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夜天の主 編

真なる神の純白の愛

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 けたたましい轟音が響き渡るブリッジで操舵席に座るメアリが目を血走らせて無数に表示されていくモニターに追われていた。

「ああ、もうっ!? こっちは戦艦での実戦経験なんてないのよ!? アイちゃん、回避の方お願い!!」
”承知いたしました”

 メギド・レナーテ率いる魔獣の群れが補足されて5時間、アヴァロン有志による連合部隊が接敵して1時間が経過しようとしていた。
 敵の数は40万を超える一方で、こちら側は冒険者と民間協力者を合わせても1000程度。銃火器を備えた航空船の数は大小合わせて17隻。その内の一席はコウイチの移動工房艦アメノマだ。
 移動工房艦アメノマは九尾狐のタマモ、大蛇ミドガルズオルムに次いだ戦力で、防衛ラインの要として配置されている。
 作戦はタマモとミドガルズオルムがメギド・レナーテを抑え、残り全員で援軍が到着するまでの時間を稼ぐ防衛線だ。理論上は6時間は持たせることが可能だと判断されていた。
 艦長席に座る無力なコウイチは暇を持て余し、

「二人ともガンバレェ~、フレーフレーメアリ! 頑張れ頑張れアーイ!」

 自前のポンポンを持って応援し始めた。
 この状況でそんな馬鹿をやって怒られないはずもなく――、

「黙って座ってなさい!?」
”マスター静かにしてください”

 コウイチは『馬鹿者です』と書かれたプレートを首からかけさせられて床に正座させられた。
 モニター越しに戦線を離れてアヴァロンの領域から離脱していく船や冒険者たちの姿が映る。
 馬鹿者のコウイチにも状況が最悪で絶望的なのが分かる。
 この戦いへの参加は強制ではない。
 だから、失敗した。
 開戦前は僅かな希望を持って戦いに挑んだ者は”現実”を見せられ次々に逃亡していった。戦闘開始から1時間が経った今、1000は居たはずの戦力も500以下に落ち込み、17隻あった航空船の数は5隻にまで減っていた。報告によれば今の所、死者は出ておらず重軽傷者200、撃墜された船は3隻。他は逃亡。
 今この戦場に残っているのは”アヴァロン以外”では生きていけない特別な事情を抱えた者達だけだ。普通の者は余所の土地で生きていくことくらい造作もない。アヴァロンは便利であるから利用していただけに過ぎず、無くても問題がないのだ。
 参加に強制力が無いからこそ、この戦線は容易に瓦解してしまった。
 もし仮に強制力があったならば……否、命を懸けるのに強要をしてはいけない。強要を始めてしまえば、果ての未来に待つのは支配だそうだ。それでは共存という道を辿ることは不可能だ。
 それを体現する為にタマモは一人でも戦うと言って先陣を切ったらしい。

「綺麗事だよなぁ」

 二人には聞こえないような声でコウイチはぼやいた。
 コウイチはタマモ達が目指している共存が実現することは不可能だと思っている。
 世の中は”責任”を背負う事で成り立っている。
 強制力のない善意ボランティアに責任はない。
 もし善意で成り立つ世界があるとするならば、それは――架空の物語に登場する正義の味方しかいない狂った世界だ。
 コウイチにはハーレムを作るという超重要な目的がある。
 アヴァロンは第二の故郷であり、それはメアリ達にも同様でもある。
 だから、ハーレムを作って住む場所はアヴァロンでないとダメなのだ。
 その為にコウイチは何も出来ない代わりに、自分が望む未来の為に防衛ラインの責任を全て背負うと決めて艦に乗り込んだのだった。

「あれ? そういやハクは?」

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 ハクは移動工房艦アメノマの船首に座り狐と蛇が気色悪い生物と戦う姿を眺めていた。
 勝ち目のない戦い。
 尻尾を巻いて逃げるのが正解。
 でも、コウイチがここを守りたいと思ってる。
 言葉にはしていないけど何となく分かる。

「なら、守らないと」

 ハクはアメノマに言われたことを思い出しいた。
 お前は自分の力を表に出すことを怖がっている。
 自覚して前よりも強い力を出せるようになったけど……それでも”本当”の力を出すことに戸惑いがあった。
 コウイチに嫌われたらハクは生きていない。

「コウイチ……嫌いにならないでね」

 ハクは――真神の力を解放することを決めた。

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 移動工房艦アメノマに群がる無数の魔獣。
 300を超える主砲、副砲をもってしても捌ききれるものではなかった。
 撃ち落とせなかった魔獣は艦の周囲に展開されている障壁に取り付く。障壁に阻まれている間に遊撃部隊が処理していくが、艦の防衛システムにダメージは蓄積されていった。次第に障壁の能力は低下し、幾つかの攻撃が抜け始めた。

「ぐっ!? このままでは」
”サブマスター。マナフィールド56%まで低下。障壁の維持は困難です。戦線からの離脱を提案致します”
「分かっているわ。でも、逃げないのよね?」

 メアリはプラカードを下げて正座するコウイチに視線を向けた。

「当然! ここで逃げるくらいなら、そもそもこの戦いに参加してないよ」
「と言うことみたいだから……アイちゃん、もうひと踏ん張り頑張りましょ。あの子が必ず帰ってくるから」
”私はとても愉快な方々をマスターに持ってしまったようです”

 アイが艦の出力の大半を障壁の維持へ回そうとした瞬間。
 警告アラートと同時に艦を轟音と衝撃が襲った。

”マナフィールド消失。右舷被弾。メイン動力75%まで低下。障壁再構築まで32秒”

 淡々と被害状況を述べるアイは、同時に原因をモニターに映し出した。
 戦線の遥か後方。有象無象の魔獣の中にそれは隠れていた。

「なに、あれ」

 メアリはその姿に驚愕の余り言葉を失う。
 棘に覆われたような小型の黒い狼が青白い雷を纏って魔獣の群れの中に鎮座していた。
 アイがライブラリ照合結果を提示する。

”アイゼン・ヴォルフ。全身が鋼の体毛で覆われた雷狼。体内に高電圧を発生される電気袋を持つ希少な魔獣。恐らくは自身の鋼の体毛をレールガンの要領で放ったのかと思われます”
「って、そんなことよりも!?」

 障壁が失われた今、移動工房艦アメノマを守るものがない。
 魔獣の群れが目前にまで迫っていた。


『ハクが守るっ!?』

 純白の光が移動工房艦アメノマを包み込み魔獣を退けた。
 まるで最初からそこに居たかのように純白の巨狼が艦の前方に出現し、魔獣の群れに向けて咆哮して威嚇する。
 真・真神の加護(極限):コウイチに捧げるハクの純真な愛。
 それは己が全てを曝け出してでも愛する人を守りたいというハクの決意の姿だった。
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