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蒼の皇国 編

コウイチと刹那と刹那の目的

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「吸血鬼で錬金術師で同級生でコスプレイヤーとか、属性盛りすぎじゃね?」
「でも、コウくんはこういうの好きでしょ?」
「そりゃ大好きですよ? だって、ト〇リだもん」
「だよね」

 流石と言うべきだろう。
 この世の誰よりもコウイチの事を知り尽くしている唯一といって良い理解者だ。
 一緒に居て一番楽しい奴だとコウイチも思っている。
 このト〇リのコスプレもコウイチの為にわざわざ着替えている可能性すらある。何せ、刹那の押しキャラはメ〇ルなのだから。
 そんな危険な話題はそろそろ止めておくとして、早急に話し合わなければならない要件がある。

「それで? ここは何処で、俺を浚った理由って何? 正直言って、そろそろ平穏な暮らしを送りたい訳ですよ。碌でもないことだったらキレるよ?」
「……コウくんとお喋りがしたくって……ごめんなさい」

 刹那が申し訳なさそうに目を伏せて云う。
 そんな理由にコウイチは虚を突かれたように目を丸くした後、思わず吹き出して笑ってしまう。

「あっははは、刹那らしいな」
「え、えっ!? 私、何かおかしいこと言った?」
「いや、何もおかしくないよ。こっち来てから、何処に言っても利用されることばっかりだったからな。すげー新鮮」
「転移者は利用価値の塊だから仕方ないよ。私も最初はそんな感じだったし」
「錬金術師だもんな。やっぱり、皆に頼られたのか?」
「んー、どっちかと言うと最初は吸血鬼の身体能力を活かした戦力としてかな。錬金術って言っても知識と技術は別物だもん」

 意外な返答にコウイチは驚く以外の反応が返せなかった。

「へぇそうなんだ。吸血鬼ってバレたらダメなイメージあるけど、大丈夫なのか?」
「この世界では敵対しない限り種族で差別を受けるってことは少ないみたい。私以外にも吸血鬼の人って結構いるし」
「なるほどな。でも、300年か……大変だったんだろうな」
「300年だからね。大変だったよ、色々」
「そっか」

 そこでコウイチは言葉を止めた。
 すると重苦しい静寂が立ち込める。
 300年。コウイチは、その先に踏み込もうとは思わなかった。
 この短い間ではあるが、刹那は殆ど表情を変化させない。
 喜怒哀楽驚疑などなど。
 あの鉄仮面のアオでさえ、むすっとしたり、視線で感情を訴えたりしてくるのに対して、刹那は反応はあるものの感情が感じられない。
 演技の様に思えた。
 コウイチの知る刹那は口を開けば百面相をしているように表情をコロコロと変化させる面白い奴だった。そんな彼女が感情を殺してしまうほどの出来事が300年の間に起きたのだと容易に想像できた。
 感情が関係している点がアイリスと被り、尚更、コウイチは踏み込めなかった。

「聞かないんだ」
「お前が話してくれるなら聞く」
「……ありがと」

 その後、しばしばの沈黙の後にどちらからともなく錬金術の話題が始まった。
 刹那の錬金術EXは技術と知識が伴えば”何でも出来る”代物だそうだ。

「因みになんだけどさ。地質の改善とかできる道具ってあったりする?」
「地質? 例えばどんな感じの?」
「えーっと、工業廃棄物の汚染とか放射能汚染とか」
「つまり、環境の性質を変化させるレベルの道具って事だよね。ちょっと待って」

 刹那は部屋の隅っこに置いてあった収納箱を開けてゴソゴソと探し始める。
 そして机の上に三つの道具を並べた。
 緑色の液体が入った小瓶、分厚い鎖で雁字搦めにされた本、真っ黒い球。

「右から順番に栄養剤、四極天の書、反作用ボム」
「……栄養剤は兎も角、他は環境破壊だろ!?」
「知ってた。ごめん、環境を改善する道具とかは持ってないな」
「そうか。錬金術なら可能性があると思ったんだけどな」
「この化学文明が発展した世の中だと錬金術が役立つ場面って少ないんだよね」
「そうなのか?」
「錬金術で出来ることは他の技術で代用出来るんだよ。爆弾は化学だし、パイは料理だし、武器やアクセサリーは鍛治とか彫金だし……錬金術ってのはその全ての作業を複合していて便利だけど、万能で無ければオンリーワンでもないんだよね。あと個人でやるしか無いから、大量生産出来ないのは最大のネック」

 言われてみれば確かに、と刹那の説明は納得のいくものだった。
 あのゲームにおいても科学技術が現代ほど発展していない世界観だからこそ万能な錬金術は重宝されているのだ。

「なるほどな。でも、大量生産って、ほむほむとか作ってやって貰ったらいいんじゃ?」
「幻想幻想。あれはゲームの世界だから……」
「?」
「錬金術では生物を生み出す事は出来ないの。例えそれがホムンクルスであってもね」
「鋼の的な?」
「厳密に言えば違うと思うんだけど、その認識でいいよ。
 肉体を作ることは私にも出来るよ? それは現代科学でも行われてるクローン技術とかの応用だからね。
 でも、魂は作れない。科学的に定義されてないものや私が理解していないものは作れないんだ。だから、肉体を作っても意思がないから動くことはない。単なる肉の塊。ナマモノ。それは生物ではないよね」
「つまり、魂の定義が理解出来ればホムンクルスを作ることが可能と?」
「原理上はねぇ。確率が天文学的数字の机上の空論であっても存在が証明されるなら可能だよ」

 制限があると言ってもクソチート過ぎる。
 コウイチは自身の持つ晶石鍛冶の上位互換だと思い落胆するのだった。
 しかし、刹那が補足するように言う。

「ただし、コウくんの能力に出来て私には出来ないことがあるんだ」
「というと?」
「晶石はあれでいて意志ある生物に分類されるから、私は晶石を加工することが出来ないんだ。コウくんのは唯一無二であり、私の全能力を上乗せしても釣り合わないんだよ」
「そんなに? でも、加工事体は他にも出来る人いるよね」
「劣化加工は、ね。性能を120%にまで引き出すことが出来るのはコウくんの能力だけ」
「なるほど……」

 と、頷いたところでコウイチは「あれ?」と首を傾げた。
 今までが自分の能力について知っている人ばかりだったので疑問にも思わなかったが、

「俺、お前に能力のこと話してないよな?」
「そうだね」
「……何で知ってんの?」

 よくよく考えれば一番最初の白龍皇の特も可笑しいんじゃないか?
 あの時点ではコウイチの能力のことを知っているのはほんの限られた人数だけのはずだ。

「情報ってのは一度表に出たら秒で広まるものなんだよ」

 そう言って刹那は怪しく笑って見せる。
 そして、

「アヴァロンは気を付けた方が良いよ」

 まるで警告するかのように言うのだった。
 それが何を意味しているのか……コウイチでも少なからず理解できる。ただ、それは何となくであり、説明を求められてもうまく言葉には出来ない。だから、コウイチは自分にはそれほど関係のないことだろうと決め込んで忘れることにした。

「地質改善の道具も証明できれば作れなくはないのか」
「うん、そうだね。でも、そんなの何に使うの?」
「ああ、それはな」

 コウイチは事の次第を刹那に説明をする。

「ふうん、あの青トカゲが国をねぇ」
「青トカゲって……」
「そうだなぁ。今ある知識でも少し時間を貰えたらそれっぽいのが出来るかもしれないけど……」
「マジで?」
「でも、青トカゲの為になんて作りたくないからヤダ。それにその地質が改善されたら領土として認められることになる。そうなったら青トカゲが自由にできる国を所有することになる。それは個人的に避けたいことかな」
「アオが国を作るのはダメなのか?」
「あれが国を欲する理由なんて碌でもない」
「そうなのか?」
「この世界で”国”というのはとても大きなメリットがあるのは知ってる?」
「さあ? むしろ、何を言ってるのかが分からん。国は国だろ?」
「ま、まあ、国は国なんだけどさ。この世界ってさ、力の差が異常だと思わない?」

 コウイチのような脆弱な人間もいれば、エルフという生体的に上位者や白龍皇や紅龍皇、レナーテのような頂上的な存在、アイリスやアオのような天変地異とも思える力を持つ精霊までいる。どちらかと言うとコウイチの周りにはそんな存在しかいない。
 刹那の言う力の差は異常である。
 むしろ、太刀打ち出来ないような力を者が多すぎる。

「言っておくけど、コウくんの周り超特殊なだけだよ? それを差し引いてもエルフ辺りまでを含んだ人類種とそれ以外でも明確な差があってね。分母的には前者が圧倒的に多い。後者は少ないけど、前者を簡単に一蹴出来る力を持ってる」
「それが、アオが国を持ってはいけない理由とどう繋がるんだ? むしろ、強力な存在の庇護下の国とか安心できると思うんだが?」
「そういう側面もあるんだけどね。重要なのは国家間協定」
「国家間協定?」
「コウくんに説明するの面倒臭いし無駄だと思うから簡単に説明するね?」
「おい、お前完全に馬鹿にしてるだろ?」
「うん、コウくんって馬鹿だもん。ちゃんと説明しても無駄だと思ってるから。だって、さっきの警告も関係ないって決めつけて忘れることにしたでしょ?」
「…………」

 返す言葉もなかった。
 罰が悪そうにコウイチが視線を逸らすと刹那は説明を始めた。

「国家間協定の中に国家間戦争ってのがあってね、ルールを設けて戦争するんだよ。このルールを使って相手との力量差を埋めるわけ。一言で言えば危険なオリンピックって感じ。でもね、相手次第ではどんなルールを設けたところで差を埋められない場合があるの。それが青トカゲみたいな規格外な存在。
 例えば、コウくんが青トカゲと何らかの競技で競うとするね。じゃあ、どんなルールを作れば勝てそう?」

 コウイチは腕組みをして思考を巡らせてみる。
 戦争や競技と刹那は表現をしたが、ようは勝負事だ。ゲームという認識で考えたらいいのだと思う。ルールを設けるにしてもゲームとして成り立たなければならないというのが最低限の条件といったところだろう。
 どこまでのルールが許容されるかは分からないが、まず身体能力を用いたものでは勝ち目はない。例え、1メートル走と50メートル走で対決しても負ける自身がある。神経衰弱などの頭を使うものでも同様だ。料理なんかでも勝てる気はしない。物作りであれば可能性はゼロではないが評価基準によるだろうし、何よりも競技として成り立つようにゲームを構成できる気がしない。
 第三者を利用した勝負なら可能性はあるかもしれない。例えば、スーパーの入口で次に入ってくるのが男性か女性かを当てる。
 いや、それでもアオなら何らかの手段を用いて確実に当てる可能性がある。

「勝てる気がしないな」
「でしょ? だから、人類種より上位の存在が国家に関与することは禁じられているの。国を作るなんてもっての他。後にも先にもそれが認めらえたのは一例だけ」
「えっ? 一例はあるのか?」

 反射的に訊き返してしまったコウイチに対し、刹那は人差し指を地面に向ける。

「ココ。私の国。世界最小の国家――夜の帝国だよ」

 ここはアヴァロンから遥か南の絶海に浮かぶ二百メートルほどの大きさの島だそうだ。
 この島が刹那の支配する領域であり、国家。
 つまり、竜崎刹那はぼっち国のぼっち皇帝なのだ。

「……お前、一人でレヴォリューションしてる歌手みたいに一人でぼっち国家作って活動してんの?」
「別に好きで国を作った訳じゃないよ! 私は国家を作る代わりにここから一歩も出ちゃダメなの。つまり、幽閉されてるの」
「幽閉って、なにやらかしたんだよ。けどさ、俺、誘拐しにきたじゃん? あれはいいのか?」
「ある目的の為なら一時的に外出が許されてるの」
「その目的って?」

 そうコウイチが聞き返すと、刹那はくるりと一回転して青を基調とした衣装を見せつけるようにして、それは当たり前かのようにいった。

「元の世界に帰ることだよ!」

 錬金術では不可能な晶石鍛冶の可能性。
 それがコウイチを浚った本当の理由だった。
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