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1巻
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しおりを挟む「私も信じられません。ですが、私には聞いたことのない国ばかり。それにレディが普通だと仰るこの街並みも、馬車の代わりに外を走っている奇怪なモノも、私は見たことがありません……別の世界、そうだとしか考えられないのです」
「はあ……」
私を真っ直ぐに見つめる真摯な瞳に、思わず頷く。
「しかし、レディは白騎士のことをご存知であった。これも何かの縁。どうか、元の世界に帰る方法がわかるまでの間、レディのご自宅に置いていただけないでしょうか? もちろん、納屋でも厩舎でも構いません。私に手伝えることがあるのならなんでも致しますので、お願いできませんか?」
すっごく面倒くさいことになってきたが、これは騎士ごっこに悪乗りした自分のせいでもある。しかし私は納屋も厩舎もないごく普通のマンション暮らし。1LDKなので彼にはリビングで寝起きしてもらえばいいが、恩人とはいえ見ず知らずの男を自宅に引き入れるのは、やはり怖い。
それに本気で『異世界から来ました』なんて言っているのなら、かなり危ない人だ。
やはり断ろうと思って口を開いたものの、でも待てよと再び口を閉じた。
レニアスは頭のおかしい人かもしれないが、ここまでの間、私に危害を加えようとしたことは一切ない。しかもかなり腕が立つ。
仮に家に入れたことで、その……ヤられてしまったとしても、加賀見たちに捕まった後のことを考えれば、そっちの方がマシかも?
――禿げて脂ぎったオヤジより、緑の瞳のイケメンだよね?
それにレニアスがいる間は、加賀見の手の者から守ってもらえるし、その間に私も身の振り方を考えることができる。
……大博打ではあるものの、案外と良い策かもしれない。
私は緊張で乾いた唇を舐める。そしてゆっくりと口を開いた。
「レニアスさん、それはお困りでしょうね。狭い自宅ではございますが是非、と言いたいところなのですが……今日襲われていたのは、たまたまではございません。私は先程の男たちに狙われていまして、今日みたいな厄介事がいつまた起こるとも限りません。それでもいいのですか?」
後々揉めないように、はっきりと言っておく。
「それなら尚更、私がお守り致しましょう。きっとここで巡り逢ったのも神のご意思。騎士の名にかけてレディをお守り致します」
「いいのですか? あの者たちは、しつこいですよ?」
「こちらこそ、本当によろしいので?」
「はい。申し遅れましたが、私、久藤優奈と申します。どうぞよろしくお願いします」
にっこり笑って手を差し出す。てっきり握手を交わすと思っていたレニアスは、その場に跪き、手の甲に恭しくキスを落とすのだった。
うん、ここまで徹底してると拍手したくなるわ。
◆◆◆
「レニもかなりこっちの世界に馴染んだみたいね」
「ユーナさんのおかげです」
そう答えながらも苦笑いを浮かべる彼は、きっと私と一緒に暮らし始めた当初の頃を思い出しているのだろう。
確かにはじめのひと月は大変だった。何もわからないレニアスに全てを教えたのだ。
今でこそ笑える良い思い出だが、その頃はお互いが必死だった。
出会った当日から始まった慣れない二人暮らし。そのうち加賀見の手の者が家に来るようになった。警察に届けようかとも考えたが、トカゲの尻尾を切っても本体は傷つかない上に、加賀見をますます怒らせる結果が見えていたのでやめた。
私に逃げられたことで、余計に面子が潰れたのだろう。加賀見の手の者は執拗に私を追いかけ回す。それをレニアスが追い返してくれるものの、そのことが火に油を注いでいるのは明白だった。
結局、私はバイトを辞め、二度引越しをした。
それでも尚、しつこく追いかけ回す奴らに、ストレスが爆発しそうだ。
無関係のレニアスにも、何度かひどい八つ当たりをしたことがある。それでも彼が怒ることはなかった。優しく受け止めて、私の気がすむまで広い胸で泣かせてくれたことも、一度や二度ではない。
そんな風に、お互い依存し合った関係だったが、不思議と男女の仲になることはなかった。
私としては、優しく頼りになるレニアスに惹かれていた部分もあった。だが、こればかりは一人でどうこうできることでもないし、その思いをそっと胸の奥にしまった。
そしてレニアスと暮らすうちに、彼の言う『異世界トリップ』説が本当のような気がしてきた。
というのも、彼は家にある電化製品の数々に、まるで初めて見たかのように目を丸くしていたからだ。
バスや電車の乗り方、お風呂の入り方にトイレの使い方。そんなことにもいちいち驚き戸惑う姿は、これが演技なのだとしたら歴史に名を残す名優になれるだろうと思わせた。
それに、いくら演技でもあれはないわ……と、まだ一緒に暮らし始めて間もない頃に思いを馳せる。
◆◆◆
そう、あれは一緒に暮らし始めてまだ三日目のこと。『騎士』設定のまま一向にぶれないレニアスだったが、私のほうは貴族でもレディでもないただの一般市民であると、早々にカミングアウトしていた。
正直、レディぶるのも面倒くさい。
それに自宅ではすっぴん、ひっつめ髪のジャージ派だ。いつまで続くかわからない生活の中で、気取ってなどいられない。
私の説明を聞いたレニアスは驚いていたものの、すんなりと受け入れた。ただ、女性に対してもともと紳士なのだろう、さほど扱いは変わらなかった。
「どうして私をレディ――貴族の令嬢だと思ったの?」
そう尋ねた私に向かって、レニアスは答えにくそうにしていた。それでも問い詰めると、小さな声で呟いたのだ。
「その……とても豪華な下着を着ていたので」
「下着?」
「ええ。男たちに襲われていた、あのときです」
見るつもりはなかったのですが、つい……と言い訳のように付け足すレニアス。
「え? あれは、ただの洋服だけど……」
「は?」
「だから、あのとき私が着ていたのはキャミソールドレスで、下着じゃないってば」
「あのような薄くてペラペラの布切れが、ドレスだと?」
剣呑な表情になるレニアス。口調もいつもの丁寧なものとは違っていたが、自分では気付いていないらしい。
無言でこくこくと頷いた私を見て、レニアスは深いため息とともに首を横に振る。
「信じられない。どうなっているんだ。この国の女性は……」
そう言って眦を吊り上げたレニアスから、なぜか私がこの国の女性を代表して『慎みについて』という謎の説教を一時間近く受けるはめになってしまったのだ。
まあ、レニアスのいたアルディア王国は近世ヨーロッパのような世界らしいので、露出度の高い服を着ている女性なんていないんでしょうけど? 一応『お店』用でそこそこの値段がしたドレスを下着呼ばわりされるなんて……と的外れなショックを受けた。
そんな風に、私たちは少しずつ警戒心や誤解を解いていった。
互いへの信頼が高まるのと比例するように、部屋の中にレニアスのものが増えていく。
歯ブラシや下着は出会った当日にコンビニで買ったものの、他にも服に食器に寝具、と様々な日用品が必要になってくる。
レニアスの言う『異世界トリップ』とやらがいつ再び起こるかわからない。そのため一週間はあるもので我慢してもらっていたが、ずっとそれでは可哀想だ。
下心――変な意味合いではないが、守ってもらおうという不純な動機で家に招き入れた以上、責任を持って世話をしなければならないだろう。
そんな理由から、二人でレニアスのための買い物に行ったときのことだ。
布団を買って、家に配送の手続きをする。さて次は洋服でも見に行くかと、横に立つレニアスを見上げたら、なぜか表情が暗い。
「レニ、どうしたの?」
私の問いかけに、力なく肩を落として下を向く。そんな姿は少し子供っぽく見える。
だが黙っていても、何も状況が変わらないことに気付いたのだろう。彼はブスッとした表情で口を開いた。
「ユーナさんにばかり負担をかけて、申し訳ない。私が支払えたらいいのですが……」
さすがは騎士といったところか。どうやら女性にお金を支払わせることが嫌らしい。
「いいの、いいの。ここはお姉さんに任せときなさい」
そう言って笑ってみせる。
実はレニアスは、私よりも年下の未成年だったのだ。家で詳しい自己紹介をし合ったとき、年齢を知って互いに絶句したのを覚えている。
レニアスは現在十七歳で、私よりも三つ下。たった三つだが、未成年と成人の差はデカい。これが、私がレニアスへの気持ちをそっと胸にしまった理由でもある。
「ですが、家も衣服も食事も……全て世話になっているというのに、何も返せていない」
そうは言っても、彼は仕事に就くこともできないのだし仕方ない。
それに命の恩人であり、今もたまに現れる男たちを返り討ちにしてくれる、ありがたい存在なのだ。
「やだなあ、レニはちゃんと働いてくれてるじゃない。大学の送り迎えだけじゃなく、こんな買い物にも付き合ってくれるし、ホント安心して外を歩けるのもレニのおかげなんだよ? お給料を払わないといけないくらい助かってるのに、現物支給でごめんね?」
「アルディアの通貨なら少し持ち合わせがあるのですが、さすがに使えませんよね?」
そう言ってレニは革の巾着から、五百円玉くらいの大きさのコインを数枚取り出し渡してくる。両面に何やら刻印が押されたコインは、日本の硬貨に比べると少し歪で、全て同じ形状ではなかった。
「ん? これ……?」
見慣れない異国のお金。それだけなら、なんら不思議ではない。私の知らないコインも世界にはたくさんあるのだから。でも金色に輝く硬貨は、どう見ても金貨だった。
――金の価値が高騰しているのに、通常の貨幣として金貨を使う国があるの?
記念コインなら理解できる。日本でも過去に何度かあったはずだ。
だが日常的に使うお金が金? 金は価格変動があって使いにくいと思うのだが……。それにこの金貨、微妙に全部大きさが違う。まさか手作り?
眉を顰めながら、歪なコインをマジマジと見る。そんな私に、レニアスが苦笑気味に言う。
「ただの金貨ですよ? 他に銀貨や銅貨もありますが、私はあまり使わないので持ち歩いていません」
本当に金貨なら――私たちの世界で『金』と認定される金属なら、この大きさでもかなりの金額だと思うのだが……
それを持ち歩いていたって、レニアスはお金持ちなのだろうか? というか、それ以前にただのコスプレのためにここまでやる?
……異世界から来たというのは、本当なのだろうか?
まさかありえないと思いながらも、これが本物ならレニアスの言っていることを信じてもいいかもしれない、と思い始めたのはこの頃だった。
手にした歪な、だが輝きを放つコインを見つめて考える。
金なら換金できないこともないが、別にお金を払ってほしいとは思っていない。お金には細かい私だけれど、命の恩人にまで集るほど腐ってはいない。
だがチラリとレニアスを見ると、力なく微笑んでいる姿が目に入り、彼が換金したいというならやってみるかと考え直した。ここはレニアスの意思を尊重しよう。
「私たちの世界と同じ素材なら、貴金属をお金に換えてくれるお店があるから、行ってみる?」
「そんなお店が!? 是非、お願いします!」
「んー、純金ですね。重さは三十二グラムと。あ、でも一つずつ微妙に重さが違いますね。少しお待ちくださいね。計量しますので……っと、全部で三百二十八グラムですね。今なら一グラム四千五百六十八円ですので、この金額になりますが、どうされますか?」
貴金属買取店で、ニコニコと愛想笑いを浮かべるおじさん。その手に握られた電卓が示す数字は――
「え、百五十万……?」
「ええ。正確には百四十九万八千三百四円ですね。いかがなさいます?」
「店主、お願いする」
私の横に座っていたレニアスが即答する。
「はい、ありがとうございます。ただいま用意いたしますので、少しお待ちください」
おじさんはレニアスの金貨を持って裏へと消えていく。
「レニ! ちょっ! そんな簡単に換金していいの? だって、百五十万だよ? 百五十万! もし明日アルディアに帰れたとしたら、日本の紙幣なんて銅貨一枚の価値にもならないよ?」
信用で成り立っている私たちのお金は、紙でできているのだ。
「百五十万というのが、こちらの世界でどの程度の金額なのかわかりませんが……あれは普段持ち歩いていたお金の半分以下ですので、大した額ではありません」
だから構いませんよと笑うレニアス。
いやいや私はそんな笑顔で丸め込まれませんよ? それは私の仕事中の常套手段ですからね。
……それにしても、普段から三百万以上持ち歩いているって、どこのお貴族様だ! フン、と鼻で笑いたくなるのをこらえながら、レニアスの金銭感覚に少し戸惑う。
「でも、これでユーナさんにばかりお金を使わせることもなくなりますね。良かったです。まあ、いつまでこのお金が持つかわかりませんが……」
「心配しなくても、こんな大金すぐにはなくならないわよ」
再び落ち込んだ様子のレニアスに、『それまでには帰れるわよ』と言外に匂わせた。本人が納得しているならまあいいかと、札束を手に戻ってきた店主を見遣る。帯のついた束が一つと、バラで五十枚程度。バラの方を目の前で機械に通すと、バラバラバラと大きな音を立てて枚数がカウントされる。
店主が帯のついた札束を手に取り、「こちらも確認なさいますか?」と聞いてきたので断った。外国の店ならいざしらず、日本においてお釣りなどをちょろまかされる心配はしなくていい。
店名の印刷された紙袋に紙幣と小銭を入れてもらい、それを受け取る。店主が満面の笑みで「またどうぞ」とかけてくる声を無視して、二人で店を後にしたのだった。
お金を私に渡せたことが余程嬉しかったのか、レニアスの機嫌は良くなった。これまでのどこか物寂しげな表情から一転、微笑を浮かべている。
長い手足に整った顔立ち、上品な仕草。まるで二次元から抜け出たように完璧なレニアスは、それまでも街で注目を浴びていた。だが、レニアスがその顔に微笑を浮かべてからというもの、注目度がこれまでの比ではなくなる。それと同時に、私に向けられる『あれが彼女? 嘘でしょ?』と言わんばかりの視線も倍増した。
というのも昼間あまり着飾らない私は、デニムにシャツにスニーカー。大学に通う姿と変わりない。夜に着飾れば男たちを魅惑する蝶にも変身するが、基本はこっち。顔だって化粧映えする顔立ちなだけで、すっぴんは普通な上に幼く見られがちだ。
下手に着飾っているときに加賀見の手下に見つかり、以前のように走るに走れない状況となっては困る。レニアスのおかげで安心感はあるが、まだ危機は脱していないのだから。
服屋でレニアスのことをべた褒めする女性の店員さんに付きまとわれながら、黒白赤を基調にした数枚の洋服と部屋着、パジャマ代わりのスウェットなどを購入する。
お揃いのマグカップを購入したときに、「新婚さんみたいだねー」と私が笑うと、レニアスは真っ赤になってカートを押していた。見た目に反して初心のようだ。
◆◆◆
そんなこともありつつ、二人の生活にもだいぶ慣れた。
レニアスは相変わらず帰る方法を探しているものの、見つからないまま月日だけが流れた。レニアスと暮らすようになって、すでに一年以上が経過している。
「ああ、焦げちゃった……」
「焦げましたね……」
魚を焼いている間、たまたま手に取った雑誌を夢中で読みふけった結果、本日の晩ごはんがなくなってしまった。いや、あるのだが、もはや魚ではなく消し炭に近いので、さすがに食べたくない。
「レニ、もう買い置きの食材がないから、今日はピザでもいい?」
冷蔵庫に首を突っ込みながらそう言うと、すぐに返事が返ってくる。
「構いません。では私がここを片付けますので、ユーナさんは電話してください」
その言葉に甘え、普段から贔屓にしているピザ屋に電話をかける。
「二十分くらいだって」
ゴシゴシと網を擦っているレニアスの横で呟けば、「今日は混んでいないんですね」と言われた。すっかりこちらに馴染んだレニアスに笑いがこぼれる。
今ではそんなことまで言えるほど地球人らしいレニアスだが、いつかいなくなるのだろうか? と、心に不安が芽生える。
――父も母も妹も、私を置いて逝ってしまった。
彼もいなくなってしまうのだろうか? 私は、また独りぼっちに戻る? 想像したくないが、そのうち来るかもしれない未来。
いや、レニアスのことを考えるなら、来なければならない未来だ。
私の中で不安だけが大きくなる。最近では、朝起きてリビングのドアを開けるまでがひどく息苦しい。
レニアスが現れたときと同じように、夜の間に突然いなくなっているのではないかと。
「おはようございます、ユーナさん」
そう挨拶されるたびに、安堵の息を漏らすようになったのは、いつからだろう?
そんなことを考えていると、玄関のチャイムが鳴る。ピザが来たようだ。
魚の焼き網を洗い終え、汚れたキッチンの掃除をしているレニアスを見て、「私が出るね」とお財布を持ってドアを開けた。
「探したでー? ユウナちゃん」
この辺りでは聞き慣れないイントネーション。嫌な予感がして咄嗟にドアを閉めようとしたものの、先の尖った白い革靴が邪魔をした。
「痛いなー。そんな力いっぱいドア閉じたら、足の骨、折れてまうやんか?」
その言葉と同時に無理やりドアをこじ開けられる。金ネックレスをした藁色の髪の男が、ドアに手をかけたままニヤニヤと笑っていた。
「……どちら様、ですか?」
「そんなん、わかってんのに聞くんか? あ?」
バカにしたような笑いを浮かべた男は、間違いなく加賀見の手下だろう。最近来なかったから油断した。もう諦めたんだと勝手に思い込んでしまった。
「島津の兄貴がな、ユウナちゃんのせいで会長にシメられたんよ? 知ってるか? もう、兄貴エラい怒ってはってなあ。今は会長よりも兄貴が必死で捜してるんやで」
島津……あの蝋人形のように無表情な男だ。
外面が剥がれたら、爬虫類みたいに粘着質な人間だったのか。逆恨みも甚だしいが、きっと何を言ったところで無駄だろう。
「ようさん引越ししたみたいやなー。最近は学校もあんまり来うへんから探すの大変やったわ」
男の話に眉を顰める。やっぱり大学が原因だったか。学校の近くで張っていれば、自宅まで後を付けて簡単に新居を割り出せる。
最近来なかった理由は簡単。単位をほぼ取り終わった私は、大学に行く頻度が格段に少なくなったため、見つけられなかったのだろう。
「ところでさ、中入れてくれへん? 玄関先で話されても近所迷惑やろ? あ、まだあの兄ちゃんと一緒におるんか?」
玄関に並ぶ男物の靴を見たあと、中を覗き込もうとする男の胸を強く押す。
「やめてください、警察呼びますよ!」
「えー、それは困るなあ。でも、そっちも色々調べられたら困るんちゃうか? あの兄ちゃん、どこの誰なん? なんぼ調べても出てこーへんのよ。きれいな顔して密入国者かあ?」
的確な脅しに言葉を失う。確かに今、警察に嗅ぎ回られると少々厄介かもしれない。押入れには刃渡り八十センチはある剣が眠っている。当然、無許可だ。それにレニアス自身パスポートもないし、戸籍もない。
つまり色々とヤバイのである。
「やっぱり図星? ユウナちゃん、顔色変わりすぎ」
にゃははとふざけた笑いをする男を睨みつけながら、無表情で「お引き取りください」と告げる。だが、当然帰る素振りすら見せない。
「兄貴が探してるんは、どちらかっちゅーとあの兄ちゃんやな。ユウナちゃんは捕まえたら会長に無傷でお届けせなあかんしなあ。会長もご執心なことやわ」
目を細めながら、下卑た笑いをこっちに向ける男。視線が舐めるように私の身体を這う。
「何をしている?」
男のいやらしい笑いを遮ったのは、レニアスの低い低い声だった。
肩を掴まれたと思ったら、次の瞬間、私の視界はレニアスの背中によって塞がれていた。どうやらドアから引き離して背に庇ってくれたようだ。私より頭一つは優に高い後ろ姿を見つめる。
「お、兄ちゃん元気してたか? 俺は兄ちゃんに恨みはないんやけどな。すまんな、上の命令や。ちょお付きおうてくれるか?」
「断る、とっとと失せろ」
「なんや、エラい気い短いんやな。いつもにこにこ笑うてたから、もっと優しいんか思うてたわ。笑うんはユウナちゃんの前だけってかあ?」
……この言葉から、どうやらこの数日間、ずっと見張られていたらしいことがわかる。
「聞こえなかったようだな、失せろと言ったんだ」
温度差のある二人の会話を聞きながら、どうしようかと考える。だが、警察を呼べない以上、この男にお引き取り願うまで何もできそうにない。
「島津の兄貴も、もうすぐ来はる。俺はそれまでの時間稼ぎや。別に捕まえろとも痛めつけろとも言われてへん。ただアンタらを、ここから逃がさんかったらいいだけや。それとも兄ちゃん、アンタなんにもしてこうへん相手を、ぶっ飛ばして行くんか?」
この男、よく調べている。レニアスは『騎士』というだけあって、悪人には容赦しないものの、直接手を出してこない者にむやみに暴力を振るうことはない。そこを上手く突かれた形だ。このまま睨み合っているうちに、じきに島津たちが来てしまう。レニアスが簡単にやられるわけもないが、さすがに家の前で乱闘騒ぎになれば、近所の住民が警察に通報してしまうだろう。
そうなると、先程この男が言った通りこちらにも都合が悪い。
かと言って大人しく捕まるわけにもいかない。
レニアスには悪いが、ここは信念を曲げてでも、この男をぶっ飛ばしてもらおう。
「レニ、このままじゃ――」
「ユーナさん、押入れから取ってきてもらえませんか? 来たようです」
『何を』とは聞かずともわかる。耳を澄ますと、複数の荒々しい足音が聞こえた。
「島津?」
「おそらく。ユーナさん、早く」
慌てて部屋の中に取って返し、押入れの一番奥にしまわれた白銀色に輝く剣を取り出す。使わないとはいえ、レニアスが時折出しては手入れをしているのを何度も見た。
彼は軽々と扱っていたが、両手で持っても私には重い。
――これを抜くことになるのだろうか?
一抹の不安はあるものの、相手も今回は武器を持ってきている可能性がある。何しろ、レニアスには前回瞬殺されたのだから警戒しているだろう。
それが飛び道具でないことを願うばかりだ。
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