婚約破棄された悪役令嬢、なぜか隣国で溺愛されてます

ほーみ

文字の大きさ
2 / 7

2

「……ガルディア王国の第二王子?」

 私の口から自然と問いがこぼれた。

「そうだが、それがどうかしたか?」

 レオン・ガルディアと名乗ったその青年は、漆黒の髪を風に揺らしながら盗賊たちを見下ろしている。片手には血の滴る長剣。彼が駆けつけてきたことで、先ほどまで勢いづいていた盗賊たちは完全に戦意を喪失していた。

「ひ、ひいいっ! 王族なんて聞いてねえぞ!」

「や、やばい! 逃げるぞ!」

 盗賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。レオン王子は彼らを追うこともなく、ただ呆れたように肩をすくめた。

「まったく……最近、こういう連中が増えたな」

 彼はそうぼやきながら剣を鞘に収めると、改めて私の方に向き直った。

「それで、お前は誰だ?」

 その問いに、私は小さく息を整え、静かに頭を下げた。

「アリシア・リシュリーと申します」

「リシュリー……ルヴェンティア王国の公爵家か?」

「はい。しかし、私はもうその身分を失いました」

 そう言うと、レオン王子はわずかに目を細める。

「……なるほどな。国外追放か?」

「……お察しの通りです」

 その言葉を聞いた途端、彼は「はぁ」とため息をついた。

「まったく、ルヴェンティアの王族はどうしようもないな。あれほどの名門の令嬢を追放するとは」

 呆れたように言う彼の言葉に、私は少し驚いた。彼がルヴェンティア王国の政治に関心を持っていることは理解できるが、私の家名についてもそれなりに知っているとは思わなかった。

「アリシア、今後の予定は?」

「まずはガルディア王国で宿を探し、生活の基盤を整えるつもりです」

「ふむ……」

 彼は私をじっと見つめ、しばらく考え込んでいたが、やがて「よし」と何かを決めたように口を開いた。

「なら、俺のところに来い」

「――え?」

「お前を保護してやると言ってるんだ」

 思いもよらぬ申し出に、私は思わず目を見開いた。



 それから数日後――

「……本当にここに住んでいいのですか?」

 私は、ガルディア王宮の一角にある美しい離宮の一室で、途方に暮れていた。

 レオン王子は私を助けた後、そのまま王都まで連れて行き、王宮の離宮の一つを私の住居として提供してくれたのだ。

 普通ならありえない話だ。隣国の元公爵令嬢を保護することは、政治的な問題を生む可能性がある。しかし、レオン王子はまるで気にしていない様子で、私にここでの生活を勧めてきた。

「お嬢様! お部屋が広すぎます!」

 侍女のマリアは目を輝かせながら、室内を歩き回っている。

「お風呂も大理石ですし、ベッドもふかふかですし……夢のようですわ!」

「……マリア、はしゃぎすぎよ」

 とはいえ、彼女の気持ちはよくわかる。国外追放された身としては、これほどの待遇を受けることなど想像もしていなかった。

 しかし――

(なぜ、レオン王子はここまでしてくれるのだろう……?)

 そんな疑問が頭から離れないまま、私は自室の窓辺に立ち、外を眺めた。

 そこには、美しく整えられた庭園と、青く澄んだ空が広がっている。

「……とにかく、今はこの状況を受け入れるしかないわね」



「お前が来てから、城の中が随分と賑やかになったな」

 ある日の午後。私は王宮の庭園でレオン王子とお茶をしていた。

「それは……ご迷惑ではありませんか?」

「いや、むしろ歓迎するべきことだ」

 彼はティーカップを傾けながら、静かに笑った。

「ルヴェンティアでは、お前は悪役令嬢として扱われていたんだろう?」

「……その通りです」

「だが、実際のお前は――」

 彼はそこで言葉を区切り、じっと私を見つめた。

「冷静で、聡明で、そして何より、国を守るための力を持っている」

「……?」

 彼の言葉の意図を理解できず、私は首を傾げる。

「アリシア、お前はルヴェンティア王国の内部事情について、かなり詳しいのではないか?」

「……ええ、まあ」

 私は公爵家の令嬢として、政治や経済の知識を叩き込まれてきた。当然、ルヴェンティア王国の問題点や弱点も理解している。

 それを察したように、レオン王子は意味深に微笑んだ。

「……お前の知識と才覚、俺のために使ってみる気はないか?」

 彼の言葉に、私は驚いた。

「それは……つまり、私をガルディア王国のために働かせるということですか?」

「そういう言い方もできるが……俺はお前に、俺の右腕になってほしいと思っている」

「右腕……?」

 レオン王子は真剣な目で私を見つめる。

「ガルディア王国は、今後ますます力をつけなければならない。そのためには、優れた人材が必要だ。アリシア、お前なら俺を支えることができるはずだ」

 彼の言葉に、私は戸惑いを覚えた。

(私は、ただ国外追放された令嬢だったはず……なのに、なぜこんな展開に?)

 しかし、レオン王子の言葉には、確かな説得力があった。

 このまま隠れて生きるよりも、彼のもとで新しい道を歩むほうが、私にとっても意味のあることかもしれない――。

 そう思い始めた、その時だった。

「――殿下、大変です!」

 突然、騎士が駆け込んできた。

「どうした?」

「ルヴェンティア王国からの使者が到着しました!」

 その言葉に、私は思わず息をのんだ。

 ルヴェンティア王国が、私を追放した国が――今さら何の用なのだろう?

 まさか、私を取り戻そうとしているのか?

「……ふん。面白いな」

 レオン王子は不敵に笑い、私の方をちらりと見た。

「どうやら、お前の過去が追いかけてきたようだぞ?」

 私は拳を握りしめ、静かに覚悟を決めた。

(私はもう、ルヴェンティア王国の令嬢ではない……でも、向き合わなければならない)

 ――これは、私の人生の新たな幕開けなのだから。

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

家族に家から追い出されたので、悪役令嬢を矯正します!

雲乃琳雨
恋愛
 「お前、悪魔が憑いているぞ」 はあ? 失礼な!  母が亡くなりすっかり我儘に育った子爵令嬢のピニオンは、社交界では悪役令嬢と呼ばれている。最近になって父が平民の再婚相手と、亡くなった母と髪と目の色が同じ義妹を連れて来た。ピニオンが反発してさらに荒れると、婚約者から婚約破棄され、義妹には怪我をさせてしまう。父に修道院で行儀見習いとして暮らすように命じられた。戻れる条件は令嬢らしくなること。  ある日、修道院で暮らすピニオンの前に、悪魔祓いの聖騎士カイゼルが現れた。悪魔が憑いていると言われる。なんて失礼な奴!  修道院から連れ戻されることもなく、放置されて3年が過ぎてしまった。すっかり平民らしくなったピニオンの前に、またカイゼルが現れた。  平民化した悪役令嬢と、悪魔のような聖騎士と、本物の悪魔が絡む恋愛未満な二人のロマンチックラブコメディ。   一章で一旦終了します。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!