【完結】【R18】凪いだ春雪

mimimi456/都古

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凪いだ春雪2

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「そしたらキスしよ、ナギっ。」

合格発表は2月だった。
その半月後には卒業式で、更にひと月とちょっと後が大学の入学式だった。

もう春だってのに雪かよ。

この二ヶ月、あの言葉の意味を考えて意味が分からなくて悩みまくって。
辿り着いた結論はーー。

あいつ、まだ俺のこと好きなんじゃね。

だってそう思わせる節が有った。
だから気づかない様に頑張る。
だってそうじゃないと気付きそうだった。

あいつが俺にする様な目や仕草や色んな事を、他の誰にもしてないんじゃないかって。
気付きたくなかったから、頑張ってたのに
どれだけ目を逸らしても、どれだけ距離を作って過ごしてもこの耳はあいつの声を拾いたがるし、意識して俯いてないと、この目は勝手にあいつを探した。

だから女子の自己チューを余裕で避けるのも見たし。
引っ付かれて笑う嫌そうな愛想笑いも見た。
そんなものを見つける度に、あいつはまだ俺のこと好きなんじゃね、って感じするだろっ、ちょっと嬉しいかもって思ったりするだろっ、

でも嫌なんだ。
俺を一番大事にしないあいつとはもう付き合いたくない

だから早く俺を諦めろ。
早くどっかの誰かのものになれ。
出来れば俺の目の前で分かりやすく事を起こして俺をフッてくれ。

おかしいよな、

フッたのは俺なのに、俺はまだあいつの事好きだ…っ、
馬鹿みてぇ。
でももっと良い奴を好きになって欲しい。

こんな事を考える俺はおかしい、?
おかしくないだろ

だって、絶対…その方が良い。
あいつの為になるだろ。そしたら俺の為にもなる。


駅を出て側のカフェに入る。
ガッコは嫌いだったけど、大学は良い所っぽくて今の所好感触だ。
まだ入学したばっかだけど、皆というか誰も俺に興味が無い。

集団で過ごす奴も居るけど、当たり前みたいにボッチが沢山居て。
俺だけじゃない、そう思える環境が物凄く心地良い。
ひとりで何処を歩いても、同じくらいひとりの奴が居て、なんならちょっと楽しそうな奴も居る。

ひとりでも胸張って堂々と歩く人達が沢山いる。

だから辞めたんだ。
俺も他の人みたいに好きな服着て、好きな髪型して、好きな鞄持って歩くって。
折角四年も勉強出来るんだ、誰の目にも邪魔されたく無い。

それに将来は決まってる。
一生安泰な職業選択をした。やってみたい仕事が有るんだ。
だから頑張りたかった。色んな今まで避けてきた<本当はやりたかった事>を。

化粧はあんま分かんなかったけど、スキンケアは凄かった。
まだ若いとか言ってる暇無い。
確実にカサカサの頬は潤って、もちもちになった。

髪も短くした。
首の後ろから横まで刈り上げて、小学生以来のショリショリの手触りを味わった。
序でに少し色を入れて貰った。
オリーブアッシュ。
髪は元々すげぇ癖毛だから流行りのセットなんかしても無駄。

水ぶっ掛けてタオルでワサワサ拭いて、言う事聞かない前髪の根本だけアイロン当てて長さを出す。
そしたら勝手に良い感じの左カーブの前髪に揃う。
あとはテキトーに軽くワックスを入れたら完成。

高校の時はバリカンなんか入れなかった。
邪魔にならないくらい伸ばして、毎日アイロンして真っ直ぐしてた。

めんどくさかったけど、癖毛って何言われるか分かんなかったし。
俺は、このくるっくるの髪、嫌いじゃ無いから。
誰にも笑わせたく無かった。

鞄は黒のリュックに、自分で刺繍した。
青と白で鳥をモチーフに小さいものを、けど一番目立つ正面ポケットの所に。

俺が絵を描く事をあいつは知ってる。

俺の部屋で俺の机を見てるし。
でも刺繍の事は知らない。
母さんが教えてくれたし。
同じ趣味を持つ息子を楽しんでくれたから。

もし誰に見られても、俺が刺したとはバレないくらい良い出来だから。
馬鹿にされたりしないと思う。
多分、あいつにも。

「ウインナーコーヒーとサンドイッチのセットお待たせ致しました。」

「あざっす。」

でもどうだろうな。
まだ俺のことを好きだったとして、あいつが今の俺を見ても。
好きで居るとは考え難い。

髪だって切ったし、癖毛だし、服だって好きな物着てる。
綺麗目で、でもカッチリし過ぎない。
むしろクリーム色のハイネックニットと、茶色のアウターはこのコーヒーみたいで可愛い。

本当は髪に合わせて薄いグリーンのカラコン入れようか悩んでるけど。
目は大事にしてるし勉強したいから、まだ保留中。

今日くらいなら入れてくれば良かったな。
どうせフられるなら、俺の一番好きな格好で来ればよかった。

さっきまで講義を受けてた。
大学からここのカフェまで30分。
結構遠いし、いくら乗り換えが無いとはいえ面倒な時間を消費した。

乗り物酔いし易くて、俺は電車で本も読めないしスマホも弄れない。
ボーっと窓の外を眺めたり、広告の色使いを見て次の刺繍、何にしようかななんて考える。

それだけでも、まぁ面白いけど。
針を持ってる時間の方が面白い。
その事だけを考えてる。
じゃないと指にブッ刺さるし。痛ぇし。血が出るとムカつく。

待ち合わせまでは2時間くらいある。
その間に小腹を満たして絵を描いて黙々と没頭して、迫り来る恐怖を追い出したかった。

ーーなのに思ったより早くあいつは来た。


「ナギ。」


知ってる声がした。ハッと顔を上げる途中で、見た事無い鞄や服、とりわけ派手なグレーの髪は春翔によく似合ってた…っ、

「髪、似合ってる」

「ホント?嬉しい。でもそれを言うならナギの髪も髪型も似合ってる。可愛い髪。くるくるしてる。パーマ?」


サンドイッチは食べた。
でもまだコーヒーが残ってる。
まさか、いくら何でも早過ぎるだろ、と不安になって掴んだスマホの時計は俺がここに来て30分も経ってなかった。

つまり、約束の1時間半以上前からこいつはここに来るつもりだった。

「ホント可愛いね。」

言いながら左に流した俺の前髪に沿う様に少し触ったあと、向かいの席に座った。

思わず目を瞑ったの…っ、俺悪くないだろ、?
びっくりする、し、指に触られるとは思いもしなかった

「… 地毛。」

「地毛?知らなかった。真っ直ぐの時も触り心地良かったのに、元からなんだね。」


春翔がお姉さんにコーヒーを頼んでた。
なんか要るかって聞いたから、カフェオレだけ頼んだ。

「じゃあ俺も同じ物を。」

「かしこまりました。」

お姉さんが去って行く。
行かないで欲しい、そうしないとこいつと二人になるだろ、
じっとお姉さんの背中を見ても、何も通じる筈がなく。

そんな意味のない事に縋ろうとするなんて、間抜け過ぎる。

それにしてもあのひとつ結びすげぇな。
どうやって巻く訳。俺、前髪だけでも苦労してんのに。

「ナギ」

「なに、?」

「金髪が好きなの。」

「… …なんで、」

それは、お前のグレーの方が好きだって言わせたいからそんな事を聞くのか。
でもそれはさっき褒めたから、別にもう言わなくても良いだろっ、それに金髪が好きな訳じゃ無い。

「別に。あの長さの髪を巻くの、大変そうだなって思っただけ。」

春翔はじっと俺を見てた。
髪の先から肩、服、腕、手首、指先までじっくり見られてるのが分かる。

「可愛いね今日のナギ。」

「… … っ、」

「くるってなってるその前髪、前より手触り良くて可愛い。もっと触りたい。それに首周りがすっきりして見えるのも可愛い。今着てるのがハイネックだからか、余計スッキリ見えて隠さないと危ないくらいに可愛い。首元寒くない?」

素直に頷いた。寒く無い。店の暖房は効いてる。

「そっか。髪色可愛いね。何入れたの?」

「アッシュ、グリーン。」

「ブリーチしなかったんだ?」

「アレルギー出て、これでも頑張った。」

「ああ、俺も痛かったなぁ。」

そう言うと、春翔が自分の髪をつんと引っ張った。

「でも…似合ってる、」

痛い思いをした甲斐が有ると思える程、似合ってる。
きっと同じ色のカラコンでもしたら、イケメンが誕生する。

「モテそ。」

「ナギにも、モテる?」

握ってた色鉛筆がピンッと不自然に跳ねた。
俺の手に変に力が入ったからだ、というか勝手に入った…反射だ。

「俺はね、ナギにモテたい。」

「俺にモテても意味ない、」

「有るよ。凄く有るから、こうして口説いてるんだ。」


ーー始めの時もそうだった。こいつは、いつもこうだ。

ふらっと寄ってきて、気付いたら側に居て。
誰よりも近くに寄って来て、俺だけ特別だよって言って去って行く。
人が大勢居る中に、その主役みたいな歓迎であいつは仲間の所へ戻って行く。

<特別>な俺を置いて。

だからいやなんだ。
だから別れたんだ。

何にも分かってないな、こいつ。
そう思うと途端に腹が立って来た。
俺がこの、今まで…っ、どんな気持ちで今日ここに居たのかこいつは微塵も知らないどころか、何ひとつ理解していない。

俺は、期待してた。
一度くらい、なんで別れたのか聞いてくるだろうって。
聞いても来なかった癖に、なんだよそれ。

俺なんかを口説いて、口説けると思ってそんな事を言うのか。
クソッタレ。

「俺以外にも大事なものが有るくせにー…っ、!」

そう吐き捨てて色鉛筆を仕舞う。
結構散らかしたから、直ぐには終わらないっ、

「ナギ、」

「お待たせいたしました。」

「あ…ざっす。」

さっきのお姉さんがカフェオレを運んでくれて、俺の空になったウインナーコーヒーとサンドイッチの皿を下げてくれる。

まだ、道端の景色を綺麗だなんて思えないけど。
目の前に有る物が美味い事は感じられる。
何食べても味が分かんないフッた直後の感覚はもう無い。

無くなったと思うんだ。

だってほら、自己嫌悪の俺は少ししか居なくなった。
好きな鞄、好きな服、好きな髪でここに座ってる。
それだけで充分立派な成長だって言えるし、大学は楽しい。
勉強も教授も楽しいし、気になる人目も無い。

だから。
俺はお前には、興味なんかも無い。


「寂しかった、ナギ?」

「ーーは?バカにしてんのか。」

「してない。真面目に聞いてる。俺は、ナギに寂しい思いをさせてた?」

「別に。今更聞くなよ。」

「そうは思えないな。」

だって、それは…結局は俺が勝手にしたことだ。
俺が側に居ろって言えば、こいつはきっと側に居てくれた。
一緒に帰ろうって言えば、絶対一緒に帰ってくれたのを顧みても。

ひとりで居たかったのは俺の意思だ。

それで俺が寂しかろうと…

「春翔には関係ない」

「有るよ。」

「無いっ、!」

「有るよ。俺は、ナギを寂しくさせたりしたくない。」

ムカつく。
本当今更だな、今頃になって理由なんか聞いてどうするんだ。

「関係無いだろっ、もう他人だろっ、放っとけよ。」

「ううん。まだ他人じゃない。俺がまだナギを口説いてる。それに今はデート中でしょナギ。ナギ俺に言ったよね、大学に受かりたいから辞めるって。大学受かったよ。おめでとう。だから俺とデートしてる。違う?」

…違うくない。
そうだ、確かに俺はそう言った。
ちゃんと本当の事を説明しなかったのは俺だ。

でも俺を一番にしないから、とか。
俺ひとりに依存してほしく無い、とか矛盾した事言われても、お前を困らせただろ。

だから、ああ言うのが良いと思った。
でも俺の非は認める。分かる。俺が悪い。
初めて誰かと付き合ったのに、フるのも初めてだったから。
慣れてなくてごめん。

でもそう言う事を言うなら。
俺はスマホを見た。

「あと30分してから言えよ。まだ、時間なってない。」


これはデート前のいざこさだ。
だからこれはまだデートの始まりじゃない。
改めてフりに来たのかも知れないし、フられに来たのかも知れない。

俺だって何で来たのかわからない。
何で断らなかったのか、自分でも幾ら考えても答えは出ない。

現状、俺は只、大学の帰りにカフェに寄って空いた小腹を満たして絵を描いて、大学生を満喫してるだけのただの一般人だ。
久しぶりのデートを楽しみにきた訳じゃ無いし。
グレーの派手髪が似合う男の、恋人なんかじゃ無い。

むしろ訳の分からない感情のまま、霜を見つけて氷を踏んで雪に降られてここまで来た。

本当、何で来たんだか。


「じゃあこれは浮気?」

「浮気、?」

「でしょ。デートに誘われたカフェで、相手を待ってる間に知らない男にナンパされて口説かれてる。ね、雪田凪。俺は目の前の可愛い子を口説いても良い?」


ーーーーー

何言ってんだこいつ、って顔してる。可愛い。

凪は何時も面白い理屈を捏ねる。
真面目で偏屈で、なのに面白くて可愛い。
そこに照れ隠しが入ってることに誰が気付くの。
俺くらいだよ。

でも嬉しい。

デートって言う認識は有るんだ。
それと、俺は真剣に受験を理由にされてるんだと思ったんだけど。
違うんだ、知らなかったな。

知らない事だらけだ。
それにしても今日のナギは可愛いな。
こんなに感情的なナギも良いな。俺に怒ってるの?

俺が居ないの寂しかった、ナギ?

てっきりベタベタしたのは嫌いなんだと思ってた。
だって凪は、俺が他の奴らとつるんでると心底安心したみたいに眺めてくる。
てっきり、彼氏の余裕なんだと思ってた。

凪は俺が他所で何してても、その揺るがない態度ひとつで、いつでも俺を呼び戻せて好きに侍らせられる。
凪が呼び付けるのは俺だけだ。
凪が側に置いておきたい人間も俺だけなんだって、俺は自信満々だったよ。

それが逆に凪を不安にさせた?
俺はもっと凪の側に居るべきだった?
不安にさせないくらい、もっと寄って、もっとベタベタしても良かったのかな。

セックスの時みたいに。
じゃあ、それは俺にとっても好都合だ、ナギ。

「今度は、ナギの側を離れないよ。ずっと側に居る。」

だから頷いて。
納得してナギ。

じゃないと俺がどうにかなりそう、

ーーーーー


「嫌だ。」

そう言うと明らかに春翔の顔付きが変わる。
怒ってる、傷付いてる、苦しそうだ。

でも俺だって嫌だ。
他人で居ればこんなに胸騒ぎを起こす事は無い。
時間が経てばいずれ消える、忘れる、そしたら完璧な人生だ。

春翔がカフェオレを飲んだ。
俺は意味も無くメニュー表をひっくり返して裏面を眺めて、るだけで。
実際は一文字すら読んでないし読む余裕は無い。

だって、なんかさっきからふわっと春翔の匂いがするーーッ、

さっきまでしなかった。分からなかったのに。
前髪を触られた時にもなんとも思わなかったのに、なんで今なんだ

なんで、

いや、さっきは息を止めてたんだ。
多分、無意識に近過ぎる春翔にびっくりして…そうだ、そうだろ。

「ナギ?」

いやな声だ、いやな匂いだ…っ、いや、だ、だめだ、これ以上はむりだ


「かえる、」

伝票を握ってレジに歩きながら千円置いて来ても俺の分は足りる事を確認する。
お姉さんが前の客の支払いの為にレジに居るのは見えてた。
だから早く、ごめんなさい、普段は俺こんな事はしない人間なんですっ。

でも今は緊急事態なんだ、

「残りはあいつのなんで、お釣りも要らない、」

お姉さんの戸惑う声を無視して店を出た。
折角美味しいサンドイッチとコーヒーだったけど、こんな事をしてもう二度と来られないな。

でもお陰であいつはお姉さんと手間取ってて俺を追いかけて来られない。

走って、走ってテキトーに目に付く道をリュックを背負って走った。
動悸がする、のを走ってるからだって言い聞かせて、だから走れた。

駅は駄目だ、
電車を待つ間にあいつに掴まる。

でもこっちなら、今日は平日。
まだ昼間だ、暇な人間なんか学生以外にそうそう居ない。

国立博物館

多分、あいつが俺を連れて来たかったのはここだ。
でももうきっとここにあいつは来ない
今頃は店を出て、俺を追って駅か、それとも…ピコン、と小さい音でスマホが鳴った。

ああ、そっか。
そう言う手が有ったか。
あんましスマホから用が来る事無いから忘れてた。

通知をオフって面倒だから機内モードにする。

学割って最高。
受付で真新しい学生証を出して、チケットを買う。

漆工芸のひとつ蒔絵の展示だった。
将軍の嫁入り道具が展示してあるらしくて、結構色々ある。
鏡台、小物、文台、あれなんだろ。

文台と文机って別物なのか?

まぁ、確かにそうだよな。
あんな綺麗に装飾された台の上だと、ポコポコしてて書きづらいか。
というか俺は蒔絵の作り方を知らない。

あとで調べよ。

隣のスペースには伝統模様について、展示されていた。
テーマは雪。
まさにぴったりだな、と思った。
ホームに出てまさか降り積もった雪を見るなんて、思わなかったし。
それでここの展示に行き着くのも面白いよな。

でも、ひとつだけいやだな、と思うのは。

さっき呼ばれた俺の名前。それもフルネーム。

俺の自己嫌悪が雪田凪という俺の名前を、あいつに呼ばれた事で暫くは発動するだろうな。
学生は、アホほど毎日自分の名前を書く。
学籍番号もだけど、とにかく資料には名前を書く。
無くしたなんて言い訳をさせない様にだ。

サイトに印刷履歴も残るらしい。
大学って怖いくらい管理が堅いんだなとそれだけは思った。

そして俺は名前を書く度に、あいつに呼ばれた事をまた暫くは思い出す。
嫌なループだ。

雪模様の展示は綺麗だった。
茶器、着物、かんざし、蒔絵の櫛とか色々有った。
俺なんかと違って、個性的で綺麗で堂々として見えた。

六角形になってる雪の模様って、可愛いな。

今度それを刺繍するか。
博物館って絵、描いても良いのかな。

あ。鉛筆なら良いって書いてある。
俺、鉛筆持ってる。
シャーペンとボールペンと色鉛筆と鉛筆を持ってるから、俺の筆箱は結構詰まってるし、色鉛筆は別で持ってる。

鞄、リュックじゃないと入らないよな。
流石に丸枠と針や糸は持ち歩かない。落としたら怖いし人にも危ない。
でも紙と鉛筆なら誰も困らない。

消しゴムも使わないし。

一応、学芸員さんに声を掛けてた。
良いですよって言われてちょっとびっくりしたけど有難い。
暫くあられこれ眺めて、ふと胸騒ぎがした。

ザワザワ
ゾワゾワ
いやな感じだ。

ハッとしてスマホを手に取った。
通知はあれから来てない。
なのに、この胸騒ぎはなんだ。

リュックに鉛筆とノートを仕舞って博物館を出る。
左に行けば公園が有る。
そこに行くまでに、スマホを機内モードにしたままなのを思い出た。

オンにした途端、画面にどんどん表示されていく通知。
これ全部春翔からだ。
公園のベンチに着いたけど、雪で濡れてた。

折角だけど座れないし、というか寒い。

というか、なんでこんなに通知送ってくるんだ。
俺、帰るって言ったよな。
怖いな。何でだ。
今までのあいつなら、俺を放っておいた筈だろ。

ドクドク鼓動がする。
胸騒ぎはまだ続く。

通知が表示される度にドクドク言う、
うるさいっ、うるさいし、うるさいっ、

止まれよっ、

ぎゅっ、と胸元を握る。
お気に入りのニットがぐしゃっとなる。
この胸騒ぎは良く無いっ、

家で、あのボトルを手に持った時と同じ感じっ。

あの、あいつがくれたボトル。
蓋が閉まってても微かに匂いはする。

あいつの香水の匂い。でも違和感しかなかった。
確かに香水はこれで間違いない。

でも、俺が…すきなのは、これと混じったあいつの匂いだったから。

だからさっき、カフェで向かいに座ったあいつのあの匂いに、なんか、色んなものが噴き出してきてだめだった。

俺…っ、だって、あいつのこと…っ、まだすきだ、
好きに決まってんじゃん、髪がグレーでもすき、可愛いって言われてもすき、多分、何しててもきっとすき、離れてても、側に居なくても多分すきっ、すきだけどっ、どうしてもすきだけどっ、もう嫌いになりたい…っ、


折角、頑張ったのに。
また、忘れられなくなる…っ

あの声が耳から離れるまでどれくらい掛かる、
あの匂いを忘れても、どうせまた記憶からは消えない。
町中で人混みで同じ匂いがすればきっと、途端にあいつを思い出す。

そんな人生、

「どうすれば良いんだ」


こんなの馬鹿げてる
俺はいやなんだっ、こんなの…絶対に、嫌なのにーー…

「ふっ、う…、っ、」

馬鹿だ不毛だやる気無しの根性無しだ。
俺はだからまともにひとひとりフれもしない
もっとはっきり言ってやれば良かった、

春翔なんか嫌いだって言えば良かったんだ

そしたらあいつだって食い下がったりしなかった

嘘をついても良かったんだ。
他に好きな奴が出来たとか、もうお前には飽きたんだとか、そんな酷いことを言ってやれば良かったんだ。

顔がムカつくとか、髪がムカつくとか、その声がきらいだとか、その匂いが鼻から離れなくて大っ嫌いだとか、

そんな酷いこと…っ、もっと嫌な奴になって言えば良かったんだ


俺以外にも大事なものが有るくせに。

これじゃ何の意味も無い。
フッて遠ざけて頑張って忘れようとしてもこのザマじゃ、あいつの言う通りだ。

寂しかったって言った様なもんだ。

そっか、そうかもな。
寂しかったんだ。
でも、俺だけが独り占めするには勿体ない奴なんだ。

梅野春翔
あいつはひとりでも真っ当に生きていける

誰かに縋らないと寂しくて泣く俺なんかとは違う。

今なら二番目でも良い、って言う女子の気持ちわかる。
本命にするには高嶺過ぎるし、そんな価値俺には無い。
せいぜい手離して他に譲るくらいの優しさを持つ位が、俺を俺たらしめる。

ーーというか今、何を考えてる?


俺はあいつをフッた、
俺はさっき知らないひとにナンパされただけだ、

そうだ。
だよな。
顔くらいは知ってる。名前と、それから…。

でももう別れたし、置いてきたし、逃げてきたし。
俺にはもう関係ない話だ。
こんなに通知が来ても答えられない。

俺は集中するとよく周りの音が聞こえなくなる。
だから母さんによく叱られる。

今も気が付いてなかった。
誰かがこっちに向かって走ってくる速い足音に。

「見つけたーーッ、!」

「うわっ、!?」

「ナギっ、!」

「うぐっ、!?」


ギ…リギリ締まってる、やばい、春翔だ
慌ててバタバタと暴れてみてもっ、その分ギリギリ締め上げられる
息が詰まるくらいになると、とうとう暴れられなくなって、口から空気を吸うのがやっとになる

「は…ぁっ、」

「ナギ、ナギ…探したっ、何処行ってたの…っ、」


ギチギチに締められて苦しいのに、別の事にも気付く。
春翔の息が上がってる、というか肩で息してるくらい荒い。

俺を探し回ったのか、?
何で?

「でもっここに居てくれて…は、ぁ、良かった、はぁ、」

息を切らしながら喋って、安心したのか俺の拘束を解く。
相変わらず腕が痺れて、これは絶対に身体に良くない事だと思える。

「ナギっ、話を…っ、しよう、俺もナギもこのままじゃ何も納得出来てない、でしょ?違う?」

「違う。」

「何処が違うの?」

「…そんな言い方じゃ話さない。」

「じゃあ、何て言えば良いの。」

「わ、かんなぃ。」

「はぁ?」


春翔が心底呆れたみたいな、訳が分からない、みたいな声を出す。
俺もわからないから、分からないと言うしか無い。

「ごめん。」

俺に謝る癖はない。
でもこれは本当に謝るべきだと思った。ごめん。俺が悪い。


「あーー…っと、座ろとりあえず。」

春翔がベンチに俺を座らせようとする。
でも俺は首を振る。

「何で?」

「濡れてるから嫌だ。」

「あ。ホント。ごめんね?」

「うん。」


チョロい。
俺はこいつのこう言う所が好きだった。
優しい、ちゃんと謝れる、だからこそ俺には勿体無い。

「俺の家に来ない、ナギ?」

「…それは、良くないと思う。」

「何で?」

「俺の逃げ道が無くなる。走って逃げられるのが良い。」

「それって、今みたいに?」

頷いた。
そう、今みたいに。
通知をオフればもう俺との繋がりは無い。
今は一人暮らしだし、万が一実家に来られても無視すれば良い。

「そう。でも意味ないと思うな。」

「有る。逃げたい。」

「逃げられるの?ほら、無理だよ。」

ガッチリ両腕に挟まれてて、逃げられそうにない。
なら、尚更、家には行かない。
行ったら怖気付くに決まってる。
そうなったら認めざるを得ないだろ、好きだって、言わされる。多分、言う。

「じゃあこれは?」

ここで、博物館の公園で人目も憚らず男同士が激しく抱きしめ合って話し合うのと、自分の家で適度な距離を保ちながら話し合うの。

「どっちが良い?因みにどっちもナギが素直に説明してくれれば早く終わる。」

「…質問、」

「何?」

「質問は、幾つ有る」

「あーー…30個くらい、かな。」

「嘘吐くな」

「ホント。嘘じゃないよ。軽く13個は有る。」

「…メッセージに送ったら、返す。」

「良いよ。良いけどその間、手繋いでて良い?逃げるでしょ。」

「逃げない。」

「ホントに?」

「ほ、んとう。約束する。」


人がチラチラ増えて来た。
俺達は目立ってた。
優先すべきなのはこの場からの移動だ。

それと締め上げるのをやめさせたい。

春翔はあっさり腕を解いた。
代わりにガッチリ指と腕を絡めて恋人繋ぎをされた。
確かに…これじゃ逃げられないな。

スマホを握って、俺との画面を開く。

「一個ずつ送れば良い?」

「…全部、書いてからで良い。」

「分かった。待っててね。」


俺は待った。
きっかり2分25秒。
これは、俺が待てる最大限の時間。

数えたことがあるんだ、毎回同じ様なタイミングで気が逸れるから。
どれくらいなんだ、と思って。
そしたら、カップラーメンくらいだった。

あとの5秒で蓋を開けて、箸を割れば口に入れる頃には2分30秒。
3分は待てない。

「春翔。」

「うん。」

「家、どっち。」

「ーーえ、!?」

「うるさい。どっち。」

「駅から徒歩13分。」

「分かった。」


ガッツリ繋がれた手で、俺は駅まで歩く事にした。
13分か、途中駅まで寄って行っても家まで20分かからないかもな。近過ぎる。

「質問、」

「何?」

「今、何個。」

「12個だよナギ。」

「あと何個あんの。」

「18個の予定だけど、どんどん増えてるよ。困ったなぁ。」


ーーーーー

とりあえず送って、とナギが言う。
俺がシュッとメッセージを送る、とナギのスマホの通知が鳴る。

さっきとナギの態度が違う様な気がするんだけど。
なにかな。やけにじっとスマホを見てるね。

「1、ナギは俺が好き?好き。」

「2、ナギは俺のこと嫌い?嫌いじゃない。」

「3、俺はナギに寂しい思いをさせた?させた。でも春翔のせいじゃない。俺が勝手に決めた事だ。」

「4、俺の何処が好き。全部好き。髪も似合ってる、声も好きだし匂いも好きだけど、あの香水だけじゃ意味が無い。」

「5、俺との」

「ちょ…っ、ちょっと待ってナギ!」

「何。まだ5つ目だけど。」

「いやっ、いやいや待って。読み上げるの!?」

「うん。質問に答える約束した。逃げもしない。」

「た、しかにそうだけど…っ、どうしたの」

「別に。5、俺との復縁は有り?無し。」

「なんで、!?」

「6、無しの場合その理由は。俺が苦しくなるから無し。」

「なんで苦しくなるの、!?」

「…それは質問?」

「そうっ。追加しといてっ。」

「わかった。苦しくなるのは、春翔が俺を一番にしないから。次、」


ナギはメッセージをコピーしてメモ帳アプリに突っ込んだ。
1問答えるごとにチェックを付けて、足した質問も書き加えてくる。

おかしい。なんか変だよね。
何で家まで待たずに今、答えるの?

もしかして駅?
駅に着くまでに全部答えて、じゃあバイバイってするつもりかな。
あり得るな。

でも今の質問合わせても14個の筈。

「ナギ。」

「なに。」

「俺の質問に30個答えてくれるんだよね。」

「説明する、って約束した。」

「じゃあ、その後は?」

「後は無い。それは追加の質問にカウントする。俺は逃げてないし、納得したら手を離す約束だった。」

「それってつまり、30個の質問で俺を納得させるって事だよね、ナギ。」

「させる。だから質問するならまともなのにして。」

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こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
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ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
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ドSなお仕置をされる配信者のお話

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