Soldaten! (ゾルダーテン!)

柴崎きりを

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第三章 晴天のち暗転

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――航行二日目。

 少年少女たちの船上生活は、日の出からスタートする。
 起床の合図が鳴ると、全員体操服に着替えデッキへ集合する。各船室ごとに点呼を取ると、一日の始まりとしてラジオ体操を開始する。
 体操が終わるとスタッフから朝食までの各班への仕事の分担と、各種連絡事項を言い渡され、そこでひとまず解散、仕事に移る事となる。
 船内での仕事は主に船内清掃、整備補助、食事の準備となるが、美優と梓、そして隼は朝食班担当になっていた。

 160人以上の食事を用意するので、基本的にはバイキング形式となる。
多くのおかずはレトルトパックになっていて、湯煎するだけで完成の物が多いのだが、炊飯やみそ汁、サラダ用の野菜カットや冷凍パンの焼き出しなどは全て自分たちで行う事になっているので、その作業だけでも莫迦にならない。

  なにせ160人以上の分を一気に作るのだから、その作業量はかなりの重労働だ。 ましてやこの日初めて包丁を握ったものも珍しくないので、緊張感が調理場に漂っている。恐る恐るトマトやキュウリを切っている姿はどこか危なっかしい。
 だが少年少女たちにこういった経験をさせるのがこの船の元々の目的の一つ、普段の学生生活の中ではなかなかできない作業などを社会訓練の一環として行うのである。

  美優と梓はサラダ用の野菜切り出しを受け持つことになっていた。元々家でも食事の手伝いをすることの多い二人なので、包丁を握る事にさほど抵抗も無くテキパキとレタスやトマトを刻んでいった。
 作業の最中、ふと同じ朝食班の担当の筈だった隼の姿が見えないことに美優が気付く。
 ガス場、洗い場、焼き場のどこに目をやっても隼の姿がない。
 ちょうど美優と梓の二人のそばを隼と同じ船室の少年が通りかかったので、美優は彼に声をかけてみた。

「あの、すみません。赤羽隼君って、同じ班ですよね?彼いま居ないみたいだけどなにかあったんですか?」
美優に声をかけられた少年は一瞬キョトンとした顔を見せたが、赤羽という名前ですぐに「ああ」と思い出したように話し出した。

 「赤羽君ね。彼まだ昨日からの船酔いが続いていて、とても仕事できるような状態じゃなかったからそのまま部屋で休んでいるよ。夕べは一晩中ベッドとトイレの往復してたからね、ボロ雑巾の様になってるよ」
 そう苦笑いを浮かべながら、寸胴鍋ずんどうなべを抱えて少年はガス場の方へ向かっていった。
「やっぱり昨日今日じゃ良くはならないかぁ」
「うーん、赤羽君、これだとゴールデンウィークは家で大人しくしてた方が良かったかもねぇ」
 まるで死体の様にベッドで横たわってる隼を想像しながら、噴き出すのを堪えつつ包丁を打つ二人。
彼をこの船に誘ったのは二人(と三上)である故、多少の罪悪感を覚えてしまう。

「ほらっ、そこ二人!ぐずぐずお喋りしてると朝食の時間まで間に合わなくなるぞ!」
厨房担当の男性スタッフに鋭い声で注意され、二人は慌てて自分の仕事に集中しなおす。

と、そこへ。

『……緊急放送、緊急放送。船内後部にて異常事態発生。乗員はスタッフの指示に従い、落ち着いて速やかに前方デッキに集合してください。繰り返します。船内後部にて異常事態発生、乗員は……』
突然の放送に調理場の全員がざわつき出す。厨房監督のスタッフも困惑しながらも直ぐに大声で作業する者全員に聞こえるような大きい声で指示を出す。

「今放送で聞いた通り、何かトラブルがあったようだ!全員一旦手を止めて、速やかに外のデッキに整列、待機していなさい! 監督スタッフは一通り火の元の安全確認をした後、続いてデッキへ集合するように!」

――●●●――

 ざわざわと不安気な表情で少年少女たちが一斉にデッキに集まり出し、整列していく。
 誘導指示を出す運営スタッフたちもやはり同じように不安な様子を隠しきれない。
 スタッフたちも今船で何が起きているのか把握出来てなく、情報の共有が出来ていないようである。
 操舵室の航海士と機関室の整備士を除いた殆どの人間が、デッキに集まっている。

 そこへスタッフリーダーの佐々岡が悠然とした足取りでデッキ最前列の方へと歩みを進めていく。
ズラッと一部の乱れなく整列して待機している少年少女たちを眺めて、一人満足気にウンウンと頷いている。
「ふむ。なかなかに行動が手際良いですね。大いに結構」
デッキに集まる乗員全員を見回して、独り言ちる佐々岡。その様子に少年少女、運営スタッフ達は気にする余裕も無いまま、整列指示や連絡など大声で取り合っている。

 そこへ航海士の制服に身を包んだ中年の男が佐々岡の元へ駆けて来た。
「……おい、おいっ!佐々岡君っ!一体どういう事なんだっ!」
航海士は佐々岡の前に駆けてくると、荒い息を整える間も無く、佐々岡に一気に詰め寄る。
「たまたま操舵室から席を外しているとあの緊急放送、何事かと急いで戻ると操舵室の扉が封鎖されて何の応答も無い、機関室に連絡しても異常はないの一点張り、そもそも船後部のの異常なんて、目視でどこも確認できなかったぞ!一体どうなってるんだ!?」

 航海士は船で明らかに何か異変が起こってるにもかかわらず、状況を把握できない事にいら立ちを隠すことが出来ない。そしてそのいら立ちをそのまま佐々岡にぶつけている。

 「ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいっ。そんなに一気にまくし立てられても」
航海士のものすごい剣幕に、両手を上げながら後ずさりする佐々岡。そして
「乗員は全員デッキに避難してますし、機関室も異常はないんでしょう?操舵室が封鎖されてるとは言ってますけど…」

そう言って上げていた右手を懐に入れると、黒光りする何かをとりだし、その一部をこつんと航海士の脂ぎったおでこに当てる。

拳銃だった。

「それは予定通りの事ですのでご心配なく」
 そう言って佐々岡の指がゆっくりと引き金を引く。

 ぱん、と風船の割れた様な乾いた銃声と共に、航海士の後頭部から赤黒い肉片と脳漿が弾け飛ぶと、航海士だった肉の人形はそのまま後ろへ倒れていった。
 びちゃ、という生々しい音を立てて床に崩れ、猛烈に流れ広がる赤い血と強い鉄錆のような血臭が辺りを包む。潮風の香りなどもうどこかに消えてしまった。
それでもデッキに居る少年少女たちは目の前で起きた出来事に全く理解が出来なかった。悲鳴すら出ない。脳が、感情が麻痺してる。

その代り拳銃を手に持った佐々岡が、ゆっくり口を開く。

「…さて。楽しい船旅にしましょうか、皆さん」

(第四章へ続く)
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