推しの鬼畜王子に蔑まれたくて悪役令嬢を引き受けたら、孤独な天使に懐かれました――あれ? 蔑みの視線はどこですか?

降魔 鬼灯

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推しは鬼畜ですが何か?

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ピッピッピ

 規則正しい電子音とカチャカチャと言う器具の音

 待ってあと少しだけ。今日新刊の発売日なのに。

 ずっと楽しみにしていた最終巻だから、楽しみにしていた連載小説の続きが読みたいのに……。

 最愛のリュクス様が…。

 おかしいわ体が動かない。


ビビー 
 ビビー
  ビビー

『サチュレーション低下。』

 カチャカチャ 金属音がする。

『駄目です。出血点が見えません。』

『輸血を』

『駄目だ。出血が多すぎる……。』
 
 そうだわ。青信号の横断歩道を歩いていたらいきなり追突されたんだったわ。
 
 えっ、やだ。頑張ってよ。助けて。せめて、続きを教えてよ。リュクス様助けて。

『駄目です。心拍が……』
 
ピッピッピ――ピー

 いやー。だったらお願いだから、最新刊とリュクス様のイラストを棺桶に入れて。

 抵抗虚しく、意識は沈んでいったのだった。








「リビエラお嬢様、今日は婚約者となるリュクス様がお見えになられる日ですのにまだ寝ているのですか?」

 乳母が怒っている。でも、とっくに目覚めているにもかかわらず、リビエラは起きようとしない。

 そう不貞腐れているのだ。



 無理もない。今まで王太子の婚約者として努力してきたリビエラに対して、王家から突然婚約者をすげ替えると申し渡されたのだ。


 リビエラになんらの不手際があったわけではない。
 むしろあの気難しい正妃とも細心の注意を払って上手に付き合ってきた。


 将来の姑だからと思って必死に機嫌取りをしてきたのに、突然のこの仕打ちに気位の高いリビエラが不貞腐れたのも無理はない。 




 しかも相手は今は亡き側妃の遺した後ろ盾の無い第二王子。

 現在一番権力を持ちこの国を牛耳っているのは王太子の母である正妃だ。

 その正妃は側妃を執拗に追い詰めて殺すほど嫌っていた。



 王太子に嫁ぐのなら、リビエラが努力すれば順風満帆な人生が待っている。

 だが、正妃に睨まれているリュクス王子と結婚なんて王が存命中ならばまだ良い。

 しかし、王が亡くなりでもしたら正妃の怒りがこちらに向きかねない危うい状況に、ため息もつきたくなる。

 そんなリュクス王子に嫁がされるだなんて、いくらなんでもこの仕打ちはいただけない。
 

 そしてリュクス王子を婿養子に迎えるために嫡子として教育されていた優秀な兄ラルジャンが正妃の実家に養子に行く羽目になったのだ。

 こんなの百害あって一利なしではなくて、リビエラは怒り心頭だった。

 






 リビエラは乳母に促され、しぶしぶ鏡に向かった。

 透き通った透明感のある肌に映える真っ赤な髪とルビーのような美しい瞳。

 たとえ寝起きであろうとその美しさは損なわれることはない。

「リビエラお嬢様、今日の髪型はどうなされますか?」

 あれ?

 私なにか、とっても大切な事を忘れてないかしら?

「ねえ、私の名前ってなんだったかしら?」

 リビエラがとぼけていると勘違いしたのか乳母がため息をついた。

「リビエラ・スカーレット様ですよ。お嬢様、今度は記憶喪失の振りですか?いい加減腹を括りなさいませ。」

 そう私はリビエラ・スカーレット公爵令嬢だ。そして婚約者は王太子から第二王子であるリュクス王子に変わった。

 ん?あの毎日楽しみにしていた小説?

 なんとしても読みたかった最終巻。大好きなリュクス王子。

 え?え?頭に何か別の人間の思考が流れ込んできている。

 もしかして、今から来るのって不遇の第二王子リュクス様なのでは?

 たくさんの女性達と浮名を流して、最後は初恋の人の忘れ形見を自分好みに育てて、嫁にした鬼畜ロリ婚のリュクス。

 で、私は早い段階でたくさんの女性達からのやっかみで呪い殺される正妻のリビエラ。

 全く愛されないけど、跡取りを産んで、リュクス第二王子に強力な後ろ盾を与える為のご都合上の妻。


 リュクス様は後にこの後ろ盾の力も存分に使ってこの国の実権を握るのよ。

 父王が亡くなった後、王となった兄から全てを奪われかけてロリ婚した嫁を守る為に反撃に出るのよね。

 それで、王から政治の実権を奪い、王の婚約者を寝取り出来た自分の子を次期王太子に堂々とすげて高笑いするリュクス様に貞操という観念はないわ。

 でも、そんな鬼畜リュクス様を私は推していたのよ。

 だって、渋くてめちゃくちゃかっこいいんだもの。


 初恋の女性が忘れられないと言いながらも毎日違う女性を取っ替え引っ替えした挙げ句。

 母の遺した屋敷に何人もの女性を迎え入れて仲良く暮らす、ハーレム状態。

 そんな現代の倫理観に抵触するような鬼畜野郎のバイタリティと色っぽさといったら…⋯。



 そんな激シブイケオジな推しの少年時代に会えるなんて。

 誇り高き公爵令嬢リビエラはその場に崩れ落ちた。推しは推せる時に推すのよ。


 私のポジションでは堪能できる時間が限られているけど、これは割り切って楽しむしかないわね。
 


 私は社交界で窮地に追いやられるけど、その代わり正妃の実家に婿入りする事になったお兄様が上手く立ち回ってくれるはずだわ。

 お兄様のお蔭で我が家は安泰。私一人がなんとか立ち回れば良いだけの話だわ。

 リビエラはごちゃごちゃした頭をフル回転させて、今後の立ち回りを計算するとにっこりと笑った。





「ばあや、リュクス様の瞳の色に合わせた衣装を出して欲しいの。」

 目の前にはリュクス第二王子を威圧するような深紅のドレス。
 原作でリュクス様がもっとも嫌悪する色だった。

 確か、公式ファンブックで王におもねた父公爵が儀礼として、リュクスの瞳の色のドレスを用意していたはずだ。

「まあ、お嬢様」

 ばあやが目を丸くする。そう、悪役令嬢リビエラ・スカーレットは赤い衣装しか着ない令嬢なのだ。

 王太子の色すら纏うことのなかったリビエラが将来のないリュクスの瞳の色に合わせた衣装を着るなんて思ってもなかったに違いない。

「婚約者との、初顔合わせよ。失礼のないようにしてね」

 まだ不満げなばあやの耳元にひっそりと囁く。

「父はリュクス様を気に入っているわ。未来の王の義父の地位を捨てても良いほどに⋯」

 ばあやがはっとする。スカーレット公爵家の令嬢の教育を任される者だ。
 
 それだけで十分だろう。





 さてと、残された時間を悔いなく楽しむとしようか。
 ただ惜しむらくは、今回もリビエラには時間がない為最終話まで見られないことだ。

 だが、リュクスのトラウマになったリビエラとの暗黒の少年時代。

 エピソードZEROを堪能させていただくわよ。






 リュクス様の翡翠色のドレスはリビエラの肌に、よく映えた。
 
 深紅のドレスを着ている時は大人びて見えるが、これなら年相応に見えるかしら。

 燃えるようなルビーの髪や瞳と相まってさながら薔薇の妖精のようだ。


 いつもしている濃ゆいメイクはもうお休みだ。だって、ほとんどメイクなどせずとも、さすが悪役令嬢リビエラ。

 自分でいうのもなんだがかなり可愛い。いや、客観的にいうと、小悪魔的愛らしさだ。

 これで13歳なんだ。うーん。かなり大人っぽい。





 原作のリュクスはリビエラを思い出させるものを見るたびに嫌悪のこもった冷たい表情をしていた。

 前世の私はあのゲジゲジを見るような蔑みの瞳が堪らなく好きだったのだ。


 リビエラに生まれたからにはあの表情を特等席で見られるということではないか。

 推しのカラーのドレスという戦闘服を身にまとったリビエラは、推しからの嫌悪の視線を浴びる期待に打ち震えたのだった。

 





 到着を告げる鐘の音が鳴り扉が開いた。ふわーっと光が差し込む。

 その光を浴びて天使が降臨した。

 プラチナブロンドのキラキラ光る髪にお母様譲りの翡翠色の瞳。
 まだ子供らしくあどけない柔らかな頬が可愛い。

 リュクス様はたしかひとつ年下だったような。

 気位の高いリビエラにとってリュクスが年下というのがネックだったのよね。


 しかし、尊い。尊すぎてつらい。神様拝んでも良いですか?

 前世の人格がガッツリ出てしまった。うるうる。

 でも大丈夫よ、リュクス様はどうせあの嫌悪感丸出しの瞳で見るから。
 
 この変質者がと、このリビエラを詰ってくださいませ。


 ふと、天使がこちらを向く。いよいよだわ。前世の人格が武者震いをしている。

 しかし、リュクス様はなんとにこりと天使のように微笑んだのだった。



 はうわー。リビエラの身体から力が抜ける。今なら、死んでもいい。いや、死んでよかった。


 たとえ、楽しみにしていた最終巻が読めなくても、たとえ期待していた嫌悪感滲む視線を貰えなくとも、この無垢な笑顔が見られただけで充分お釣りが来るわ。

 いえ、だめよ。限りある命、推しを推せるだけ推して生き抜くべきですわ。

 昇天しかけた前世魂は悪役令嬢たるリビエラに叱咤激励される。


 この瞬間前世と今世は共に手を取り合いリュクス第二王子を全力で推すことに利害が一致したのだった。





 バクバクと高鳴る胸に息も絶え絶えになりながらも、リュクス第二王子にこりと微笑んで優雅に一礼するリビエラ。

 さすが完璧悪役令嬢。

 精神世界がふたりで手を繋いで踊りまくっていても身体に染み付いたマナーがいい仕事をしてくれたわ、ありがとう!

 なんとか平静を装っていると、私の前に歩み寄ったリュクス様が私の手を取った。


 手、手なんて手汗大丈夫でしょうか?

 パニックになるリビエラだったが、チートな悪役令嬢の身体には手汗なんて無粋なものは存在しなかったのだった。 

 そんなリビエラにふわりと微笑んだリュクス第二王子は胸元に挿してあった深紅の薔薇を手に取った。
 
 
 薔薇とリュクス王子があまりにも似合う。



「リビエラに似合うと思ったのだけれど、あなたの美しさには薔薇もかすんでしまうね。私の瞳と同じ翡翠色のドレスとあいまって薔薇の妖精のようだね。」

 微笑んだリュクス王子がすっとリビエラの髪に深紅の薔薇を挿したのだった。

 はぁああ、こんな12歳完全に犯罪ですわ、リビエラの心がのたうち回る。

 そして、推しからのファンサに心の中でむせび泣きながら、潤んだ瞳でリュクスを見つめる。


「一生大切にしますわ。」

 推しからもらった薔薇なんとしても保存してみせるわ。
 キラキラとした表情で決意を表明するリビエラにリュクスが破顔した。

「リビエラ、薔薇はすぐに枯れてしまうから一生は保たないよ。その代わりに毎日君に薔薇を送ると誓うね。」

 そのあまりの尊さにリビエラは心の中で鼻血を出した。

 さすが稀代のプレイボーイ、リュクス様ね。こんな年端もいかないうちからこんな甘い言葉を。

 それならばせっかくだから毎日手渡しをしっかり確約させましょう。

 リビエラは18歳くらいで恋敵に恨まれて、すぐに死ぬのよ。

 あと、四年くらいなんだから構わないわよね。

「リュクス殿下、それなら路傍の花でも良いので、一生手渡しでお願いしますね。」

 あら?リュクス殿下ったら、真っ赤だわ。

 怒っているのかしら。少し図々しかったかしらね。

 でも、これだけは譲れないわ。推しから毎日ファンサ。夢じゃないかしら。

「じゃあ、リビエラ。早速明日、ここに引越して来るから待っていてね。」

 激カワだわ。リュクスの満面の笑顔にリビエラの胸がキュンとなる。



 だが、リビエラは知っている。

 リュクスの父王は16歳の成人ギリギリまで絶対にリュクスを手放さないのだ。

 それはそれは掌中の珠のようなイカれた可愛がり方に周囲がドン引きして、いい加減成人させなさいと諫めるくらいに。

 それに成人後も、宿直だとか用事を言いつけては側から離したがらないのだ。

 だから、言ってみたものの毎日花を手渡すのはさすがに難しいだろうなとリビエラは感じていた。







 翌日、

「リビエラ、約束の花を持ってきたよ。」

 ほっぺを真っ赤にしてやってきたリュクスが可愛すぎる。
 
「殿下、父王は大丈夫でしたの?」

 あの息子コンプレックスの権化のような人がすんなり手放すとは思えない。

「男に二言はないよ。僕は毎日リビエラに花を贈るんだから。」

 リュクス殿下はスカーレット公爵家で住むという。
 すぐに連れ戻されそうだけど、とは告げずに嬉しいわと無邪気に笑うリビエラ。

 こうなればリビエラが出来ることはただひとつだけ。

 原作で気詰まりだと嘆いていたスカーレット公爵家の暮らしを楽しいものにする事。

 数日過ごして楽しい思い出があれば成人後も少しは気兼ねせずに暮らせると思うの。

「今日はリュクス殿下のお好きな鴨のローストにしましょうね。」

 まずはリュクスの胃袋をつかむのだ。原作で、スカーレット公爵家のこの料理だけは懐かしんでいたから。

「鴨が好きだなんて、どうして知っているの?」

 ファンブックを見ましたとは到底言えないわね。

「リュクス殿下の事が知りたくて調べたんですわ。」

 ふふふ。リビエラは世が世ならば立派なストーカーである。しかし、この世界では大丈夫だ。

 特に母がいなくて寂しがり屋のリュクスには効くはずだ。
 だってこのやり方であの嫉妬深い未亡人デュヴァル夫人がリュクスの心を射止めていたものね。

 
 リュクス様はこの家に馴染んでいるように見えた。





 けれど深夜になると、『しくしく』とすすり泣くような泣き声が聞こえた。

 心配になったリビエラは寝間着にガウンをかけると、そっと部屋の扉を叩いた。

「リュクス殿下。大丈夫ですか?」

 扉が開いた。

「リビエラ、私は大丈夫だよ。」

 平静を装ってはいるものの、目が赤い。

 リビエラはリュクスをそっと部屋の中へと押すと自分もリュクスの寝室へと入った。

「慣れない屋敷で不安でしょう。」

 微笑むリビエラにリュクスがしょげた。

「みっともなく泣いてしまってごめん。幻滅したよね。」

 年上であることにコンプレックスを抱くリビエラならばそうかもしれない。

 だが、今のリビエラは違う。

 まだ小学生の男の子なのだ。不安で当たり前だと母性本能をくすぐられてしまうのだった。

「殿下が眠られるまでここにおりますわ。」
 
 リュクスをベッドに入れてトントンとやさしく叩くリビエラの手をリュクスが強引に引っ張った。

「嫌だ。一緒に眠って。」

 リュクスはリビエラを強引にベットに引き込んだのだった。

 さすが、手当たり次第女性と逢瀬を重ねるリュクス様。
 こんなに小さい頃からベッドに連れ込む技術は一級だわ、と変なところで関心する前世人格。


 しかし、リビエラの公爵令嬢としての矜持がそんな、はしたないことは決して出来ないと断固拒否している。

 だが、どうせ数年の命なのだ。いいじゃないか。

 それにリュクスはまだ子供なのだ。

 この屋敷にリビエラの不利になることを言いふらすような不埒な者もいないのではないか。

「殿下、リビエラは眠くなってしまいましたので、お言葉に甘えて。」

 天使と悪魔のせめぎ合いならぬ、前世と令嬢のせめぎ合いは、リュクスの涙の跡が勝敗を分けた。

 ベッドでリュクスを赤子のように抱き込むリビエラ。

 どさくさに紛れてやや興奮気味にサラサラのプラチナブロンドを撫で回す。


「いいの?」

 リュクスはつい寂しさから一緒に眠ってとワガママを言ってみたものの、まさか貴族の令嬢であるリビエラが眠ってくれるとは思っても見なかったのだ。

「あら?リュクス殿下が眠っても良いとおっしゃったのですわ。駄目ですの?リビエラ、眠くてお部屋に帰れそうにありませんわ。」

 わざと甘えるようにいうリビエラにリュクスが笑った。

「そうだね。僕もすごく眠たい。一緒に寝よう。」
 
 くすくすと笑い合うふたりは共に眠りについたのだった。
 
 リュクスはもうさみしくなかった。

 リビエラって柔らかくっていい匂いがして可愛いなと幸せな眠りに落ちていったのだった。

 母のいない寂しさを抱え続けていたリュクスの心はぽかぽかと満たされたのだった。



 くうくうと幸せそうな寝息を立てるリュクスを眺めながら、リビエラは考えた。

 父王に溺愛されていたリュクスは、数多くいる側室の部屋に渡る際も必ず連れて行かれていた。

 もしかすると、夜は一緒に寝ていたのだろうか。下手すると成人まで。

 父と一緒に眠っているなんて恥ずかしくて言えないだろうし、原作には出せないだろうけど。

 くうくうと寝息をたてるリュクスを眺める。可愛い、まつげ長い、お肌すべすべ。

 よく考えれば推しの添い寝なんてご褒美以外の何物でもないじゃないか。

 前世では添い寝カフェなどというけしからんものもあったが、そういうものに課金する気持ちがわかってしまったリビエラなのだった。


 いけないわ、みんなに見つかる前に自室に帰らねば。

 令嬢としての矜持が必死に叫んでいたが、その思い虚しく、暖かなリュクスの体温により深い眠りへと誘われたのだった。





 光が差し込む。暖かな微睡み、今日の眠りは特に気持ち良いわね、リビエラは大きく伸びをした。

 ん?やけに騒がしいわね。

 辺りを見回したリビエラは光を浴びて微睡む天使を見つけた。

 なんて美しいのかしら。
 
 ひとしきり美しい顔を堪能したリビエラはふと己の置かれている状況に気がついた。

 駄目だわ、寝過ごしてしまったわ。

 慌てて自室に戻ろうとしたリビエラはふとリュクスの手が自分の服を握りしめているのに気づいた。

「行かないで、お母様。」

 きゅんっ。あまりの愛らしさにリビエラの胸がしめつけられる。

 あの父王がなんで片時も離さないのかわかった気がするわ。だって、こんなの反則よ。
 

 成人した公爵令嬢リビエラだったら馬鹿にするのかもしれないけれど、前世から大ファンの私はもうリュクス様が愛おしすぎてぎゅうっと抱きしめてしまった。

 もう私がお母様になってあげようじゃないの。

「え?リビエラ。」

 抱きしめる私に驚いたリュクス様が飛び起きたのだった。




 そうして完全に誤魔化す機会を失ったリビエラは兄ラルジャンからお説教を受けていた。

「二人とも自分の立場をわかっているのかな?」

 冷たい視線。

 いつもはリビエラに思いっきり甘いお兄様が凍ってしまいそうな視線をこちらに向けてくる。

「リビエラ、君は公爵令嬢としての自分の立場をどう考えているのかな?」

 ひいっ。お兄様が深く深く静かにキレていらっしゃるわ。

「ラルジャン、すまない。この責任は僕が。」

 私をかばおうとしたリュクスをラルジャンが冷たい視線で制す。

「殿下、これは当家のしつけの問題です。」

 ぴしりと言ったラルジャンにリュクス様が傷ついた顔をしてうつむいた。

 暗にお前は家族ではないと言われているような気がして。
 
 物語の中でリュクス様がスカーレット公爵家での前半生を振り返って自分はあくまで王宮からの預かりものにすぎず家族にはなれなかった、と独白があった。


 リュクス様が傷つくなんて許せない。まだ結婚はしていないけれど、結局リュクス様は我が家を継ぐのだもの。家族よ。

 リビエラはリュクス様をぎゅうっと抱きしめると兄に向き直った。

「お兄様、リュクス様はもう我が家の家族ですわ。王宮にいらっしゃるお父様から離れて我が家で暮らしてくださっているんですもの。」

 その光景を見たラルジャンが青筋を立てる。

「リビエラ、だから近いと……。」

 その時リビエラに抱きしめられていたリュクスが動く。
 
 ラルジャンの手を握ったのだ。

「ラルジャン、僕は昨日から君の弟なんだ。しつけるなら僕もしつけてくれないか。」

 小首をかしげたリュクスの潤んだ瞳に見つめられたラルジャンが言葉に詰まる。

 そう実は原作でもラルジャンは非常にリュクスに弱いのだ。

 リュクスはラルジャンの恋人を寝取り、妹であるリビエラを邪険にし、出世のライバルでもある。

 しかし、かなり酷いことをされているにもかかわらずめちゃくちゃ仲がいい。

 それにリュクスが本当に困った時に助けてくれるのは必ずラルジャンなのだ。

 好きだったはずの恋人を寝取られても仕方ないで済ませた挙句、一緒に王宮行事の出し物の練習をしたりする。


 そんなシーンにファン達はにやにやしていたのだ。実際ファンの間ではBL展開の二次創作が盛んだった。


 やはり、今も手を握られたラルジャンは真っ赤になっている。
 これは推測だが、ラルジャンの初恋はリュクスで間違いないだろう。
 昔、王太子の学友として宮中に上がっていた時、リュクス様の名前を何度聞いたことか。

 ある日を境に妙に気落ちしていたから、その時にリュクス様の性別を知ったのだろう。

 兄よ実に哀れだ。

 リビエラはこころの中で合掌した。

「リュクス殿下は王族。そんなわけには。」

 握られた手を振りほどくことなくうっとりとリュクスを見つめるラルジャン。

 リビエラは前世ではそちらも嗜んでいたので、によによしてしまいそうになる口角を慌てて引き締める。

「ラルジャン、私は臣籍降下してこれからここで住むんだ。今、貴族として大切な事を学ばねば大変なことになる。」

 そうなのだ。

 リュクス様を手放したくなかった父王のせいで成人も通常より遅く、臣籍降下後も並の王族よりも尊重されて生きていたリュクス。

 彼はそのせいで父王の死後スキャンダルで足をすくわれ命を狙われるまでに追い込まれるのだ。

 父王が亡くなるのは、リビエラの死後だ。

 父王の死後リュクスが困らないように早急にしつけをしておかねばならない。

「ええ、お兄様。リュクス殿下は私たちの家族です。殿下に貴族としての流儀をきちんと教えて差し上げてください。」

 ラルジャンがじろりとリビエラを睨みつけた。

「だからといって、子どもとはいえ未婚の男女が一緒に寝るのはまずいだろう。」

 ラルジャンの雷がリビエラに落ちたのだった。

 そうしてラルジャンはリュクスに向き直る。その手は握ったままだ。

「殿下、お淋しいのですか?よろしければ、私が共に眠りましょう。」

 ラルジャンがリュクスに握りしめられた手を上から更に握りしめた。

 ラルジャンの男らしい精悍な美貌とリュクス様のお母様ゆずりの妖精のような儚げな可愛らしさにリビエラの心が萌える。

 前世は隠れ腐女子だったのだ。今世は立派な貴腐人へと昇格してしまいそうだ。


 だが、リビエラはおのれの本能を抑え込んだ。


 やはりラルジャンは危険だ。

 原作のラルジャンはリュクスと肩を並べるほどのプレイボーイだ。
 


 それもリュクスが言い寄られて関係を結ぶことが多いのに対し、ラルジャンはガンガン攻める方だ。

 あの最強攻資質を持つラルジャンからすれば成人前の瑞々しいリュクスなど……。

 ラルジャンは原作で成人後のリュクス様にもよろめきかけていた前科者だ。

 今のリュクス様の瑞々しさでベッドで昨夜のようにしくしく泣かれたら……。
 

 このままではBLになってしまう。

 そうなればリビエラの将来はBLのご都合主義の担当妻となるではないか。

 ラルジャンは危険人物だ。



「お兄様は宿直の仕事もありますし。ここは将来の妻となる私が。」

 そう、宿直は国王の側近くに仕えて、その考えや人となりを知ることができる、出世の登竜門だ。

 せいぜい出世のために頑張るがよい。

「駄目だ。リビエラ、共寝など貴族令嬢として教育上よろしくない。何かあったらどうするんだ。」

 ムキになって否定するラルジャン。

 そろそろその手を離したらどうだ?


「ラルジャン、リビエラ、私はひとりで眠れるから……。」

 揉めないでと言おうとしたリュクスの言葉は煩悩まみれのふたりに遮られる。

「「いけません。殿下。」」

 結局リビエラとラルジャンはふたりでサシで話し合うことにした。

 リビエラは貴族令嬢としての仮面を被りながらラルジャンの痛いところをつく。

「お兄様の初恋はリュクス様ですよね。このままよろめかない自信はありますか?」

 にっこりと笑いながらもリビエラの目は暗殺者のそれだ。

「うっ」

 いきなり核心を付かれたラルジャンは言葉に詰まり退散した。

 そうして夜の添い寝はうやむやのうちに了承されてしまったのだった。





「ラルジャン、剣の稽古をしよう。」

 だが敵もさることながら。日中ラルジャンはリュクスを稽古だの勉強だのと様々な理由を付けては連れ回している。

 そのせいで、リビエラはなかなかリュクスと話す機会が無くなってしまった。

 話せるとすれば、夜くらいなのだが、それも。

「今日はね、ラルジャンと……くうー。」

 毎日楽しげなリュクスは必ず寝る前に今日の出来事を話そうとしてくれるが、最近は寝落ちすることが多い。

 もう、添い寝は必要ないのかもしれないわね、とリビエラは少し淋しい思いでリュクス様を見た。

 そっとベットから出ようとしたリビエラは寝間着の裾がリュクス様に握りしめられていることに気づいた。

「それでね、リビエラ、むにゃむにゃ」

 ひしっと寝間着を握りしめた指が可愛い。

 リビエラはベットに戻り、リュクスをぎゅうっと抱きしめて眠りについたのだった。

 もしかしたらリュクス様が成人後数多の女性のところを渡り歩いたのは、夜ひとりで眠るのがさみしかったからなのかもしれないわね。

 リュクスのサラサラの髪を撫でながらリビエラは眠りについたのだった。






☆☆☆

「おはよう、リビエラ。愛しているよ。」

 出会った日から毎日変わらないふたりの習慣。リュクスがリビエラの髪に花を指した。

「おはよう、リュクス。お花ありがとう。嬉しいわ。今日は天気がいいから外で朝ごはんを食べましょうか。」

 リビエラは年を重ねてもなお美しいリュクスを見つめた。

 物語の年齢を遥かに超えたリュクスはいまだにヒロインには会っていない。



 いや、リュクスの代名詞というべき女性たちとの浮名すら全くなかった。

 そのおかげでリビエラも呪い殺されずにこうして生きていたのだった。

 成人の儀を早めに済ませたリュクスは青年貴族として着々とおのれの立ち位置を確立していった。



 持ち前の人を惹きつける魅力でラルジャンを始め、主だった青年貴族のコミュニティを築いていった。
 スキャンダル一つ見せなかったリュクスは父王の死後も正妃に命を狙われるような隙を与えなかったのだ。

 正妃が気がついたときには実家はラルジャンに乗っ取られ、気弱な兄王はすっかりリュクスの傀儡と化していたのだった。




「お祖父様、おはよう。」

 孫たちに囲まれて、微笑むリュクスは幸せいっぱいの穏やかな顔をしていた。妻子以外に見せる裏の顔は違ったが……。
 
 この国の影のフィクサーとして君臨する男リュクスは愛妻家として知られている。



 だが、彼が執着のあまり父王に頼み込んで、リビエラを王太子の婚約者から引きずり落とした事は知られていない。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

あとがき

 長編の非公開で驚かせてしまいすみません! 

 お詫びに、新作の短編を書き下ろしました。楽しんでいただければ幸いです!

  商業化の進捗などは近況ボードやX(Twitter)でお知らせしますね
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豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

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