海の底のマリア

奥猫かえる

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 翌日。俺はスマホの時計とにらめっこをしていた。布団にくるまってひたすらぼーっとしていたら朝になっていた。ぼんやりしすぎだろ、と自分を叱咤する。今日は学校に行かなければならない。さすがに。昨日さぼったみたいなもんだし。親友からの着信は1件のみだった。メッセージもない。意外としつこくなくて割とびっくりしている。

 ちちち、と窓の外で鳥が鳴く。
 急激な冷え込みは昨日だけだったらしく今日はうっすらとしたゆきすら残っておらず快晴だった。
「起きるか」
 軽やかな鳴き声を聞きながらのっそり布団からでて顔を洗いに洗面所へ向かった。

 晴れているからかたっぷりと寝たからかは分からないが頭は冴えていた。布団から出てしまえば体にまとわりつく冷気が一気に頭を冷やしてくれた。あいつのことだからきっと大丈夫だろうと思えた。
 制服に袖を通しとりあえず支度を終えて玄関の戸を開けるとまるで寄り添うように壁にもたれている白い影があった。驚いて2度見どころか3度見してしまい影だと思った親友がふはっと息を漏らした。

「……おはよ」
「おはよ、瑞穂」

 鍵をかけて2人並ぶ。一昨日の夜のことがちらつくがやはり。「落ち着くなぁ」
 いつも通りな朝に気が抜けた。
「落ち着くんならなんで昨日休むんだよ……」
 地を這うような声が隣から刺さる。
「ご、ごめん」
「まあ、昨日は会えないって分かってたから迎えにきてないけどね」
「あれっそうなの」
「瑞穂だって僕が来るって思わないで布団にくるまってたろ、どうせ」
 恨みがましい目がぶすりと刺さって痛い。なにより俺のことを分かりきってるのが恥ずかしい。
「俺おまえのことなにも知らないのに……」
 その言葉は聞こえないように小さく呟いたのに親友は目をみはった。
「……だから昨日教えようとしたのに」
 少し悲しげな声色に戸惑う。迷いながら口を開く。
「りーーーー」
 名前を呼ぶことは叶わなかった。親友、りとはいきなり俺の目の前へと移動した為だ。驚くと同時に背後から襲撃を受けた。じぃんと、背中に痺れが走る。振り返るとかえでが悪戯っぽく笑っていた。どうやら叩かれたらしい。文句を言おうとしたがかえでが俺を邪魔だと言わんばかりに脇に押しやった為に飲み込んだ。
「りーくん、仲直りしたの?」
 いつもより少しテンションの高いかえでに違和感を覚えた。問われた親友、莉音は迷惑そうに腕を振った。
「喧嘩してないしりーくんはやめてくれる?僕は」
 僕は向日だから。と名前を呼ばれることを心底嫌そうに告げる。冷たい空気がぴりぴりと肌を刺す。冬の寒さとは違う、莉音自身の冷たさだった。莉音は名前を呼ばれることを是としない。呼んでいいのは基本的に俺だけだ。
「あはっごめんて向日くん」
 かえでは俺が見る限り毎回こうやって莉音にちょっかいをかける。最初は不思議だったがかえでが女友達に「はやく向日に告っちゃいなよ~」なんてはやしたてられているのを目撃してしまって以来可愛らしいなぁなんてほっこりすることもしばしばだ。

俺はそんな風に『好き』を見せびらかすことが出来る彼女が少し、羨ましいと思っている。それと同時に可愛いと。
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