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第三章 晴天のち暗転

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 ――月曜日。
 朝日が昇ると共に、街は少しずつ重いまぶたを擦り開ける。世の中が最も元気で、最も憂鬱ゆううつな一日の始まり。

 夜の緞帳から明星がゆっくりとその姿を消しながら、空の主役を再び太陽に明け渡すと、世界は新たな産声を上げて今日という日が動き出す。
 
 虫達が土の中からもぞもぞと蠢き出し、鳥は姦しく囀り始め、夜露よつゆに濡れた草花は目一杯に朝日を受け止め、その溢れる生命力を全ての生き物に分け与える。
 
 やがて家々の換気扇から朝食や弁当作りの音と香りが流れてくると、いよいよ街が目覚めだす。
 玄関から通勤のサラリーマンや登校する学生が次々と吐き出され、外はにわかに活気が出てくる。
  
 そして世の中の歯車が一つ一つカチリと音を立て噛み合いながら、社会が大きいうねりを伴って動き出す。

 ――学生服に身を包んだ男女が一組、互いに微妙な距離を前後に空けながら、他の通学する生徒たちに混じって歩いてゆく。
 
 長いポニーテールを左右に揺らしながら颯爽と歩くのは美優、そしてその五メートルほど後ろから、黒縁の眼鏡をかけた、どこか野暮ったさの残る少年、赤羽隼あかばねしゅんが周りの街並みが物珍しいのか気を取られつつ、美優に遅れないように時折小走りになりながら後をついてくる。
 
 土曜日の夜に隼が栗林家に引っ越しの挨拶に来た時の話題の中で、二人が同い年で隼が美優と同じ高校に通うという事を知り、それだったら学校までの道案内を美優がすると云う事で、隼の登校初日は時間を合わせて家を出る約束をしていた。
 
 ……普段なら美優も男女関係なく友人と一緒に歩く時は、横に並びながら互いの近況やテレビの話題など他愛のないお喋りに興じているところなのだが、この日ばかりはちょっと事情が変わっていた。 
 
 前を歩く美優は、隼が後ろからついて来てるか気にはかけるが、どうにも隼の顔をまともに見る事が出来ない。チラッと横目で一瞬眺めるだけで、目を合わせる事が出来ない。

 まともに目を合わせて話そうものなら、昨夜の事が脳裏に浮かんでしまい、羞恥で顔が真っ赤になり言葉が出てこなくなる。それこそ顔から湯気が出るくらいに。

……二人の間に何があったのか。

 遡る事十数時間――。
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