『役立たず』と追放された私、今では英雄様に守られています

ほーみ

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 バレッサ村で見つかったという“石碑”には、古代呪術文字が刻まれていた。

 《癒しの器を捧げよ》

 その言葉に、私の心臓が大きく脈打つ。

「これは偶然じゃない……。私のことを、明らかに知っている」

 魔術院の書庫で、その石碑の写しを見つめながら、私は唇をかんだ。

「サイラスさん、封印の祭壇って……何なんですか?」

 老魔術師サイラスは、しばらくの沈黙の後、小さく嘆息して口を開いた。

「この国が建国されるずっと前、“癒しの巫女”と呼ばれる存在がいた。彼女たちは強大な“癒し”の力を持ち、それと引き換えに、命と引き寄せる“災厄”も抱えていた」

「災厄……?」

「世界を蝕む“瘴気”は、癒しの巫女の力を封じることで一時的に抑えられたが……その封印には代償が必要だった。そう、“器”としての存在が」

 サイラスの瞳が、まっすぐ私を見つめる。

「……まさか、私が?」

「確証はない。だが、君の癒しの力には“巫女の血”に似た波長がある。しかも、それは異常なほど安定している。普通なら、術者の精神を蝕むのに」

「……でも、私はただ……治したいと願ってるだけです。誰かを守りたいって思ってるだけで……」

 それなのに、なぜ――私が災厄を呼ぶ存在として扱われるの?

 胸の奥が、締めつけられるように痛んだ。




 その夜、私が借りている宿の一室に、そっと扉を叩く音がした。

「リリィ、起きてるか?」

 アルヴィンの声。

「……うん。入っていいよ」

 彼は窓辺に座り、静かに私を見つめた。

「顔色が悪い。無理してないか?」

「してないよ。ただ……ちょっと、考えごと」

 窓の外に目を向けると、月が高く昇っていた。白く光るその姿は、どこか切なくて。

「ねえ、アルヴィン。私、本当に“癒しの器”なんだと思う?」

「……そんなもの、どうだっていい」

「え?」

「君が誰かなんて関係ない。君が“リリィ”である限り、俺は君を守る。誰が狙おうと、どんな過去があろうと、君を手放す気はない」

 その言葉が、胸の奥に染みていく。

 気づけば、涙がひとすじ、頬を伝っていた。

「アルヴィン……私、怖いの。自分の中に何があるのか、何が目覚めようとしているのか。わからなくて……」

「大丈夫。一人にしない。ずっと隣にいる」

 彼の手が、そっと私の肩に触れた。

 そのぬくもりが、どれほど私を安心させてくれるのか、彼は知らない。

「……ありがとう」

「リリィ」

 彼が私の名を呼んだ瞬間、世界が一瞬止まった気がした。

 それから、彼はほんの少し顔を近づけ――

 でも、その唇が触れる前に、扉が乱暴に叩かれた。

「英雄殿! 緊急事態です!」

 駆け込んできた騎士の顔には、血の気がなかった。

「瘴気が……王都の東門に現れました! しかも、そこには“あの石碑”と同じ紋章が……!」

 アルヴィンはすぐに立ち上がり、剣を腰に下げた。

「リリィはここにいろ。俺が行ってくる」

「待って! 私も行く!」

「でも――」

「私にしか感じられない“何か”があるかもしれない。私、もう逃げないって決めたの」

 彼はしばらく私を見つめ、やがて小さく笑って頷いた。

「……わかった。絶対、俺から離れるな」





 東門に着いたとき、空気は異様に重く、魔力が渦巻いていた。

 地面には禍々しい魔法陣が描かれ、その中心には黒い石碑が浮かんでいた。

 そして――その前に立つ一人の男。

「まさか……あのときの、フードの男!?」

 黒いコートに身を包み、顔を半分仮面で隠したその男が、不気味に微笑んだ。

「ようこそ、“器”よ。そして、英雄殿も」

「貴様……何者だ」

「名乗るほどの者ではない。だが、“癒しの器”が目覚めるその日を、我らは千年待った」

「目覚める……?」

「この世界の瘴気は、“癒し”が生み出した歪みだ。“癒しの力”は、痛みを奪う。だがその分、世界に“代償”を押しつけてきた。その代償が、瘴気だ」

 私は目の前が暗くなるような気がした。

「……そんな。癒しが……誰かを傷つけてるってこと……?」

「癒しとは、世界の均衡を壊す禁忌。だからこそ、その力を封じねばならぬ。器よ、お前はそのために生まれたのだ」

 男の手が、魔法陣へと伸びた。

「“開け、封印の門”」

 次の瞬間、空が裂けた。

 黒い亀裂が広がり、その中から禍々しい魔物たちが這い出してくる。

「アルヴィン、来るわ!」

「下がってろ、リリィ!」

 彼が剣を抜き、魔物へと突進した。

 炎のような剣戟。風を切る音。魔力の爆発。

 でも、敵の数は多く、石碑からはさらに瘴気が溢れてくる。

「このままじゃ……!」

 私は震える手で、癒しの魔法を発動した。

「お願い……少しでも、浄化して……!」

 その瞬間、私の魔力が暴走した。

 体から迸る光。

 空気が震え、石碑が一瞬だけ揺らいだ。

「これは……!」

 男が目を見開く。

「“完全な器”が目覚め始めた……!」

 けれどその直後、私の意識はぷつりと途切れた。

 暗闇の中に沈む感覚。

 でも、その奥で誰かの声がした。

 ――まだよ。終わっていない。

 ――思い出して、リリィ。

 誰……?

 その声の主は、私と同じ顔をしていた。

 ――私たちは、癒すために生まれたんじゃない。

 ――選ぶために、生まれたの。





 目を覚ましたとき、私はアルヴィンの腕の中にいた。

 その腕は傷だらけで、それでもしっかりと私を抱きしめてくれていた。

「よかった……無事で」

「ごめん、私……」

「何も言うな。お前は、もう一人じゃない」

 彼の声が震えていた。

「俺は、何があってもお前を守る。それが、俺の全部だ」

 その言葉が、私の胸に深く、深く届いた。

 でも――私は知ってしまった。

 私の中に眠る“何か”が、世界の均衡を揺るがす可能性を持っていることを。

 そしてそれが、かつての“癒しの巫女”たちと繋がっていることを。

(私が“選ぶ”……?)

 その言葉の意味を、私はまだ知らない。

 けれど、その意味を探すために、私は立ち上がる。

 アルヴィンとともに。

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