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蒼の皇国 編

簒奪の四重奏

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「舞台を用意してやろう」

 創造神カノンが指を鳴らすと空が二分される。半分は夜空が広がり、もう半分には薄明かりの空が現れ、二つの空の境界には巨大な満月が君臨する。
 夜天の空。
 黎明の空。
 満月。
 それぞれセツナ達が最も力を発揮するのに必要な環境だ。
 負けたら末代までの恥になるレベルのお膳立てだ。

「本当にムカつくわ。一体、何のつもりなのよ」

 夥しいほどの赤黒い魔力をセツナが放出させる。今までに感じたことのない高揚感に包まれて負ける気はしない。
 その姿を見た創造神カノンは満足そうに頷いて応える。

「温い倒し方をして、まだ希望があるなんていう幻想を抱いて反抗されても面倒だろ?」
「吠え面かかせて上げるわよ!」

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「俺らは戦力外っぽいが?」

 コウイチは上空で盛り上がる面々を横目に再会を噛み締めて抱き合う2人の精霊に視線で訴えかける。
 それに反応したのは双龍皇のアオじゃない方だ。アオよりも濃い青髪をした幼女で、少しだけアオよりお姉さんといった感じだ。
 姉妹揃って素晴らしく可愛い。

「詳しく説明している暇はありませんが、勝利の鍵はコウイチさんです」
「俺?」

 コウイチが首を傾げる。
 勝利の鍵と言われてもあんな化け物を倒す手段などコウイチには思いつかない。
 アオじゃない方は、アオの頭を優しく撫でながら顔を上げさせる。

「アオ、相互リンクが回復してきてる今なら何をすべきか分かるよね?」

 目尻に涙を目一杯溜めたアオが袖で涙を拭ってから無言で頷く。
 コウイチは今まで見てきたアオの印象とは掛け離れた姿に胸がドキドキしてしまう。
 冷たく、ぶっきらぼうなイメージだったのに……優しく抱きしめてヨシヨシと保護欲が唆られる。

「今考えたことアオにして上げたら喜ぶと思うよ? でも、一般的にそういう趣向ってロリコンって言うんでしょ?」

 アオじゃない方がコウイチの心を見透かしたかのように悪戯っぽく笑って言う。
 こいつは生粋の危険な奴だ。

「おいおい、俺がそんな脅しでひよるとでも?」
「あれ? 違うの? なら、ホラ貸してあげるよ?」

 アオじゃない方が、アオをひょいっと持ち上げて差し出してくる。
 状況を理解できてないのか、目を赤くしたアオはきょとんとしてーー次第に顔が真っ赤になって行く。

「あっーーーーーーんっーーっ!?!?!」

 ジタバタと暴れ、アオじゃない方の手から逃れたアオはアオじゃない方の背中に隠れる。
 何だ、この可愛い生き物は?

「同意書にサインの方を頼めますか?」
「チキン」
「……世の中には世間体という法よりも恐ろしいものがあるんです」
「人間って面倒ね」
「それが人間っすから」

 そんなやり取りに沈黙が訪れた時だった。

「ハク、怒って良い?」

 少し離れた地面で血塗れになって横たわるハクがジトっとした目で睨んでいた。
 素人目に見ても瀕死だ。
 忘れtっっーー、

「どなたか衛生兵はいらっしゃいませんか!!」
「わたしがやる」

 アオじゃない方がハクの側に歩み寄り、手から光り輝く雫を傷口に落としていく。

「これはあくまでも応急処置。無理をしたら傷口は簡単に開くし、失った血液は戻ってない。これ以上、出血が増えたら失血死するから気をつけてね」
「なら、もう少し早く手当して欲しかった」
「それだけの無駄口が叩けるなら大丈夫そうね」

 一通り処置を終えたアオじゃない方は、最後にハクの上に拳くらいの光り輝く水玉を設置するとこちらに戻ってくる。
 ハクが『えっ、これで放置??』と言いたげな驚きの表情で目を丸くしていたのは見なかったことにしよう。

「そろそろ始まる」

 促されるように上空見上げると決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。

「もう一つサービスをしてやる」

 創造神カノンがその姿を高層ビル程もある巨大な機械仕掛けの化け物へと変貌させる。
 両の腕は巨大な砲身で作られ、全身に大小の砲身が棘の様に突き出し、背中には砲身を束ねた翼が大きく広げられている。
 控えめに言って完全重武装。

”人の姿のままだと戦いにくいだろ?“

 むしろ、逆に絶望的なんですが?

「的が大きくなるなんて助かるわ!」
「そうですね。多少、狙いが定まらない攻撃も当てられますね」
「動きも遅そうで助かります!」

 セツナ達は助かっているようだ。
 だが、確かに変身からの巨大化は負けフラグだと決まっている。それはゲームの話であって現実は分からない。
 コウイチが考えても仕様がないことを考えている内に戦いは始まろうとしていた。

「コウイチさん、手を」

 アオじゃない方はピンッと腕をしっかり伸ばして、
 アオはかなり控えめに人差し指一本だけで伸ばして、
 双龍皇の二人が手を差し伸べてくる。


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 戦いの火蓋が切って落とされる。
 ここからはターン制みたいなものだ。
 不用意には動けない。
 相手が動いたらそれに合わせて対応を重ねていき、最後に手札が無くなった方が負け。
 単純明快。
 先手:魔王。手札:概念干渉型破壊魔法【滅界】。
 後手:創造神カノン。手札:全力砲撃。

 7割の砲塔を魔王に集中させる。
 残りの1割づつをアイリス達に割り振り、余計な行動をさせないようにする。
 魔王が砲撃に真正面から突っ込み軽々と突き破る。が、その先に待つのは――

「――っ!?」
”甘いぞ”

 何重にも砲身を重ねた”天蓋”による分厚い装甲だ。
 創造神カノンとてサービスで機械仕掛けの化け物になった訳ではない。
 概念に干渉する攻撃を受ければ非実体越しでもダメージを受ける。そのダメージを防ぐ為に物理的な防壁を重ねておいたのだ。

「いえ、甘いのは貴方ですよ」
”なに? ――ぐっ!?”

 背後から痛みを感じる。
 微かに視界の端に捉えたのは栗色の髪の少女がこちらを見下すように一瞥して消える姿だった。
 全身を急激な重圧感が襲う。
 非実体という概念を破壊されたことで世界内部に引き摺り落されたのだ。
 同時に、強引に落とされたことにより力の大半が封じされてしまう。
 こいつは……封じられたのは10秒どころじゃないな。
 1分か5分か、復旧するにはかなりの時間を要する。

「あとは君たちに頼んだよ」

 そう言って魔王の姿は光の粒となって消えていく。
 概念を破壊するのは生半可な力では出来ない。
 この世界で行動する為に作った仮初の肉体を構成していた力の全てを消費させた為だ。
 今はそんな事はどうでもいい。
 砲身で作られた鋼の肉体が実体化した以上、重力に引かれて落下していく。
 落下していく先は海。
 海に沈むと砲撃の威力も落ちてしまう。

”くそがぁぁぁぁぁ”

 後方の全体の2割にあたる砲身に魔力を込めて暴走させる。
 爆発を起こして強引に軌道を変え、地上へと不時着する。

「このまま一気に畳み掛けさせてもらいます!」

 夜天のアイリスが黒剣:夜天を振りお下ろし星々の斬撃――【断界】を繰り出す。
 その反対側から、

「ムカつきますけど、今だけは合わせて上げます!」

 セツナが常闇の刃による暗黒の斬撃――【黒閃】を放つ。
 双方とも概念に干渉する攻撃だ。
 まともに受ければ強制退場確定必死。
 残っている8割の砲身を4割づつに分けて挟撃する攻撃を迎撃する。
 拮抗……否、僅かに押されている。
 足りない部分は気合でカバーだ。

「力ではこちらの方が上のはずなのに――!?」
「気合で耐えるんじゃないわよ!? この化物!!」
”こちとら気の遠くなるほど生きてんだよ。数秒、数分、数時間、数年程度の根競べで負けるつもりはねぇ!!”

 拮抗する戦況に次なる手札が切られる。
 夜天のアイリスとセツナが同時に「今っ!?」「今よっ!!」と告げる。

”ちっ”

 創造神カノンは舌打ちをする。
 それは頭上にいた。
 黎明と夜天の狭間に浮かぶ巨大な満月の中。

「これで終わりです!」

 黎明のアイリスが黎明の短剣を振り下ろした。
 概念すら干渉しえる、あらゆるものを割る力――【断割】


ーー創造神/カノン
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