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凪いだ春雪1
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匂いが好きだった。
香水の香りと混じったあいつの匂いがするだけて息が詰まって胸が苦しくなる。
側を通り過ぎるだけで、前に立つだけでそうだったのに。
胸が合わさる距離でホントに息出来ないままのキスは、甘酸っぱいかどうか分からないくらい苦しくて、苦しくてドキドキして…ッ、恥ずかしいのに楽しかった。
ザクザク歩く砂利道
向こうの雑草に霜が降って光ってる。
前までなら、そんな物すら綺麗だって思えたのにな。
馬鹿らしい感傷
思い上がりの初恋
恋に恋した俺が悪いのか
俺以外にも大事な物があるあいつが悪いのか
それとも男を好きになる俺が不毛なのか
そんなの知らない。
もうどうでも良い。
「ガッコ受かりたいから、もう辞める。」
そもそも釣り合ってなかった。
俺はボッチだし。
あいつは友達いっぱい居るし。
でも俺にだけ...キスしたじゃん、
触ったシャツの上からの同じ筈の男の身体に、指が震えるくらい興奮して。
緊張して、あの甘くジワッと痺れる感覚が気持ちいいと思った。
「は... ...、っ。」
直ぐにキスだけじゃ済まなくなった。
怖かったのなんか、あいつが据わった目で俺を眺めながら俺のと自分のを扱いて…る、のを見たらそんなのどうでも良くなった。
美味い肉をどっから食って味わおうかって、あの目が俺を調子付かせた。
負けじと俺も手を伸ばしたし、好奇心に駆られてかぱっと口に咥えたりもした。
その時の、俺を褒める声も良かった
俺を気遣う言葉も可愛かった。
我慢しても漏れる苦しそうな息がカッコ良かった。
でも、俺はあいつの一番じゃない。
友達も居るし、女子はあいつを狙って声を掛けたり擦り寄ったり、試し行動をしたりもする。
俺は、そんな頭の悪い事はしない。
だって俺があいつを愛してるから。
それで良いと思ってたし、あいつもそうだったし、俺だって別に他の誰かに認められたいなんて、そんな事思いもしなかった。
あいつの知らない所を俺だけが知ってて
あいつが皆に見せるあいつは、あいつの只の表面、一皮、薄皮の一枚だと思ってた。
「ナギッ。」
ガッコで呼ばれても俺は碌に返事もしない口下手野郎で。
でも呼ばれれば顔くらい向ける。
「何。」
「帰り遊び行かねっ?」
「… …誰か来んの」
「アイツらとー女の子とーなんか他のクラスの奴?」
「ん。」
吐き捨てる様な一音だけで、返事する。
そんな群れる奴等の仲間入りするのは御免だな。
「行くっ!?」
その集まりに俺が行くと思ったら嬉しいらしい。
でも俺は行かないから首を振って断った。
彼氏ならもっと愛想良くしろって俺も思うけど。
あいつが俺なんかと付き合ってるってバレたら、匂わせでもしたら。
あいつが俺なんかを抱いて汗垂らしてフーフーッ言ってる所を想像させるのなんか癪だろ。
がっくり肩をとして去っていく背中を、可愛いと思いながら横目で眺めたりする。
それが、楽しかった。
ーーーーー
ゴツゴツ、コンクリに足音を立てて歩く。
うわ。
砂利とコンクリの間の水溜りが凍ってた。
相変わらず鋪装が悪い道だな。
恋人だったのはどんくらいだっけ。
2年足りないくらいか。多分。
お陰で勉強に身が入る日々を過ごした。
ガッコで会っても、もうあいつが声を掛けてくる事は無かったし。
あいつが女子に擦り寄られてても気にもならない。
あいつが側を通り過ぎるその甘い匂いだけが、俺の神経を軋ませた。
ギシギシッ
ミシミシッ
音を立てて俺を締め付けた。
指先が気持ち良く無い痺れ方をして、心臓もなんか嫌な感じだった。
でも、それ以外は別にどうでも良くなった。
薄情なくらい記憶は受験に押し流されて。
声だって今まで通りだ。
皆が知ってるあいつの声、で。何時も遠巻きに聞こえてた声。
俺もガッコに居る間は<皆>の一員で、あの熱を帯びた声を、息を思い出すのは家で布団を被って泣くか、空しい行為に励む時だけ。
自分でフッたくせに、そんな事にはあいつを利用する。
つくづく身勝手な自分を、同級生を見下すくだらない俺を、俺だけが理解して嘲笑う。
他の誰も俺がそんな糞野郎だとは思わない。
俺を知る奴なんかあの空間には誰も、いないし。
あいつは優しかったし。
俺の溢した自己嫌悪を自分も有るよ、と同じ様に溢してくれる奴だった。
だからもし、馬鹿で糞みたいな俺を見下して滑稽だな、と嘲笑う可能性があるとしたらあいつしか居ないのに。
あいつがそんな事するわけ無い、なんて心底信じてる俺が居る。
なんなら、まだ好きだしな。
愛してる、て言えば良いのかな。
多分そうだ。
信じてるし、今でもあいつの目や声、<実際に嗅がないと思い出せもしない>匂いなんかを想像してこの身体は熱くなる。
不毛だろ。
最低なのは俺だ。
なんていうか、もう…いやだったんだ。
俺のものにするには勿体ない奴と付き合うの。いやになったんだ。
もっと愛想の良いやつと
もっと上手に喋ってやれるやつと
仲間に入れるくらい人の良さそうなやつと付き合って、幸せになってくれたら良いと思った。
自己嫌悪の成せる最大限の優しさ、って奴だから。
フッたのはおれだけど俺は悪く無い。
むしろ良いことをしたくらいの気分だった。
これで俺から解放されて、柔らかくて甘ったるい匂いのする女子に腕を引かれて、自慢気に仲間に紹介したりして楽しく過ごしてくれ。
俺はそれにトイレから戻った廊下で遭遇して、遠回りしてから席に戻りたい。
それで良いんだ。
俺はもう、この2年足らずの思い出を抱いて死ぬまで生きる。
どうせそんなしみったれた人生、さっさと済ませるに決まってる。
そんな野郎が長生きした事例は無いだろ。
ぽっくりの間際までにはまた、花が綺麗だくらい思える人生を送れたら文句は無い。
ーーそれくらい、楽しい思い出だったから。
ーーーーー
そういえば一度だけ見たな。
あいつが勢い余った女子にキスされそうになってたの。
あれは地雷だった。
自分でフッといて、むしろそういう場を歓迎してたくせに地雷か?
笑わせるなよ、と腹の底で嘲笑う。
なんでだろうな、なんでそんな事思うんだろうな。
現文の読解、俺得意なんだ。
だから考えた。
何がいやだったんだろう、って。
興味深い話だろ、フッた癖に愛してるなんて言う糞野郎が女子とキスする事の何を嫌がってるんだって。
考え付いた結論は、結構自惚れてた。
あいつは、まだ俺のこと好きなんじゃね。
思わず声を出して手を叩いて笑ったり。
自室で突然爆笑する受験生を、家族は不審に思ったのか、母さんがドアをノックしてきて余計におかしかった。
ーーそれに。
あいつはグイグイ来る様なキスは、好きじゃないんだよ。
下から目を覗き込む様な、じわじわと唇が合わさるまでの時間を今か今かと焦れる様な…そういうキスが好きなんだよ。
そういうキスを俺達はした。
期待して揺れるあいつの瞳と、我慢出来ずににじり寄ってくるあいつの顔に、俺もクスッと笑えばあいつも笑って、結局ご褒美をあげる様に俺からキスをした。
そういうのをキスって言うんだろ。
俺とあいつ、二人でファーストキスを始めたから、俺にとってのキスもあいつにとってのキスも、あんな風に勢い任せに捨て鉢になってする事じゃないんだよ。
あいつには、あのキスを覚えてて欲しい。
だってあれは…限りなく性欲に塗れてない行為のひとつだったと思うから。
俺にとっても大事な行為だった。
流石に性欲が絡むと、偶に息継ぎ出来ないキスとか、フーフーッ言いながら息をぶつけ合ったりもした。
「久々だな。」
あいつとデートするのに、よく電車に乗った。
ガッコの奴が居ない場所に行きたかったから。
景色が流れていく。
目の前に高校生の集団がいた。
最近の子は仲良いんだな、
座席に座った男子の足を跨いで正面に別の男子が立ってる。
その隣りは単語帳を見せ合いながら膝に乗せてる子も居る。
ああいうのを見ると、ちょっと惜しい事をしたかも。
やってみたかったな。ああいうの。
でも俺もそういうの、有る。
デート行く電車で珍しく暖房切れてて凍えてたら、あいつが停車してる3分の間にダッシュでホームに出て缶コーヒー買って、俺に握らせてくれた。
急ぎ過ぎて二人して飲めもしないブラックコーヒーだった。
折角だから二人でチビチビ分け合って、苦いって笑い合って飲んだし。
2シートで背もたれに隠れながらするキスは楽しかった。
始め苦かったのに、途中からいつものあいつの味になってこんなキスも飲み慣れないコーヒーすらも美味しい気がした。
空き缶を捨てたくて頑張って駅に着くまでに飲み干したっけ。
電車のアナウンスが鳴る。
ああ、降りないと。
楽しそうな高校生に、受験頑張れと思いながらドアを潜る。
随分前の話だな。
俺も、あんなに眩しかったのかも。腹黒糞野郎でも制服着て物思いに耽ってれば可愛げくらいあったんじゃないだろうか。
「う、そだろ…。」
まじか。
あぁ、そう。
電車に30分も乗れば景色が変わる。天気も変わる訳で。
辿り着いた駅で、改札を抜けてると辺り一面真っ白に雪が降り積もってた。
と、いうかまだ降ってるし今も積もってるな。
「うっ、」
ゾクゾク、背筋を寒気が走る。
ダウン着てマフラーもして来たんだけどな、寒っ。
ーーーーー
俺が好きになったのは、机に座ってボーっと壁を眺めたり窓を眺めたりしてる同級生の男だった。
俺、姉ちゃんがそうだから抵抗なくて。
姉ちゃんの彼女はマジで綺麗だし優しいし格好良いから、俺も。
好きになるなら、好きな奴が良いと思った。
だから特別女の子に興味がある訳じゃないけど、男の子なら良い訳でも無かったから。
ホントに、好きな子を好きになった。
女の子みたいにお喋りしてくれないけど、女の子みたいに小さくないけど。
男の子だけど可愛いし、男の子だけど俺はこの子と手を繋いでみたかった。
勇気を出して繋いだ手は、やっぱり小さくなかったし。
でもしっかり握れて、隣を歩いてくれて、肩を小突きあったりも出来た。
俺は、あのキスをする時のあの子の恥ずかしそうにキュッとなる唇が好きだった。
可愛いへの字。
その唇を笑わせたくて、じわじわキスするのかしないのか、どうしよっか、みたいな遊びを繰り返した。
そうすると、にゅっと笑ってくれるから可愛くて堪らなかった。
「ナギ…ッ、ナギッ。」
何時も我慢出来なくてがっつくのは俺の方だった。
それを笑って許してくれるから、俺はナギに叱られたくてバカやるのが習慣だった。
「春翔、」
「ん?」
「今日、一緒帰る」
「まじでっ!?」
一日一回はナギの机に寄って、おはようって言うのも俺だけの特権。
ベタベタするのは嫌いだってナギは言うけど。
ナギとのセックスは全身を隙間無くくっ付けるし、肩に回した腕でぎゅうぎゅう俺を抱き締めてくれる腕の強さが、俺を世界一幸せな男だと思わせてくれた。
だから、別れようと言われた時は思わず右手でナギの両手を掴んで引っ張って捕まえた。
胸を叩いて反抗されたけど、そんな隙間が無くなるくらい抱き締めて、というか…締め上げた。蛇みたいに。
「く、る…しい」
「うん。でもごめんナギ。理解出来ない」
俺の気が済むまでぎゅうぎゅう締め上げて、やっとナギを解放した時にはそのままズルズル座り込んじゃった。
放課後で良かった。
こんな可愛いナギを他所の奴等に見られなくて済んだ。
でも人の気配がして慌てて肩を抱いて、側の階段に座らせた。
「ゃば、」
「ごめんナギ」
「からだ、しびれてる…、」
「ごめんね、痛い?」
ナギはゆるゆる、首を振った。
口数の少ないナギのその意思表示が可愛い。
だから別れるなんて聞けない。
聞こえないフリをして、放置する事にした。
ナギはそれを肯定だと思ったみたいだけど。
受験を理由にしたナギが悪い。
他の理由が無いなら、俺はやっぱり理解出来ない。
俺はナギが大学受験を終えるまで待った。
俺はナギも志望校に受かります様に、って初詣で神様にお願いした。
他の事は自分で叶えるから、それだけ頼む事にしたんだ。
だってナギは勉強好きだし。
俺と同じ大学に行くなんてそんな生半可な事しなくて。
学校の先生になりたいんだって。
ナギ、学校嫌いなのに。
でも人間観察は好きだし、冷たそうってナギを知らない奴等は言うけど、ホントは俺なんか比べ物にならない位に優しくて温かくて、人間とこの世界を大好きなんだなって思う。
俺はテキトーに過ごしたいんだ。
可もなく不可もなく。
猫を見かけても追い掛けたいと思う事のない人生を。
そこそこの人付き合いとまぁまぁ普通の成績でその辺に居そうな高校生、大学生、社会人になるんだ。
味気ないとかは思わない。
何もかもをテレビ越しに見るグルメ番組みたいに、どっかには有るけど、俺のとこには存在しないものを眺めたりしながら。
ぼんやりしていたかった。
何の感覚も、痛みも空腹も快感も悔しさも感じる必要の無い生き方をしたかった。
なのにナギが俺を変えた。
ナギが小突く肩が痛くて、ナギが美味しそうに食べるご飯を食べてみたくて、ナギのキスは気持ち良くて。
もっとナギと居られない高校生の身分が、爪を噛む程悔しかった。
俺に、テレビの中のご飯を食べさせたいと思ったのはナギだけだっ。
だから待ったんだ。
合格発表の後、またナギ捕まえてぎゅうぎゅうに抱き締めた。
「これでもう良いよねナギ。」
「は、?」
「合格おめでとうナギ。嬉しいっ。良かったねナギ。頑張ったねナギっ。」
「ぁ...、りがと」
びっくりしてるナギを階段に座らせて、痺れてるらしい開いたり閉じたりしてる右手に小さいボトルを握らせた。
落とさない様に俺も手をぎゅっと合わせて。
「入学式終わったらデート行こうナギ。それまでこれ持ってて。」
ナギが好きって言った俺の香水がこのボトルに入ってる。
あんまり強い香りは好まないから、こんな量でもきっと足りると思う。
「駅で待ち合わせして、ご飯食べに行こう。」
ナギは断らなかったよ。
正確には、びっくりし過ぎて混乱してるんだろうけど。
そんな顔も可愛いんだ。
「メッセージくれるよね。」
頷くナギのその無言の意思表示が嬉しくて、もう一度。
今度は優しくふわっと抱き締めて頭を撫でて…ふと目が合った。
すぅ、とほとんど無意識に身体が寄った。
俺、こんなに自分がままならないと思うのはナギの前だけだ。
ナギが俺を現実の世界で生かしている、生きてる感覚を与えてくれてる、そう思うんだ俺。
本気だよ。
液晶の向こうをぼんやり眺めるみたいに生きてると、このナギという生き物はさっさと何処かへ行ってしまう。
チャンネルをいくら変えてもあっちこっちへふらっと行く。
俺なんかは振り返りもしない生き物なのかもしれない。
だから別れるなんて言う。
そんなのいやだから
目の前の生き物を必死になって追い掛ける。
必要なら何でもする。
「待ってるから。」
必死になって追い掛けたら、ナギの身体がふと気まぐれみたいにこっちへ来た。
身体が寄ったのは俺だけじゃ無かった。
嗚呼…久しぶりだなぁ。
唇にナギの抑えた吐息を感じる。
小刻みに震えてるのがわかる、俺とキスがしたい?
あとほんの1センチ
俺もナギとキスがしたい。
でもまだだ。
俺は猟師なのかも。そしたらナギはウサギかな。可愛いし。
「そしたらキスしよ、ナギっ。」
パッと身体を離して、もう一度手にボトルを握らせてからその場を離れた。
その後の事は殆ど覚えてない。
興奮して、それどころじゃ無かった。
心臓…っ、痛ぁ、
ーーーーー
香水の香りと混じったあいつの匂いがするだけて息が詰まって胸が苦しくなる。
側を通り過ぎるだけで、前に立つだけでそうだったのに。
胸が合わさる距離でホントに息出来ないままのキスは、甘酸っぱいかどうか分からないくらい苦しくて、苦しくてドキドキして…ッ、恥ずかしいのに楽しかった。
ザクザク歩く砂利道
向こうの雑草に霜が降って光ってる。
前までなら、そんな物すら綺麗だって思えたのにな。
馬鹿らしい感傷
思い上がりの初恋
恋に恋した俺が悪いのか
俺以外にも大事な物があるあいつが悪いのか
それとも男を好きになる俺が不毛なのか
そんなの知らない。
もうどうでも良い。
「ガッコ受かりたいから、もう辞める。」
そもそも釣り合ってなかった。
俺はボッチだし。
あいつは友達いっぱい居るし。
でも俺にだけ...キスしたじゃん、
触ったシャツの上からの同じ筈の男の身体に、指が震えるくらい興奮して。
緊張して、あの甘くジワッと痺れる感覚が気持ちいいと思った。
「は... ...、っ。」
直ぐにキスだけじゃ済まなくなった。
怖かったのなんか、あいつが据わった目で俺を眺めながら俺のと自分のを扱いて…る、のを見たらそんなのどうでも良くなった。
美味い肉をどっから食って味わおうかって、あの目が俺を調子付かせた。
負けじと俺も手を伸ばしたし、好奇心に駆られてかぱっと口に咥えたりもした。
その時の、俺を褒める声も良かった
俺を気遣う言葉も可愛かった。
我慢しても漏れる苦しそうな息がカッコ良かった。
でも、俺はあいつの一番じゃない。
友達も居るし、女子はあいつを狙って声を掛けたり擦り寄ったり、試し行動をしたりもする。
俺は、そんな頭の悪い事はしない。
だって俺があいつを愛してるから。
それで良いと思ってたし、あいつもそうだったし、俺だって別に他の誰かに認められたいなんて、そんな事思いもしなかった。
あいつの知らない所を俺だけが知ってて
あいつが皆に見せるあいつは、あいつの只の表面、一皮、薄皮の一枚だと思ってた。
「ナギッ。」
ガッコで呼ばれても俺は碌に返事もしない口下手野郎で。
でも呼ばれれば顔くらい向ける。
「何。」
「帰り遊び行かねっ?」
「… …誰か来んの」
「アイツらとー女の子とーなんか他のクラスの奴?」
「ん。」
吐き捨てる様な一音だけで、返事する。
そんな群れる奴等の仲間入りするのは御免だな。
「行くっ!?」
その集まりに俺が行くと思ったら嬉しいらしい。
でも俺は行かないから首を振って断った。
彼氏ならもっと愛想良くしろって俺も思うけど。
あいつが俺なんかと付き合ってるってバレたら、匂わせでもしたら。
あいつが俺なんかを抱いて汗垂らしてフーフーッ言ってる所を想像させるのなんか癪だろ。
がっくり肩をとして去っていく背中を、可愛いと思いながら横目で眺めたりする。
それが、楽しかった。
ーーーーー
ゴツゴツ、コンクリに足音を立てて歩く。
うわ。
砂利とコンクリの間の水溜りが凍ってた。
相変わらず鋪装が悪い道だな。
恋人だったのはどんくらいだっけ。
2年足りないくらいか。多分。
お陰で勉強に身が入る日々を過ごした。
ガッコで会っても、もうあいつが声を掛けてくる事は無かったし。
あいつが女子に擦り寄られてても気にもならない。
あいつが側を通り過ぎるその甘い匂いだけが、俺の神経を軋ませた。
ギシギシッ
ミシミシッ
音を立てて俺を締め付けた。
指先が気持ち良く無い痺れ方をして、心臓もなんか嫌な感じだった。
でも、それ以外は別にどうでも良くなった。
薄情なくらい記憶は受験に押し流されて。
声だって今まで通りだ。
皆が知ってるあいつの声、で。何時も遠巻きに聞こえてた声。
俺もガッコに居る間は<皆>の一員で、あの熱を帯びた声を、息を思い出すのは家で布団を被って泣くか、空しい行為に励む時だけ。
自分でフッたくせに、そんな事にはあいつを利用する。
つくづく身勝手な自分を、同級生を見下すくだらない俺を、俺だけが理解して嘲笑う。
他の誰も俺がそんな糞野郎だとは思わない。
俺を知る奴なんかあの空間には誰も、いないし。
あいつは優しかったし。
俺の溢した自己嫌悪を自分も有るよ、と同じ様に溢してくれる奴だった。
だからもし、馬鹿で糞みたいな俺を見下して滑稽だな、と嘲笑う可能性があるとしたらあいつしか居ないのに。
あいつがそんな事するわけ無い、なんて心底信じてる俺が居る。
なんなら、まだ好きだしな。
愛してる、て言えば良いのかな。
多分そうだ。
信じてるし、今でもあいつの目や声、<実際に嗅がないと思い出せもしない>匂いなんかを想像してこの身体は熱くなる。
不毛だろ。
最低なのは俺だ。
なんていうか、もう…いやだったんだ。
俺のものにするには勿体ない奴と付き合うの。いやになったんだ。
もっと愛想の良いやつと
もっと上手に喋ってやれるやつと
仲間に入れるくらい人の良さそうなやつと付き合って、幸せになってくれたら良いと思った。
自己嫌悪の成せる最大限の優しさ、って奴だから。
フッたのはおれだけど俺は悪く無い。
むしろ良いことをしたくらいの気分だった。
これで俺から解放されて、柔らかくて甘ったるい匂いのする女子に腕を引かれて、自慢気に仲間に紹介したりして楽しく過ごしてくれ。
俺はそれにトイレから戻った廊下で遭遇して、遠回りしてから席に戻りたい。
それで良いんだ。
俺はもう、この2年足らずの思い出を抱いて死ぬまで生きる。
どうせそんなしみったれた人生、さっさと済ませるに決まってる。
そんな野郎が長生きした事例は無いだろ。
ぽっくりの間際までにはまた、花が綺麗だくらい思える人生を送れたら文句は無い。
ーーそれくらい、楽しい思い出だったから。
ーーーーー
そういえば一度だけ見たな。
あいつが勢い余った女子にキスされそうになってたの。
あれは地雷だった。
自分でフッといて、むしろそういう場を歓迎してたくせに地雷か?
笑わせるなよ、と腹の底で嘲笑う。
なんでだろうな、なんでそんな事思うんだろうな。
現文の読解、俺得意なんだ。
だから考えた。
何がいやだったんだろう、って。
興味深い話だろ、フッた癖に愛してるなんて言う糞野郎が女子とキスする事の何を嫌がってるんだって。
考え付いた結論は、結構自惚れてた。
あいつは、まだ俺のこと好きなんじゃね。
思わず声を出して手を叩いて笑ったり。
自室で突然爆笑する受験生を、家族は不審に思ったのか、母さんがドアをノックしてきて余計におかしかった。
ーーそれに。
あいつはグイグイ来る様なキスは、好きじゃないんだよ。
下から目を覗き込む様な、じわじわと唇が合わさるまでの時間を今か今かと焦れる様な…そういうキスが好きなんだよ。
そういうキスを俺達はした。
期待して揺れるあいつの瞳と、我慢出来ずににじり寄ってくるあいつの顔に、俺もクスッと笑えばあいつも笑って、結局ご褒美をあげる様に俺からキスをした。
そういうのをキスって言うんだろ。
俺とあいつ、二人でファーストキスを始めたから、俺にとってのキスもあいつにとってのキスも、あんな風に勢い任せに捨て鉢になってする事じゃないんだよ。
あいつには、あのキスを覚えてて欲しい。
だってあれは…限りなく性欲に塗れてない行為のひとつだったと思うから。
俺にとっても大事な行為だった。
流石に性欲が絡むと、偶に息継ぎ出来ないキスとか、フーフーッ言いながら息をぶつけ合ったりもした。
「久々だな。」
あいつとデートするのに、よく電車に乗った。
ガッコの奴が居ない場所に行きたかったから。
景色が流れていく。
目の前に高校生の集団がいた。
最近の子は仲良いんだな、
座席に座った男子の足を跨いで正面に別の男子が立ってる。
その隣りは単語帳を見せ合いながら膝に乗せてる子も居る。
ああいうのを見ると、ちょっと惜しい事をしたかも。
やってみたかったな。ああいうの。
でも俺もそういうの、有る。
デート行く電車で珍しく暖房切れてて凍えてたら、あいつが停車してる3分の間にダッシュでホームに出て缶コーヒー買って、俺に握らせてくれた。
急ぎ過ぎて二人して飲めもしないブラックコーヒーだった。
折角だから二人でチビチビ分け合って、苦いって笑い合って飲んだし。
2シートで背もたれに隠れながらするキスは楽しかった。
始め苦かったのに、途中からいつものあいつの味になってこんなキスも飲み慣れないコーヒーすらも美味しい気がした。
空き缶を捨てたくて頑張って駅に着くまでに飲み干したっけ。
電車のアナウンスが鳴る。
ああ、降りないと。
楽しそうな高校生に、受験頑張れと思いながらドアを潜る。
随分前の話だな。
俺も、あんなに眩しかったのかも。腹黒糞野郎でも制服着て物思いに耽ってれば可愛げくらいあったんじゃないだろうか。
「う、そだろ…。」
まじか。
あぁ、そう。
電車に30分も乗れば景色が変わる。天気も変わる訳で。
辿り着いた駅で、改札を抜けてると辺り一面真っ白に雪が降り積もってた。
と、いうかまだ降ってるし今も積もってるな。
「うっ、」
ゾクゾク、背筋を寒気が走る。
ダウン着てマフラーもして来たんだけどな、寒っ。
ーーーーー
俺が好きになったのは、机に座ってボーっと壁を眺めたり窓を眺めたりしてる同級生の男だった。
俺、姉ちゃんがそうだから抵抗なくて。
姉ちゃんの彼女はマジで綺麗だし優しいし格好良いから、俺も。
好きになるなら、好きな奴が良いと思った。
だから特別女の子に興味がある訳じゃないけど、男の子なら良い訳でも無かったから。
ホントに、好きな子を好きになった。
女の子みたいにお喋りしてくれないけど、女の子みたいに小さくないけど。
男の子だけど可愛いし、男の子だけど俺はこの子と手を繋いでみたかった。
勇気を出して繋いだ手は、やっぱり小さくなかったし。
でもしっかり握れて、隣を歩いてくれて、肩を小突きあったりも出来た。
俺は、あのキスをする時のあの子の恥ずかしそうにキュッとなる唇が好きだった。
可愛いへの字。
その唇を笑わせたくて、じわじわキスするのかしないのか、どうしよっか、みたいな遊びを繰り返した。
そうすると、にゅっと笑ってくれるから可愛くて堪らなかった。
「ナギ…ッ、ナギッ。」
何時も我慢出来なくてがっつくのは俺の方だった。
それを笑って許してくれるから、俺はナギに叱られたくてバカやるのが習慣だった。
「春翔、」
「ん?」
「今日、一緒帰る」
「まじでっ!?」
一日一回はナギの机に寄って、おはようって言うのも俺だけの特権。
ベタベタするのは嫌いだってナギは言うけど。
ナギとのセックスは全身を隙間無くくっ付けるし、肩に回した腕でぎゅうぎゅう俺を抱き締めてくれる腕の強さが、俺を世界一幸せな男だと思わせてくれた。
だから、別れようと言われた時は思わず右手でナギの両手を掴んで引っ張って捕まえた。
胸を叩いて反抗されたけど、そんな隙間が無くなるくらい抱き締めて、というか…締め上げた。蛇みたいに。
「く、る…しい」
「うん。でもごめんナギ。理解出来ない」
俺の気が済むまでぎゅうぎゅう締め上げて、やっとナギを解放した時にはそのままズルズル座り込んじゃった。
放課後で良かった。
こんな可愛いナギを他所の奴等に見られなくて済んだ。
でも人の気配がして慌てて肩を抱いて、側の階段に座らせた。
「ゃば、」
「ごめんナギ」
「からだ、しびれてる…、」
「ごめんね、痛い?」
ナギはゆるゆる、首を振った。
口数の少ないナギのその意思表示が可愛い。
だから別れるなんて聞けない。
聞こえないフリをして、放置する事にした。
ナギはそれを肯定だと思ったみたいだけど。
受験を理由にしたナギが悪い。
他の理由が無いなら、俺はやっぱり理解出来ない。
俺はナギが大学受験を終えるまで待った。
俺はナギも志望校に受かります様に、って初詣で神様にお願いした。
他の事は自分で叶えるから、それだけ頼む事にしたんだ。
だってナギは勉強好きだし。
俺と同じ大学に行くなんてそんな生半可な事しなくて。
学校の先生になりたいんだって。
ナギ、学校嫌いなのに。
でも人間観察は好きだし、冷たそうってナギを知らない奴等は言うけど、ホントは俺なんか比べ物にならない位に優しくて温かくて、人間とこの世界を大好きなんだなって思う。
俺はテキトーに過ごしたいんだ。
可もなく不可もなく。
猫を見かけても追い掛けたいと思う事のない人生を。
そこそこの人付き合いとまぁまぁ普通の成績でその辺に居そうな高校生、大学生、社会人になるんだ。
味気ないとかは思わない。
何もかもをテレビ越しに見るグルメ番組みたいに、どっかには有るけど、俺のとこには存在しないものを眺めたりしながら。
ぼんやりしていたかった。
何の感覚も、痛みも空腹も快感も悔しさも感じる必要の無い生き方をしたかった。
なのにナギが俺を変えた。
ナギが小突く肩が痛くて、ナギが美味しそうに食べるご飯を食べてみたくて、ナギのキスは気持ち良くて。
もっとナギと居られない高校生の身分が、爪を噛む程悔しかった。
俺に、テレビの中のご飯を食べさせたいと思ったのはナギだけだっ。
だから待ったんだ。
合格発表の後、またナギ捕まえてぎゅうぎゅうに抱き締めた。
「これでもう良いよねナギ。」
「は、?」
「合格おめでとうナギ。嬉しいっ。良かったねナギ。頑張ったねナギっ。」
「ぁ...、りがと」
びっくりしてるナギを階段に座らせて、痺れてるらしい開いたり閉じたりしてる右手に小さいボトルを握らせた。
落とさない様に俺も手をぎゅっと合わせて。
「入学式終わったらデート行こうナギ。それまでこれ持ってて。」
ナギが好きって言った俺の香水がこのボトルに入ってる。
あんまり強い香りは好まないから、こんな量でもきっと足りると思う。
「駅で待ち合わせして、ご飯食べに行こう。」
ナギは断らなかったよ。
正確には、びっくりし過ぎて混乱してるんだろうけど。
そんな顔も可愛いんだ。
「メッセージくれるよね。」
頷くナギのその無言の意思表示が嬉しくて、もう一度。
今度は優しくふわっと抱き締めて頭を撫でて…ふと目が合った。
すぅ、とほとんど無意識に身体が寄った。
俺、こんなに自分がままならないと思うのはナギの前だけだ。
ナギが俺を現実の世界で生かしている、生きてる感覚を与えてくれてる、そう思うんだ俺。
本気だよ。
液晶の向こうをぼんやり眺めるみたいに生きてると、このナギという生き物はさっさと何処かへ行ってしまう。
チャンネルをいくら変えてもあっちこっちへふらっと行く。
俺なんかは振り返りもしない生き物なのかもしれない。
だから別れるなんて言う。
そんなのいやだから
目の前の生き物を必死になって追い掛ける。
必要なら何でもする。
「待ってるから。」
必死になって追い掛けたら、ナギの身体がふと気まぐれみたいにこっちへ来た。
身体が寄ったのは俺だけじゃ無かった。
嗚呼…久しぶりだなぁ。
唇にナギの抑えた吐息を感じる。
小刻みに震えてるのがわかる、俺とキスがしたい?
あとほんの1センチ
俺もナギとキスがしたい。
でもまだだ。
俺は猟師なのかも。そしたらナギはウサギかな。可愛いし。
「そしたらキスしよ、ナギっ。」
パッと身体を離して、もう一度手にボトルを握らせてからその場を離れた。
その後の事は殆ど覚えてない。
興奮して、それどころじゃ無かった。
心臓…っ、痛ぁ、
ーーーーー
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