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夜天の主 編

ハク

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 その子犬は三匹の兄と共に生まれた。同じ日に、大差時間差なく生まれ、兄や妹といった垣根は無かったが、一匹だけがメスだったこともあってか末っ子の妹という位置付けで可愛がられた。母や兄達だけでなく飼い主であろう人間のも一番可愛がられていた。
 だが、しばらく経った頃、四匹の子犬達はダンボール箱に入れられて雨の中、捨てられてしまった。
 飼い主であった女の子の家庭の事情だった。父親の転勤が決まり、新しい家はマンションでペット可ではあるものの親犬二匹に子犬四匹、合計六匹はとてもじゃないが飼えない。今の一軒家でも厳しく、里親を探していたところだったくらいだ。
 しかし、父親の会社が子犬の里親が見つかるまで待ってくれる訳もなく、女の子は泣く泣く子犬達を捨てることにした。
 無責任な人間の所業だ。
 子犬達はそんな事実を知る余地はない。
 雨の中に捨てられてしまった四匹の子犬は身を寄せ合い寒さに耐えた。助けは来ず、一匹、また一匹と身体が冷たくなっていった。最後に残ったのは末っ子の子犬だった。兄達が末っ子を守るようにして囲っていたことで雨に体温を奪われないで済んだのだ。
 子犬は冷たくなった兄達を前足で撫で、鼻先で突き、舐めてみるが反応はない。
 死、という事を子犬は知らない。
 ただ動かない。
 それは異変だと本能的には理解した子犬は助けを呼びにいった。
 雨水を吸ったダンボールは脆く、子犬の力でも簡単に抜け出すことが出来た。
 雲の切れ間から朝日が指す中、子犬は初めての外の世界を走った。初めて味わう硬く、冷たい道路の感触。見たことのない景色ばかり。飼い主の女の子の家がどこかなんて知らない。
 それでも子犬は走った。
 長い長い時間走り続けた。
 登り始めていたはずの太陽は頂点を通り過ぎて傾きかけていた。
 子犬が橋に差し掛かった時だ。正面から二台の自転車が並走して向かってくる。乗っている人間は隣同士で会話を弾ませて子犬に気づいていない。
 長い時間走り続けていた子犬の体力は限界を迎えていて、最後の力を振り絞って子犬は横に跳んで避けた。
 跳んだ先にーー足場は無かった。
 子犬は川に落ちた。
 雨の後の土砂混じりの激流。大人でも抗うことが困難な勢いに、精根尽き果てている子犬に抗う術はない。水の中に飲み込まれようとした時、子犬は水の上に浮上する。
 一人の少年が子犬を助けたのだ。
 これが、後に真神となりハクと名付けられる子犬とコウイチとの出会いだった。
 ーーハクの命の恩人。
 ーーかけがえのない大切な存在。


 めをあけたら、くらいところにいた。

「コウイチ、どこ?」

 だいすきなヒトがいない。
 たいせつなヒトがいない。
 どこ?
 コウイチ、どこにいるの?

「ギリギリで命を繋いだみたいだな」

 うしろからこえがして、ふりかえる。
 そこにはカミサマがたっていた。

「アメノマ?」
「よく覚えてたな、ちっこいの」

 しんだときにきたところ。

「ハクしんじゃったの?」
「んにゃ、ギリギリのところで生き返った。ちっこい癖に無茶しやがって。真神じゃなかったら即死だったぞ」
「でもハク、コウイチまもれなかった」
「それは違う。お前がいなかったらアイツは死んでた。お前が作った一筋の希望がアイツを生かしたんだ」
「……でも、なにもできてない」

 まもれてない。
 クロがたすけてくれただけ。

「なら、次負けなきゃいいだけだろ?」
「……でも」

 あんなのにかてるきがしない。
 ゴツン。
 あたまがいたい。

「ウジウジすんじゃねえよ。お前はなんだ?」
「ハクは……なに?」
「お前はオレが力を与えてやった真神だろ? 神獣なんて枠には収めたが、お前は神に仕える獣じゃなくてな、神そのものなんだよ。だから、お前が本気になりゃあんなトカゲ1匹一捻り出来るんだぜ? 自分と向き合え。お前の強さは想いだ」
「おもい?」
「コウイチをどれだけ大切に想っているか。そしてその想いをどれだけ表に出せるかだ」
「……ハクはコウイチだいすきだよ! だれにもまけないよ!」
「でもよ、お前は自分の力を表に出すことを怖がってる。薄々気づいてんだろ? 自分じゃ抑えきれるかわかんねぇ力が内に渦巻いてるってのをよ。もっと素直になったらいいんじゃないか。でないと、大好きな人を他の奴に取られるぜ?」

 うるさい! うるさい!
 ハクはコウイチにあまえてられたらそれでいい。
 他の女の人がコウイチの傍にいるのは嫌! そこはハクの場所だ!
 アイリスとメアリならだいじょいぶ。
 あの二人でも嫌イヤいや嫌。コウイチの隣はハクだけ! 他は要らない!
 ハクはこわい。チカラをつかったらコウイチがはなれていっちゃうきがする。だから、キバとツメさえあればそれでいい。

「やらずに後悔するよりもやって後悔しろ」

 ハクはハクが怖い。
 ハクはハクのチカラが怖い。
 ハクは元の姿になるのが怖い。
 ハクがハクで無くなってしまいそうだから。

 ハクがハクじゃなくなったら、コウイチはハクのことを嫌いになる?
 大丈夫、コウイチは何があってもハクのことを嫌いにならない。
 ハク、捨てられない?
 大丈夫、捨てられない。
 あなたはだれ?
 私はあなた、あなたは私。
 ハクと、、、ハク?
 私はあなたの想い。あなたのチカラ。このチカラはあなたの想いそのものだから恐れないで。大丈夫だよ。
 ……大丈夫。
 そう大丈夫。じゃあ、あなたは誰?
 ハクはハク!
 あなたはナニモノ?
 ハクはマガミ!
 あなたの大好きな人は?
 ハクがだいすきなのはコウイチ!
 誰にも取られなくないよね?
 うん! 誰にも渡さない!
 アイリスやメアリにも?
 うん! 絶対に渡さない!
 じゃあ、顔を上げて! 強くなりましょう!
 うん!ハク強くなるよ!

「アメノマ、ハク強くなる! 次はあんな白トカゲに負けたりしない!」
「いいねぇ。真神化させた甲斐があるぜ。戻るついでにコウイチにコレを渡してくれ」

 そう言ってアメノマは銀色の片刃の剣を地面に突き立てた。
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