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もう一度 1

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  その棺桶は六畳畳の部屋に置かれていた。早すぎる癌での死享年三十九歳。ひっそりと親族だけで行われている通夜。この一年は、色々な事件があり、多くの著名人の死もあった。だから、彼一人の死についても気に留める者はいないだろう。彼の父がひっそりと話す。
「健二は、長く精神的病と癌で苦しんだ。ある意味よかったのかもな。ただ、この孫が可愛そうでな。なんとかわしが長生きして育てることができればいいのだが…」

午前零時を回った頃、冷たい空気の流れを皆は感じた。それは色があり、何かの文字いや呪文のようにも見えた。その空気は、棺桶に纏わりつき、一つの文様を描き出した。背筋は凍り、皆その顔から血の気が引くのを覚えた。棺桶がゆっくりと振動し彼の生き返りを予想させるものを感じた。
 次の瞬間ゆっくりと棺の蓋が開き、皆これからおこることを予想し、自分の神々に祈る姿勢をとった。空気の模様は、さらに多くなり、さながら魔方陣のように描き出された。皆は、半目を開け棺桶を見つめた。そこには、死に装束に、真鍮色の長い髪、肌の色はとても白く博多人形のような美しい少女が半身をおこし、眠そうに伸びをしている。
 皆は、その少女を幽霊としか判断できず、腰を抜かしてもがいていた。
「た。た。助けてー誰か」
言葉にならない嗚咽だけが響いていた。少女は楽しげにその様子を見ていた。あたかも予想していたごとくに。真鍮色の髪を両手でふわっとかきあげて、その口から言葉が発せられた。その声は意外に太く力強かった。
「そんなに、怖がることはない。わたしは、幽霊や妖怪のたぐいではない。もっとも信じろと言うほうが無理だろうが、健二には、迷惑をかけたと思う。わたしが、飛び込んだことにより精神に負担をかけてしまった。そう彼が、精神的病だったのは、わたしのせいなのだよ」
皆は、冷や汗を流しながら、その少女の話す言葉を聞いていた。
 一人の小太りの男性が勇気を出してその少女に話かけた。
「言っている意味がわからない、あんたは何者だ!普通に考えて俺は幽霊など信じない、あんたが人間だと言うのなら警察を呼ぶ!」
 そう言うと小太りの男性は、真鍮色の髪の少女に歩み寄った。
「まて、今警察と言うのも困る。まだ、力が戻っていない。おまえに何か望みがあるなら協力する。ここは穏便にすませないか?」
 真鍮色の髪の少女は、ゆっくりと棺桶を出てきた身長は、百五十五センチといったところだろうか、死に装束はだらしなくたるみ、体が細いことを示している。少女は、ゆっくりと膝をおり、両手を畳につけ頭をさげた。
少女的には、そこまで頭を下げるのは、かなりプライド傷つけるものだったかもしれない。しかし、さらりとやってのけるのは、かなり謙遜なのかもしれない。小太りの男は立ち止まり。
「まあ。事情はまだ理解できないが、そこまで頭を下げることが出来るということは、おかしな人間ではないようだな。頭をあげろ!お前の話を聞かせてくれるか?こととしだいによっては力になってやる」
 皆は、このやりとりで、気分が落ち着いたのか平常心を取り戻していた。
 真鍮色の髪の少女は、きちんと正座をして一言言った。
「わたしは、異世界人だ」
 皆は、今までの緊張がほぐれたように一斉に笑った。深夜の通夜で笑っている家は、なんと不気味だったことだろう。
 小太りの男は、ゆっくりと真鍮色の髪の少女の頭に手を置き。
「あんたは、疲れている。もしくは病んでいる。今日は寝なさい、明日詳しく聞くことにしよう」
 真鍮色の髪の少女は、小刻みに震え耐えていた。(わたしの髪にふれるな)
 狭い3畳ほどの部屋に案内され、布団と着替え与えられた。少女は、文句も言わず支持されるとおりに動いていた。真鍮色の髪を枕に投げ出し、布団にその身をゆだね軽く目をつぶり、浅い眠りについた。
 次の日、後藤健二の告別式は順調に執り行われていた。ただ、棺桶の中には体が消えていることを除いては、幸い昨日の親戚だけの告別式であったので、各々理解できない状態ではあるが、健二が死んだことは事実である。もちろん医者の死亡証明書もある。皆、昨日の真鍮色の髪の少女のことを思い出しては、置き去りにして、なすべきことの力をそそいだ。
 式も火葬も終わり、皆自分の家へと帰っていった。後藤健二の家には、健二の父と母と小太り男とその手に引かれた少年が一人戻ってきた。
 そのころ真鍮色の髪の少女は、浅く眠る予定が深く眠りまだ布団の中にいた。
 その部屋の襖を開ける者がいた。小太りの男である。男は、不思議そうに部屋を覗き込んでいる。
(幽霊など信じない。しかし、この真鍮色の髪の少女は幽霊ではない。出現のしかたも人間の普通の考えではありえない。しかも、健二の体はなくなっていた)
 小太りの男が思考しながら覗いているのを感じたのか、真鍮色の髪の少女は、伸びをしながら体を起こした。そしてあたりまえのように。
「おはよう」と挨拶した。
 返事が返ってくるのを待っているかのように、茶色い瞳を輝かしていた。小太りの男は、少し身じろぎしながら。
「おはよう。お前は、何者?きちんと話してくれるか?」
 真鍮色の髪の少女は、その話かと残念そうに。
「異世界人と言ったではないか!」
 小太りの男は、ムっと怒り顔になり。
「名前は!」
真鍮色の髪の少女は特別な反応もせず淡々と名乗った。
「時乃澄香だ!たぶんあなたは、わたしの説明が聞きたいのだろう。この世的にはありえないことを目にしたのだからな!それは当然な反応だ」
真鍮色の髪の少女、時乃澄香は茶色の瞳を輝かせ楽しみを隠しながら話す。少女?少年のように、三畳の部屋から足を一歩踏み出しながら話だした。
「わたしは、健二の幼少の頃に彼の体に入れさせてもらったのだよ。そのため彼は、精神的に弱くなってしまった。そのことに関しては申し訳ないと思う。だが、そんな彼を虐めた人間にも問題があるのではないかと、わたしは思う。そうそう、あなたも虐めた一人だったな」
 小太りの男は目を吊り上げて怒りを露わにしていた。
「あなたの名前は、後藤健一。健二の兄」
小太りの男、健二の兄、健一は後ずさりした。背筋に寒気が走り、かつて無い恐怖に襲われた。健一は、超常現象やオカルトの類をもっとも嫌っていた。
「ありえない。ありえない。気持ちが悪い。出ていけ!出ていけ!」
 健一は、半狂乱で、時乃に詰め寄った。そして突き飛ばした。真鍮色の髪が宙を舞う。幾度となくキラキラ輝き、体は畳に叩きつけられた。
 時乃は、ゆっくり体を起こし。
「そう怒るな。落ちつけ。と言っても無理か。ではしかたがない」
 時乃は、わき腹に手を入れ、大きなグレートソードを取り出すと。
「これを見たまえ」
 グレートソードを畳に刺した。すると剣の刃に無数の目が現れた。その目を見たものは、過去の自分を見出し罪の意識が増す。そして、その精神は一時的に崩壊する。健一は頭を抱えその場に倒れた。時乃は、剣を脇腹に入れ、何事もなかったように、その場にちょこんと座った。真鍮色の髪がふわりと畳にこぼれた。
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