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彼女の兄は根っからの犯罪者

彼女の兄は根っからの犯罪者⑥

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 先程耳にした馬の蹄の音は、ハイネの愛馬の物だった様だ。
 馬にまたがった彼に不自然な体制で抱きかかえられているジルは、縛られたままで、彼の力だけにで自分の身体のバランスが保たれているのが落ち着かない。

「ハイネ様、よく場所が分かりましたわね」

「話は後だ。今は安全確保を優先しよう」

 彼は短剣でジルの胴や手に巻かれた縄を切ってくれる。
 身体が自由になり、開放感が凄い。

「有難うございますっ」

「ここは危険だ。取りあえず山道を抜けるぞ」

「え……、でもマルゴットが……」

「ジル様! 私は大丈夫です。ハイネ様と安全な場所へ行ってください!」

 傍まで来ていたマルゴットは目を潤ませてジルを見上げていた。

「近衛達も追いついて来ている。アイツ等に任せよう」

 ハイネの言う様に、何時の間にか近衛達がヨナスの周囲を取り囲んでいた。
 ヨナスが不機嫌全開な表情でこちらを見る。

「皇太子様でしたっけ?」

「お前ごときにわざわざ自己紹介すると思うな」

「高飛車だな……。まぁ、いいや。ハイネ殿下、俺と取引をしません?」

 ヨナスはワームを撫でながら、性質の悪い笑みをその顔に張り付けた。

「取引だと?」

(ヨナス……、どういう風の吹きまわしなの? 取引だなんて……)

「帝国は大陸の統一を考え、周辺諸国と小競り合いを繰り返す。戦争の切り札は多い方がいい。ですよね?」

「……」

 何故今その話しを持ち出すのだろうか?
 ジルはヨナスの思考が読めず、首を傾げる。

「貴方の為に、この異能の力を貸しますよ。そのかわり、貴方が今、腕に抱く女性を引き渡してもらえませんか?」

 ギクリとする。ハイネの野心を思い出したからだ。
 彼は出会った当初、ヨナスの言うように、大陸の統一について口にしていた。出来る限り帝国の戦力を増強したち考えているだろう。
 ヨナスの能力を目にし、意のままに使いたいと思わないはずがない。

「どうせ、ジル様を愛人くらいに留めておくおつもりですよね? だったら――」

「話にならない。お前とジルを天秤にかけると何故思う? 能力者はいくらでもいるが、ジルの代わりはいない」

 ヨナスの言葉に唇を噛みしめたジルだったが、ハイネの言葉で心が温かくなった。

(ちゃんと、一人に人間として、ハイネ様に大事に思ってもらえてたのね)

 彼は、近衛に「その男を捕らえろ」と命じ、馬を走らせる。
 ジルは腕に添えられた彼の手を握る。

「ハイネ様に、ヨナス以上の価値を提供できるよう、頑張りますわ」

「別に……、アンタは傍にいてくれるだけでいい」

 ボソリと告げられた言葉は、ちゃんとジルの耳に届いた。

(嬉しい。私ももっとハイネ様と一緒に居たい……)



「……消えたぞ!」

「一体どこに行ったんだ!?」



 後方で近衛達の騒ぎが聞こえ、振り返える。巨大なワームの姿が見えない。ヨナスの姿も――。

「逃げられたのかもしれませんわ」

「はぁ……、異能力者は厄介な存在だな」

「ハイネ様、警備を厚くして下さいね。何か仕掛けてくるかもしれませんから」

「そうだな。考えておく」

 野ばらの会は、戦争には関係しないという事をマルゴットから聞いた事がある。
 だけど、ヨナスはハイネに戦争への加担を持ち掛けた。あの男にはタブーが無いのだろうか?
 心配になり、ハイネの上着の裾をギュッと握りしめる。

「アンタさ、あれだけ俺と一緒に馬に乗りたくなさそうだったのに、今は平気なんだな」

 笑い混じりの問いかけに、ジルは自分の今の状況を急に意識し始めた。
 ハイネに横抱きにされているのだ。

「もしかして、昨日抱っこしてやったから慣れたとか?」

「ち、違いますわ!」

 昨日に比べ、妙に余裕が有る様に見えるハイネが憎たらしい。

(慣れたのはハイネ様の方なのでは!? うーん……悔しいわ。置いて行かれた気分!)

 ジルは意趣返しに、彼の首に思いっきり抱きつく。

「……っ!? アンタなぁ!!」

「フフフ……。恥ずかしいでしょう!? ギブしてもいいですわよ!」

「……ギブなんかしない」

 馬が止められ、ジルの身体は両腕で抱きしめられる。

「えぇ!?」

 ここで狼狽えるのが、ハイネだったはずだ。なのに、何故か持ちこたえた。
 嫌がらせのつもりだったのに、このままが良いらしい。
 危機感を募らせたジルは、ササっと彼の首から腕を外す。

「最近頭を強く打ったんじゃありませんこと?」

「打つわけないだろ」

「どこに向かっているか分かりませんが、馬を走らせてください」

「好きって言えばいい?」

 ハイネはいつも、ジルの言いたい事を酌む人なのに、急に言葉が通じ辛くなった。ジワジワ追い詰められていくような感覚だ。

「そ、……それは……」

「アンタ言ってただろ? 言葉が欲しい、じゃないと恋人同士の行為は受け入れないって」

 昨日ハイネに突きつけた言葉を持ち出される。彼なりに色々考えてくれたのは嬉しい。だけど、聞く準備が出来ていない。こういうのは、テーブル等を挟んで、畏まって言い合うものではないのだろうか?

「この話は、また今度にしません?」

「好きだ」

 延期の訴えは、聞き届けられなかった。
 彼が口にした言葉に頭が真っ白になり、呆けた表情で、少し上にある彼の顔を見つめる。

「好き」

(ひぃ!?)

 思い返すと、ジルは誰かにストレートに告白された事がない。それだけに、ハイネの言葉は大変な威力をもっていて、ジルの柔らかい心臓を撃ち抜く。
 何度も、何度も。
 聞き続けるのが辛くなり、「好き」のバーゲンセール中のハイネの口を、モギュッと手で塞ぐ。

「もう通じましたわ!! 因みに私も好きですけどね! 貴方の事! 一度しか言いません!」

(あぁぁぁ~~!! 言ってしまったわ! もっと情緒ある言い方を考えたかったのに!!)

 自分の言葉に内心動揺しながら、挑む様にハイネの灰色の瞳を見つめる。
 熱のこもるその目は、細められ、塞ぐジルの手をベリッと剥がした。

「これで、結婚を前提にした付き合いが出来るって事だよな?」

「結婚を前提にするのかどうかは……、何とも言えませんが。その他は……、まぁ、ゴニョゴニョ……」

「一応確認だけど、恋人同士の行為って、キスしたり、食い物を食べさせあったり」

「うーん、そうでしたっけ……?」

 座った目でジルを見つめるハイネが怖い。

「お互いの私室で過ごしたり、一緒にベッドで寝たり、風呂に入ったり……、うぐっ!?」

 早口で捲し立てられる、その内容に耐えられなくなり、手が出ていた。
 思いっきり、頬を摘まむ。

「は、破廉恥です!! 紳士の風上にもおけませんわ! 世間の人達はもっと、ソフトな付き合いをしているのです! ええと、そうですね……手を繋ぐくらいまでかと!」

「嘘をつくな! バシリーはこのくらいの行為は普通だって言ってたぞ!」

 力尽くでジルの手を頬から離したハイネは、ニタリと残忍な笑顔を浮かべた。

「なっ!? ハイネ様は騙されていますわ!」

「アンタに騙されようとしてるんだろうな!」

「私よりも、バシリーさんを信じるのですの!? もうバシリーさんと付き合ったらいいのですわ!」

「何言ってんだ!?」

 不毛な言い争いは、近衛達が追い付くまで続いたとか……。
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