人を殺してみませんか?

八木山貴輝

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第1話

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 ある日の仕事帰り。その日は特に、死人のような酷い顔をして歩いていたことだろう。



 社会人として働き始めて1年と半年が過ぎた。最初は、商材を売れなくても「新人だから」と笑って許してくれていた先輩や上司も、最近、段々表情が険しくなってきているように感じる。

「今日、初めて契約取れました!」

 入社半年ほどの新人が笑顔でこう言った時、俺は顔がひきつらないようにするので精一杯だった。つい数日前の話だ。後輩に追い抜かれる未来は、そう遠くないのかもしれない。そうなったら、わずかに残る自分のプライドも完全に打ち砕かれることだろう。



 思えば、社会人として働き出してから、全てがおかしくなったように感じる。

 入社して、まず感じたのは違和感。皆が皆、「社会人」という役割を演じているように感じたのだ。同期にフレンドリーに接しても、心から乗ってはこない。ユーモアを言って笑わせても、「登場人物Aがギャグを言ったから笑った」と言った様子で、心の底から面白いと思って笑っているようには俺には見えなかった。

 社会人という生き物は俳優のようだ。そこに馴染めなかった俺は、気づけば、同期の中でも異色の存在となってしまっていた。俺は、ただ、自分に正直にいただけなのだが。



 また、どう頑張っても自分の会社の商材が愛せない。俺は営業だ。だから、この商材を相手に売ることが全て。相手に金を出させるのが全て。だが、俺には自社商材が値段に見合っているようには感じられなかったのだ。何十、下手すると何百以上の金を払わせるにしては機能がお粗末だ。決して悪い商材とは思わないのだが、値段設定は釣り合っていないと言わざるを得ない。

 先輩に相談してみたら「それを売ってこその営業だ」と返された。だが、それは詐欺と大差ない行為ではなかろうか。
 そう考えた俺は、商材のデメリットもきちんと説明するようにした。もちろん、メリットも説明するが、やはり、そこは正直に行きたいと思った。



 その結果、俺の営業成績は最下位の常連となった。
 社会というのは正直に言ってはいけないことが多いようだ。俺はそこについていけなかった。かと言って、精神的にも金銭的にも、転職を考える余裕はない。いつしか俺はゾンビのようになっていた。
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