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式典会場は、まばゆい光と拍手で満ちていた。
白大理石の広間に金の装飾が輝き、各国の貴族や学者たちが列席している。
その中央に立つ私は、胸の鼓動を押さえながら深呼吸をした。
「紹介しよう――新たに王立魔導研究院の特別顧問として招かれた、リリアン・エルフォード嬢だ」
レオン殿下の声が響く。
拍手が波のように広がる中、私はゆっくりと一礼した。
この瞬間、私の努力が認められたのだ。
もう、“釣り合わない”なんて言葉に縛られることはない。
けれど、壇上の端でその様子を見つめるひとりの男の視線だけが――痛かった。
アルフレッド。
グレイス侯爵家の跡取りとして、王国代表の立場でこの場に立つ彼は、
まるで何かを飲み込むように私を見ていた。
式典が終わり、人々が談笑を始める頃。
私は殿下の隣で各国の貴族たちと挨拶を交わしていた。
けれど、その後ろにずっと感じる――視線。
振り向くと、アルフレッドが立っていた。
レオン殿下もすぐに気づき、険しい表情になる。
「……殿下、少しだけ席を外してもよろしいでしょうか」
「……ああ。ただし、無理はしないで」
頷いた私は、アルフレッドのほうへと歩み寄った。
「ご立派になったな、リリアン」
彼の声は低く、かすかに震えていた。
その目に映るのは、もう“無力な令嬢”ではない私。
「あなたが言った通りよ。“釣り合わなかった”から、努力したの。
でもね、今はもう――釣り合わなくていいの。あなたの隣に戻りたいとは思わないから」
「……そうか。やっぱり、君は強いな」
「強くならなきゃ、生き残れなかったもの」
その言葉に、彼は苦く笑った。
まるで過去の自分を責めるように。
「君を傷つけたあの日から、俺は何もかも失った。
家も、立場も、婚約者も……“君を守る”ために選んだはずの道で、結局すべて壊した」
「それがあなたの選んだ結果よ。私はもう、哀れみをかける気はないわ」
「……わかってる。だが、一つだけ伝えたい。
――あの時、お前を“釣り合わない”と切り捨てた自分が、どれほど愚かだったか」
その声に、ほんの一瞬だけ胸が揺れた。
けれど、もう戻れない。
「言葉だけの後悔なんて、いらないわ。私は今、自分の足で立っているの」
「……そうだな。だが、それでも――まだ、君を愛している」
沈黙が落ちた。
広間のざわめきが遠くに霞む。
彼の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
あの時の冷たい光ではなく、熱を帯びた光。
――もし、これをもっと早く言われていたら。
そんな“もしも”が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
だが、その時。
「リリアン嬢」
背後から、レオン殿下の声。
彼はいつの間にか近くまで来ていた。
私とアルフレッドの間に立ち、静かに言う。
「式典の後で君に話がある。いいか?」
「……はい、殿下」
殿下の横顔は穏やかだったが、その瞳は真剣そのものだった。
アルフレッドは一歩退き、静かに視線を落とした。
夜。
式典が終わり、月明かりが王都の街を照らす頃。
レオン殿下に呼ばれて、私は王宮の庭園にいた。
昼とは違い、静けさの中に花の香りが濃く漂う。
私がここに来るのは、運命のようにいつも“夜の庭園”だった。
「来てくれたんだね」
殿下は噴水のそばに立っていた。
普段の穏やかな微笑みではなく、どこか切なげな表情で。
「殿下、お話とは……?」
「君を正式に我が国に迎えることは、今日決まった。
ただ、それ以上に――伝えたいことがある」
彼は一歩、近づいた。
私の目の前で立ち止まり、その瞳がまっすぐに私を射抜く。
「リリアン。
私は君を“研究者”として招いたつもりだった。
けれど、今は……“一人の女性”として、君を見ている」
「……!」
「君の努力も、強さも、そして優しさも。
誰かに“釣り合わない”なんて言わせてはいけない。
君は誰よりも、美しく、誇り高い」
その言葉は、胸の奥の傷に、優しく触れた。
涙が滲み、視界が揺れる。
レオン殿下は、私の頬にそっと触れた。
指先は温かくて、心がほどけていくようだった。
「……リリアン、私は君を愛している。
過去に誰が君を否定したとしても、私は君を肯定する」
その真っ直ぐな告白に、私は言葉を失った。
アルフレッドの“愛している”とは違う。
この人の言葉は、痛みではなく、光だった。
「……私なんかで、いいんですか?」
「君じゃなきゃ、だめなんだ」
その言葉が、最後の鎖を解いた。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
殿下は微笑むと、そっと私を抱き寄せた。
胸の奥が、静かに満たされていく。
――やっと、報われた。
あの夜会で壊れた世界が、今、やっと繋がる。
それから数日後。
私は正式にアステリア王国の研究院に籍を置き、
殿下の補佐のもと、新しい研究を始めた。
そして――噂はすぐに王都へ広がった。
「リリアン嬢が隣国の王子と婚約だって!」
「“釣り合わない”って言ってたグレイス様、今どんな顔してるのかしらね」
社交界はその話題で持ちきりだった。
そのたびに、少しだけ胸がすっきりする。
でも、私の心はもう復讐ではなく、未来に向いていた。
ある日、殿下が私の作業机に花束を置いた。
月光花――最初にアルフレッドと再会した夜に咲いていた花だ。
「この花、好きなんだろう?」
「……はい。少し切ない思い出もありますけど」
「じゃあ、これからは新しい思い出に変えよう」
そう言って、殿下は微笑んだ。
私はそっと頷き、花を抱きしめた。
ふと、窓の外を見る。
遠くの王都の方角。
あの国のどこかで、彼も今、同じ月を見ているだろうか。
「アルフレッド様……」
小さく呟いた。
もう涙は出ない。
ただ、懐かしさと、感謝だけが残る。
あなたが“釣り合わない”と言ってくれたおかげで、私は自分を磨くことができた。
あなたが手放した“無力な令嬢”は、もうどこにもいない。
――だから、ありがとう。
私のことを見捨ててくれて。
夜。
研究室の灯りが消える頃、私は窓辺に立って月を見上げた。
隣には、そっと寄り添うレオン殿下の姿。
「まだ考えごと?」
「少しだけ。……過去のことを、思い出していました」
「君の過去があったから、今の君がいる。
それに、俺は“今の君”を愛している。過去の誰でもない、今のリリアンを」
「……殿下」
私は微笑み、殿下の手を取った。
その手の温もりが、静かに私を包む。
外では、月光花が揺れていた。
かつての涙の夜とは違い、今は穏やかな風が吹いている。
“釣り合わない”と言われた私が、今は誰かと肩を並べている。
それが、何よりの証だ。
もう二度と、誰にも言わせない。
私は、私自身で“釣り合う”女になる。
月が静かに光を注ぐ。
その下で、二人の影が寄り添うように重なった。
――これが、私の“ざまぁ”の形。
泣かされた夜も、裏切られた日々も、
すべてを笑って見下ろせる場所に、今、私は立っている。
「君とは釣り合わない」って言ったのはそっちでしょ?
でも――今さら嫉妬しないで。
白大理石の広間に金の装飾が輝き、各国の貴族や学者たちが列席している。
その中央に立つ私は、胸の鼓動を押さえながら深呼吸をした。
「紹介しよう――新たに王立魔導研究院の特別顧問として招かれた、リリアン・エルフォード嬢だ」
レオン殿下の声が響く。
拍手が波のように広がる中、私はゆっくりと一礼した。
この瞬間、私の努力が認められたのだ。
もう、“釣り合わない”なんて言葉に縛られることはない。
けれど、壇上の端でその様子を見つめるひとりの男の視線だけが――痛かった。
アルフレッド。
グレイス侯爵家の跡取りとして、王国代表の立場でこの場に立つ彼は、
まるで何かを飲み込むように私を見ていた。
式典が終わり、人々が談笑を始める頃。
私は殿下の隣で各国の貴族たちと挨拶を交わしていた。
けれど、その後ろにずっと感じる――視線。
振り向くと、アルフレッドが立っていた。
レオン殿下もすぐに気づき、険しい表情になる。
「……殿下、少しだけ席を外してもよろしいでしょうか」
「……ああ。ただし、無理はしないで」
頷いた私は、アルフレッドのほうへと歩み寄った。
「ご立派になったな、リリアン」
彼の声は低く、かすかに震えていた。
その目に映るのは、もう“無力な令嬢”ではない私。
「あなたが言った通りよ。“釣り合わなかった”から、努力したの。
でもね、今はもう――釣り合わなくていいの。あなたの隣に戻りたいとは思わないから」
「……そうか。やっぱり、君は強いな」
「強くならなきゃ、生き残れなかったもの」
その言葉に、彼は苦く笑った。
まるで過去の自分を責めるように。
「君を傷つけたあの日から、俺は何もかも失った。
家も、立場も、婚約者も……“君を守る”ために選んだはずの道で、結局すべて壊した」
「それがあなたの選んだ結果よ。私はもう、哀れみをかける気はないわ」
「……わかってる。だが、一つだけ伝えたい。
――あの時、お前を“釣り合わない”と切り捨てた自分が、どれほど愚かだったか」
その声に、ほんの一瞬だけ胸が揺れた。
けれど、もう戻れない。
「言葉だけの後悔なんて、いらないわ。私は今、自分の足で立っているの」
「……そうだな。だが、それでも――まだ、君を愛している」
沈黙が落ちた。
広間のざわめきが遠くに霞む。
彼の瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
あの時の冷たい光ではなく、熱を帯びた光。
――もし、これをもっと早く言われていたら。
そんな“もしも”が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
だが、その時。
「リリアン嬢」
背後から、レオン殿下の声。
彼はいつの間にか近くまで来ていた。
私とアルフレッドの間に立ち、静かに言う。
「式典の後で君に話がある。いいか?」
「……はい、殿下」
殿下の横顔は穏やかだったが、その瞳は真剣そのものだった。
アルフレッドは一歩退き、静かに視線を落とした。
夜。
式典が終わり、月明かりが王都の街を照らす頃。
レオン殿下に呼ばれて、私は王宮の庭園にいた。
昼とは違い、静けさの中に花の香りが濃く漂う。
私がここに来るのは、運命のようにいつも“夜の庭園”だった。
「来てくれたんだね」
殿下は噴水のそばに立っていた。
普段の穏やかな微笑みではなく、どこか切なげな表情で。
「殿下、お話とは……?」
「君を正式に我が国に迎えることは、今日決まった。
ただ、それ以上に――伝えたいことがある」
彼は一歩、近づいた。
私の目の前で立ち止まり、その瞳がまっすぐに私を射抜く。
「リリアン。
私は君を“研究者”として招いたつもりだった。
けれど、今は……“一人の女性”として、君を見ている」
「……!」
「君の努力も、強さも、そして優しさも。
誰かに“釣り合わない”なんて言わせてはいけない。
君は誰よりも、美しく、誇り高い」
その言葉は、胸の奥の傷に、優しく触れた。
涙が滲み、視界が揺れる。
レオン殿下は、私の頬にそっと触れた。
指先は温かくて、心がほどけていくようだった。
「……リリアン、私は君を愛している。
過去に誰が君を否定したとしても、私は君を肯定する」
その真っ直ぐな告白に、私は言葉を失った。
アルフレッドの“愛している”とは違う。
この人の言葉は、痛みではなく、光だった。
「……私なんかで、いいんですか?」
「君じゃなきゃ、だめなんだ」
その言葉が、最後の鎖を解いた。
気づけば、涙が頬を伝っていた。
殿下は微笑むと、そっと私を抱き寄せた。
胸の奥が、静かに満たされていく。
――やっと、報われた。
あの夜会で壊れた世界が、今、やっと繋がる。
それから数日後。
私は正式にアステリア王国の研究院に籍を置き、
殿下の補佐のもと、新しい研究を始めた。
そして――噂はすぐに王都へ広がった。
「リリアン嬢が隣国の王子と婚約だって!」
「“釣り合わない”って言ってたグレイス様、今どんな顔してるのかしらね」
社交界はその話題で持ちきりだった。
そのたびに、少しだけ胸がすっきりする。
でも、私の心はもう復讐ではなく、未来に向いていた。
ある日、殿下が私の作業机に花束を置いた。
月光花――最初にアルフレッドと再会した夜に咲いていた花だ。
「この花、好きなんだろう?」
「……はい。少し切ない思い出もありますけど」
「じゃあ、これからは新しい思い出に変えよう」
そう言って、殿下は微笑んだ。
私はそっと頷き、花を抱きしめた。
ふと、窓の外を見る。
遠くの王都の方角。
あの国のどこかで、彼も今、同じ月を見ているだろうか。
「アルフレッド様……」
小さく呟いた。
もう涙は出ない。
ただ、懐かしさと、感謝だけが残る。
あなたが“釣り合わない”と言ってくれたおかげで、私は自分を磨くことができた。
あなたが手放した“無力な令嬢”は、もうどこにもいない。
――だから、ありがとう。
私のことを見捨ててくれて。
夜。
研究室の灯りが消える頃、私は窓辺に立って月を見上げた。
隣には、そっと寄り添うレオン殿下の姿。
「まだ考えごと?」
「少しだけ。……過去のことを、思い出していました」
「君の過去があったから、今の君がいる。
それに、俺は“今の君”を愛している。過去の誰でもない、今のリリアンを」
「……殿下」
私は微笑み、殿下の手を取った。
その手の温もりが、静かに私を包む。
外では、月光花が揺れていた。
かつての涙の夜とは違い、今は穏やかな風が吹いている。
“釣り合わない”と言われた私が、今は誰かと肩を並べている。
それが、何よりの証だ。
もう二度と、誰にも言わせない。
私は、私自身で“釣り合う”女になる。
月が静かに光を注ぐ。
その下で、二人の影が寄り添うように重なった。
――これが、私の“ざまぁ”の形。
泣かされた夜も、裏切られた日々も、
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