『君とは釣り合わない』って言ったのはそっちでしょ?今さら嫉妬しないで

ほーみ

文字の大きさ
5 / 5

5

 式典会場は、まばゆい光と拍手で満ちていた。
 白大理石の広間に金の装飾が輝き、各国の貴族や学者たちが列席している。
 その中央に立つ私は、胸の鼓動を押さえながら深呼吸をした。

「紹介しよう――新たに王立魔導研究院の特別顧問として招かれた、リリアン・エルフォード嬢だ」

 レオン殿下の声が響く。
 拍手が波のように広がる中、私はゆっくりと一礼した。
 この瞬間、私の努力が認められたのだ。
 もう、“釣り合わない”なんて言葉に縛られることはない。

 けれど、壇上の端でその様子を見つめるひとりの男の視線だけが――痛かった。
 アルフレッド。
 グレイス侯爵家の跡取りとして、王国代表の立場でこの場に立つ彼は、
 まるで何かを飲み込むように私を見ていた。

 

 式典が終わり、人々が談笑を始める頃。
 私は殿下の隣で各国の貴族たちと挨拶を交わしていた。
 けれど、その後ろにずっと感じる――視線。

 振り向くと、アルフレッドが立っていた。
 レオン殿下もすぐに気づき、険しい表情になる。

「……殿下、少しだけ席を外してもよろしいでしょうか」

「……ああ。ただし、無理はしないで」

 頷いた私は、アルフレッドのほうへと歩み寄った。

 

「ご立派になったな、リリアン」

 彼の声は低く、かすかに震えていた。
 その目に映るのは、もう“無力な令嬢”ではない私。

「あなたが言った通りよ。“釣り合わなかった”から、努力したの。
 でもね、今はもう――釣り合わなくていいの。あなたの隣に戻りたいとは思わないから」

「……そうか。やっぱり、君は強いな」

「強くならなきゃ、生き残れなかったもの」

 その言葉に、彼は苦く笑った。
 まるで過去の自分を責めるように。

「君を傷つけたあの日から、俺は何もかも失った。
 家も、立場も、婚約者も……“君を守る”ために選んだはずの道で、結局すべて壊した」

「それがあなたの選んだ結果よ。私はもう、哀れみをかける気はないわ」

「……わかってる。だが、一つだけ伝えたい。
 ――あの時、お前を“釣り合わない”と切り捨てた自分が、どれほど愚かだったか」

 その声に、ほんの一瞬だけ胸が揺れた。
 けれど、もう戻れない。

「言葉だけの後悔なんて、いらないわ。私は今、自分の足で立っているの」

「……そうだな。だが、それでも――まだ、君を愛している」

 沈黙が落ちた。
 広間のざわめきが遠くに霞む。
 彼の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
 あの時の冷たい光ではなく、熱を帯びた光。

 ――もし、これをもっと早く言われていたら。
 そんな“もしも”が、一瞬だけ脳裏をよぎる。

 だが、その時。

「リリアン嬢」

 背後から、レオン殿下の声。
 彼はいつの間にか近くまで来ていた。
 私とアルフレッドの間に立ち、静かに言う。

「式典の後で君に話がある。いいか?」

「……はい、殿下」

 殿下の横顔は穏やかだったが、その瞳は真剣そのものだった。
 アルフレッドは一歩退き、静かに視線を落とした。

 



 

 夜。
 式典が終わり、月明かりが王都の街を照らす頃。
 レオン殿下に呼ばれて、私は王宮の庭園にいた。

 昼とは違い、静けさの中に花の香りが濃く漂う。
 私がここに来るのは、運命のようにいつも“夜の庭園”だった。

「来てくれたんだね」

 殿下は噴水のそばに立っていた。
 普段の穏やかな微笑みではなく、どこか切なげな表情で。

「殿下、お話とは……?」

「君を正式に我が国に迎えることは、今日決まった。
 ただ、それ以上に――伝えたいことがある」

 彼は一歩、近づいた。
 私の目の前で立ち止まり、その瞳がまっすぐに私を射抜く。

「リリアン。
 私は君を“研究者”として招いたつもりだった。
 けれど、今は……“一人の女性”として、君を見ている」

「……!」

「君の努力も、強さも、そして優しさも。
 誰かに“釣り合わない”なんて言わせてはいけない。
 君は誰よりも、美しく、誇り高い」

 その言葉は、胸の奥の傷に、優しく触れた。
 涙が滲み、視界が揺れる。

 レオン殿下は、私の頬にそっと触れた。
 指先は温かくて、心がほどけていくようだった。

「……リリアン、私は君を愛している。
 過去に誰が君を否定したとしても、私は君を肯定する」

 その真っ直ぐな告白に、私は言葉を失った。
 アルフレッドの“愛している”とは違う。
 この人の言葉は、痛みではなく、光だった。

「……私なんかで、いいんですか?」

「君じゃなきゃ、だめなんだ」

 その言葉が、最後の鎖を解いた。
 気づけば、涙が頬を伝っていた。

 殿下は微笑むと、そっと私を抱き寄せた。
 胸の奥が、静かに満たされていく。
 ――やっと、報われた。
 あの夜会で壊れた世界が、今、やっと繋がる。

 



 

 それから数日後。
 私は正式にアステリア王国の研究院に籍を置き、
 殿下の補佐のもと、新しい研究を始めた。

 そして――噂はすぐに王都へ広がった。

「リリアン嬢が隣国の王子と婚約だって!」
「“釣り合わない”って言ってたグレイス様、今どんな顔してるのかしらね」

 社交界はその話題で持ちきりだった。
 そのたびに、少しだけ胸がすっきりする。

 でも、私の心はもう復讐ではなく、未来に向いていた。

 

 ある日、殿下が私の作業机に花束を置いた。
 月光花――最初にアルフレッドと再会した夜に咲いていた花だ。

「この花、好きなんだろう?」

「……はい。少し切ない思い出もありますけど」

「じゃあ、これからは新しい思い出に変えよう」

 そう言って、殿下は微笑んだ。
 私はそっと頷き、花を抱きしめた。

 ふと、窓の外を見る。
 遠くの王都の方角。
 あの国のどこかで、彼も今、同じ月を見ているだろうか。

「アルフレッド様……」

 小さく呟いた。
 もう涙は出ない。
 ただ、懐かしさと、感謝だけが残る。

 あなたが“釣り合わない”と言ってくれたおかげで、私は自分を磨くことができた。
 あなたが手放した“無力な令嬢”は、もうどこにもいない。

 ――だから、ありがとう。
 私のことを見捨ててくれて。

 



 

 夜。
 研究室の灯りが消える頃、私は窓辺に立って月を見上げた。
 隣には、そっと寄り添うレオン殿下の姿。

「まだ考えごと?」

「少しだけ。……過去のことを、思い出していました」

「君の過去があったから、今の君がいる。
 それに、俺は“今の君”を愛している。過去の誰でもない、今のリリアンを」

「……殿下」

 私は微笑み、殿下の手を取った。
 その手の温もりが、静かに私を包む。

 外では、月光花が揺れていた。
 かつての涙の夜とは違い、今は穏やかな風が吹いている。

 “釣り合わない”と言われた私が、今は誰かと肩を並べている。
 それが、何よりの証だ。

 

 もう二度と、誰にも言わせない。
 私は、私自身で“釣り合う”女になる。

 

 月が静かに光を注ぐ。
 その下で、二人の影が寄り添うように重なった。

 ――これが、私の“ざまぁ”の形。
 泣かされた夜も、裏切られた日々も、
 すべてを笑って見下ろせる場所に、今、私は立っている。

 

「君とは釣り合わない」って言ったのはそっちでしょ?
 でも――今さら嫉妬しないで。

 

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

愛さないと言われた妻、侍女と出て行く

菜花
ファンタジー
お前を愛することはないと夫に言われたコレットは、その日のうちに侍女のイネスと屋敷を出て行った。カクヨム様でも投稿しています。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。

私の弟なのに

あんど もあ
ファンタジー
パン屋の娘マリーゼの恋人は、自警団のリートさん。だけど、リートには超ブラコンの姉ミラがいる。ミラの妨害はエスカレートしてきて……。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

愚か者たちの婚約破棄

あんど もあ
ファンタジー
ライラは、父と後妻と妹だけが家族のような侯爵家で居候のように生きてきた。そして、卒業パーティーでライラの婚約者までライラでは無く妹と婚約すると宣言する。侯爵家の本当の姿に気づいているのがライラだけだと知らずに……。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

不器量令嬢は、婚約破棄の断罪が面倒くさい

あんど もあ
ファンタジー
不器量なマルグリットは、婚約者の美しい第一王子からずっと容姿を貶められる日々。とうとう王立学園の卒業パーティーで王子に婚約破棄を宣言され、「王子から解放される! それいいかも!」となったが、続く断罪が面倒くさくて他の人に丸投げする事にする。