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夜天の主 編

夜天の主を地獄の修行へご案内

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 アイリスの高速小型船ストレインの談話室で錚々たるメンバーが丸いテーブルを囲んで、テーブルの上に置かれた黒銀色の剣に頭を悩ませる。
 上座の花魁のような派手な着物を着たタマモから時計回りに、
 詐欺師っぽい赤いロングコートのウロボロス、
 初顔の筋肉ムキムキ男のミドガルズオルム、
 冒険者ギルド代表のメアリ、
 地下工房代表ゲンジ、
 ストレインの主人アイリス、
 今回の元凶コウイチ、
 眠そうにコウイチの腕に抱きつくハク、
 総勢8名が神妙な面持ちで顔を突き合わせていた。

「別によう。責めるつもりはねえんだけどよ。なんてモノ作ってくれたんだよ……」

 ミドガルズオルムが呆れ半分といった感じに愚痴をこぼす。
 黒剣:夜天が無事に完成したのはいいが重大な問題を抱える事となった。
 力が発現していない封域状態でも軽く振るうだけでアヴァロンの防衛結界の魔力結合を崩壊させ、雲海を断ち切り、海を割り、露出した海底を穿ち喰らう。

「結界は一からの構築を余儀なくされ、再構築には一ヶ月は必要って感じだな。はぁ、まったく」

 ミドガルズオルムは、今度は深い溜息を吐く。彼の役割はアヴァロンの防衛である。
 大事な事なのでもう一度言っておく。
 ミドガルズオルムの役割はアヴァロンの防衛であり、結界の構築及び維持も彼の仕事である、と。

「余計な仕事増やしやがって」
「結界の一つや二つ、小さい男やね」
「タマモ、お前は黙ってろ!? そもそもお前が白いのを見落としたせいだろうが」
「おい、糞ヘビ。ウチは確かに白いのを見落とした。けんど、それとこれは別問題やわ。前者の結果はどうあれ、後者の結果は変わらんかったんとちゃう?」
「いやいや、前者の結果でハクが傷つかなければ向こう側に行くことはなかった。てことは神剣は世界に現出しなかった。つまり、後者の結果は生まれなかった」
「ああ言えばこう言う。もう分かったわ。今日という今日はどっちが上かはっきりさせなあかんようやね、糞ヘビ」
「そうみたいだな、年増狐」
「表でいっ!?」
「表でろっ!?」

 霊長類の頂点に君臨する馬鹿二匹が喧嘩をしに外へ出て行ってしまった。
 説明しなくても分かるようにタマモとミドガルズオルムは犬猿ならぬ狐蛇の仲で、非常に仲が悪い。
 それでも同じ目的のために互いの背中を任せている関係でもある。
 外から拳と拳が打ち合う鈍い音が響き始める。

「ウロボロスさん」
「何も聞かないでくれると助かります」

 ウロボロスが遠い目をしていた。

「それよりも問題を片付けましょう」

 改めて、黒剣:夜天をどうするか考える会議を再開させる。
 議論するのは二点。
 黒剣の所有者を誰にするか。
 黒剣の切れ味をどうにかできるか。

「所有者はコウイチさんではダメなんですか?」

 というメアリからの至極当たり前の疑問に答えたのはコウイチ自身だ。

「問題になるのは切れ味封印の方なんだ」
「封印?」
「俺もよく分かってないんだけどさ。霊装とかいうのを展開出来れば封印出来るらしい」

 黒剣:夜天はあらゆる物質を切り裂く。現存する物質では黒剣:夜天を納める鞘を作ることが出来ない。そこでウロボロスが提案したのは、黒剣:夜天の力を制御して力の一端を常時顕現状態で鞘の形状を模して維持することだった。

「そんな事、可能なんですか?」
「理論上は可能です。ですが、問題はコウイチさんでは無理だということです」
「魔力量か」

 ゲンジの呟きにウロボロスが頷いた。

「正確には域値の問題です。魔鉱鉄の域値は魔力量1万、対して黒剣:夜天の域値は100万です」

 一般人の魔力量は3000~5000で、コウイチの魔力量は5000前後と一般人レベルだ。
 この魔力量では魔鉱鉄はおろか黒剣:夜天を使うなど夢のまた夢なのである。

「私は70万ですし……」
「我々は全員数億単位の魔力を有していますが、この通り黒いのが認めません」

 ウロボロスが黒剣:夜天に触れようとするとバチッと火花を生じさせて手を弾いた。

「基準は分かりません。しかし現状、この剣に触れられるのはコウイチさん、ハクさん、そしてーーアイリスさんの三名だけです」

 一斉にアイリスへと視線が集まる。

「え? わ、私!?」

 良かったね、アイリス。欲しかった剣が手に入ったよ!
 コウイチはそっと目を背けるのでした。



 アイリスの魔力量は4000万という人類種の歴史を漁っても類を見ない桁外れな魔力量の持ち主なのだ。黒剣:夜天の域値を超えるなんて造作もない。

「でもいいの? 私がこの剣貰っちゃって。大切なモノというか……ヒトというか、龍なんでしょ?」
「大切っちゃ大切だけど、アイリスも同じくらい大切な仲間だしさ。それに俺はクロを使ってやれないからアイリスに使って貰った方が本望だろうしさ」

 今のままでは部屋に飾っておくのも危険だし、純粋に宝の持ち腐れでもある。そして何よりも……ぶっちゃけクロには悪いが、本音としてはそんな危ない物を持っていたくない。
 そんな本音からコウイチはアイリスに黒剣:夜天を押し付けたのだった。
 若干、黒剣:夜天の黒銀色の刀身からプレッシャーを感じるのは気のせいだろうか……。

「それなら良いんだけどさ」

 おもむろにアイリスが柄を握り剣を持ち上げた瞬間、

「――っ!?」

 パシッ、とアイリスが左の薬指に嵌めていた赤い指輪が砕け散り、更に魔鉱鉄の腕輪が黒く変色して崩れ落ちる。

「自分以外のものは異物として認めない、といったところでしょうか。おめでとうございます。アイリスさんが無事に主だと認められたようですよ」

 ニコニコとウロボロスが小さく拍手を送る。

「わ、私の大切な……指輪がぁぁぁ」

 コウイチが初めて加工した晶石の指輪。アイリスにとってどんな意味があったのかは推し量るところだが、目尻に涙を浮かべるレベルで相当ショックを受けている様子だった。

「それ安物だったんだだろ? そんな泣かなくても」
「値段の問題じゃなくて、あなたに貰った……ううぅ」

 超絶危険な黒銀色の刀身が傾く。

「わーっ、分かった分かった。また作ってやるからしっかり握れっーー!?」

 アイリスの手から滑り落ちそうになった剣をコウイチは慌ててアイリスの手を上から握りしめて支えた。

「っ!? ホント!?」

 頬を朱に染めたアイリスが潤んだ瞳を輝かせた。

「今度は銀のお揃いの指輪が嬉しい!?」
「お、おう。考えとくよ」

 銀の指輪でお揃いですか……誰と? そういや左の薬指に指輪嵌めてなかったか?
 ちょっと頭痛がしてきた。
 俺の考え過ぎというか妄想で終わってくれれば良いんだけど……取りあえずアイリスのフラグを立てるようなイベントをクリアした記憶はない!

 手と手を握り合う男女。
 お揃いの指輪をねだる女。
 それを了承する男。

「お取込み中のところ悪いんだけどね。ちょっとお姉さんと詳しいお話しよっか?」

 メアリは二人の肩を掴み、微笑むのでした。

 傷だらけの狐と蛇がふんぞり返り、お通や状態で虚空を見つめる男女が肩を並べ、その二人の膝をベッドにするようにして白い少女が丸まって眠り、すまし顔で紅茶を飲む嫉妬の権化が鎮座し、我関せずと携帯端末で仕事の連絡をしている職人が溜息を吐いた。
 ウロボロスは一人、頭を抱えた。

「それで話はまとまったってことでええんやね?」

 傷だらけの狐が頬のキズに絆創膏を張りながら机に寝かされた剣に視線を落とす。

「アイリスさんが夜天の主として認められました。ですので、あとはお願いしてよろしいですか?」
「一年足らずの突貫修行やけんど、希望を護る騎士様には強うなってもらわなあかんさかいにな」
「ま、常時霊装状態を維持できるくらいには仕上げて見せるさ」

 傷らだけの狐と蛇が同時に立ち上がり、お通や状態で虚空を見つめていた女の方の背後に回り込み両脇から腕を掴んだ。そのまま持ち上げられ宙ぶらりんになる。

「えっ――」

 女の方の膝が無くなったことで白い少女がごろんと床に落ちて小さくうめき声をあげた。

「ほなら後のことは頼むで」
「ま、定期的に交代で帰っては来るけどよ。いつもの島でやってから何かあったら連絡くれ」
「あ、あの……どこに?」

 修行に決まっとるやろ、と傷らだけの狐が不敵に笑う。
 三人の出発を見届けた後、

「わあぁ、ねえねえ。もうお芝居終わったの? ハク退屈~」
「何とか自然な形で危険物処理終わったよ。アイリスは元々、あの剣欲しがってたし悪いことをしたつもりはないんだけど……罪悪感はあるかな」

 黒剣:夜天の切れ味をどうにかするには霊装を展開させるしかない。その為には使い手――夜天の主を選定しなければならかなった。
 もうお分かりですね?
 今回の一件は全て"演技"です。
 アイリスさんを夜天の主にして霊装を展開出来るようにするための修行へと送り出す為の。
 まあ、どこかの二匹が喧嘩を始めたり、エルフの一人が嫉妬に駆られたりしましたが何とか落ち着くところに落とせましたので結果オーライでしょう。
 あとはあの二匹の修行でアイリスさんが壊れないことを祈るのみです。

「さて、我々もそれぞれの行動に移るとしましょう」

 一年後、アイリスを連れて行った二匹を除き、他全員は変わり果てたアイリスの姿に絶句し、生涯を通して支えてあげようと決めるのでした。
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