【完結】ずっと遠くの暗闇に見つけた、

にのまえ

文字の大きさ
16 / 36

問題(4)

しおりを挟む
 仕事部屋のプリンターの前で、明良はずいぶん長いこと出てくる紙を眺めていた。

 ふたりの空気は最悪だ。緊張感で破裂しそうになっている。

 険悪、というわけではない。純也は真っ青だが必死に笑って、明良もバカバカしいくらい作り笑いを振舞っている。

 けれど明良が笑うたび先程の会話が蘇るようだった。目に見えない再生機が再度彼を傷つける。傷ついたことを隠そうと純也が更に必死になって、空気はどんどん重く、不自然になっていく。

 何をしても雰囲気は晴れない。ついには「没になった完成原稿を読ませてあげる」とはじめての提案をしたのだが、純也は想像より喜ばず、ただ「嬉しい」と上滑りした答えが返っただけだった。

「…………」

 彼を好きだと言えなかったこと。そもそも「好きか」と問うほど不安がらせたこと。それが悪かったとはわかる。けれど、と思ってしまうのだ。

 純也は明良がいて幸せだろう。幸せだと本人が言った。それだけでいいんじゃないだろうか。彼は満足している。それなのになぜ明良の気持ちなど問うのか。

 明良がどういうつもりかわからない今までだって幸せだったのだ。答えがない今だって同様に幸せでいいはずだ。

 わからない。こういうことは明良の領分じゃない。

「……とにかく、空気を変えたらいいんだ」

 雰囲気を上手く切り替えられないだけかもしれない。反応はいまいちだったけれど純也はファンだ、読ませれば変わるはずだ。

 そう思い、明良はようやく印刷できた紙を掴んで部屋を出る。

 居間のソファーは仕事部屋に背を向けていた。だからそこに座った彼が、小さくなるように膝を立てて、一生懸命スマホを操作しているのには動く肩ですぐに気づいた。

 彼はメッセージを入力するとき、両手でせっせと画面を打つ。

 頬を緩ませ、明良は仕事部屋に戻りながら自分の端末を取り出した。

 純也は現代っ子だから様々な本心を端末にのせる。ありがとう、ごめんなさい、大好きです。ふたりの連絡アプリには彼からの言葉が……一瞬で消える口頭よりももっと深く正直な言葉が山ほど溜まっている。

 変に拗ねてごめんなさい、か。聞かずもがなのことを聞いてごめんなさい、か。

 なんにせよ謝罪の言葉があると思った。謝って欲しいんじゃない、謝りたいだろうと思ったのだ。だって純也は満足しているはずだ。こんな空気は何かの間違いなのだ。

 手を止めた純也は文面を確認するように見て、やがて一度タップする。

 震えると思った。自分の携帯が、彼からの連絡を受信すると疑いもしなかった。

「…………」

 けれど一分、二分経ってもスマホはしんとしたままだ。

 電波に距離は関係ないが、このタイミングでアプリが遅れるなんて偶然はないだろう。それでも一応アプリを更新しよう……そう操作した瞬間、沈黙の部屋では大きく響くバイブレーションの音が聞こえた。手の中の端末ではない。純也のスマホだ。

「早いな、あの人」

 小さく呟いて純也はスマホを操作する。早い、ということは返信だろう。では先程の連絡は明良以外に送ったのだ。

「…………」

 そんなこと、ないと思っていた。だって実際に見せられたのだ。

 ドラマで浮気からの痴情のもつれが出てきたとき、冗談半分でスマホを渡された。「友達もいないし、家族も家族だから」と笑う彼の連絡アプリは、日に数度やりとりするだけ明良以外、数週間前に同級生と話したのが最新という有様だったのだ。

 ――なんでか俺、友達ってできなくて。いじめられたりするわけじゃないからいいんだけど。

 付き合いはじめた頃の言葉を思い出す。彼には誰もいないと思っていた。自分以外の誰かなど、いるはずがないと思っていた。

 明良は無意識に居間へ入り、無駄に微笑んで純也の肩を叩いていた。

「……誰と連絡?」

「うわっ、あ、明良さん」

 驚いた純也はスマホを取り落としそうになる。どうにかキャッチし、彼は顔を背けたまま答えた。

「な、内緒」

「そんなこと言わないで」

 甘い、シーツの中を思わせる声音で言って、明良は原稿を彼の膝に投げ出すようにして肩をさする。愛撫の手つきで鎖骨のあたりを撫で、背もたれ越しに肩を抱いて囁いた。

「教えてよ、純くん、いいだろ?」

「……だ、だめ。内緒」

 赤面し、突然のことに戸惑いながらも、純也は答える。意地になっているのではない。居心地の悪そうな顔は、本当に言いたくないのだと語っていた。

 拭うように自分から表情が消えるのを、明良は他人事のように感じる。

「そう」

「あ、明良さん」

 冷たい、というより感情のない声に、純也が慌てた顔で振り返る。けれど躊躇のあとその唇は引き結ばれた。焦っているのはわかるし、更に追求すれば違ったのかもしれないが、明良はもうその気を失っていた。

「そう。わかった」

 明良はそう言って純也から離れる。「明良さん」と呼ばれたけれどもう答えもしなかった。キッチンへ入り固形栄養食を適当に掴む。

 これを食べさせて、今日は早く帰ってもらう。

 それ以外の感情はなかった。好きでもないし嫌いでもない。だから怒ってもいない。ただ、何かをしてやる気がすっかり失せていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こんにちは、付喪神です。

江多之折(エタノール)
BL
すみません、息抜き用に連載に昇格しました。そっと連載してる。 背後注意のところに※入れる感じでやります 特に大切にされた覚えもないし、なんならUFOキャッチャーでゲットしてゲーセンの袋に入れられたまま年単位で放置されてたけど、神、宿りました。 見てください、人型です。…なんで? あ、神といっても特別な能力とかないけど、まぁ気にせず置いといて下さいね。宿ったんで。って汚?!部屋、汚ったな!嘘でしょ?! え?なんですか?ダッチ…? 社畜気味リーマン(Sっ気有)×付喪神(生まれたての家政婦)の短編。じゃなくなった。でもゆるめ。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

【完結】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
番外編はTwitter(べったー)に載せていきますので、よかったらぜひ🤲 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 ⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆ 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

兄の彼女/弟の彼女

逢波弦
BL
兄×弟です。大学生の兄が彼女と性行為をしていることに、妬いた高校生の弟が兄に迫る話。最後は両想いになります。

処理中です...