習だと朝からやって丸一日掛かったからな。

慎重に、それも頭ん中で喋りながらとなると。
一体何日掛かるやら。

「俺たちは鳥にもなれなかった。」

飛ぶ羽が無いんだ。
遠くに行く勇気も、そうする術も無いんだ。

「けど、虫ならまぁ分かるわな。俺虫嫌いだけど。」

あいつらにも羽は有る。
けど、鳥みたいに遠くへは行けない。
頑張ってもどうしたって木の枝なんかじゃなく、地べたに着地するしか無い。

置かれた所で咲きなさい、と言うなら。
お気に入りの葉っぱとかを周りに敷き詰めたら、居心地良くなりそうだよな。

「けど。俺達は誰かが押し入れた葉っぱと、誰かが被せた虫かごの中で生きるしかなかった。だろ、松様。」

それでもあんたはラッキーだった。
あんな美人な奥さんと、超絶可愛い赤ちゃんが居て。
けど、あんな風に奪われるならラッキーだったのは俺の方だな。

俺は、気に入らない虫かご、気に入らない葉っぱ、気に入らない餌を恵んでもらいながら。
まだ、誰も奪われてない。
そこに、俺をカウントしなければな。

「気持ち悪いよな。自我がどんどん削れていく感触はさ。」

分からなくなるんだ。
まず、耳が。
相手は日本語の筈なのに、ひとつも聞き取れないんだ。
まるで英語のリスニングを倍速で流してるみたいに。

次に、目が見えづらくなる。
霞んだりするなら、まだマシな方で。
識字率高いこの国で、突然に文字が読めなくなるんだ。
恐怖だろ。

そしたら、耳鳴りがして気分転換にマグカップを取り出す。

すると、自分が何を好きかが分からなくなる。
コーヒーか、紅茶か、緑茶か、水か、ジュースなのか。

「あんたは何が好き?」

安いフィギュアのプラモデルの、肩がパコッと外れるみたいに。
ごっそり自分が無くなる。
なぁ、思い出せよ松様。

「あんたの好きな色は?」

ーーーーー

ひさびさに だれかの 声を きいたきがする

妻のこえ ではない こえ

煙る なか では よく かんがえ られない

だ れ だ 

ーーー

「天の御影 日の御影と陰りまして 安国と平けく知ろし食さん」


段々、時間の感覚が無くなってきたな。
それに意識が保てなくなってきた。
分かってる。
何せ植物も土も死なせるどろどろを生む結界の中なんて、正気で居られる事が奇跡だ。

それは青海のお陰だし、イナギ様の加護のお陰だけど。
これはきっついなぁ。
曇天の日に大風邪引いて、インフルだったって時くらい気持ち悪い。

臭く無いのが救いだな。

さっきから少しずつだけど、重い空気が薄くなってるのが分かる。
あと、人の気配がする。

「なぁ、松様。聞こえてる?」

口では祝詞を唱えながら、頭では祟り神に話し掛ける。
伊達に接客してなかったな俺。偉いぞ俺。頑張れ俺。
これはクレーマーじゃない。
ちょっと蒸すくれたにいちゃんだ。

そう言う人は大抵、こう言えば良いんだよ。

「何か俺に出来ることは有る?」

こう言う時優しいよな。
あんたなんかには出来ない、って言わないし。
ボソッとお願いしてくる所、可愛いよな。

ーーみりんって、未成年じゃ買えないっスか。

うっかり惚れそうになった客、居るもんな。
あん時のにぃちゃん元気かなぁ。

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