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夜天の主 編
憐れなる者、共に滅びの道を歩もうぞ!?
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「シネ。ーー断界」
漆黒に繭から飛び出した少女は、夜の闇を写し取ったかのような美しい黒い剣を躊躇いなく振りかぶる。
メギド・レナーテは正気の沙汰かと驚愕し、自身の背後を見た。
背後に広がるのは雲海、その先には大海があり、それ即ち星である。
概念領域に到達した力はこの世界の法則を無視している。
物理限界を余裕で超えている。
物理法則に準ずるこの世界の物質である星に落ちれば大地が滅びるのは明白。
己が力で世界を滅ぼさない事。それが力を持つ者のマナーと言うべきか良識のようなものである。
隔絶した空間を作り力を行使したのは世界を滅ぼさない良識であると思っていたが……少女がそれを振り下ろすのであれば少々状況が異なる。
あれは世界を滅ぼす刃。
良識を持たぬ力を持つモノは絶対悪であり、この世に生かしておいてはならない存在である。
これは殲滅派や共存派という派閥と言った垣根を超えた常識である。
この戦争においてメギド・レナーテが標的とした空中都市アヴァロンは、その存在そのものが時限爆弾のような代物である。落ちれば世界を汚染する。ただ汚染するだけの鉄の塊だ。
メギド・レナーテは黒い剣を持つ少女を見極めることにした。
少女は眩い星々が煌く夜の闇を噴出させた黒い剣を無情にも振り下ろした。
”戯けが!? 良識の一つも忘れたか!?”
メギド・レナーテは自身を拘束していた黒い鎖を引き千切り、内に蓄えた全魔力を解放する。更に大気の魔力も可能な限り集束させて一つの魔力球を作り出す。
赤と黒が入り混じった混沌とした球体。
メギド・レナーテが持つ最大の概念領域に到達している魔法――混沌球体:カオスティック・ロア。
隔絶空間が消えた今、本体から切り離した魔法を行使しても無効化されないはずだ。
少女が放った夜の闇の線の攻撃をメギド・レナーテは混沌の魔力球による点で受け止める。
二つの力が衝突した地点を中心に空間が歪み、行き場を失った力が周囲に破壊の嵐をまき散らす。
少女も本気なのだろう。
正面から全力でぶつかって分かる。あの黒い剣は間違いなく”黒いの”であると。
だが、今はそんなものはどうでもいい程にメギド・レナーテは激怒していた。
その矛先は今は虫の息で海に落ちて漂っているのであろう狐と大蛇にだ。
……あの者ら。力を与える代わりに感情を捨てさせたか!? 共存とはよく言ったものだ。
世界を滅ぼすだけの力を大地に向けている状況になっても少女は事態の重大さに気づいていないどころか、少女の虚ろな瞳からは生気を感じられない。
メギド・レナーテは少女を憐れむ。
感情の殆どを失わされ力を使うだけの道具となり果てた不憫な少女を。
”其方には恨みはない。だが、良識を持たぬ力持つ者を野放しにしてはおけん! どんな口車に乗せられたかは知らぬが。憐れなる者よ、共に滅びの道を歩もうぞ!?”
「っ!?」
混沌球体が急激に膨れ上がり、夜の闇の線を伝うようにして憐れな少女を飲み込もうとする。感情を失うことで辛うじて行使出来ているであろう力を急に止めてその場から逃げる事は不可能であろう。
大人しく飲み込まれるが良い。
”安心せよ。逝くのは一人ではない”
膨張した混沌球体にメギド・レナーテ自身も飲み込まれていく。
===================================
ノイズ交じりの荒い画質のモニターが、赤と黒の球体がメギド・レナーテとアイリスを飲み込んでいく姿を映す。
コウイチの予感が的中した通り、黒い塊から飛び出したのはアイリスだった。少し様子は異なるが、この世界に来て初めて会った金髪エルフの顔を忘れるはずがないし、何よりもアイリスが空から取り出した黒い剣――黒剣:夜天の姿は脳裏に焼き付いているレベルではっきりと記憶している。
あれはアイリスとクロで間違いない。
「アイリスっ!?」
コウイチは身を乗り出してアイリスの名前を叫ぶ。
そんな声も虚しく、膨張した赤と黒の球体が収まった場所にメギド・レナーテとアイリスの姿は無かった。
===================================
メギド・レナーテの襲撃から1週間が経った。
敵が全滅したとあって戦後処理というほどのものもないし、元々張ってあった結界やハクの加護もあってアヴァロンへのダメージはゼロ。戦争に参加した者に大小の被害が出はしたが奇跡的に死者はゼロ。重傷者が何名かいたものの本来は全滅必死の戦争だったことを鑑みれば浅い傷だと言える。
重傷者の中でも最も酷い怪我を負ったのは最前線でメギド・レナーテと戦い続けたタマモとミドガルズオルムだ。
ミドガルズオルムは半日もしない内に意識を取り戻し、重症ながらも命には別条はないと言われている。しかし、タマモはメギド・レナーテの毒を多量に体内に取り込んでしまったことで治療が思うように進まなかったのが災いし、未だに意識が戻らず生死の境を彷徨っている。仮に目を覚ましても以前のように動けるかは分からないとのこと。
そして唯一、死者として数えるか議論されているのがアイリス=フレアスターだ。
彼女はメギド・レナーテと共に消滅した。
魔力反応も生体反応も探知されず。
ただ、死体が見つかっていない以上は死者にカウントするかどうか……という点でアヴァロン議会の面々は議論しているらしい。
メディアに発表するのにイチかゼロかは大きい。
……くだらない。
仲間を失い。
将来のハーレム要因を失い。
意気消沈しているコウイチの前に1人の少女が現れた。
フードを深く被ったコートに着られているような蒼い髪の少女――アオだ。
彼女は言う。
「あの子はまだ死んでないよ」
漆黒に繭から飛び出した少女は、夜の闇を写し取ったかのような美しい黒い剣を躊躇いなく振りかぶる。
メギド・レナーテは正気の沙汰かと驚愕し、自身の背後を見た。
背後に広がるのは雲海、その先には大海があり、それ即ち星である。
概念領域に到達した力はこの世界の法則を無視している。
物理限界を余裕で超えている。
物理法則に準ずるこの世界の物質である星に落ちれば大地が滅びるのは明白。
己が力で世界を滅ぼさない事。それが力を持つ者のマナーと言うべきか良識のようなものである。
隔絶した空間を作り力を行使したのは世界を滅ぼさない良識であると思っていたが……少女がそれを振り下ろすのであれば少々状況が異なる。
あれは世界を滅ぼす刃。
良識を持たぬ力を持つモノは絶対悪であり、この世に生かしておいてはならない存在である。
これは殲滅派や共存派という派閥と言った垣根を超えた常識である。
この戦争においてメギド・レナーテが標的とした空中都市アヴァロンは、その存在そのものが時限爆弾のような代物である。落ちれば世界を汚染する。ただ汚染するだけの鉄の塊だ。
メギド・レナーテは黒い剣を持つ少女を見極めることにした。
少女は眩い星々が煌く夜の闇を噴出させた黒い剣を無情にも振り下ろした。
”戯けが!? 良識の一つも忘れたか!?”
メギド・レナーテは自身を拘束していた黒い鎖を引き千切り、内に蓄えた全魔力を解放する。更に大気の魔力も可能な限り集束させて一つの魔力球を作り出す。
赤と黒が入り混じった混沌とした球体。
メギド・レナーテが持つ最大の概念領域に到達している魔法――混沌球体:カオスティック・ロア。
隔絶空間が消えた今、本体から切り離した魔法を行使しても無効化されないはずだ。
少女が放った夜の闇の線の攻撃をメギド・レナーテは混沌の魔力球による点で受け止める。
二つの力が衝突した地点を中心に空間が歪み、行き場を失った力が周囲に破壊の嵐をまき散らす。
少女も本気なのだろう。
正面から全力でぶつかって分かる。あの黒い剣は間違いなく”黒いの”であると。
だが、今はそんなものはどうでもいい程にメギド・レナーテは激怒していた。
その矛先は今は虫の息で海に落ちて漂っているのであろう狐と大蛇にだ。
……あの者ら。力を与える代わりに感情を捨てさせたか!? 共存とはよく言ったものだ。
世界を滅ぼすだけの力を大地に向けている状況になっても少女は事態の重大さに気づいていないどころか、少女の虚ろな瞳からは生気を感じられない。
メギド・レナーテは少女を憐れむ。
感情の殆どを失わされ力を使うだけの道具となり果てた不憫な少女を。
”其方には恨みはない。だが、良識を持たぬ力持つ者を野放しにしてはおけん! どんな口車に乗せられたかは知らぬが。憐れなる者よ、共に滅びの道を歩もうぞ!?”
「っ!?」
混沌球体が急激に膨れ上がり、夜の闇の線を伝うようにして憐れな少女を飲み込もうとする。感情を失うことで辛うじて行使出来ているであろう力を急に止めてその場から逃げる事は不可能であろう。
大人しく飲み込まれるが良い。
”安心せよ。逝くのは一人ではない”
膨張した混沌球体にメギド・レナーテ自身も飲み込まれていく。
===================================
ノイズ交じりの荒い画質のモニターが、赤と黒の球体がメギド・レナーテとアイリスを飲み込んでいく姿を映す。
コウイチの予感が的中した通り、黒い塊から飛び出したのはアイリスだった。少し様子は異なるが、この世界に来て初めて会った金髪エルフの顔を忘れるはずがないし、何よりもアイリスが空から取り出した黒い剣――黒剣:夜天の姿は脳裏に焼き付いているレベルではっきりと記憶している。
あれはアイリスとクロで間違いない。
「アイリスっ!?」
コウイチは身を乗り出してアイリスの名前を叫ぶ。
そんな声も虚しく、膨張した赤と黒の球体が収まった場所にメギド・レナーテとアイリスの姿は無かった。
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メギド・レナーテの襲撃から1週間が経った。
敵が全滅したとあって戦後処理というほどのものもないし、元々張ってあった結界やハクの加護もあってアヴァロンへのダメージはゼロ。戦争に参加した者に大小の被害が出はしたが奇跡的に死者はゼロ。重傷者が何名かいたものの本来は全滅必死の戦争だったことを鑑みれば浅い傷だと言える。
重傷者の中でも最も酷い怪我を負ったのは最前線でメギド・レナーテと戦い続けたタマモとミドガルズオルムだ。
ミドガルズオルムは半日もしない内に意識を取り戻し、重症ながらも命には別条はないと言われている。しかし、タマモはメギド・レナーテの毒を多量に体内に取り込んでしまったことで治療が思うように進まなかったのが災いし、未だに意識が戻らず生死の境を彷徨っている。仮に目を覚ましても以前のように動けるかは分からないとのこと。
そして唯一、死者として数えるか議論されているのがアイリス=フレアスターだ。
彼女はメギド・レナーテと共に消滅した。
魔力反応も生体反応も探知されず。
ただ、死体が見つかっていない以上は死者にカウントするかどうか……という点でアヴァロン議会の面々は議論しているらしい。
メディアに発表するのにイチかゼロかは大きい。
……くだらない。
仲間を失い。
将来のハーレム要因を失い。
意気消沈しているコウイチの前に1人の少女が現れた。
フードを深く被ったコートに着られているような蒼い髪の少女――アオだ。
彼女は言う。
「あの子はまだ死んでないよ」
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