婚約破棄された悪役令嬢、なぜか隣国で溺愛されてます

ほーみ

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 王宮の応接室に案内された私は、硬い椅子に腰掛けながら、目の前に立つ使者を見上げていた。

 使者の身なりは、まさにルヴェンティア王国の典型的な宮廷服。緋色の外套を羽織り、装飾の施された銀のブローチを胸に留めている。その顔には緊張と焦りが滲んでいた。

「ルヴェンティア王国よりの使者、グレゴリー・バートンでございます」

 彼は深々と頭を下げた。

「急な訪問、失礼いたしました。我が国の王太子殿下より、アリシア・リシュリー様にお伝えすることがございます」

 ――エドワード殿下から?

 思いもよらぬ名前に、私はわずかに眉をひそめた。

(私を婚約破棄して国外追放したあの人が、今さら何を……?)

 隣で話を聞いていたレオン王子は、椅子の背に軽くもたれかかりながら、鋭い視線を使者に向けた。

「ほう、婚約を破棄して追放した令嬢に今さら何の用だ?」

「そ、それは……」

 グレゴリーは戸惑った様子で一度言葉を詰まらせる。しかし、意を決したように顔を上げ、真剣な表情で言った。

「アリシア様、王太子殿下があなたを迎えたいと仰せです」

「――は?」

 思わず間抜けな声を出してしまう。

 何を言っているのか、一瞬理解できなかった。

「迎えたい……とは、どういう意味でしょうか?」

「殿下は、あなたが国外追放されたことを深く後悔されております。そして、王太子妃として改めてお迎えしたいと……」

 その瞬間、室内の空気が凍りついた。

 レオン王子は嘲笑するように鼻を鳴らす。

「……冗談だろう?」

「い、いえ、本気です!」

 グレゴリーは強く言い切った。

「最近になって、リリィ・エヴァンズ様に関する不正の証拠が次々と明るみになりました。彼女は多くの者を欺き、陥れるために偽りの証言をしていたと……王太子殿下は、それを知った瞬間、あなたを冤罪で追放したことを悔い、今すぐにでもお戻りいただきたいと願っておられます」

(……なるほど)

 リリィ・エヴァンズが不正を働いていた――その事実に驚きはなかった。むしろ、ようやく明るみに出たことに安堵すら覚える。

 しかし、だからといって私がそれを受け入れるかというと……。

「申し訳ありませんが、私はルヴェンティア王国には戻りません」

 私ははっきりとそう告げた。

 グレゴリーの顔が驚愕に染まる。

「で、ですが……」

「私はすでに、ルヴェンティア王国の人間ではありません。それに、王太子殿下のお気持ちがどうであれ、一度捨てられた身です。今さら戻れと言われても、そんなつもりはございません」

 淡々とした私の言葉に、グレゴリーは愕然とする。

 レオン王子は満足そうに微笑んだ。

「アリシアの言う通りだな。王太子が後悔しようが何をしようが、もはや彼女には関係のない話だ」

「し、しかし……」

 なおも食い下がるグレゴリーに、私はさらに冷たく告げる。

「それに、私にはすでにガルディア王国での新しい生活があります。戻るつもりは一切ありません」

 その言葉を聞いた瞬間、グレゴリーは真っ青になった。

「ま、まさか……ガルディア王国に忠誠を誓われると?」

「忠誠ではなく、新しい生き方を選んだのです」

 それがどれほどの意味を持つのか、彼にも理解できただろう。

「……お引き取りください。私はもう、ルヴェンティア王国の者ではありません」

 グレゴリーは最後まで言葉を探していたが、やがて観念したように深く頭を下げた。

「……かしこまりました」

 彼が部屋を去るのを見届け、私はそっと息を吐く。

 すると、レオン王子がゆっくりと口を開いた。

「お前、本当に戻らなくてよかったのか?」

「ええ、当然です」

 私は微笑む。

「私はもう、過去に囚われるつもりはありません」

 そう言い切った私に、レオン王子は満足げに微笑んだ。



 使者が去った後も、王宮での生活は続いた。

 しかし、それ以降、レオン王子の態度が少し変わったように感じた。

 例えば――

「アリシア、今日の夕食は俺と一緒に食べないか?」

「え?」

 ある日の夕方、突然食事に誘われたのだ。

「離宮での生活も悪くないだろうが、たまにはこっちで食べた方が楽しいだろう」

「……それは、そうですが……」

 レオン王子と食事を共にするなど、貴族社会では特別な意味を持つ。

 しかし、彼はそんなことを意に介していないような顔で、さらりと続けた。

「お前がルヴェンティアに戻らないと言った時、俺は少し安心した」

「え?」

「もしお前が戻ると言っていたら……俺はお前を止めていたかもしれない」

 彼はそう言って、ワインを口にする。

「……俺はお前が気に入った。お前には、もっと俺のそばにいてほしいと思っている」

 それがどういう意味なのか、私にもわかっていた。

(レオン王子……私に、ここにいてほしいと……?)

 心臓が高鳴る。

 だが、私はまだ確信が持てない。

 これはただの友情なのか、それとも――。

「……レオン王子、私はまだ、この国に何ができるかわかりません。でも……」

「でも?」

「もう一度、自分の道を見つけるために、ここにいさせてください」

 彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに満足げに笑った。

「当然だ。俺は最初から、お前を手放す気なんてないからな」

 その言葉に、私は頬が熱くなるのを感じた。

(これは……本当に、ただの庇護ではないのかもしれない)

 ――こうして、私は新たな未来を歩み始めることになった。

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