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第四話
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マリアの予想通り、ミントオイルの売り上げは上々だった。
このまま行けば冬が始まる前に、中古のバスタブが手に入りそうだ。
マリアは意気揚々と城下町へと繰り出した。
ふわりとした紺色のワンピースに薄く透ける様なレースを羽織って。裾が揺れるのを楽しみながら歩いていく。
「ひとまず、ガゼルさんのところね。」
城の庭師もお世話になっていると言うガゼルの店はありとあらゆる種子、苗を提供している。
しかも、肥料に対するこだわりが非常に強い。
わざわざ街のハズレに土地を買い、肥料畑を持っている徹底ぶりだ。
炭を混ぜた物や、砕いた貝殻を混ぜた物、魔物の成分やポーションまで混ぜたりしているらしい。
マリアも多少の心得が有るので、この手の話は下手をすると日が暮れるまで語り合ってしまう。
「よお、来たか嬢ちゃん。」
「こんにちはガゼルさん。」
「そろそろじゃないかと思ったんだ。」
「流石ですね。」
今回も【庭】の肥料の追加発注をお願いしに来たのだ。
「おうよ。いつもの数で良いのかい?」
「はい。よろしくお願いします。」
ねじり鉢巻がよく似合うガゼルさんには、目に入れても痛くない程溺愛する奥さんと娘さんがいる。
「最近暑いだろ。そんでロクに飯も食わねえんだ。」
「でも、お腹の子は大丈夫ですか。」
「どうだかなあ。今のところはまだ大丈夫そうだが。」
そうは言っても心配だ。
去年や一昨年のことを考えても、この暑さはまだまだ続くだろう。おおらかな彼女は、王都へ来たばかりのマリアに親身になって声をかけてくれた。
畑のことで話し込んでいる二人に、やれやれとお茶と菓子を出してくれる人で。毎回、手ぶらで帰された事がない。
「あの、少しだけなら。」
たまたま自分用に持っていた物がある。
これなら不快な暑さが少しは和らぐだろう。
「奥さんいますか?」
「ああ!頼むよ嬢ちゃん。」
「じゃあ、また後で寄りますね。」
残念ながら今は、お医者様の所に行っているそうだ。
もう少し時間がかかると言うので、その間に家具屋へ行く事としよう。
「今年の冬は絶対に、湯船に浸かってみせるわ。」
意気込みは充分。
お財布も間も無く満たされる予定だ。
考えるだけで、足取りは軽くるんるんと道を行く。
「マリアさんだー!」
「お庭のおねえさんだー!」
マリアはがっくりと肩を落としていた。
非常に分かりやすく落ち込んでいた。
まさか中古のバスタブが売れてしまうなんて。
しかも予備で目をつけていた石風呂まで売れてしまっていた。角ばった石風呂ではなく卵のように丸く人一人が容易く湯に浸かれる深さがある五右衛門風呂のような石風呂だったのだ。
それも、紺碧の石に所々翡翠のような欠片が嵌っている様なそれはそれは美しい一品だった。
最悪足は伸ばせなくとも、肩まで浸かれるなら上々だったのだが、それすらも売れてしまったらしい。
「だいじょうぶー?」
「おねえさん、げんきないの?」
無垢な子供達が、マリアの顔を覗き込んでくる。
天使は唐突に眼前に舞い降りたらしい。
荒みに荒んだマリアの心を少女達はいとも簡単に浄化してしまった。
「可愛いー!天使だね皆は。私の天使は君達だよ。」
「きゃあー!」
ぎゅうっと、力一杯子供達を抱き締める。
この小さな天使達には特別な耳やしっぽがついていたりする。それがゆらゆら、ピコピコ動いて楽しそうだ。
ここに身を寄せるこの子は所謂、孤児だ。
隣のテラメリア国からの移住者だったりする。
マリアの小さな庭師たちもここの出身だ。
「セトとアルは来てる?」
「きてるよ!」
「こっち!案内してあげるっ!」
「頼もしいな。」
子供達と遊ぶとあっという間に時間が過ぎてしまう。
中にはまだ人型を保てない子たちもいて、バンザイした両手がピンクの肉球だった。
思わずぷにぷにして、たくさん遊んで癒されたのはこっちの方だ。
「マリア、一緒に帰ろう!」
「城まで送る。」
頼もしいマリアの庭師は、ただの庭師ではない。
彼ら亜人は幼いといえど、ただの人間より身体能力がかなり優れている。
耳も鼻もその爪も人間の比ではない。
「ガゼルさんのお店に行くの。」
「分かった。あそこなら知ってる。」
「もうすぐ赤ちゃん産まれるんだって!」
まだ夕方には早い。
そんなに混んでない街中をゆったりと歩きながら進む。
そんな中、ふと首がざわついた。
「マリア?」
ふと立ち止まったマリアにセクトが声を掛けた。
「気のせいかな?」
「何かあった?」
「ううん。大丈夫。」
マリアは気を取り直して歩き出す。
このまま行けば冬が始まる前に、中古のバスタブが手に入りそうだ。
マリアは意気揚々と城下町へと繰り出した。
ふわりとした紺色のワンピースに薄く透ける様なレースを羽織って。裾が揺れるのを楽しみながら歩いていく。
「ひとまず、ガゼルさんのところね。」
城の庭師もお世話になっていると言うガゼルの店はありとあらゆる種子、苗を提供している。
しかも、肥料に対するこだわりが非常に強い。
わざわざ街のハズレに土地を買い、肥料畑を持っている徹底ぶりだ。
炭を混ぜた物や、砕いた貝殻を混ぜた物、魔物の成分やポーションまで混ぜたりしているらしい。
マリアも多少の心得が有るので、この手の話は下手をすると日が暮れるまで語り合ってしまう。
「よお、来たか嬢ちゃん。」
「こんにちはガゼルさん。」
「そろそろじゃないかと思ったんだ。」
「流石ですね。」
今回も【庭】の肥料の追加発注をお願いしに来たのだ。
「おうよ。いつもの数で良いのかい?」
「はい。よろしくお願いします。」
ねじり鉢巻がよく似合うガゼルさんには、目に入れても痛くない程溺愛する奥さんと娘さんがいる。
「最近暑いだろ。そんでロクに飯も食わねえんだ。」
「でも、お腹の子は大丈夫ですか。」
「どうだかなあ。今のところはまだ大丈夫そうだが。」
そうは言っても心配だ。
去年や一昨年のことを考えても、この暑さはまだまだ続くだろう。おおらかな彼女は、王都へ来たばかりのマリアに親身になって声をかけてくれた。
畑のことで話し込んでいる二人に、やれやれとお茶と菓子を出してくれる人で。毎回、手ぶらで帰された事がない。
「あの、少しだけなら。」
たまたま自分用に持っていた物がある。
これなら不快な暑さが少しは和らぐだろう。
「奥さんいますか?」
「ああ!頼むよ嬢ちゃん。」
「じゃあ、また後で寄りますね。」
残念ながら今は、お医者様の所に行っているそうだ。
もう少し時間がかかると言うので、その間に家具屋へ行く事としよう。
「今年の冬は絶対に、湯船に浸かってみせるわ。」
意気込みは充分。
お財布も間も無く満たされる予定だ。
考えるだけで、足取りは軽くるんるんと道を行く。
「マリアさんだー!」
「お庭のおねえさんだー!」
マリアはがっくりと肩を落としていた。
非常に分かりやすく落ち込んでいた。
まさか中古のバスタブが売れてしまうなんて。
しかも予備で目をつけていた石風呂まで売れてしまっていた。角ばった石風呂ではなく卵のように丸く人一人が容易く湯に浸かれる深さがある五右衛門風呂のような石風呂だったのだ。
それも、紺碧の石に所々翡翠のような欠片が嵌っている様なそれはそれは美しい一品だった。
最悪足は伸ばせなくとも、肩まで浸かれるなら上々だったのだが、それすらも売れてしまったらしい。
「だいじょうぶー?」
「おねえさん、げんきないの?」
無垢な子供達が、マリアの顔を覗き込んでくる。
天使は唐突に眼前に舞い降りたらしい。
荒みに荒んだマリアの心を少女達はいとも簡単に浄化してしまった。
「可愛いー!天使だね皆は。私の天使は君達だよ。」
「きゃあー!」
ぎゅうっと、力一杯子供達を抱き締める。
この小さな天使達には特別な耳やしっぽがついていたりする。それがゆらゆら、ピコピコ動いて楽しそうだ。
ここに身を寄せるこの子は所謂、孤児だ。
隣のテラメリア国からの移住者だったりする。
マリアの小さな庭師たちもここの出身だ。
「セトとアルは来てる?」
「きてるよ!」
「こっち!案内してあげるっ!」
「頼もしいな。」
子供達と遊ぶとあっという間に時間が過ぎてしまう。
中にはまだ人型を保てない子たちもいて、バンザイした両手がピンクの肉球だった。
思わずぷにぷにして、たくさん遊んで癒されたのはこっちの方だ。
「マリア、一緒に帰ろう!」
「城まで送る。」
頼もしいマリアの庭師は、ただの庭師ではない。
彼ら亜人は幼いといえど、ただの人間より身体能力がかなり優れている。
耳も鼻もその爪も人間の比ではない。
「ガゼルさんのお店に行くの。」
「分かった。あそこなら知ってる。」
「もうすぐ赤ちゃん産まれるんだって!」
まだ夕方には早い。
そんなに混んでない街中をゆったりと歩きながら進む。
そんな中、ふと首がざわついた。
「マリア?」
ふと立ち止まったマリアにセクトが声を掛けた。
「気のせいかな?」
「何かあった?」
「ううん。大丈夫。」
マリアは気を取り直して歩き出す。
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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