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蒼の皇国 編

三皇の集結!? 純白と黒の挟撃!

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 気が付いた時には、コウイチは水で作られた鳥籠の中にいた。
 格子の向こうには水の上に立ち空を見上げるアオの姿があった。

「アオさんや、これはどういうことなんでしょうか?」

 コウイチが不貞腐れたようにしてアオに伺いを立てる。今の状況は凡そ理解出来ている一方で納得できていないのだ。
 それに対してアオは不思議そうな顔をした。

「なんのこと?」
「なんのことって……お前が蒼龍皇って呼ばれたこともだけど、三皇との契約を果たしたからアヴァロンは破壊しないんじゃなかったのかよ!? 約束の譲歩ってなんだよ!?」
「質問が一々多い」

 極端なほどのSSS(シンプル、ショート、ストレート)を軸とするアオは、一度に色んなことを聞かれると分かりやすいくらいに期限が悪くなる。
 今も可愛らしい双眸を半目にしてとてつもない剣幕で睨んできている。

「あ、えっと……すみません。一つずつ聞いてもよろしいでしょうか?」

 アオの機嫌は回復しないものの、不機嫌な顔は一度縦に動かされる。その表情から察するに「何が分からないのかが分からない」といった感じだ。

「まず何ですが、アオさんが蒼龍皇というのは本当でしょうか?」
「間違いない」
「どうして隠してたんでしょうか?」
「聞かれなかった。それに隠していない。わたしはちゃんと言った」
「え?」

 コウイチは鳥籠の中で胡坐を組んで思い返してみる。彼女が自分のことを蒼龍皇と名乗ったことがあっただろうか?
 名乗ったことはない……しかし、違和感を覚えたことは最近会ったのを思い出した。
 たしか、アオから地質改善の道具を作って欲しいと依頼された時だ。

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「貴方は蒼龍皇と契約した」
「確かにアイリスを狭間から助ける代わりに契約したよ。それは浄水フィルターを完成させたことで達成されてるじゃん?」
「何か勘違いしている?」
「?」
「貴方がわたしの為に力を使ってくれるのなら、わたしが彼女を迎えに行ってあげる。この契約には回数も期間も定めていない」
「え、マジ?」
「だから、貴方は生涯、わたしの為に力を使わないといけない。これは他を差し置いてでもすべき最優先事項」
「詐欺だぁぁぁぁぁ!?」

===================================

 蒼龍皇と契約をした。
 貴方が”わたし”の為に力を使ってくれるなら、”わたし”が彼女を迎えに行ってあげる。
 貴方は生涯、”わたし”の為に力を使わないといけない。
 蒼龍皇と呼称する部分をアオは間違いなく”わたし”と言っている。自信が蒼龍皇だと明言してはいないが、隠しているつもりは本当になさそうだ。

「……言っていますわ」
「だから、貴方はわたしのモノ。何か問題ある?」
「いえ、何も御座いません」

 先日、アオと一緒に蒼龍皇はアオが水で作り出したモノということなのだろう。
 あれ?
 でも、どうして正体を隠すようなことをしたのだろうか。アオが蒼龍皇であり、正体を隠すつもりがないのなら、あの場に連れて行く必要はなかったはずだ。もう一度、あの荒廃した土地を見せるためだとしても隠す気がないならあんなことをする手間は必要ない。
 アオは何かを隠している気がする。
 コウイチが思考を張り巡らせているとアオがずいっと童顔の可愛い顔を近づけて来る。
 心臓が高鳴った。
 ハーレムを作ると豪語してから数か月以上。複数の美女、美少女と一つ屋根の下で暮らしているにも関わらず未だ童貞のコウイチにとってそれは心臓が飛び出しそうになる行為だった。
 本来は美しくも恐ろしい蒼いドラゴンであっても、人間の姿は抱き枕にしたいと思うほどの可愛い女の子なのだ。吐息がかかる距離にまで接近され、その上で目をじっと見つめられてドキドキしない訳がない。

「もういい?」
「ま、待って! もう一つだけ!?」

 コウイチが高鳴る鼓動を抑えつつ手を上げると、またアオの機嫌が悪くなった。今度はちょっと可愛らしく頬を膨らませて首を縦に振る。
 普段のアオは冷静沈着かつ鉄仮面を被ったような無表情なのだが、その実は意外と短気で面倒くさがりで子供っぽいところがある。例えばプリンの件とか、問題の解決は力づくだったりとか。
 コウイチは内心、後でどんな目に遭わされるんだろうとビクビクしながら質問を言葉にする。

「俺が三皇との契約を果たしたからアヴァロンは破壊しないはずじゃ?」
「わたしたちからは危害を加えない」
「じゃあ――」
「でも、あれが落ちるなら話は別」
「と言いますと?」
「……説明が面倒」

 ここにきてアオの面倒臭がりが発動してしまった。むしろ、ここまでよく質問に答えてくれたくらいだろう。
 アオが視線を横に動かし、

「白いの、あとヨロシク」

 そう言うとアオの視線の先ー―何の変哲もない海面にタキシード姿の老人とチャイナドレス風の格好をした紅い髪の女性が現れた。
 白龍皇はため息交じりに首を左右に振った。

「仕方がないのう。あれが落ち――」
「ちょっと! その前にあたしを紹介しなさいよ!?」

 説明が自然に開始されたのに対し、紅い髪の女性が驚いた顔をして声を上げた。

「紅いの。紹介も何も何度もあっておるだろ?」
「それはアンタたちだけ!? あたしは初見だから! 初めましてだからっ!? というか、ナチュラルに説明を始めた辺り、凄く怖いわ」
「成程。コウイチ、これは紅いのじゃ。それでアヴァロンの――」
「だーかーらー、何食わぬ顔で説明を進めるなって言ってんの!? 第一に、これは紅いのじゃ……って、それだけ? もっと言う事あるでしょ。この白龍皇と蒼龍皇は自分の事以外に何にもしないから、あたしが裏で色々情報収集とかして回ってたんだからね! あんたが白龍皇の住処に来た時も船の航路上に邪魔なのが出ないように睨み利かせて回ったりもしてたんだから感謝しなさいぶばっ――」

 紅いの――紅龍皇の顔面に手のひらほどの水の球が命中した。
 真っ赤な燃えるような髪から水が滴る。

「紅いの、うるさい。黙って」

 この数か月、共同生活を送ったコウイチには分かる。アオはほぼマジギレ寸前である。
 紅龍皇は自身を炎で包み濡れた髪を乾かすと両手に炎の球体を作り出してアオを睨みつけた。

「やってくれたな、この駄龍!?」
「誰が駄龍か!?」

 アオと紅龍皇が距離を取った。
 水と炎の球体が無数に出現し、それらは互いに衝突して小規模な爆発を発生させていく。
 アオが杖を振りかぶったのに対して、紅龍皇は炎で大剣を作って担いだ。
 二人の視線が交差する。
 女同士の一触即発の現場にこんな形で遭遇するとは思ってもみなかった。
 やがて耳を突き刺すような爆音が止み、海に凪が訪れる。
 風の音も、波の音も、鳥の鳴き声さえも聞こえない。
 完全な静寂。
 そこに一陣の風が吹き抜けた瞬間、二人が同時に動いた。
 二人の武器は互いの武器を捉える事無く、二人は交差し――互いの背後から襲い掛かろうとしていた黒と純白の攻撃を受け止めていた。
 アオが受け止めたのは漆黒の装束を纏った少女の星空の闇の双刃。
 紅龍皇の炎の大剣が受け止めたのは真っ白な巨狼の鋭い爪。

「お兄ちゃんを返してっ!?」
「コウイチを返せっ!?」

 アイリスとハクが声を揃えて叫んだ。
 紅龍皇が口元を嬉しそうに曲げてハクの爪を弾いた。

「蒼龍皇、こいつはあたしが貰うからな!」
「好きにして」
「と言う訳だ。ハクと言ったか? 少し付き合って貰うぞ」

 紅龍皇の身体が炎に包まれ、紅い龍へと姿を変貌させる。
 三皇が一匹、紅龍皇の本来の姿だ。
 海面からポコポコと気泡が上がり、湯気が立ち上り始める。
 水の鳥籠自体は問題なかったが籠の中の温度が急激に上昇し、瞬く間にサウナ状態になった。
 呼吸をするだけで肺が焼けそうになる。

「――――」

 急激な温度変化にコウイチは眩暈を覚え、ふらりと鳥籠の床に倒れ込んだ。
 途端に鳥籠の床がひんやりとした。
 朦朧とする意識の中、コウイチは水の鳥籠が凍っていたのを目にする。
 ただ不思議な事に、凍っていても寒く無く丁度良い心地の良い温度だった。

「紅いの。もっと離れて」
「あー、ごめん。それじゃあ、子犬ちゃん。少し場所変えようか、君のご主人様が死なないようにね」

 紅龍皇が翼を羽ばたかせてハクに突進する。
 その動作は緩慢でハクなら如何様にでも回避することが出来ただろう。しかしハクは迎え撃つようにして四肢を宙に広げて姿勢を低くした。コウイチの方を一瞥して口を開く。

「アイリス、コウイチをお願い!?」

 紅龍皇の突進を受け止めたハクは後方に飛び跳ねるようにして、紅龍皇ともつれ合うようにして空の彼方へと消えていった。
 残されたアオとアイリスは互いの武器を交差させたまま睨み合う。
 アオとの実力差は明白で、戦歴からしてアイリスに勝ち目はゼロ。ハクへの返事をする余裕もない。もししていれば、その瞬間に勝敗が決しているだろう。

「アオお姉ちゃん、コウイチお兄ちゃんを返して!」
「どうして?」
「アヴァロンを助けるのに必要なの!」
「それは嘘。あの金属の塊に彼がするべきことはもうない」
「…………」
「この事態はキツネ共の怠慢」

 全て真実。返す言葉なくアイリスは沈黙のまま、視線だけは逸らさなかった。
 朦朧としていた意識が鮮明になり、何とか持ち直したコウイチは重怠い身体を起した。眩暈とまではいかないがボォーっとする頭で二人の戦いを眺める。

「アイリス、ここに邪魔者はいない」
「っ!?」

 アオはコウイチに一度視線を向けてからアイリスに向き直り悪魔の言葉を告げる。

「わたしの邪魔をしなければ、少しの間、彼を独り占めできる。それと――」

 アオがアイリスの耳元で何かを囁いた。

「っ――」

 アイリスの集中が途切れた瞬間、ガクンとアイリスは崩れ落ちるようにしてアオの腕の中に納まった。アイリスが意識を失った為か、彼女が両手に握っていた星空の闇を象ったような二本の短剣が光の粒となって消えていく。
 精神攻撃は基本にして究極の戦術だ。
 何が起きたのかコウイチには分からなかった。ただ、アオがアイリスの意識を刈り取ったのだということは何となく理解した。
 アオがぐったりとしたアイリスを抱きかかえて鳥籠の前に来ると、格子がぐにゃりと広がった。

「この子をお願い」
「えっと、は、はい」

 ただ言われるがままコウイチはアイリスを受け取った。アイリスの身体は見た目通り小さくて、片手でも抱けるほど軽かった。
 アオがアイリスの頭を撫でながら優しい顔をする。

「その子はまだ精霊として未熟。だから軽い。何もない空っぽの器」
「空っぽの器?」
「黒いの……貴方がクロと呼んでいる精霊は、わたしのお爺ちゃん。その子の元々の人格はお爺ちゃんの力を受け入れる為に自分の全てを封印した」
「お爺ちゃん!?」

 驚愕の事実に驚きを隠せなかったコウイチだが、それ以上にアオの口から流暢に長々とした言葉を並んでくるのにも驚いた。
 彼女の言葉は更に続いてく。

「心は正と負のバランスが重要。今のこの子は正も負も不十分で不安定な状態。今のままだとお爺ちゃんの負の感情が勝つ。そうならないように正の感情を沢山与えて」

 負の感情が高まれば精神が崩壊し狂気へと落ちていく。最終的には全てを破壊するだけの存在になってしまうらしい。
 クロも同じだったそうだ。変わらぬ世界の有り様に絶望し、世界を滅ぼうそうとまでしたことがあり、しかしそれは寸前のところで自ら自我を取り戻し、コウイチたちが出会った山の洞穴に引き籠ったとのことだ。

「正の感情っていうと楽しいとか嬉しいとか?」
「そう。特にこの子の場合は幸福感、優越感、そして独占欲。貴方を独り占めにすることがこの子にとっての最大の栄養。貴方が思っている以上にこの子にとって貴方は特別な存在。
 この子は自分の本当の気持ちを表に出すのが嫌い。貴方のことを好きだということを心の深いところに押し込んでる。その好きは恋愛感情以上の好きだから気をつけて」

 本人が意識がない間にとんでもない暴露大会がされてしまった。
 急に何故そんな話をしたのかは分からないが、あのアオが長々と喋るほどに今でなければならない重要なことなのだろう。
 完全に理解しきれていないもののコウイチは無理やり納得することにした。それでも一つだけ確認したいことがあった。

「一つだけ聞きたいことがある」
「なに?」
「お前は敵なのか味方なのか?」

 アオは空を見上げた。
 雲の上、もうすぐ落ちてくるであろう鉄の塊を睨みつけて言う。

「わたしはわたしの守りたいものを守るために力を使うだけ。それを悪とするか、善とするかは貴方次第」
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