海の底のマリア

奥猫かえる

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蕩『』

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 ふざけたように「ズッ友だぞ☆」なんて言われたかと思ったら唐突に電話を切られた。何も話せてない!とすぐにもう一度かけ直したのに今度は繋がらなかった。
 電源を切ったのだろう。

 ふわりと冷たさがマフラーの隙間から首筋を撫でる。そこからつんとした痛みが広がった。
「……さむいなぁ……」
 スマホを睨みながら湿気でくるくるになってしまった髪を根元から掻きむしる。僕の親友はこういうとこがあるから困るのだ。ここまでされたら今日は会えないかもなと考えながら学校へと歩く。
 昨日、僅かに開けていた扉の隙間からきらりと光ったあの眼は確かに親友の……瑞穂のものだった。思い出してじわりと下腹部が熱を持つ。
 好きなんだよなぁ、あの眼。優しさの滲む彼の三白眼に見つれられるのは背筋にクるものがある。
 自然と唇が弧を描くのが分かるが、止められない。
 ……っていや、感慨に耽っている場合ではない。そもそもこのまま距離を置かれてしまったら見てもらうことはできても話せなくなってしまう。
 誤解を解かなきゃいけない。どうしたものか、と考え込んでいるとぬっと背後に気配を感じて勢いよく振り返る。そこには冷たい風にも負けずツインテールにして首元を晒す小さな同級生の姿があった。何故か万歳の形で固まっている。大方驚かそうとしたんだろうと突っ込まないことにした。
「……おはよう、かえで」
 かえでは伸ばしていた両手を背中に素早く隠すとなんとも気まずそうにおはようと笑った。僕の隣をちらりと見て、
「あれ、今日はいないんだね、あいつ」
「あいつ言うな」
 僕と瑞穂はいつも一緒に登校してるから珍しく思ったんだろう。かえでが丸い目を更に丸くして驚いている。
「たぶん、今日は休むんじゃないかな……」
「えっ聞いてないの?」
 まぁ……と歯切れ悪く応えるとかえでは今日霰が降るかもなんて身震いした。なんかあった?なんて聞かれても答えれることはなにもないから僕は肩をすくめる。「あんた達も喧嘩するのねぇ……」なんて言いたいのが伝わってきて溜め息が出そうになった。
 まあ確かにここ数年は喧嘩したこと無かったんだよなぁ……と少し落ち込む。自分の迂闊さが憎い。

 さっきよりも冷たい冷気が僅かな服の隙間を縫って襲う。マフラーと手袋をしていてもこの冷気に触れれば寒い。と、かえでが大きく身震いした。
「かえで、なんで防寒着着てないの?」
 マフラーも手袋もしていない彼女はまずコートすら着ていない。僕ですらマフラーと手袋をしているのに。
「いきなり冷え込むのが悪いの、テレビ見てないからこういうのほんと困る」
 寒さに特別強いからというわけではなかったらしい。いよいよ外気に晒されている首や手が痛々しく見えてくる。
「時期的なもんなんだから明日からちゃんとしてきなよ」
 しゅるりとマフラーを引き抜き身もせずにかえでに差し出した。かえでは驚いてすぐには受け取らなかった。
 いいよ、使いなと半ば押し付けるように渡すと小さな声でありがとうと聞こえ満足する。ちらりと横を確認するといそいそとマフラーを首に巻いているとこだった。
「こういう日に限ってお団子頭なのおもしろいね」
「うるさいな」
 なんて他愛ない会話をしていると自然と学校に着いていた。玄関で靴を変えると横からいきなりん、とマフラーが僕の胸に押し付けられた。
「かえで、何照れてるの……」
「こういうのはじめてなんですー!」
 べっと舌を出すと彼女は踵を返した。そのまま走り去るかと思ったがちらりとこちらを振り返りありがとうと来た。僕がなにか言う前に彼女は走っていってしまった。気づいてないフリをしているがかえでは僕にらしい。何がいいのか分からない。
 教室に入ると既に数人いた。僕は挨拶もせず自分の席にどかりと座る。いつも瑞穂といるからだろう、ちらちらと横目で不思議そうに視線を送られるが話しかけてくるやつもいない。スマホに目を落とした。大きく写された時刻を見つめ息を吐く。
「電源切ってるだろうし無理かあ……」
 家に行けばよかったかな、なんてちくりと後悔しながら僕は机に突っ伏した。
 案の定、瑞穂は休んだ。あの後学校に連絡したらしい。マメだなあなんて少し笑ってしまう。

ほんとうに。そういうところがすき。

 言わないけれど。瑞穂の優しいところが。不器用なところが。少し顔が怖いところも。笑うと剥き出しになる八重歯も。僕には瑞穂だけなんだ。
 愛が重いとは自分でも分かっている。だから彼には言わないけれど。ちょっとくらいいいでしょ。
 ぼんやりと授業を受ける。頭に浮かぶのは昨日の眼光。思い出す度に腰がじわ、と痺れた。
「今日の学校はいつもより時間が長いな」といつもより静かに流れていく時間を寂しく思った。瑞穂がいないと調子でないや。
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